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9日目. 謎の飛行物体襲来!?

 葉月の視線の先を行く飛行物体はかなり大きい。葉月よりも大きいのは確かだ。

 身体は黒っぽい色をしていて、飛行機のような羽が見える。

 足元に注意を払いつつ、時々空を見上げて飛行物体を確認していた葉月は、声を上げた。


「あ!」


 飛行物体が拠点に向かって一気に急降下する。

 ドシーンという音が響く。

 どうやら飛行物体は家の北側に降り立ったようだ。

 葉月の息が完全に上がっていたが、かまっていられない。

 家の脇を通り抜けた葉月の視界に、思いもかけない生き物の姿が映った。


「ドドドド、ドラゴン?」


 日本や中国で見かける細長い竜ではなく、西洋ファンタジーで見かけるドラゴンにしか見えない。

 黒色の鱗は艶やかで、黒曜石のように輝いている。

 爬虫類によくある縦長の瞳孔をした目が、葉月とソラを見つめていた。

 背丈は五メートルほどはあるだろうか。葉月の家の屋根から二メートルほど上の位置にドラゴンの頭があった。


「そ、そ、そ、ソラ? どうしよう? 話、通じるのかな?」


 葉月は完全に混乱していた。

 ソラも恐怖にすくみあがり、体の色が水色からどす黒く変化している。

 どうやらソラの助けは期待できそうにない。

 ファークラの世界ではドラゴン自体は敵対MOBとして存在していたが、通常の世界ではなく次元を超えたゲートの先でしかエンカウントしないMOBだった。

 葉月は生命の危機を感じていた。

 想定外の事態に固まる葉月とソラに変化をもたらしたのは、やはりドラゴンだった。


「しばし、待て」


 ドラゴンから低い声が発せられた。

 葉月は無言でこくこくとうなずき、返事をする。

 葉月とソラが見守る中、ドラゴンの姿が見る見る小さくなっていく。


「え、え?」


 一瞬光に包まれたかと思うと、そこにはドラゴンではなく大柄な男性の姿があった。


(へ、変身するの?)


 葉月は内心で絶叫していた。

 男性の身長は二メートルほど。黒い長い髪は腰の辺りまで伸びていて、チュニックのような服を着ていた。

 顔立ちは彫りが深く、西洋人っぽい。


「おい、そこのヒュム」


 男性が声を発した。


「え、と。その、ヒュムって私のことですか?」

「そうだ。ほかに誰がいる」


 男性の態度はかなり高圧的だった。が、話しかけてくるところを見る限り、問答無用で襲われる心配はとりあえずなさそうだ。

 ひとまず生命の危機が去ったことに、葉月は胸をなでおろす。


「えっと、その、何か御用ですか?」


 葉月はおどおどしながら、闖入者(ちんにゅうしゃ)に問いかけた。

 男性はふんと鼻をならし、葉月とソラに近づいてくる。


「このあたりで不思議な魔力を感知したので見に来てみたのだが、このあたりにこのような村はなかったはずだ。お前はここに住んでいるのか?」

「はい。私が建てたんですけど……、まずかったですか?」

「お前が?」


 男性は疑わしそうな目で葉月を見ている。

 葉月は急に不安に襲われた。


(もしかして、ここって誰かの土地だったりするのかな? 勝手に家とか畑を作っちゃったけど、怒られる? うわぁ、どうしよう?)


「お前のような細腕がひとりで、とても家が建てられるとは思えん」

「え、でも私が建てたんですけど……」


 実際に木を切り、ブロックを積み上げたのは葉月だ。

 ソラにもかなり手伝ってもらったが、ひとりでもできないということはない。


「しかも、なにやら不思議なマナが使われている。数百年生きているが、こんなマナは初めて見る。さてはお前、何か隠しているのではないか?」


 唐突に疑われ、葉月はむっとした。名乗りもしない男に疑いをかけられ、葉月はかなり怒っていた。


「別に隠さなければならないことも、やましいところもありません。いきなりやってきて、名乗りもしないで質問ばかりって、かなり失礼じゃないですか?」


 怒りのままに、葉月は男に食って掛かる。


「ふむ。ヒュムごときが生意気な口をきく。が、お前の言うことにも一理ある。我はフリードリヒ。ここから南に下った山の向こうに住むドラゴニアだ」

「そのヒュムとかドラゴニアって何ですか?」


 耳慣れない単語に、葉月は高飛車に問いかける。


「ヒュムやドラゴニアを知らぬとは、お前はどこの田舎者だ。そんなことを言って私を煙に巻こうとしても無駄だぞ?」

「本当に意味がわからないんですってば。ドラゴニアってドラゴンとなにか関係があるんですか?」

「先ほど見たであろう。ドラゴニアとはドラゴンになれる者のことだ。ヒュムとはお前のように、脆弱な姿しか持たぬ者のことだ」


 どうやらヒュムとは人間のことらしい。ドラゴニアとは龍人ということになるのだろうか。


「ああ、なるほど。つまりドラゴニアというのはドラゴンとヒュムの混血ということですか!」

「違う! ドラゴニアはドラゴニアだ。脆弱なヒュムと一緒にするな!」


 葉月はだんだんと男性の相手が面倒になってきた。


「はいはい。で、そのドラゴニア様が、この場所に家が建っているのが気に食わないということですか?」

「ふん。別に気に食わないとは言っていない。ここは我らが治める土地ゆえ、何か異変があれば我らが責となる。それだけのこと」

「もしかして、税金とか払ったほうがいいですか? どれくらいが相場なのか知らない上に、お金は一切持ち合わせてないんですけど……」


 知らなかったこととはいえ、他人の治める土地を勝手に開墾するのはまずいだろう。

 自給自足できているのでお金がなくても生活はできるが、税金となるとそうもいかないはずだ。

 葉月の不安が増してくる。


「我らの土地は広い。金などその辺の山を掘れば出てくるようなものをもらっても仕方がなかろう」

「それは税金を払う必要はないということ?」

「くどい。本当にヒュムとはなかなか話が通じなくて困る」


 彼の話を聞く限りでは税金を取立てられることはないようだ。

 葉月はほっとする。


「それで、我は名乗ったが、お前はいつになったら名乗るのだ?」

「あ! すみません。私は葉月といいます。こっちはソラ」


 名乗り忘れていたことを指摘され、葉月は頬を赤らめた。


「ハジュキ? 変わった名だな?」

「ハ・ヅ・キ!」

「ハ、ジュ、キ?」

「もう、ハジュキでいいです!」


 どうやら彼に葉月の名前の発音が難しいらしい。


「ふむ。万能(ジェネラル)スライムとは珍しい」


 フリードリヒの視線はソラを捉えている。

 緊張が解けて、ようやく体の色が空色に戻ったソラはぷよりと葉月の肩で揺れた。

 初めてソラの種族名を知った葉月は驚いていた。

 ゲーム内ではスライムはただのスライムで、従魔にすることができるMOBではなかった。神様が用意したMODのおかげなのだろう。


「で、私が家を建てたら変ですか?」

「うむ。ヒュムの雄ならばともかく、ハジュキの細腕では無理ではないかと思っただけだ」

「なら、口で説明するよりも見てもらったほうが早いですね」


 葉月は論より証拠だろうと万能ツールを取り出した。


「ハジュキ、それはなんだ? どこから取り出した?」


 それまで高慢な態度を崩さなかったフリードリヒが、若干引いていた。


「えっと、万能ツールです。ここに来る前に神様にもらいました。インベントリから取り出しただけですけど……」

「神……だと!?」


 フリードリヒは驚きのあまり声が出ないらしい。フリードリヒは完全に黙りこんでしまった。


「ちょっと見ててくださいね」


 葉月は植林中のナラの木に近づいた。

 葉月の身長ほどまでしか成長していないが、これでも証明になるだろう。

 葉月は万能ツールを斧に変化させ、ナラの若木を切り倒した。

 若木は途端にバラバラと崩れ、いつものようにブロック状になる。それらをインベントリにしまってから、今度は作業台に移動する。


「フリードリヒさん、こっちです」


 葉月は茫然と立ちすくむフリードリヒを作業台のほうに呼び寄せた。


「で、丸太をこう加工して……」


 作業台の上で丸太を木材にクラフトして見せる。


「で、これを積み上げて作っただけですよ?」


 フリードリヒの目がまん丸になっていた。

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