本編 其ノ二 -柊木葉-
昨日に続き、今日も大学の講義を自主休講することにして朝一で治の病院に顔を出した私は、その後別の用事の為に大学へと来ていた。
治の状態は相変わらずで、何も変化無し。
少しでも良い方向に考えるとするならば、悪化はしていないということだろうが、目覚めていない時点で悪化しているといえなくもない。しかし、今は悪い方向へ考えるのはよそう。
常に最悪を考えて行動することが自分のモットーだが、それはそれこれはこれだ。自分自身に降りかかる不幸はいくらでも考えられるが、自分の家族に降りかかる不幸など、それが防げるものでない以外考えても仕方ないから考え無いようにしている。
フォンッ テ~レレレ~レレテ~レレレ~レレテ~レレレ~ ポッペンポッペンポッペンポッペン
テレレレテレレレテッテレレーレ テッテレレレレレレー
サムソンとデリラよりバッカナールを聴きながらいつも講義を受けている教室棟を素通りすると、文化系のサークルが多いサークル棟へと入った。意外と小奇麗なサークル棟の床にコツコツと足音を響かせながら、目的の部屋の前へ来るとイヤホンを耳から外した。
「ミステリーオカルト研究サークル」
とプレートが貼ってある怪しげな扉を前にして、今からすることをもう一度自分の中で確認するため、その場に立ち止まった。
自分なりにアイ文についてネットで調べてみたが、鈴木くん達が話した以上の情報は出てこなかった。
ここならもっと詳しい話が聞けるのではないかという思いがあって、このミステリーオカルト研究サークルまでやってきたのだ。
ただ、私はこのサークルが一体何をやっているサークルなのか全く知らない。
名前通りならば神秘的なことや怪現象を研究してるはずだが、実際この手の色物サークルは名前通りの活動をしていないことの方が多い。だらだらしたり遊ぶための溜まり場になっていたりするのだ。
このミステリーオカルト研究サークルでいうのなら、自分は宇宙人にさらわれた事があるとか、幽霊が見えるとか、自分は実は吸血鬼なんだとか、そういった変人が多く集まって、ただただ意味のない話を延々と続けている混沌とした危ない溜まり場で、部屋には呪いのアイテムやら怪しげな道具でいっぱいに埋め尽くされている場所、といった感じでも不思議ではない。
実際中がそういった混沌空間になっていたらすぐに退出しよう・・・
とりあえず、アイ文の話を聞いて、もし詳しく知っているのなら教えてもらおう。
そもそも今の時間じゃ誰もいないかもしれない、もし誰も居なかったらまた出直そう。
「よし」
自分に軽く気合を入れるとミステリーオカルト研究サークルの扉をコンコンコンコンと四回ノックした。
「ん~?どうぞ鍵は開いてるよ」
そのノックに返事をしたのはよく通る女性の声だった。
「失礼します」
ガチャリを扉を開けて中に入ると、二人掛けのソファーが二つ対面になるよう平たい机を挟んで置かれ、そのソファーの向こう側にはパソコンの置かれたデスクがあり、その両横の壁際に配置された書棚とロッカー、残りのスペースには二人用のパイプ机の上に湯沸しポットとインスタントコーヒー、その下に小型の冷蔵庫が設置されていた。
見たところ怪しげな呪術の道具や、呪いのアイテムのようなものは見えない。むしろ、研究員が持つ個室のような清潔感のある部屋であった。
自分から見て正面に、二つあるソファーの向かい側に、私に返事をしたであろう一人の女性が机の上に並べられたタロットのようなものをめくりながら座っていた。
一本に縛られたポニーテールに、知的さが窺える切れ長のキリッとした双眸で、色白のスラリとした体型に大人びた雰囲気を持つ美しい女性だった。
小さめのフチ無し眼鏡をかけ、白いワイシャツとタイトな黒いスカートにストッキングを履き白衣を纏っている姿は女医とか研究者の見た目そのものだ。
その女性は入ってきた私と一度目を合わすと、前傾姿勢のまま視線を机に戻しゆったりとした手付きで再びタロットをめくりだした。
「座って」なり「なんのようですか?」なり何かしら言葉をかけてもらえるものと思って脳内でその返事を幾通も考えていたいた私は、彼女の取った予想外の行動に狼狽えてしまう。
「あの・・・」
「で、キミは一体なんの用でここに来たんだい?」
私が話しかけようとすると、その女性はそう言いながら上目遣いでもう一度私を見た。
「実は」
「まあ、ちょっと待ってくれ。当てて見せよう、とりあえずそこのソファーに座って」
「え?はぁ・・・?」
すっかり機先を制されてしまった私は言われるがまま彼女の対面のソファーに腰を下ろすと、彼女との会話が始まった。
「キミは見たところ一年生じゃないね。あと、こういうオカルトとかミステリーとかそういったものは信じていない。何か困ったことがあって、とりあえず胡散臭いけど頼れるものは他に無いから、ダメもとでここにきた・・・違うかな?」
「・・・そう見えますか?」
自分の考えが読まれたように思えて内心ドキリとする。
「顔を見たら分かるよ。こういうのもなんだけど、ここは変な入部希望者が多くてね。簡単に言うと変人、電波系とか不思議ちゃんばかりくるんだ。そういうのは顔とか立振る舞いとか見てればすぐにわかるんだ。だけどキミはそういった感じじゃないし、何か悩みがあるような顔をしてるからね」
「・・・・・・」
「当たっているかな?」
彼女は軽くニヤッと笑うと一枚のタロットを引っくり返した。
「あとキミは女難の相がでてるよ、今まで大分女性を泣かしてきたんじゃないか?」
「いえ、それはないと思いますが・・・」
「ふぅん・・・そうか・・・やっぱりダメだな」
彼女は興味が失せたようにめくったタロットを放り投げるとドカッとソファーに座りなおし、私をじっと見た。その知的で整った顔立ちに凛とした強かさを感じる。
「ま、今のは只のあて推量ってヤツだ。このタロットも特に意味は無いよ、ただの暇潰しでやってただけだからね」
「そうなんですか・・・?」
その割にかなり的確な指摘だったが・・・彼女はそういったその人物が持つ雰囲気や表情、体の動きから相手の大まかな思考を読み取ることができるのかもしれない・・・
「それで?肝試しで心霊スポットに行ったら変なモノが憑いてしまったから除霊してほしい?それとも禁じられた儀式を行ってしまって呪われたから解呪してほしい?はたまた宇宙人に攫われかけたから助けて欲しいのかい?」
「いえ、どれも違います」
「なら良かった、そういう理由で来るヤツらには全員お引取りを願っているんだ」
「そうなので?」
「ああそうだ、ここはミステリーオカルト「研究」サークルだ。そういった不思議な事象や怪現象を研究する場所であって、お祓いをしたり不思議ちゃんの妄想話を聞いたりする場所じゃない。除霊して欲しいんなら神社に行くべきだ、宇宙人の話がしたいならUFO研究会に行くべきだ、ホラー映画が好きなら映画研究会にいくべきだ。そうは思わないかい?」
「思います」
「数ある最高学府の中でも最上位に位置するこの帝大で、そんな生徒ばかりがこのサークルに来るなんてのも嘆かわしい限りだけどね。もっとこのサークルが標榜する研究に興味がある熱心な生徒に来て欲しいものだよ」
「・・・」
入る前に想像していた内容と全く違う清潔な室内とまともな人、そのことに多少拍子抜けした私は彼女の顔をマジマジと見つめた。
「ん?なんだ?惚れるなよ?」
「惚れませんよ」
「そうか、ならキミの用件とやらを聞かせてもらおうか、ちょっと待っていてくれ」
彼女は立ち上がるとカップを二つ用意して備え付けのインスタントコーヒーを淹れると、机の上に散らばったタロットカードをコースター代わりにカップを置いて私に一つ差し出してくれた。
「ありがとうございます」
「なに、丁度私も飲みたかったんだ。砂糖もミルクも無いが、それは我慢してくれ」
「いえ、大丈夫です」
それを受け取って一口飲むと、80℃程のコーヒーが私の喉を温めてくれた。
「あらためて、私はこのミステリーオカルト研究サークル部長の四年生、柊木葉だ。ちなみにこのサークルのメンバーは私一人しかいないから気兼ねせずにくつろいでくれ」
「自分は三年生の東雲早雲と申します。失礼ですが、柊さんしか部員はおられないので?」
「ああ、邪魔な奴らを私が全て追い出したからな」
「それはまた・・・随分と過激ですね・・・」
柊さんはその頃を思い出したのか、少し憂いを帯びた表情をした。
「うん・・・まぁ仕方なかったのさ」
「仕方なかった?」
「ああ、さっきも言ったとおり、ここは超常現象とか怪現象とかを科学的ないし論理的に研究する為に私が立ち上げたサークルだ。だっていうのに、ここに来る奴らはオカルトが好きなだけで何も研究しようとする気の無いようなのばっかりだったのさ。キャラ付けでオカルト大好きとか宇宙人に攫われかけたとか自称霊感体質で困ってるとかホラー映画が好きとかね。変人中二病キャラ迷子のオンパレードだ、あとは色恋沙汰かな・・・」
「年頃の男女が集まれば自然とそうなるでしょうね」
正直、柊さんを恋人にしたい人は多いだろう。まだ会って僅かしか経ってないが、顔やスラリとした身体は申し分ないし、会話の端々に知的さとユーモア、それと嫌味の無いサッパリした性格も伺える。
「ああ、たまに一見まともそうなヤツが来たりするが、そういう手合いは大体私目当てだ」
柊さんはそう言うと目を細めて口角を上げて微笑を作るとジト~っと私を見た。
その視線に少し居心地が悪くなる。柊さんがふざけているのはわかるが、私は人に見つめられるのが苦手なのだ。
「・・・なんでしょう?」
「・・・キミは違うよな?」
軽くふざけた調子でからかってくる柊さんを、私はお茶目な人だなと思った。
「残念ながら、自分は今日初めて柊さんのことを知りましたし、この三年間見かけたこともありませんよ」
「そうなのか?私は校内で何回かキミを見たことがあるけどね」
「そうなんですか?」
「ああ、キミの顔は少々目立つからね。私も覚えていたよ。だからキミが一年じゃないことも最初から分かっていたんだ」
「え・・・?自分は・・・目立つ顔なのですか・・・?」
身なりには気を使っているつもりだが、他の人から見れば不快に思われているのかもしれない・・・
そう思うと少し不安になった。
その不安を察したのか柊さんはすかさず言葉を重ねた。
「ああ、悪い意味じゃないさ。悪目立ちしてるわけじゃないから、そんな不安そうな顔はやめてくれ」
「はぁ・・・?」
「・・・キミは自分にあまり自信が無いようだね、私みたいに図太く生きないと疲れるよ?そんなんじゃ生き辛いだろう?」
「すみません、性分なもので・・・」
柊さんはコーヒーを一口飲むと、無意識なのだろうか白衣の胸元に伸ばした手をさっと引っ込めると、私の両眼をしっかり捉え、少し前屈みの姿勢になった。第三ボタン辺りまで外してあるワイシャツから鎖骨が覗いている。
「・・・それよりお互いの自己紹介も済んだところで、キミがここに来た理由を教えてくれないか?いや、私は別にこのまま雑談しててもいいんだけどね」
本題が来た、そう思うと何に対してなのか分からずも体が自然と緊張する。けれども今日はその為にここへ来たのだ、そう自分に渇を入れるとしっかりと柊さんの目を見て口を開いた。
「・・・実は、少々お聞きしたいことがありまして、今日はそのためにこちらに窺った次第です」
「で、なんのことを聞きたいんだい?」
「柊さんはアイ文という都市伝説をご存知ですか?」
柊さんの眉がピクリと動き、目も一瞬だが軽く見開かれ、表情も僅かに険を帯びた。
この反応を見るに彼女は何かアイ文のことを知っていると直感した。
「・・・東雲くん、なんでその都市伝説のことを知りたいんだ?キミが入ってきた時にも言ったけど、キミはそんなオカルトとか都市伝説とか信じているタイプには見えないんだが?まさか興味本位という訳じゃないだろう?」
「不躾ながら、理由を話さねば教えては頂けないのですか?」
本当に失礼な物言いだと自己嫌悪に陥るが、治達のことは伏せるにしてもこの話をしてネット以上のことは知りませんでした、では話す意味が無いし、治や自分に打ち明けてくれた鈴木くんたちにも悪い。
直感的に柊さんがこのことを知っていると思ったが、確証が無い以上軽々しく打ち明けるわけには行かない。
「・・・そうだ、キミの雰囲気から察するに随分と話し難いことなのだろうけど、そもそも私が知っていたとしてキミに話してあげる義理はないだろう?対価も無しに話してもらえるなんてムシが良すぎると思わないかい?」
柊さんの外面ではない内面がどんどん険しくなっていくのが感じ取れた。
自分が失礼な物言いをしているのは百も承知だが、何故彼女がこんなに険を帯びるのかが分からない。
なんというか、柊さんは自分の失礼な物言いにではなく、「アイ文」という単語に怒りを越えた憎悪のようなものを感じているように思えた。
「本当に失礼ですが、柊さんはアイ文についてネットに載っている以上の情報を知っているのですか?」
「・・・さぁ?それはどうかな?」
「ただ、キミがその都市伝説のことを知りたい理由を私に話してくれたら、私も私が知っているその都市伝説の情報をキミに教えてあげる。与えるのは私で、その私に頼りにきたのはキミだ。なら頼りに来た立場であるキミにとって、この交換条件はかなり破格なものだとは思わないか?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
暫くの間お互い無言で見つめ合うと、私は柊さんの瞳に映る常ならざる怒りに、何か知っているのではないかと望みをかけてこの件を話すことに決めた。
「実は・・・こんな話、私自身信じていないのですが・・・」
治達のことは昏睡状態になった友人とその友人から聞いた話と誤魔化して、鈴木くんから聞いた話を全て柊さんに話した。
彼女は私の話に一切口を挟まず静に全てを聞いてくれた。
「自分でも、バカな話だと思っています。笑われてもおかしくありません。ですが、それ以外に友人が倒れた理由が見つからず、少しでも快復する可能性があるならという思いでここへ来たのです。ですので、アイ文について何か知っているのなら是非とも教えていただきたいのです」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
私の話を聞き終えた柊さんは暫く無言で宙を見つめると、白衣の胸ポケットからタバコを取り出して火を付けた。深く吸い込むとソファーの背もたれに寄りかかりながらスラッとした足をモモの辺りで組んで、そのまま上を向いて紫煙を吐き出す。その色白の綺麗な首筋が目に入る。
「・・・校内禁煙ですよ」
「フー・・・硬いこと言うなよ・・・そこらへんはうまく誤魔化してるから・・・キミが黙っていてくれれば、バレないさ・・・」
「それに・・・ここで吸うのはいつも我慢してるんだよ・・・」
最初に入ってきた時の雰囲気とは打って変わって、随分と疲れたように気だるげに話す柊さん。
私の話にまた変なヤツが来たとがっかりして辟易してしまったのだろうか?
しかし、タバコを吸いながら何か考えているような彼女の顔にそういった感じは見られない。
私はすっかり温くなったコーヒーを口に含むと柊さんの言葉を待った。
「・・・なぁ東雲くん」
「はい」
「キミは、その友人が昏睡状態になってから始めてアイ文っていう都市伝説のことを知ったのかい?」
「はい、そうです」
「なぁ東雲くん」
「はい」
「その昏睡状態になった友人って、嘘だろ?」
「・・・・・・」
「多分・・・これは私の勝手な憶測だけど、その昏睡状態になった人ってのは・・・友人なんかじゃなくて・・・キミの家族の誰か、なんじゃないか?」
「・・・何故、そう思われるのです?」
彼女は半分ほど吸ったタバコを携帯灰皿に捻じ込むとふたを閉めて私の目を真っ直ぐ見た。
「私もそうだからさ」




