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そのころのフリードリヒさん

 フリードリヒは誇り高き龍人(ドラゴニア)である。

 ドラゴニアとは人とドラゴンの両方の姿を持ち、生まれながらにして多くのマナを保持する種族の一つである。

 この世界に生きる者の中でもかなりの強者に位置づけられている。

 さらに上に位置づけられるのはドラゴンくらいだろう。

 生態系の頂点に位置するドラゴンやドラゴニアの数はそれほど多くない。

 ドラゴニアたちは互いの領域を侵さぬよう、世界の各地に散らばって生活をしている。

 ドラゴニアが暮らす場所には、マナが集まりやすい。

 自然と豊富なマナを好む生き物が多く集まり、ドラゴニアを頂点として町や都市を築くこともある。

 そんなドラゴニアのひとりであるフリードリヒがねぐらにしているのは、剣が峰と呼ばれる険しい山が連なる場所である。

 剣が峰を中心として、半径三百キロメートル圏を支配下においている。

 支配下にあるとはいっても、特別に何かを行って統治しているわけでもない。

 ただ、自分が暮らしやすいようにマナの流れを整えているだけだ。

 東方には海、西方には砂漠、南方と北方には平原が広がっている。

 南方の端にはヒュムというほとんどマナを持たぬ種族が大きな街を作っている。

 ヒュムはかなりの数がまとまって暮らしているにも関わらず、大したマナを持っていない。

 マナに重きを置くドラゴニアにとって、ヒュムは吹けば飛ぶような存在だ。ゆえにヒュムが街を作ろうと勝手にすればいいと、放置している。

 ドラゴニアにとっては取るに足らない存在だが、ヒュムたちは集まると、狡猾な知恵と数をもってときにドラゴニアを倒してしまうことさえある。

 わざわざ関わるのも面倒なので、基本的には放置の方針をとっている。

 さて、そんなフリードリヒだが、最近北の方に不思議なマナの流れを急に感じるようになった。

 強いと思えば弱いと感じる不思議なマナだ。

 強いときはドラゴニアがもうひとりいるのかと思うほどで、弱いときはヒュムと変わらぬほどの微弱なマナしか感じない。

 開けた場所はヒュムが町や村を作るのに好む場所であるが、住処とする魔物の数も多い。

 いったいどんな生き物が住み着いたのだろうと気になって、フリードリヒは剣が峰を飛び立った。

 フリードリヒのドラゴン翼の力があれば、一時間ほどでたどり着ける。

 そうしてマナの気配をたどって着いた場所は、草原のど真ん中。

 ぽつんと茶色の屋根が二つあり、池や畑が隣接している。周囲はぐるりと木の柵で覆われていた。

 このようなものを作るのは狡猾でマナを持たないヒュム以外にはいない。

 フリードリヒは好奇心が半分と、こんな場所にまでヒュムが住むようになったのかという苛立ちが半分の、複雑な気分に襲われた。

 フリードリヒの姿を見つけたらしい住人が、慌てて近づいてくるのが見えた。

 脅かしてやるのもいいかもしれないと、フリードリヒはヒュムの前に姿をあらわすことにした。

 近づいてきたのは若いヒュムの雌だった。

 いや、若いというよりも子供にしか見えない。大したマナも発していないし、建物や柵を作るにはどう見ても力不足だ。

 ならば他に力を持ったヒュムがいるのかもしれないと、フリードリヒは警戒する。

 しかし、声をかけてみるとこの建物はこの子供のヒュムが一人で建てたのだという。

 フリードリヒは混乱した。

 よく見ると子供は万能(ジェネラル)スライムを従えている。

 万能スライムはめったに姿を見ることのないスライムの一種で、回復から攻撃までさまざまな技を使ってくる。

 成長すれば空を飛ぶようにもなると聞くが、真偽のほどは定かではない。

 フリードリヒは警戒を強めつつ、子供から話を聞いていく。

 そうしてヒュムの子供――ハジュキと名乗った者は、とんでもない道具を取り出した。

 しかも亜空間から!

 農作に使われるただのクワにしか見えないのに、そのとんでもない道具は根源のマナである火・気・水・土・光・闇・無のいずれでもない不思議なマナを発している。

 フリードリヒの声が震えた。


「神……だと!?」


 そう言われれば、納得するほかない。それほどその道具の発するマナはすさまじかった。

 最近感じていたマナの正体がこれだといわれれば納得できるほどに。

 この世界において神という存在は一つしかない。この世界を創造したとされる創造神だ。

 かつては神と対話できる者――愛し子もいたとは聞くが、神が誰の前にも姿を現わさなくなって久しいという。

 少なくともフリードリヒが愛し子という存在がいるとは聞いたことがない。

 そんな神から直接道具を与えられたとは、にわかに信じがたい。

 ハジュキが見せた技はさらにフリードリヒの想像を超えていた。

 細腕からは信じられないほど大量のマナがほとばしり、紙を裂くようにたやすく木を切り倒してしまう。

 そして不思議な台の上で、何が起こっているのかもわからないうちにハジュキは丸太を木材に加工してしまった。

 加工した木材は再び亜空間に仕舞われる。

 古に聞くインベントリという魔法ではないだろうか。

 かなりのマナを持っていなければ使えないと聞くが、ハジュキが使えているところを見ると、それだけではないのかもしれない。

 フリードリヒは目の前に現実を示され、信じないわけにはいかなかった。

 おそらくハジュキは愛し子だ。

 ヒュムだからといって軽んじてよい存在ではない。

 フリードリヒはこれまでの態度を改め、ハジュキに対して謝罪する。

 彼女もかなり戸惑っていたようだが、寛容にもフリードリヒの無礼な態度を許してくれた。

 改めて村のなかを案内してもらう。

 畑には見たことのない野菜や果物などの植物が栽培され、ココやモウも飼育されている。

 いずれの食物にもありえないほどのマナが含まれている。

 その上ハジュキはそれらの素材を使った手料理まで振舞ってくれた。

 出来上がった料理には豊富にマナが含まれていて、フリードリヒにとっては美味としか表現のしようがない。

 食べたそばから、体の奥からマナが沸き起こる。

 こんな料理は始めてだった。ハジュキの作った料理がいつでも食べられればどれほど素晴らしいことだろうかと、つい考えてしまう。

 この料理の効果がハジュキが育てているからなのか、神からもらったという万能ツールのおかげなのか、フリードリヒには判断のしようがない。

 とりあえず自分のところでも再現できるものなのかを試してみるつもりで、フリードリヒはハジュキから材料を買い取ろうとしたが、彼女はお金を受け取ろうとはしなかった。

 自分の作ったものだからと、金貨を受け取ってくれない。

 ならば欲しいものがないかと聞くと温泉の場所を教えて欲しいと言う。

 温泉であれば、剣が峰の中腹にいくつかあるのだが、か弱いヒュムであるハジュキが入れるのかは調べておいたほうがいいだろう。

 だが、温泉の場所を教えるだけでは彼女のもてなしに対する礼としてはかなり不足している。

 ココやモウの数もあまり足りていないようだし、メエやブヒを手土産にするのはどうだろうか。

 村の住人を募集しているということだし、部下の誰かをこの村に住まわせ、彼女の手伝いをさせるのもいいかもしれない。

 なんならフリードリヒ自身がこの村に住んでもよいくらいなのだが、周囲の者たちの反対にあうのは目に見えている。ここは少し様子を見ることにする。

 どうしても野菜の対価を受け取らないハジュキに、神の愛し子であるのだからと、神の横顔が描かれた金貨を渡したのに、ハジュキは微妙な顔をしていた。

 いきなり訪ねて、ぶしつけな態度をとったフリードリヒにマナたっぷりの料理を振舞い、土産まで持たせてくれたハジュキはヒュムにしておくのがもったいないほど本当にいいヒュムだ。

 加えて神の愛し子とくれば、フリードリヒの友人としても不足はない。


「ではな、友よ!」


 フリードリヒはハジュキに別れを告げると、ドラゴンの姿になって、一気に飛翔した。

 次にこの村を訪ねるのが楽しみで仕方がない。

 はやる心を押さえつけ、フリードリヒは己の住処に向かって力強く翼をはためかせた。



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