本編 其ノ七 -アイ文再び-
できればこのままずっと膝枕されていたかったが、そういう訳にはいかない。私が断らねば心優しい柊さんは、自責の念からきっと何時までも私を膝枕してくれるだろう。だから私から断らなければいけない。
私は断腸の思いで柊さんの膝枕を辞することを決意する。
「柊さん、ありがとうございます。大分良くなりました、もう大丈夫です」
「本当かい?無理してないだろうね?」
「本当です」
本当は全然大丈夫ではない。
全身気だるいし、倦怠感に悪寒吐き気目眩頭痛、まさに不調の好調の絶頂だが柊さんにそれを悟られる訳にはいかない。
そうなれば彼女が自分を責めてしまうからだ。
柊さんの膝枕から頭を離すという行為は、例えるなら全身粘着テープにくっ付けられた状態からそれを引き剥がして起き上がらなければいけないような感じに例えられると思う。粘着テープとは勿論未練のことだ。
そんな心意気でゆっくり起き上がると、「ん〜」と唸りながら伸びをして何でもないですよ〜私は元気ですよ〜と健康体を装う。
身体の骨がバキバキと身体の筋がビキビキとするがそんなの気にしない。今の私は元気全開なのだから。
ああ・・・・・・しかし・・・・・・
できるならずっと膝枕されていたかった・・・・・・
生まれて初めて膝枕をされた・・・・・・
なんと落ち着くのだろう・・・なんと癒されるのだろう・・・
太ももに頭を乗せるのに膝枕・・・もも枕ではないのだ・・・だがそんな語感も素晴らしい・・・
なんたることだ・・・これを考え出した人類が・・・万物の霊長たることは・・・まさに自明の理というものだ・・・
コンコン
そんなことを意識が散漫している頭で考えていると、部屋のドアがノックされた。
巡回の看護師さんだろうか?見舞い客だろうか?
とりあえず面倒だが返事をせねばならない。いや、別に返事をしなくてもいいのだが、巡回の看護師さんだろうが見舞い客だろうが、返事があろうがなかろうが結局は入ってくるだろう。
そうして中に入ってきた看護師ないし見舞い客が、私達二人、うら若き乙女と野獣の如き理性を失いかけた男が共にいるところを見れば「あれ?なんでノックしたのに返事が無かったんだろう?もしかして何かやってた?」と思われてしまう。
そんな下衆の勘ぐりを起こすような事は絶対に避けねばならない、俺は別に良いのだがそんな勘違いをされてしまえば柊さんの名誉に傷が付く。
それだけはダメだ。それに実際やましいことなど何もしていないのだし。
そうだ、返事だ返事。
「はい」
「失礼します!治くんのお見舞いにきました!!」
「声がでかい!失礼します、治くんのお見舞いにきました」
入ってきたのは二日ぶりに会う鈴木くんと山田くんだった。
はきはきとした体格のでかい筋肉質で情に厚い山田くんと、神経質そうだがそう見えて責任感は人一倍強いメガネを掛けた細い体の鈴木君。
今日来るときに看護師さんから聞いた話ではこの二人は昨日も来てくれていたらしい。つまり、父から許可を得た教師がこの二人に治のことを教えてから毎日見舞いに来てくれているのだ。
なんて良い子達なんだ・・・毎日治を見舞いに来てくれるなんて・・・
これが親友というものなのだろうか・・・
治は本当に良い友を持ったんだな・・・兄としてお前が誇らしいよ治・・・・・・
「鈴木くん山田くん・・・お見舞いありがとう。治も喜ぶよ」
柊さんは私と共に立ち上がると鈴木くん達に笑顔で会釈しながら小声で話しかけくる。
(東雲くん、彼等は誰だい?)
(前に話した治の友達で、治が倒れた原因はアイ文のせいじゃないか?と私に教えてくれた子たちですよ)
(なるほど・・・)
鈴木くん達は治を見舞った後、私に「昨日のメールの件ですが・・・」と話を切り出してきたので、私が座っていたソファーの対面にある椅子に二人を案内すると、備え付けの冷蔵庫に入れておいた缶緑茶を差し出した。柊さんも何故か私の真横に移動して腰を下ろす。
「あの・・・お兄さん、そちらの女性は?」
同席している柊さんを見て「この人にも話して良いのでしょうか?」と鈴木くんが目で聞いてくる。
鈴木くんはちゃんとそういった気遣いも出来るしっかりした子だなぁ・・・
「ああ、こちらは柊さんと言って」
「早雲さんの彼女です」
「え」
紹介しようとする私を遮って私の彼女だと二人に伝える柊さん。
私は心身が動揺して固まってしまう。
「あ、彼女さんでしたか。自分は鈴木と言います」
「自分は山田と申します!」
「柊だ。二人ともよろしくね」
我に返って鈴木くん達に気づかれない様小声で柊さんに話しかける。
(ちょっ、ちょっと柊さん一体どういうつもりですか?)
(良いから、イヤだろうが話を合わせたまえ東雲くん。私のことを一々説明していたら面倒だろう?)
(そういうことですか・・・分かりました。イヤじゃないです)
「美人な彼女さんですね!羨ましいっす!」
「声がでかい!でも、お二人が並んでいると絵になりますよ」
「あ、ありがとう鈴木くんに山田くん。でね、柊さんには治の事を話してあるから、気にせずに昨日お願いしたことを話して欲しい」
少し躊躇いを見せる鈴木くん。それはそうだろう、いくら設定上柊さんが私の彼女だとしても、軽々と出来る話じゃない。
暫く本人は隠しているつもりなのだろうが、値踏みするような不躾な視線で柊さんを見たあと、無言で頷くように何度か首を軽くタテに振るとゆっくりと口を開いた。
「・・・分かりました。治が倒れた日に学校で何かおかしな様子がなかったか?ということで、今日治の席に近いヤツらに俺と山田でその事について話を聞いてみました」
「うす!」
「そうしたら、やっぱり治は誰もいない隣の空き席に向かって話しかけていたようで、その姿を朝早く登校してた何人かが見ていました。最初はインカムか何かで通話しているのかと思ったそうで特に不審には思わなかったそうです。あと帰る間際にその空き席に向かって「マシロさん」と言っていたみたいです」
「!!」
ガタンと凄い勢いで立ち上がると鈴木くんへ机越しに顔を近づける柊さん。
「鈴木くん!弟くんは確かに「マシロ」言っていたのだね!?」
そのあまりの気迫に鈴木くんもたじろぐ。
「は、はい・・・治の前の席の永年というヤツが確かにそう言っていました・・・」
「俺も聞いたんで間違いないっす!」
「そうか・・・そうか・・・」
柊さんは一転して放心したようにどかっとソファーに腰を下ろすと、うな垂れるように前のめりになって組んだ両手を額に当て支えになる両肘をモモに乗せた体勢になると、何やらぶつぶつと独り言を言いながら考え込む状態に入った。
鈴木くんたちは柊さんの行動に驚いていたが、邪魔をしてはいけないと察したのか私に話を続けてくれる。
「そ、それで俺たちが聞いた話は全部です」
「っす!」
「ありがとうね二人とも。そこまで送っていくよ」
思考中の柊さんを病室においてエレベーターの前まで二人を送る。
「なかなかエキセントリックな彼女さんですね・・・」
「そこが素敵なんだ」
「なんだか、大人ですねお兄さん・・・」
「私は、きっと誰よりも子供だよ」
鈴木くん達を見送り病室に戻ると思索に一段落が付いたのか柊さんは静かに缶コーヒーを啜っていた。
その表情も陰陽で表すなら心なしか気持ち陽のほうを向いている気がする。
これなら話しかけても大丈夫だろうと思い声をかける。
「さっきは急にどうしたのです?」
「東雲くん。鈴木くん達のお陰でこの問題を解決する糸口が見えたかもしれないよ」
「・・・本当ですか?」
「ああ、本当だ。私は今朝キミに、文字化けサイトの検索は諦めて別の方向から調べていたところだ。と言ったのは覚えているかね?」
「勿論です」
「その調べ物が無駄にはならなくなりそうだ。むしろそっちのほうが本命だったかもしれない。私はやることができたから、これからサークルに戻るとするよ。東雲くん、キミは今日は帰って安静にしたまえ。起きてからずっとキミ、顔色が悪いよ・・・私がキミを送から」
「・・・分かりました、お言葉に甘えます。では帰りましょうか、また来るよ治」
柊さんを手伝いたかったが、精神的にも限界に近かった私は素直にその言葉を受け入れることにした。
こんな状態で手伝ってもなんの役にも立たないだろう。むしろ心配を掛けてしまいかえって彼女の邪魔になってしまう。
治の頭を撫でると柊さんと共に部屋を出た。
「さ、腕を出したまえ」
「え?」
「辛いのだろう?遠慮するな。それにほら、私は彼女という設定だろう?」
「は・・・はい・・・」
その言葉に素直に従って柊さんと腕を組んで駅まで支えてもらった。
本当に私を家まで送ろうとする柊さんをこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかない、となんとか宥めて私が降りる駅で別れた。
柊さんの姿が見えなくなると疲れ眩暈吐き気頭痛悪寒倦怠感がどっと押し寄せてきて、立っているのも辛い。
早く、早く帰らねば。そうだタクシーを使おう。仕方ない。倒れて病院送りになってしまったらタクシーどころじゃないじゃないか。
タクシーに乗ってなんとかアパートまで辿り着くと電気も付けずに着の身着のままで布団に倒れこんだ。
ああ・・・・・・身体がおかしい・・・・・・きっとアイツを触ってしまったせいだ・・・・・
自業自得だ・・・・・・うべなるかな・・・・・・ん・・・・・・??
テッテレレレレ テレレレレ テレレレー
携帯が鳴った
この音はメールの着信音だ、誰だろう?鈴木くんだろうか?まさか柊さんか??
なんとなく、須どうしようもなく、須らく送信者が気になった私は携帯を掴んで指紋認証でロックを解除するとメールを確認する。
件名に 嬉しい
と題された
送 信 者 名 が 文 字 化 け し て い る
奇妙なメールが一件 入っている
え・・・? え?? え???
これって・・・嘘だろ・・・???
ま・・・まて・・・良く考えろ・・・アレはネットで検索して見つかるものの筈だ・・・
自分からメールを送って来るわけが無い・・・考えすぎだ・・・きっと携帯の故障か何かだろう・・・
止せば良いのに震える指でそのメールをタップしてしまう。
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アイ文-嬉しい-
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