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穢文  作者: 妄執
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本編 其ノ四 -相棒-

朝起きると鈴木くんから「分かりました!」という返信がきていた。

それを確認し家を出ると、10時に会う約束をしている柊さんと会うため真っ直ぐに大学のサークル棟へと向かった。大学とは間逆の位置にある治の病院へ行くと時間に間に合わないため、今日は柊さんとの予定を終わらせてから治の下へ行くとしよう。



コンコンコンコン

「ミステリーオカルト研究サークル」とプレートの掲げられたドアをノックする。


「はい、どうぞ~」


すぐに中から柊さんの通った声が聞こえ「失礼します」と言いつつガチャリと入室すると、部屋の中はコーヒーの良い香りが漂っていた。


柊さんは昨日と同じ位置、向かい合わせで低い机を挟んで二つ置かれた三人掛けソファーの向かい側にコーヒー片手に座っている。机には大きめのバインダーに入った何かの資料の束が開かれ置かれている、私が入ってくるとパタリとそのバインダーを閉じて、軽く微笑して私を見ると自分の対面のソファーに手を差し出して着席を促す。


「ささ、立ってないで座ってくれたまえ」


「はい、失礼します」


私も昨日自分が座っていた場所に腰を下ろした。

前の低い机を見ると私用と思わしきカップに入ったコーヒーが置かれている。

カップからは湯気が立っており、室内の香りと併せて入れたてのものだと分かった。


「キミはちゃんと時間を守る人間だと思ってね、淹れたてだよ」


微笑みながら私の前に置かれたコーヒーを指した柊さんの目は優しく、人に見つめられると嫌な意味で緊張してしまう私だが、その視線は不思議と私に安心感を与えてくれるものだった。


「ありがとうございます・・・もし私が時間を守らない人間だったら、このコーヒーをどうなさるつもりだったので?」


柊さんの人柄に今まで自分の中で封じていた子供心がつい出てしまい、意地悪な質問をしてしまう。


「そうしたら、キミは罰としてその冷たくなったコーヒーを私の分まで飲むことになるのさ」


「ふふっ・・・なるほど」


その言葉に軽く笑みがこぼれる、この人には敵いそうにないなと思った。


「ところで東雲くん」


「はい?」


「昨日は電話してこなかったね、お姉さんドキドキしながらいつキミが電話してきてくれるかと待っていたのに・・・」


前髪をイジイジと指でいじりながら、しなを作っていじけた様子を見せる柊さん。

私はそのお茶目さが彼女の魅力だと思った。知的で大人びた雰囲気の彼女が時折見せる子供らしさ、無邪気さがとても素敵なのだ。

すぐに冗談だということがわかったが、素で返しては柊さんもつまらないだろうし、自分もそんな柊さんとの会話を楽しんでいることに今更ながら気付く。柊さんの魅力にあてられてしまったのかもしれない。


「実は・・・何度もその素敵なお姉さんに電話しようと思ったのですが、男子特有の気恥ずかしさから戸惑ってしまって・・・悶々と悩んでるうちにいつしか眠ってしまったのです・・・朝起きてなんてチャンスを逃してしまったんだと・・・ここに来るまでずっとその事を後悔していました」


「・・・」


「はははっ・・・キミも一日で言うようになったね、これは一本取られたよ・・・」


一瞬きょとんとした顔をすると、はははと快活に笑った。


「冗談も言ってくれるようになったってことは、少しは私に打ち解けてくれたのかな?」


「それは柊さんが飾らない方だから、私も自信を飾らないで接することができるのです。見ての通り私は朴念仁ですので、ちゃんと自分を飾ってないと、いつも他の人に自分の気付かぬところで不快な思いをさせてしまうのです」


「本当にキミは自己評価が低いなぁ、あまりの謙遜は嫌味に取られるものだよ、まぁキミを見る限り本気で言っているようだからもっとタチが悪いけどね」


そう言って椅子に座りなおした柊さんはやや前傾姿勢になって足の上で手を組んで私を見る。

空気が凛とした真面目なモノになるのを感じ、私もコーヒーを一口飲んで姿勢を正した。


「さてと・・・じゃあ、昨日の話の続きをしようか」

「はい」


「まずはアイ文の基本的な説明だ。アイ文とはキミも知っている通り、見ると呪われる・頭がおかしくなると言われている都市伝説の一つだ。アイ文を見る方法は、本来なら一件もヒットするはずの無いデタラメな文字列を検索画面に打ち込んで、ごく稀にでてくる文字化けしたサイト、通称文字化けサイトにアクセスすること。キミは文字化けサイト検索を試してみたかい?」


「はい、何度か試してみましたが全くヒットしませんでした」


「私もだ。通算一万回程色々と数字カナ平仮名ローマ字数字漢字等試みたが全滅だ、この文字化けサイト

検索検証結果はまとめてあるから、もし見たかったからデータを渡すから言ってくれ」


「一万回・・・」

しれっと、自慢するふうでもなく当たり前のように言う柊さん。


「普通ならこの段階で嘘っぱちの都市伝説で片付けられるだろう?昨日も言ったが、私もキミが来るまで半信半疑だったし、文字化けサイトの検索は諦めて、別の方向から調べていたところだった。だけど、キミの弟くんの話しも合わせると、デタラメな話とは言えなくなってくるだろう?実際に見たという人間が二人とも意識障害に罹っているのだから、文字化けサイトは実際に在るのか無いのかは別にして、文字化けサイトにアクセスするには何か特殊な要素が必要なのかもしれないね」


「実在するかしないかは別にしてですか・・・?」

柊さんの言い回しがよく理解できず首を傾げた。


「例えばの話だが、キミの弟クンは霊感体質だったり特殊な体質だったりしたかい?」

「いえ、全く」

治がそういう体質だったということは全く無い、霊感にいたっては零感と言っても過言ではない。

母がいた頃も家庭祭祀は全て私が行っていたので、治は御神饌の捧げ方すら知らないはずだ。


「私の兄もそうだよ、だからもっと現実的な・・・精神が弱い人とか、精神が弱ったときがそうなのかもしれないね」

「精神が弱ったとき・・・」


「ああ。兄の文章にも書いてあるが思い込みというヤツだよ。精神が弱った状態で見たら呪われるという曰く付きのモノを見る、もしくは見ようとして、一種の精神障害の状態に陥ってしまって、有りもしない文字化けサイトを見たつもりになってしまった、そしてその後は自分自身の「見てしまった」「呪われる」という妄念と脅迫概念で精神に過負荷がかかってしまって、耐えられなくなり、意識障害を起こした、とかね。これなら科学的にも説明できるし、二人ともアイ文という都市伝説を調べてこうなったのだから、「文字化けサイト」「アイ文」を二人が見た、というのも納得がいくだろう」


「・・・なるほど。確かに、弟も友達との罰ゲームでアイ文の内容を知ったうえで見ることになって、実際に見たと言っていたらしいです。父はあまり家に帰ってきませんし、私も一人暮らしですから、家に一人でいる不安や思い込みで弟は精神的にショックを受けて昏睡状態になってしまった・・・?」


「まぁ、私の兄もその内容を知ったうえで調べてたみたいだから、そういうことも無いとは言えないが、あの心臓に毛が生えてそうな兄が精神的に弱るとか、強迫観念とか思い込みとかで精神が参るようには思えないんだよなぁ・・・」


柊さんはそう言って前傾姿勢をやめソファーに深く上体を預けると、胸ポケットからスティック型のチョコレートを取り出すて銀紙の包装を破いて口に咥えた。

何か考えているのか何処か上の空で口に咥えたチョコをピコピコと上下に動かしている。


「食べるか?」

「いただきます」

受け取ったチョコレートを一口齧る、ビタチョコだ。

柊さんの体温で少し柔らかくなっていたチョコは口溶けが良かった。

お互い無言でチョコを食べた後コーヒーを啜る。


「・・・ここまで言っておいてなんだけどね」

「はい」

ソファーに身体を預け上を向いてリラックスしているようにも見えるが、その声は重く先程よりも剣呑さを帯びている。


「アイ文っていうのは、やっぱり科学的には説明できないなにかなんじゃないかって・・・私は思ってるんだ・・・」

「それは何故でしょう?」

「・・・キミも見たのだろう?」


そう言って昨日私が真っ白いヤツの特徴を書いたA-4のルーズリーフをバインダーから取り出すと机の上に置いた。


「コイツだよ。兄の手記にも書いてあった真っ白いヤツだ。キミは弟くんの病室で見ているというね」

「・・・」

「キミはその真っ白いヤツを以前見たことがあるかい?倒れる前の弟くんからその話を聞いたとか、夢でも、映画とかアニメとかドラマとかで似たようなキャラクターがいたとかでもいい」


「全くありません・・・」


「そういうことだよ。私はアイ文について色々調べてきたが「真っ白いヤツ」なんて情報はこの兄の手記意外どこにも載っていなかった。だから私は兄の手記、キミの話からソイツのせいじゃないかと結論に到ったわけだ。同じアイ文被害者と予想される二人の間に現れた真っ白いヤツ・・・ソイツさえなんとかできれば、兄もキミの弟くんもなんとかできるんじゃないかと私は思っているんだ」


「呪われるという都市伝説を信じること前提で、しかもその呪いの元かもしれない真っ白いヤツをなんとかする方法・・・正直言って雲を掴むような話ではありませんか・・・?」


「だね。だけどそれ以外方法も無い。ま、そう暗く考えるのはよしたまえよ。呪いがあるとするなら解呪する方法だって必ずあるさ、いや、あるんだ」


「・・・・・・」


微笑を浮かべ冗談のようにそう言い切る彼女の瞳は力強く、揺ぎ無い意思の強さを感じる。

私はそんな彼女に尊敬の念を抱くと共に、優柔不断で後ろばかり向いている自分を深く恥じた。

私は気付かぬうちに、自分には無い意思の強さというものを持った彼女に惹かれていたのかもしれない。


「柊さん」

「ん?なんだい?」



これはただの尊敬なのかもしれない、柊さんの持つ人間的な魅力に惹かれたのかもしれない、もしかしたらもっと違う感情なのかもしれない。


今はその答えが自分の中で見つからないが、ただ、治を救いたいという想いと同じくらいに、彼女の傍に居たい、もっと彼女と会話をしたいし、彼女をもっと手伝いたいという気持ちが私を動かした。


「よろしければ、これからも柊さんのお手伝いをさせてはいただけませんか?」


「・・・」


「キミがそう言ってくれなければ、私から手伝ってくれとキミにお願いしようとしていたところだよ」


驚いたような顔をした後、優しい笑みを浮かべ、右手を差し出してくれる。


「何も役に立てないかもしれませんが、私は柊さんを信じます。ですから、これからよろしくお願いします」


私は差し出された彼女の手を握った。


「なに、実を言うと私も一人で寂しかったからね、本当に嬉しいよ。これからよろしくな、東雲くん」

「はいっ」


私たちは力強く手を握り合うと、これからの決意を新たにした。

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