白木カレンの手記
今日、キヨからこの手帳とペンをもらった。
本を読む事は許されていたが、書く事は禁じられていたから父には秘密だ。
何故急にそんなことがしたくなったのかというと、多分、私の生涯をどこかに書きつづっておきたかったのかもしれない。
私は父白木兼家の娘として生を受けた。
母は私が生まれた時に亡くなっているらしく、写真すら見たこともないので麗華という名前しか知らない。
他に兄弟はいないらしい。私は物心付いた時からこの土蔵の中の座敷牢に閉じ込められている。
だから家族についてはそれくらいしかしらない。
父は年に何回か酔ってこの座敷牢にやってきては私に罵倒を浴びせ、それでも気が済まないときは牢の中に入って来て暴力を振るい、気が済むと帰って行くというそんな人だった。
いつもその後にキヨが私の側にやってきて、なんて酷いことをと涙を流して手当てしてくれるが、私にはそれが酷いことなのかどうか分からなかった。
この牢にずっと幽閉されていることも、父の罵倒も暴力も私にとってはそれが当たり前のことだったから、それが私にとっての日常だったから。
私の世話係はずっとキヨだった。
キヨは私に優しくしてくれる。
文字の読み書きを私に教えてくれたのも真白様のことを教えてくれたのもキヨだ。
父の暴力から私を守ろうとしてくれたし、本も差し入れてくれる。
この手帳といったワガママも聞いてくれる。本当に優しい、母のような人。
私は本を読むのが好きだった。
何もすることのないこの牢の中で、本を読むことだけが私の唯一の楽しみだった。
外には様々なものがあるようだ。ここには無いものが沢山ある。
特に私が興味を惹かれたモノ達は、エアコン、お風呂、インターネット、友達、恋、というものだった。
ここは夏でも締め切りだから酷く暑く、冬でも上の格子度は開いているためとても寒い。エアコンというものを使えば夏は涼しく冬は暖かくなるらしい。まるで魔法だ。
お風呂というものに入ってみたかった。
なんでも、温かいお湯が浴槽に張られていてとっても温かいらしい。
キヨはこの村に天然の温泉もあるのだという。
私は今までキヨが持ってきた大きなタライに水を張って、そこで身体を拭って髪を洗うことしかしなかったから、夏はまだ良いけど冬はとても寒い。
だから、温かいお風呂というものに入ってみたかった。
インターネットというものをして見たかった。それがあればこの中からでも、世界に繋がれるのだという。そんなことが出来たらなんて素敵なのだろう。
友達というものも欲しかった。
なんでも友達というのは、すごいらしい。
私は人間というものを自分含めて二人しか知らない。
父とキヨそれが私の知る人間の全て。
あとは本の中の登場人物しか知らない。
ここから外の世界には何十億人もの人間が住んでいるなんてとても想像できない。
恋というものをしてみたかった。
恋とはなんだろう?本の中ではとても素晴らしいもののように書かれている。そして愛というものも。私にはわからない。
私は寂しいのだろうか?きっと寂しいのだろう。
きっと私の願いというものは友達でもなんでもなく、ただ誰かに側に居て欲しかっただけだ。
触れて欲しい抱きしめて欲しい。私を思って欲しい。
父のように憎悪ではない感情で私に接して欲しい。
キヨは毎日私に兼家が死ねば私は自由になれるのだと言ってくれる。
でも、それも叶わないだろう。
私の体はもう長くない。
毎日咳が止まらない。
喀血する。
だから私はもう死ぬのだろう。
父は何故私に本を読むことを許したのだろうか?
多分その理由は、優しさではないだろう。
私はずっと座敷牢にいるから、奪えるものが無いのだ。だから、奪うために与えたのだ。
本を読めば外の世界に憧れる。現に私は憧れた。見たい聞きたい触りたい食べたい外に出たい自由になりたい。そういった欲求が生まれた。だが、その願いは絶対に叶わない。
その絶望を与えるために、父は私に本を与えることを許したのではないか。
だが、そんなことで私は絶望しなかった。
それは私の気が強いとか意志が強いとかそんな難しい話ではない。
例えば、魔法が出てくる物語の本を読んで魔法に憧れても、現実では魔法が使えないことくらい知っている。だから現実で魔法が使えないところで落胆はしても絶望なんかしたりはしない。
私の中でファンタジーも学園ものも恋愛ものも現実モノも非現実モノも全て魔法と同じだ。
だから私はそんなことでは絶望なんてしない。
端から在りえない事だと分かっているのだからできる筈がない。
だけど私には別の希望があった。
私がずっと抱いていた希望とは、死だ。
死ねば自由になれる。
死が私を解放して、自由にさせてくれる。
この狭い世界から私を解き放ってくれる唯一のもの、それが死だと心の何処かでずっとそう思っていた。
私はいつからか死ねば自由になれるのだと、勘違いした希望を抱いていた。
だが、それは大きな間違いだということにある時気付いた。
真白様の伝承を読んで、キヨから真白様のことを教えられた。
真白様はこの来日の氏神様であり、産土神様であり、来日の村人の母たる存在だと教えられた。
私もそう思う。
私の肌の色、髪の色、瞳の色、それはきっと村の誰よりも真白様に近いのだと思う。
私は世界で父とキヨしか人間を知らないが、私のほうが真白様に近いと断言できる。
だけども私と真白様は違う。それも決定的に違う。
真白様は最終的に八百万の神々の一柱になられた。
だけど私は死んでも神様になることは出来ないし祖霊になることも霊になることも出来ない。
何故か
それは父が常に私への罵倒の中で言っていた言葉
「お前は穢れている」
「お前は生まれながらにして穢れている」
「お前の身は穢れ魂すらも穢れの塊だ」
と言われ続けてきた
私がある一定の年齢になって本を読んで知識を得て思考力というものを養った時に、父のその言葉と私の希望が絡まり紡ぎ合って、私の絶望は訪れた。
そう
私は穢れている。私は穢れの塊。
つまり、それはどういうことか?私の中で出た答えに、私はその時、初めて絶望というものを覚えた、恐怖を覚えた。
拭いきれない恐ろしさが常に自分を苛み始めた。
死にたくなくなった。
初めて死が恐ろしくなった。
何故か? 何故か?? 何故か???
死んだら自由になれるのだとずっと思っていた。
だから私は絶望なんてしなかった。
毎日ここで本を読んで、何回かの罵倒と暴力に耐えれば、兼家か私の寿命がいつか尽きて、自由になれる。そう心の中でずっと思っていた。
けれどもそうではなかった。
人は死んだら、葬儀にてその魂を穢れを祓われる。
祓われてしまうのだ。
穢れを祓い清められてしまうのだ。
そんなことを全てが穢れている私がされたらどうなるか?
私は消滅してしまう 消えてしまう 魂すら無くなって 何も無くなってしまう
私は魂ですら穢れの塊であるのなら、穢れを祓い清められてしまったら、私は消滅する。
そうなると自由も何もない。この中で一生を過ごして、その後の魂の自由すらなく私は消えて無くなって無になってしまう。
そのことに気付いたとき、私は耐えられなかった。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、消えたくない消えたくない消えたくない。
死ぬのは別に構わない
だけど消えたくない。
なんで消え去らねばならないのだろう?
そんなの嫌だ。寂しい。寂しい?そうだ、私は寂しいのだ。寂しい寂しい寂しい。
ずっと心に希望が灯っていたから自分の心に気が付かなかった
私は寂しいんじゃないか 悲しいんじゃないか
いやいやいやいやいやいやいやいやい
助けて 助けて 助けて 誰か助けて 誰か助けて
どうか許してください 穢れている私を御赦しください 真白様どうか私の穢れを祓わないで下さい
真白様どうかこの身も魂も穢れている私を御赦しください
どうか私を消さないで下さい 穢れた体で穢れた魂で持って 死してなおこの現世に留まることを御赦しください
嫌なのです 消えたくないのです 祓い清められてしまったら私は何処にもいなくなってしまうのです
寂しい 誰か 私を抱きしめて欲しい 触れて欲しい 一緒に居て欲しい
私は何で生まれてしまったのか
生まれてしまったことが間違いなのだろうか
神々は穢れをお嫌いになられる
ならば私は誰からも嫌われて当然なのだろう
穢れの塊なのだから
神々からも人々からも嫌われ虐げられるのは当然なのだろう
けれども私は消えたくない嫌われたくない 誰か助けて 誰か私を救って
咳が止まらない もう私は長くない どうすればいいのだろう もう時間が無い
穢れた姿で穢れた魂で穢れた思考で穢れた身でも消えたくない
寂しい寂しい誰かと話してみたい友達が欲しい抱きしめられたい触れられたい遊びたい外の世界を見てみたい
愛されたい アイとは素晴らしいものらしい どんな本でも必ず愛が関ってくる 誰かこの私を愛してくれているのだろうか 母様は生きていられたならば私を愛してくださったのだろうか キヨは私のことを愛してくれているのだろうか そんな怖いことはとても聞けない 違うといわれたら ただ仕事だから仕方なく嫌々お前の世話をみてるといわれたら私は耐えられない 耐えられなければ死んでしまう 死にたくない 消えたくない 生きたい 消えたくない どうか真白様 私を御赦しください 穢れたままで貴方様のお側に侍ることをお許しください
私の想いは穢れている 私の願いは穢れている 何故なら私が穢れているから 穢れた身体の 穢れた心の 穢れた魂の人間が願う想いが清き筈がないのだから
きっと私の姿を見たものはきっとこいうだろう
化け物 化け物 と
何故なら私は穢れた化け物なのだから
だから私はずっとここに閉じ込められているのだ
だけどそれでも私は消えたくない 消えたくない 消えたくない
命になんかなれなくていい どうせ私はなれないのだから そうなる前に消滅してしまうのだから
いやいやいやいやいやいやいやいや
ずっとこんなところでこんな狭い暗い寒い暑い場所で一人で過ごして一人で消えていくなんていやだ
一人ぼっちはいやだ
誰か側にいて 誰か私を見て 触れて 抱きしめて お願い 寂しい さみしい さみしい いや いや
どうして どうして なんでわたくしはこんなにみじめなのだろうか いしょくじゅうがたりてもひとはしあわせにはなれない あいがなければだれかとなりにいてくれなければ ひとりでは なにもないのとおなじだ いやいやいや たすけて だれか きえたくない きえたくない さみしい こんなぜつぼうのくらいきもちをかかえたままきえるなんていやだ そんなのこわすぎる いやいやいや
ああきよおねがい
もうだめちがとまらない
だからおねがいわたしをはらわないできよめないでましろさまのみもとに
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この後に続く数ページが破り取られている




