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穢文  作者: 妄執
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本編 其ノ三 -共通点-

「私もそうだからさ」

そう言った柊さんの顔に冗談の色は見えなかった。

私は突然の、全く予想だにしなかったその言葉に戸惑い、なんと言っていいのか分からなかった。暫く口をパクパクさせた後にやっと言葉を搾り出した。


「・・・私も?とおっしゃられましたか?」

「ああ、だが私の話をする前に、キミに最後の確認を取りたい」


「昏睡状態になった人はキミの家族の誰かなのか?」

彼女の真剣な瞳を見て、 私はこの時、全てを話すことに決めた。


「・・・はい、そうです。昏睡状態になったのは、自分の五つ離れた弟なのです・・・」


「・・・そうか・・・すまんな、キミも話すのは辛かっただろう」

そう言った柊女史の目には深い憐憫の情が浮かんでいる。


「すっかり冷めてしまったね、淹れなおすよ」

彼女は立ち上がるとカップを二つ持ってポットの前まで行くと、私に背を向けてコーヒーを淹れながら口を開いた。


「私には六つ歳の離れた兄がいてね、まぁ・・・歳が離れているだけあって結構可愛がって貰ってたんだ。誕生日とかお互い祝いあったり、高校大学と合格祝いもしてもらったし、成人祝いだってしてくれた、安月給のくせに見栄張って良いものをプレゼントしてくれたりな・・・顔も頭も平凡だったが、そんな兄が私は好きだったし、我ながらお兄ちゃん子だったと思うよ」


彼女は淹れなおしたコーヒーを一つ私の前の机に置くと座らずに自分用のコーヒーを片手にそのままパソコンが乗っかっているデスクの前まで行き、パソコンを起動させ片手でキーボードをカタカタ叩きながら話を続ける。


「・・・その兄も、一年前に原因不明の昏睡状態になって、まだ目が覚めないんだ」

「・・・柊さんは、お兄さんがそうなってしまったのは、アイ文が原因だと思っているのですね」


「ああ、そうだよ。今まで半信半疑だったが、キミの話を聞いてほぼ確信した。兄が意識を失ってしまったことも、目覚めないのも、全てはアイ文が原因だとね」


「最初にアイ文が原因ではないかと思われた理由は?」

「キミは、月刊ミステリアスという雑誌を知っているか?」

「えっ?・・・確か、その手の人には人気があるオカルト雑誌でしたっけ?」


「そう、それだよ。兄はそこの都市伝説担当のライターをやっていてね。調度当時流行り始めていたアイ文を記事にしようとしていたのさ。私も兄も実家住まいでね、兄が倒れる前日に世間話をしてたら兄がアイ文について調べてるって話をしたんだ。次の日に、朝起こすため兄にいくら呼びかけても返事がないから、寝起きの良い兄にしては珍しいと思って部屋まで入ったんだ、そしたら・・・部屋で兄が倒れていて・・・その後は・・・多分キミの弟くんと同じだ・・・身体も頭も正常で意識だけが戻らない・・・」


カタカタとキーボードを叩く手が止まる。

柊女子は淹れなおしたコーヒーを一口飲みながら、私にこちらに来るようにチョイチョイと手招きをする。

 真面目に深刻な話をしている彼女にとても失礼な感想だが、大人びた彼女のそのチョイチョイと手招きする動作がどうにも幼く見え可愛らしく思えた。


「それで、兄がこうなってしまった原因があるんじゃないかと探してたら、兄のパソコンが付けっぱなしな事に気が付いてね、悪いとは思ったんだが何か手掛かりがあるんじゃないかと思って、覗かせてもらったんだ。そしたら、多分原稿の下書きかなんかだろうね、打ちかけの、この文章が残ってたんだ」


私はソファーを立って柊女史の隣まで移動し、促されるままパソコンの画面を覗き込んだ。




---------------------------------------------

穢文、それは頭と心を犯す文。


 巷で流行している「アイ文」という都市伝説がある。

本来なら一件もヒットするはずの無いデタラメな文字列を検索画面に打ち込むと、ごく稀に文字化けしたサイトが一件だけヒットすることがある。その文字化けしたサイトの「アイ文」というテキストを読んでしまうと呪われて頭がおかしくなる、というものだ。


 よくある都市伝説の一つであるこの「アイ文」の何が私の気を惹いたのかは未だに分からないが、なんとなくデタラメに文字を打って検索してみたら文字化けしたサイトがでてきたのだ。そのサイトを開いてみると、真っ黒な画面の真ん中に「アイ文-ようこそ-」と題されたテキストボタンが表示された。クリックした。見てみた。ちゃんと全部読んだ。


 結果的に言えば何もおきなかった。私の頭は正常だし特に呪われてもいない。やはり都市伝説はあくまで都市伝説だ。


 こういうのは思い込みなのだと改めて思った。実際「アイ文」を読んで何がおきるかは読んだアナタ次第ということなのだ。


 私の部屋の隅にいる真っ白いヤツにも「やっぱ都市伝説は都市伝説だな~」と話しかけるとタテに首を振って答えてくれる。ソイツはゆらりと立ち上がると私に向かって歩いてくる。


 あれ?? この真っ白いヤツ 誰???


---------------------------------------------


「これは・・・」

「これが、私が原因なんじゃないかと思った理由さ。いや、正確に言えば、これ以外の理由が見当たらなかった・・・キミと同じさ・・・」


私が固まっていると、柊さんが私の背中に手を当ててソファーに座るよう促す。

タバコと彼女自身の甘い匂いが混ざった香りに少し落ち着きを覚えた。


「・・・」

席に着いても私は言葉が無かった、柊さんが嘘をついているなんて元より思っていないし、何よりも柊さんのお兄さんが残したという文章の「真っ白いヤツ」という単語に脳髄を打ち抜かれた気分だった。


これに書いてある真っ白いヤツっていうのは私が治の病室で眠ってしまったときの夢で見たアイツのことなんじゃないのか・・・?

お兄さんの書いた真っ白いヤツと私が夢で見た真っ白いヤツが全くの別物だったとしてもこんな一致があるものなのか・・・?

偶然にしてはできすぎているし・・・私は夢で見た真っ白いヤツの話を誰にもしていないのだから、柊さんが知っているはずもない・・・


「・・・?どうした東雲くん、顔が青いぞ。何かこの文章に気になることでも書いてあったのかい?」

「あ・・・いえ、すみません。今、自分の中で整理しているので・・・少し待ってください・・・その間に柊さんのお話を聞かせてください・・・」


私はそう言うのが精一杯だった、実際に自分の中で全く整理できていない。むしろ混乱している。

しかし人は混乱してるときほどそのことを実際に頭の中で考えていないもので、何も考られず、まずいまずいという不の思いだけを抱いて、何処を見るでもなくある種ぼーっとして、混乱のせいでゴチャゴチャになってしまった脳内を、無意識のウチに脳が持つ自動整理機能を使い、少しづつ整った段階で要約頭を使って思考し、言語化し、落ち着くことが出来る。ようするに脳が正常に動くまで時間がかかるのだ。


「・・・そうか?なら続けるが、兄は几帳面な人でね、書きかけのテキストを保存もせずに打ちっぱなしで何かするような人じゃないし、倒れていた時もパソコンに向かった状態だった。私の推測だが、これを書いている途中・・・もっと言えば、「あれ?? この真っ白いヤツ 誰???」と打ち込んだ直後に、その真っ白いヤツに襲われたんじゃないかと思うんだ」


「だから私は、キミのいう一厘でも可能性があるならという思いで、このサークルを立ち上げて一年間ずっとアイ文を研究してきたという訳さ。ミステリーオカルト研究と銘打ってあるのは、他のそういった神秘的ないし怪現象を研究すれば、このアイ文を紐解く鍵になるかもしれないと思ったからだよ」


コーヒーのフチを指でなぞりながらジッと私を見た。


「自分自身半信半疑だったが、キミが来て、兄と同じような状態になってしまったキミの弟がいて、しかも双方共アイ文が関係している可能性があった。こうなるとアイ文が昏睡状態の原因だと確信したとしてもおかしくはないだろう?」


「確かに・・・そうかもしれませんが・・・」

「信じられないのも無理は無いよ、私だってこんなオカルト信じたくは無い」


「ですが・・・一つ、お兄さんの文章を見て、私にも心当たりがあるのです・・・それが、私がお兄さんの文章を見て青くなった理由です」


要約混乱から落ち着きを取り戻した私は、病室の夢で見た真っ白いヤツのことを柊さんに打ち明ける余裕ができた。


「・・・ん?それはなんだい?」

柊さんは持っていたコーヒーカップを置いて少し前のめりになると、私の言葉を待った。


「実は、弟の見舞いに行った時に、私は疲れから弟がいる病室で寝てしまったのですが・・・その時不思議な夢を見たのです・・・」

「不思議な夢?」

「はい・・・その夢の中は真っ白な四角い空間で、そこの・・・私の目の前に・・・全身真っ白いヤツが座って、私をじっと見ていたのです・・・よくよく考えればゾッとするような見た目なのですが・・・それを見た私は、なんだかそこにあるのが当たり前なもののように認識していたのです・・・ソイツに触れようと手を伸ばしたところで目が覚めてしまいましたが・・・」


「!!」

それを聞いた彼女はすぐさま立ち上がると急いでパソコンが置いてあるデスクまで行き引き出しをガサガサと漁りながら声を荒げた。

「東雲くん!ソイツがどんなヤツだったか覚えているか!?」

「はい、なんとなくですが・・・」

「ちょっと待っていてくれ、今紙とペンを用意するから思い出せる限りでいい、ソイツの姿とソイツを見て感じたことを全て書いてくれ!」


私は言われたとおり用意されたA4のルーズリーフに真っ白いヤツの覚えている限りのことを書いた。

 

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全身絵

特徴

全身白い

人型

身長は体育座りだったため詳しくは分からないが、おそらく170前後


上下七分丈のアオザイ型の真っ白い服を着ている


服からでている肌の色はロウのように真っ白い


手や足もあり、各手足の指は五本づつ爪も全てあり、爪の色は墨汁のように真っ黒い


顔はのっぺらぼうに左目だけつめたような顔で、左目以外のパーツも頭髪も無し、ただラバーマスクのよ

うなものをつけているようにも見えた。


左目は白目の部分が黒く瞳の部分が白い。


不気味な見た目のはずなのに実際見たときに違和感を感じない

-----------------------------------------------------


「こいつが・・・アイ文のバケモノ・・・」

私の書いた真っ白いヤツの特徴と全身図を忌わしげに注視する柊さん。


「ソイツがアイ文と関係するのか、お兄さんの文章に書いてあった白いヤツと同じモノなのか、確かではありませんが、私が見た夢にでてきたのはソイツです」

「なるほどな・・・」

彼女はルーズリーフを見つめながら私が使い終わったペンを掴んで頭をトントンと叩きながら時折「うーん」「むぅ」といった唸り声を出して熟考している。そして、それを何分か続けているとボソリと呟きがもれた。


「だが、不思議だ」

「真っ白いヤツと会った私が今、こうやって無事でいることがでしょうか?」

言わんとしていることは分かる、というよりも、むしろ私自身が一番気になっていたことだった。

柊さんが熟考している間に、私もこのことについて彼女ほどアイ文の知識は無いにせよ、自分なりに考えていた。


「ああ、脅すようですまんが、私の考えだとその真っ白いヤツが来て、精神とか意識を持っていかれるものだと仮定していた。だがそうすると、直にあったはずのキミが無事でいることがおかしいということになる」

「私もあくまで仮定の話なのですが、もしかしたらアイ文という文章を直接読まなければそいつは、何もしてこないのでは?」

「ううん・・・そうなると私の仮説が大分崩れるな・・・そもそもアイ文を読んだことのないキミが見たという時点で大分なぁ・・・」

「いえ、あくまで素人考えなので・・・」



暫く考え込んでいた柊さんは一旦ルーズリーフから視線を上げると、コーヒーを口にしながら考えを纏めているように見えた。

カップを置くと総括するようにゆっくりと口を開く。


「東雲くん、キミはここまでの話を聞いてどう思った?私とキミ、お互いの兄弟が原因不明の昏睡状態で、意識を失う直前の二人に共通しているのがアイ文という都市伝説で、私の兄が残した文章に書いてある真っ白いヤツをキミも弟さんの病室で寝たときに見ていて、不気味な見た目なのに、見たときに違和感を感じないという特徴まで一緒だ。ここまで符合することがあって偶然の一致だと片付けられるかい?」


「・・・正直な所、理解し難い話ですが、これらを全て偶然で片付けることはできませんね」


「そうだろう、私もそう思うよ・・・・」

柊さんはソファーに深く座ると大きく息を吐き出した。

そしてまた胸ポケットからタバコを取り出すと、オイルライターを取り出して火を付ける。

たちまち室内がタバコとオイルの匂いに包まれた。


「ふーーー」

「・・・私は疲れたし、キミも疲れたろ。今日のところはこのくらいにして、詳しい話はまた明日しよう」

「はい・・・」

実際精神的に参っていた私にはありがたい申し出だった。


「明日もここに来てもらえればありがたいんだが、キミは明日は来れるか?来れるなら何時ごろ来れる?」

「何時でも構いません、朝一でも深夜でも」

「なら、明日は朝10時にここへ来てくれ、あと連絡先を交換しよう」

「分かりました、今日はありがとうございました」

私は連絡先を交換すると立ち上がり一礼して部屋を後にしようとすると、呼び止められた。


「東雲くん」

「はい?」

「夜寂しくなったら、この美人なお姉さんに電話してきてもいいんだぞ?」


「っ・・・」


「ふふっ・・・では、お言葉に甘えて、寂しくなったら電話させていただきます」


彼女の優しい気遣いに自然と笑みがこぼれた。

人前でこんな無防備に笑ったのは随分と久しぶりだ。


「やっと笑ってくれたね、暗い顔してたって事態は好転しないんだ。それをよく覚えておくといい」

「はい、金言ですね。それでは失礼します」

「うん、また明日」


私は頭を下げて今度こそミステリーオカルト研究会の部室を後にした。



アパートに帰ってきた私は昨日に引き続きコンビニで適当に買ってきた食べ物をを胃に詰め込んでシャワーを浴び、タオルで髪を乾かしながら鈴木君に「治が倒れる前に、普段と何か変わったことが無かったか調べてみてくれないかな?」とメールを打って送信し終えると粉末を水で溶かした青汁を一息に飲み干す。


「ふぅ・・・」


よくコマーシャルを見ていると不味いなどといわれている青汁だが、最近のドラッグストアで売っているような青汁は不味くない、というよりも殆ど無味無臭で味の感想を聞かれると逆に困ってしまうくらいだ。


「・・・」


空になったグラスをぼんやりと見つめながら、今日の出来事を思い出す。


マサカコンナコトニナルトハ・・・・・・

何も期待しないで訪ねてみたオカ研に自分と同じ兄妹が昏睡状態になってしまった女性、柊木葉さんがいて、しかも治も柊さんのお兄さんもアイ文が原因でこうなってしまった可能性があって、私が病院で見た真っ白いヤツと、柊さんのお兄さんが残した文章に記された真っ白いヤツが同じヤツかもしれなくて・・・・・・

最初は鈴木くん達の話をバカバカしいと思っていたが、今日一日で私の考えも大分鈴木くん達寄りになったと思う・・・・・・全て偶然として片付けるには符号することが多すぎる・・・・・・


ナンテコトダ・・・

だとしたら・・・一体どうやれば治を助けることができるのだろ・・・この手の話は大体が呪われたらおしまいで、助かる方法なんて載っていることのほうが稀だ・・・

いや、ダメだ・・・悪い方へばかり考えるな・・・呪いがあるのなら解呪の方法だってきっとある・・・


私は悪い方へ偏ってきた思考を、頭を振って払いのけると電気を消してベッドに横になって目を閉じるのだった。



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