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9日目. 村を案内します

「納得していただけましたか?」


 葉月は茫然と目を見開いているフリードリヒに話しかける。


「納得……できないが、目の前にある以上、納得するしかない。しかもインベントリまで使いこなすとは……。神から与えられた道具だというのを信じるほかない」

「お、おう」


 フリードリヒの目が不審者を見る目つきから、尊敬のこもったものに変わっていく。


「ハジュキ、お前……いやそなたは神の愛し子だったのだな」

「愛し子って何?」

「神が特別に才能を与えた者のことをそう呼ぶのだ。そなたがどんな田舎から来たのかわからないが、きっと深い事情があるのだろう。詮索はしないことにする。それとこれまでの非礼を許してほしい」


 口調は相変わらずだが、フリードリヒの態度は急にしおらしくなった。

 深く頭を下げる彼の姿に葉月は慌てた。


「やめてよ。フリードリヒさん。私も結構けんか腰だったし……。お互い様ってことでどうかな?」

「おお、ハジュキは寛大だな!」


 にこりと笑うフリードリヒに葉月はドン引きした。

 さっきまでヒュムが……などと、人種差別発言を繰り返していたくせに、神様関係だとわかったとたんに手のひらを返すような態度には、ちょっと納得がいかない。

 が、この世界の差別意識や常識についてほとんど知識のない葉月が何を言っても説得力がないことは明らかだ。

 葉月は口をつぐむ。

 微妙な沈黙がふたりの間に流れた。

 ソラは葉月の肩で小さくなって揺れている。

 沈黙に耐え切れなくなったのか、フリードリヒがおずおずと口を開いた。


「せっかくだから、その……この村を案内してもらえぬか?」


 ソラ以外の人と話をして、葉月は改めて自分が思っていたよりも会話に飢えていたことを痛感していた。

 ソラはとても頼りになる相棒ではあるけれど、なんとなく気持ちや言いたいことがわかるくらいで、会話まではできない。

 フリードリヒは初対面の印象はほとんど最悪だと言ってもいい。

 今もあまり印象がいいとは言えないが、少なくとも改善しようという彼の気持ちは伝わってきている。

 ならば、自分も誠実に対応すべきだろう。


「村って呼べるほどの大きさでもないけど、案内するね。いずれは村になったらいいな……とは思っているんだけどね」

「ほう、ハジュキの村は住人を募集しているということか」

「そうだね。一緒に農業を楽しんでくれる人だったら大歓迎だよ」


 葉月はまず自分の家にフリードリヒを招きいれた。


 フリードリヒは頭をぶつけないように、身長に扉をくぐった。

 どうやら葉月の作った大きさの扉では、彼には小さすぎたようだ。

 背の高いフリードリヒが家の中に入ると、それだけで家が狭く見えてしまう。

 彼はさほど広くない葉月の家をぐるりと見渡した。


「ふむ……、家全体にマナが行き渡っているな」

「そうなの? 私にはマナが見えないからよくわからないけど……」


 フリードリヒにはマナが見えるらしい。

 見えない葉月にはうらやましい限りだ。


「マナが見えぬのに、これほど頑丈な建物を建てることができると言うのか……。やはり神の愛し子とは侮れぬ」


 フリードリヒは嘆息し、部屋の隅に置かれた桶に目を止めた。

 彼は桶に近づきにおいを嗅いで、少し顔をしかめた。


「なんだ、これは?」

「えっと……味噌だよ。私の国の伝統的な調味料」

「ふむ……、変わったにおいだが悪くない。できたら食してみたいものだ」

「これは仕込んだばかりで、いつできるかは様子をみてみないとわからないんだ。もしよかったら、次に来たときにでも……」

「おお、それは楽しみだ」


 なぜかまたここに来てほしいと誘う流れになってしまい、葉月は内心で首を傾げた。

 家の中を案内するといっても、さほど広くないのですぐに見終わってしまう。

 ソラの子分スライムを浄化に使っているトイレに、フリードリヒが驚いている。

 葉月はこの世界の衛生事情が若干気になった。

 ほかの町や村に行くことになれば、苦労することになりそうだ。


「じゃあ、あとは畑と飼育小屋くらいかな」

「ならば畑を見せてくれ」


 現在七面まで増やした畑は、そのうち二面が果樹園になっている。

 果樹は植え替えの手間が要らないので、もう少し増えてほしいところだ。

 畑の作物は今朝収穫したばかりで、実がなっているものがない。

 葉月は畑の脇に置いたストレージから野菜を取り出して、フリードリヒに見せる。


「ここの畑から採れるのは、こんな感じの野菜だよ」

「ううむ……。見たことのない野菜ばかりだ……」


 確かにファークラ(ゲーム)の世界では、食べ物といえばりんごや小麦、肉くらいしかなかった。

 葉月がこれほど多くの種類の野菜を手に入れられるのは、神様が用意してくれたMODのおかげだろう。


「きっと神様のおかげだね」


 MODだと口にするのはなんとなくためらわれて、葉月はそうごまかした。

 フリードリヒの熱い視線が野菜に向けられている。


「えっと、食べて……みる?」

「いいのか!?」


 ドラゴンであるはずの彼のおしりにぶんぶんと揺れる尻尾の幻影を見た気がした。

 現在葉月の畑で育てている作物は次の通りである。


・りんご

・ジャガイモ

・にんじん

・たまねぎ

・イチゴ

・かぼちゃ

・キャベツ

・大根

・小麦

・トマト

・とうもろこし

・アボカド

・大豆


 生で食べられそうなイチゴとトマトを渡すと、フリードリヒは恐る恐るといった様子で口に運んだ。

 トマトを口に含んだ瞬間、少し酸っぱいような顔をしたが、すぐにかぶりついて、あっという間に口の中に消えていった。

 イチゴについては言うまでもなく、葉月が渡した三個を全て食べ終えると、じっと物欲しそうに葉月を見つめいる。


「や、もうないから」


 イチゴは傷みやすいからと、毎朝収穫のときに葉月とソラで食べているので、あまり保存に回せていないのが実情だ。

 しかも傷みやすいというのもただの言い訳で、インベントリかストレージに入れておけば時が止まっているので、傷んだり腐ったりはしない。

 つまりは葉月とソラの好物ゆえに、在庫が常に足りない状態なのだ。


「……ほかの野菜は生では食べられないのか?」

「大根スティックとかにんじんスティックくらいなら用意できるけど……。私は味噌マヨネーズにつけて食べるのが好きだから、我慢してる」


 味噌ができてからのお楽しみということで、葉月は野菜スティックを食べるのを我慢しているのだ。

 もう少し麦が確保できたら、酢を作るつもりだ。


「……じゃあ、ぎゅうぎゅう焼きでもよければ、食べてみる?」


 葉月の提案にフリードリヒは一もにもなくうなずいた。

 ソラも葉月の肩でぷよりと揺れて同意した。

 葉月はストレージから、ジャガイモ、たまねぎ、にんじん、かぼちゃ、トマト、とうもろこし、アボカドを取り出し、作業台の上に並べた。

 野菜は皮をむかずに適当に一口サイズにカットする。

 次に鍋の底に薄く塩を振って、切った野菜を適当に詰め込んでいく。

 ぎゅうぎゅうになるまで詰めてから焼くのでぎゅうぎゅう焼きだ。

 ここでベーコンがソーセージ、鶏肉などがあればもっとおいしくなるのだが、ないので割愛する。

 敷き詰めた野菜の上にもう一度砕いた岩塩を振って、インベントリから取り出したアボカドオイルをたらす。

 鍋のふたはしないまま、かまどの中に鍋を入れ、石炭をセットして火をつける。

 二百度ほどで三十分くらい火を通せば、出来上がりだ。

 出来上がりまでの間に、葉月は鶏小屋と牛小屋を案内することにした。


「これは……ずいぶんと立派な水車だ」


 鶏小屋に移動する途中で、水を汲み上げている水車に目を止めたフリードリヒはひたすら感心している。

 もう少し資材があれば、手押しポンプくらいであれば作れそうなのだが、今の葉月には揚水水車ぐらいが精一杯だった。

 葉月はフリードリヒのほめ言葉に照れくさくなった。

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