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穢文  作者: 妄執
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本編 其ノ五 -実験-

「それでは柊さん、早速ですが一つ提案があります」

「・・・なんだい?」


私の雰囲気から察したのか朗らかな表情から瞬時に真剣な目付きになる。


「今日これから、弟の病室でもう一度寝てヤツに会えるか実験してみようと思うのです」


これは昨日からずっと考えていたことで、今は何よりも情報が足りない。

だから多少の危険を冒してでも「ヤツ」の情報を得ることが先決だと思った私が思いついたこと、それはこの身を張ってもう一度治の病室で眠ってみるということだった。

この方法ならば柊さんの知識と見識に全く及ばない私でも彼女の役に立てる。


「・・・・・・」


柊さんは難しい顔をすると、頭をグシャグシャと搔く。

その反応から察するに、彼女もこの事を一度は思いついたが、私のリスクが大きすぎることから自分の中で却下したのだろう。


「東雲くん、それはとても危険だよ。白いヤツがどんなモノかもまだ分かっていないのに、そんなことをしてもしキミまで昏睡状態になってしまったらどうするんだい?私は折角手に入れた相棒をそんな危険過ぎるギャンブルに投じたくは無いよ」


「危険なことは百も承知ですが、私の弟や柊さんのお兄さんがこのまま解決策も無く時間が経過して悪化しない可能性が無いわけでもありません。ですから、多少危険でもやってみる価値はあるかと思います」


「・・・キミは、なんだか厭世的というか、自分のことを軽く考えすぎているきらいがあるから・・・不安なんだ。もし自分が昏睡状態になっても別に構わない、なんて思ってはいないだろうね?」


その図星を突く言葉にドキリとした。

厭世とまではいかないが、私は自分の人生が意味のあるモノだとは思っていない。

いつからだろうか、私の中に生まれた人生観は、家族を大事にし、死ぬまでは生きる。という比較的後ろ向きなものだった。

だから私は家族が無事ならば自分が何時何処でどうなろうがどうだって良いのだ。


私の動揺は、その言葉を肯定したも同然だった。

そして彼女は私の一瞬の同様を見逃したりはしないだろう。その証拠に私の反応を見たときに、顔が僅かに悲しげに曇ったのを私も見逃さなかった。


「一つ、約束してくれ。私の相棒になったんだから、自分の身は何よりも大事にするんだ。これができないのなら、相棒は解消だよ」


しかし柊さんは私にそれ以上追及してはこなかった。

その変わりにとても優しく、それでいてとても難しい約束を要求してきた。


「私も・・・一つよろしいでしょうか?柊さんも同じ約束をしてくれるのなら、私も自分の身を何よりも大事にすることをお約束します」


「っ」

「ふふ・・・分かった、ならお互いの約束だ」


彼女は虚を突かれたような顔をした後、優しい笑みを浮かべると右手の小指をスッと差し出してくる。

私もその小指に自分の小指を絡めた。


「嘘付いたら、本気の拳骨百発だぞ」

「それは大変だ。柊さんのキレイな手を守るためにも、絶対に破るわけにはいきませんね」


私たちは笑顔で約束を交わすと、名残惜しさを感じつつ絡めあった指を解いた。


「あと、これはお願いなんだが・・・私もその実験に付き添わせてはくれないだろうか?・・・赤の他人である私に病床を見られるのは、キミも弟くんも、とても嫌だろうが・・・頼む」


「・・・分かりました、私も柊さんが付いていてくれるならとても心強いです。行きましょう」



柊さんは着ていた白衣を脱ぐと、ハンガーに掛けてあったコートを羽織って直ぐに支度を整え、共に大学を出て治の病院へと向かう電車に乗りこんだ。


人も疎らな車内でロングシートタイプの座席に、お互いのコートの肩口が触れ合う程の近距離で隣り合って座った。

私はその感触と柊さんとの近い距離感にドギマギするというよりも、暫く感じていなかった他人への安心感や安らぎといったものを感じた。


「最近は大分寒くなってきましたね」

「もう11月だからね、そろそろ雪が降ってきてもおかしくないよ」

「柊さんの肩はとても温かいです」

「この厚着したコートから体温が伝わるわけないだろう」

「はははっ、ですね」


ガタンゴトンと揺れる車内、ゆっくりと流れる景色、とりとめもない会話をする二人。

ゆったりとした時間が二人の間を流れていく。


ああ・・・こんな時間も悪くないな・・・


「ところで東雲くん、病室で寝るって言ったってどうやって眠るつもりだい?見たところキミは所構わず寝られるような性格じゃないだろう?」


「その通りです。残念ながら、人前でグーグー寝られるような豪胆な神経は持っていません。しかし、柊さんが隣に居てくれるのなら、その安心感で眠ることができるかもしれないと思いまして」


「そうだったのか・・・ならもっと良く寝られるように、木葉お姉さんが膝枕でもしてあげようか?ついでに頭も優しくなでなでしてあげよう」


冗談めかしてポンポンと自分の膝を叩く柊さん。

小首を傾げながら上目遣いに私を見る仕草が妙に艶かしい。

そのストッキング越しの太ももをついつい見てしまった。


「それはとても魅力的な提案ですね。是非ともお願いしたいのですが、今日の所は確実性を持たせるためにコレを使います」


そう言って私はポケットから銀色のPTPシートに包まれた青い錠剤を取り出した。


「それは・・・睡眠剤か?」


「その通りです。お恥ずかしい話ですが、私は少し不眠の気がありまして、寝れない時には医師に処方して貰ったコレを飲むのです」


「なるほど・・・キミは今日最初からこうするつもりだったのだね」


「はい。元々は私一人で試すつもりでした。ですが、貴女の助手になった時点で貴女が本気でダメだというのなら辞めるつもりでした。ですから、柊さんがこのことに了承してくれて良かったです。これで晴れて両思いですね」


話つつシートから錠剤を取り出して口に含むと、電車に乗り込むときに購入したミネラルウォーターでソレを流し込む。


「全く・・・勘違いしないで欲しいが、本当ならそんなことはさせたくないのだからね。ある意味キミの片思いだよ」


左肘でわき腹を小突かれる。


「それは残念」


「それにしても、もう飲むのかい?」


「はい。これのピーク時間が一時間半程なのです。弟のいる病院まで歩きを計算に入れても電車が止まらない限り一時間もかからないので、到着して少し話していれば丁度良い感じで効いて来るという計算です」


「なるほど、だがその間に眠くなったり、前後不覚になったりはしないのかい?」


「なりませんね。睡眠剤というと、飲んだら数分もしないうちに意識が落ちてしまうようなイメージがありますが、どちらかといえば意識がふわふわとして気持ちが楽になる感じです。ほろ酔い気分になるような、といえば分かりやすいかもしれません」


「へぇ、それは初めて知ったなぁ。だが、ほろ酔い気分というのなら、少しばかり普段ならしないことをしてしまうかもしれないね。さてさて、どんなキミが見られるのやら」


ニヤニヤしながら私を見る柊さん。


「多分ご期待に添えない結果になってしまうと思いますけどね。強いて言えば口数が多くなるぐらいじゃないでしょうか?」


「さぁ、それは分からないぞ?」



そんな話をしながら目的の駅を降りると総合病院までの道を歩き始めた。

治が倒れた時は急いでいたためタクシーを使ったが、この駅から総合病院までは歩いても三十分もかからないのだ。


「東雲くん、確かソレを飲むとほろ酔い気分になってしまうんだよね?」


「はい、今も少しづつ効いて来て頭が少しふわふわしています。気持ちの良い感じです」


「なんだって!そんなふわふわした状態で歩いて病院までに何かあっては大変だ!ちょっと腕を出してみたまえ!」


「え?あ、はい」


柊さんの気迫に押されワケも分からず腕を差し出すと、柊さんは差し出した私の腕に自分の腕を絡めて、自分の胸に引き寄せた。


「えっ!あ・・・あの・・・これは・・・?」


「何を言っているんだ東雲くん。相棒が事故にあってはいけないという私の気遣いがイヤなのかい?イヤなら振り解けばいい。大丈夫、そうされても私は気にしないよ」


茶目っ気たっぷりにそう言う柊さんの笑顔が眩しくて、照れて気恥ずかしい私はその顔を直視できなかった。

人に触れられることが嫌いな私だが、不思議と柊さんに触れられても全くイヤな気がしない。むしろ、嬉しいと思っている自分に驚く。


「ん〜?どうした?振りほどかないのかね?」


じゃれ付くように、それでいて私がフラついても大丈夫なようにしっかりと強い力で私の腕を抱く柊さん。

そんな彼女なりの心遣いが嬉しい。


「い・・・イヤじゃ・・・ないです」


そう言うのが精一杯だった、自分の顔が赤くなっていることが自覚できるほど顔が熱い。


「っ!」

「こっ・・・こういうことは慣れてるだろうに、そんな照れるなっ、流石の私も恥ずかしくなってくるじゃないか・・・」


「・・・」

「・・・」


私の反応が予想外だったのか、よく見ると柊さんの顔もほんのりと赤くなっている、その反応がとても可愛いと思ってしまった。

お互い赤くなりながらも腕を組んだまま病院への道をポツポツと歩く。



「な、慣れてませんよ・・・こうやって、誰かと腕を組んで歩いたのは柊さんが初めてです・・・」


「う、嘘を付くな。キミと腕を組んだり手を繋いだ女性の腕を集めたら千手観音くらい作れる量になるんじゃないか?」


「例えがなんだか猟奇チックですね・・・そもそも、私は腕を組む以前に、今まで女性とお付き合いしたことがありませんから」


「本当か?それは意外だな・・・女性と、ということはもしかして・・・男と・・・?」


「私はノーマルです」

「なら良かった」


それからは暫く二人無言になって歩みを進めた。

柊さんは私がこれからやろうとしていることを本当に心配してくれていて、そして不安でいるのだろう。

だからこそ、その不安を私に気取られせないように、こうしてふざけた調子を装って腕を組んだり軽口を言ったりして私を案じてくれているのだと思った。


病院に着くと柊さんは「知り合いに見られると困るだろう」と言って組んだ腕を離した。

「私は困りませんよ」と返しつつ、離れていく柊さんの温もりと柔らかさがとても名残惜しかった。


治の病室の前まで来ると一応ノックするが反応は無い。

中に治意外誰もいないことを確認して私達は治の病室へと入った。


「失礼します」

「さ、どうぞ柊さん」


私は柊さんを後ろに連れてベッドの前まで行くと治の顔を見る。相変わらずただ眠っているように安らかな寝顔の治、思わずその髪をくしゃくしゃと撫でる。


「この子が東雲くんの弟さん・・・」


「はい、篝治(かがりおさむ)と言います。両親が離婚しているので苗字は違いますが、れっきとした同父同母の弟です」


「・・・とても可愛い顔をしているね、こう言っちゃ悪いかもしれないが、キミとは全然似ていない」


「ええ、治は母さん似で私は父似なのです。兄の私が言うのもなんですが、本当に良く出来た可愛い弟です・・・だから、早く助けたい。例え、私自信に危険が及ぼうとも」


「東雲くん・・・」


「小さい頃から母にずっと言われ続けてきました、早雲は兄なのだから治をしっかり守りなさいと・・・さ、柊さんこちらにどうぞ」


私は治の髪を撫でる手を止めるとある種の決意を決め、備え付けてあるソファーに腰を下ろした。

この広めな個室は、三人掛けのソファーが二つL字状に連結されて置かれ、その前にあるテーブルを挟んで ソファー→L テーブル→□ 椅子→l L□I となるようにその対面に一人掛けの椅子が二つ並びで配置されている。

柊さんは私の横に連結されているソファーに腰を下ろす。


「東雲くん、これからキミはそこで眠って例の白いヤツと夢で会えるか実験をするわけだが、その前に何個か取り決めておきたいことがある」


「はい」


「まず一つ、安全上の対策として一時間という時間制限を付けること。二つ、もしキミが夢でヤツと会えることが出来たとしても、絶対にヤツに触らないこと。三つ、もし一時間経っていなくても、キミが魘されたりおかしな反応をし出したらその段階で実験は中止し、私は強制的にキミを起こす。この三つを取り決めておきたい」


「触れてはいけないというのは、何か理由が?」


「キミも分かっているとは思うが、病気だろうが毒物だろうが呪いだろうが物理接触するのが一番不味い。ましてや、キミが今から会おうとしている化け物は一体なんなのかすら私たちは良く分かっていないんだ。そんなヤツに何の対策もないまま接触しようとするだけでも危険過ぎるのに、さらに直接触るだなんて狂気の沙汰だ、キミにその呪いやら白いヤツやらが移ってしまう可能性が大きすぎる。だから、何があろうが絶対に触ってはいけない。分かったね?」


「・・・分かりました、肝に銘じます。それでは失礼して・・・」


そう言って私はソファーに横になる。

三人掛けソファーとはいえ、布団のように横になって寝ることはできないため、座ったまま上体のみを横に倒して柊さんの方向へ頭を向ける形だ。

逆の向きにしようかとも思ったが彼女に足を向けて寝るのは流石に失礼と思いこの向きにした。


体を倒したため柊さんとの距離がぐっと近くなる。

彼女が心配そうな瞳で私を見下ろしている。


「・・・眠れそうかい?」

「はい・・・大分薬が効いてきました・・・」

「気を付けるんだぞ、絶対にヤツに触っちゃダメだぞ、フリじゃないからな」


意識がうつらうつらしてきた・・・薬のお陰か不安感も無い・・・これで目を瞑れば問題無く眠れるだろう・・・柊さんが横にいて緊張して眠れないかともおもったけど・・・むしろ・・・


そのまま私の意識は落ちていった。


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