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穢文  作者: 妄執
23/26

本編 其ノ二十一 -終わりへ-

「・・・」


ペラ・・・ペラ・・・ペラ・・・


頁を捲る度、私はその哀れな、白木カレンという少女に同情の念を禁じえなかった。

この手記に綴られているのは、白木カレンという薄幸の少女の心だ。

この世に生を受けうながら、生涯ここへ閉じ込められ、希望を抱き、その希望ゆえに絶望し、絶望のさなか生を終えた一人の少女の 苦しみ 悲しみ 苦悩 絶望 そして願いが綴られている。

そして、一つ、また一つと読み進めていくごとに、私の中で抱いていた アイ文 白いヤツ 真白様 数々の疑問が、自分なりの推測も交えながら、なんとなくその解を見つけ出せたような気がした。


白木カレンの手記を読み終わった私は、しずかにその手帳を閉じる。


ああ・・・そうだったのか・・・だから・・・



「どうだい?何か分かったかい?」

「・・・はい・・・多分ですが・・・分かった気がします」

「そう・・・」


私が読み終わるまで待っていた木葉さんは僅かに頷くと、私の横をスルリとすり抜けながら、迷いの無い足取りで牢から出ると土蔵の入り口に立つ。


「ごめんね、東雲くん。私はちょっと用ができたから、少し一人になりたい・・・いいかい?」


後ろで腕を組んで振り返った木葉さんは、入り口から入る日の光に照らされて、とても幻想的に美しく、そして儚く見えた。


「・・・それは構いませんが、また会えますよね?」


自分でも何を言っているのだと思う。これじゃあ二度と会えない者達の別れだ。

我ながら馬鹿げた物言いじゃないか。

だけど、今の木葉さんはそう思ってしまうくらいに儚く、今にも消えてしまいそうに見えたのだ。


「勿論だよ・・・キミは、全てが終わったら私に告白してくれるんだろう?」


「はい。私は貴女のことが好きです。惚れています。ちゃんと答えを出してきますから、全てが終わった時、私は貴方に告白します。ですから、その時に答えを下さい」


「うん・・・分かったよ。待ってる・・・では、またね」


大事な約束を交わし終えると、木葉さんは土蔵を出て行く。

私は、このアイ文の問題全てが終わるまで、きっと彼女と会うことはないだろうと感じた。


彼女を中から見送った後、私も土蔵を出るとおキヨさんの下に向かう。おキヨさんはまだ先程の長椅子に腰掛けて、何処か呆然としている。私はその隣に歩み寄ると静に腰掛けた。


「おキヨさん。ちょっといいですか?」

「ん・・・?なんじゃい青瓢箪。カレンしゃまはどうしたんじゃ?」

「用事があって先に行きました。二つほど、アナタに聞きたいことがあるのです」

「ふんっ・・・答えてやる気はさらさらないが、言ってみろ」

「カレンさんは・・・命を落としてしまう間際、アナタに何かをお願いしませんでしたか?」

「・・・さぁのぉ」


おキヨさんの顔をじっと見ていたが、動揺する気配は現れない。顔色一色眉一つ微塵も動かさず、本当に何も知らないように池を静に眺めている。流石だと感嘆する。流石は白木家唯一の侍女。白木家が認めた唯一の使用人。その主家を守る矜持は痴呆を患った今でも健在なのだ。


だが私は、機械のような父と、癇癪持ちの母を持つ。

幼い頃から、機械のように感情の起伏が少ない父から少しでも感情を読み取ろうと努力した。

母の堪気に触らないよう必死に他人の顔色を見るよう努力した。

そして私は人の持つ感情の揺らぎというものを、とても敏感に感じられるようになった。

だからこそ、おキヨさんのその両膝に置かれた、両手にぐっと不自然に力が入るのを私は見逃さなかった。


「今でもそれは続けているのですか?年に二回程やらねばならないと思うのですが?」

「さぁのぉ・・・何を言っとるのかさっぱりじゃ」

「なら質問さを変えましょう。この白木邸に霊舎はありますか?」

「あるに決まっておろうが」

「カレンさんの霊璽はそこにありますか?」

「・・・無いわい。あのクソ野郎がそんなもの作ると思うのか?あのクソ野郎の霊璽もワシがへし折って捨ててやったがの。聞きたいことというのはそれか?ならもう出て行け」

「分かりました、失礼します。今日はありがとうございました」

「青瓢箪」

「はい?」


立ち上がって去ろうとした私に後ろから声がかけられる。


「約束は守って貰うぞ、カレンしゃまを幸せに、カレンしゃまを悲しませるなよ」

「・・・はい」


今度こそ背を向け白木邸を後にすると、携帯電話を取り出して山田屋へと電話を入れる。


「はい~山田屋でございます~」

「あ、女将さんでしょうか?今宿泊している柊の連れの東雲ですが、女将さんにお聞きしたいことがありましてお電話させて頂きました」

「あらあら~なんでしょうか~」

「実は、調査の一環で来日村にある霊園の場所を知りたいのですが、場所が分からないので教えていただきたいのです」

「はいはい、霊園ですね~今はどちらにいらっしゃいますか~?」

「丁度白木邸を出たところです」

「ならちょ~っとそこから遠い場所にありますよ~」


もう辺りも暗くなろうかという時間に霊園に行こうという私に、不審すら抱いていない様子の女将さんの間延びした声に癒されながら目的地である霊園の場所を聞くと、私はそこへ向かって足を進めた。

時刻はもう16時近くで辺りも大分暗くなっている。なんだか雲行きが怪しい、今夜明日は雪が降りそうだ。


雪が降るなら風はいらない。風が吹いてもそよ風でいい。その静かな風で雪は綺麗に舞い散るのだから。深々とそよそよと揺られながら降ってほしい。深々と降り積もって欲しい。きっとその光景はとても美しいだろうから。


霊園に辿り着く頃には辺りが真っ暗になっていて、そのお陰か周りには私しかいない。

丁度良かった。今から私がしようとしている、おぞましい事を誰にも見られるわけにはいかないから。


霊園の中に入ると目的の墓を探した。

来日村霊園は思いの他広く探すことに手間どう。街灯もポツポツとしかなく、墓石の字が確認しにくい。私は携帯を取り出して、照明を点けながら大きな墓石を片っ端から照らして墓石に彫られた字を見て回る。

他の人がみたらこの異様な光景に驚くだろう、村人でもない旅の若者が、日の落ちた暗い霊園の中を必死な形相で、携帯で墓石を照らして何か探しているのだから。とてもじゃないが歴史を調べるためなんて言い訳は通らないだろう。私がここの住人で今の私と同じ事をしている余所者をみたら私だって信じられない。間違いなく気狂いだと思う。


三十分ほどか、はたまた一時間か、どれほど時間が掛かったかは分からないが、少なくとも照明を点けているだけで携帯の充電が二十%程減った頃に目的の墓を見つけた。

それは霊園の一番奥のほうにあって、他の墓よりも古く一際大きい。


そこには「白木家奥都城」と彫られている。


間違いの無いよう霊標を確認する。


白木兼家大人命

白木カレン姫命

白木麗華郎女命

白木連太郎大人命


と新しい順に彫られている。


「間違いない・・・ここだ・・・」


私はそこの前に立つと、ゴクッと喉を鳴らす。

今から私が行おうとしていることは、常軌を逸している、とてもおぞましく恐ろしい、気狂いな行為だ。


今から私は、この白木家の墓を開けて、納骨棺に入っている骨壷を確認するのだから。

墓荒らしだ、他所様の家の墓を荒らす、まさに人非人の所業。


私は今からそれをするのだ、だが何も盗むわけではない、何を荒らすわけではない、ただ、ただ、一つだけ確認したいことがあるだけなのだ、確認したい、いや、しなければならない、それを確認しなければならないのだ。


どくぅ~んどくぅ~んと静に荒ぶる心臓がうるさい

なんで心臓の音というものは耳に聞こえるのだろうか?自らの心臓の鼓動の音が自らの耳に聞こえるのなら自らの肺の呼吸音が骨が間接が軋む音が随時自らの耳朶に響いていたっておかしくはないだろうにそうしたらうるさくて堪らないだろうけどでも生まれつきそうならば問題無いじゃないかならば大丈夫だでも私はダメだ生まれ付きそうじゃないもしそんなことになってしまったらおかしくなってしまう


「・・・」


溢れ出した現実逃避な思考を頭を振って振り払うと、白木家の墓に両手を合わせる。

誰が見ているわけではないが手を合わせる。そもそも誰かに見られていたら今から事を行うことなんてできないが、そうじゃない。見ているモノがいなければ手は合わせないのか?赦されざる行為を行う者は、その自らの犯す罪過を知っておきながら、反省も自戒もせずに居直って踏ん反り返れば良いのか?そうでないだろう。少なくとも私はそうではない。

それに人というのは常に何かに見られているのだ。


来日の村は神道の村、そしてここはその神道の村の霊園、神道の家の者の墓が集う場所、ここは祖霊となった者達の遺骨が集う場所。


天たる高天原、地たる葦原に三貴子を始め天津神、国津神、八百万の神々がそして祖霊が我々を見ていらっしゃる。そして真白様が見ていらっしゃる。


けれども私は見られているから手を合わせるのではない、見られていないのに手を合わせるのでもない、私は私の思うままに私の意志で持って手を合わせるのだ。これは私なりの決意なのだ。


そうして私は意を決して、震える腕を押さえながら、納骨棺の蓋をゆっくり開ける。

ギ・・・ギ・・・と音を立てて蓋が開く。蓋から手を離し置いていた携帯を掴んで納骨棺の中を照らすと、その光を受けた白磁の骨壷達がキラキラと鈍い反射を見せる。


良かった・・・ここの骨壷にはちゃんと表面に諡名が彫られている・・・

私はその内の一番手前にあった、一番新しいであろう骨壷を、落とさないように丁重に扱いながら取り出して諡名を確認する。


「・・・」


一つ取り出して確認しては一つ戻す

また一つ取り出しては一つ戻す

それを何度か繰り返し、奥のほうにある骨壷まで探したが、探していた骨壷は、やはりなかった。


「・・・」


私は用を済ませキレイに骨壷を戻すと納骨棺の蓋を閉め、また手を合わせる霊園を後にして宿への帰路に着く。

来日の夜道はポツポツとある街灯の光と ぺたぺた 月明かりしか明かりが無い。

とても薄暗い。その道すがら ぺたぺた 私の後ろから ペタペタ 足音が付いて来ているのがわかった。振り向くと、そこには、やはり、あの白いヤツがいた。驚きは無い。きっと、ヤツは来るだろうと思っていたから。


ジー


私が止まって振り向いてヤツをじっと見ると、ヤツも足を止めて、私のことをじっと見つめている。

そういえばこの村に来てからヤツと遭遇したのは今が始めてだ。


真っ白い服

真っ白い肌

黒い手足の爪

白黒の左目


なんでか今は、この不気味な化け物が、無性に哀れな存在に思えて仕方が無い。

昔の怪談では問答無用で人に危害を加えてくる悪霊怨霊妖怪の類は多々あるが、コイツは何もしてこないではないか。ただ、私の、人の側に無言で寄り添ってくるだけ。たまに抱きついてくる。たったそれだけなのだ。


「ねぇ・・・キミの名前、教えてくれないかな?」

「・・・」

「キミは、真白様なの?」

「・・・」

「キミは何者なの?」

「・・・」


やはり私の質問には何も答えてくれない。ただじっと、私をその白黒の左目で見つめているだけだ。


「ボクは宿に戻るけど、キミはそこにも憑いてくるの?」

「・・・」

「宿の中まで憑いて来る?」

「・・・」


私は答えないヤツに背を向けると再び帰路を歩き出す。


ぺたぺたぺた ぺたぺたぺた ぺたぺたぺた


背中越しに私の後を憑いて来るヤツ。


おかしいな・・・情緒不安定なのかな・・・なんだか良く分からないけど涙が溢れそうになる・・・

なんで今まで気が付かなかったのだろう・・・こいつは私に置いてかれないよう必死でついてきているのだ・・・母鳥の後を追う雛のように置いてかれまいとヨチヨチと靴も履かないで必死についてきているのだ・・・なんでかそんなふうに思えてしまう・・・


お互い無言で歩いていると旅館の前に到着する。立ち止まると、ヤツもピタリと立ち止まる。

私はくるりと振り返ると、ヤツに歩み寄ってその正面に立った。

そんな私の行動をジーっと首を傾げながらその白黒の瞳で見つめるヤツ。


「明日・・・キミに会いに行くよ。どうなるかは分からないけどね・・・」

「・・・」


白いヤツは私の言葉に首を振って反応すると、ペタペタペタペタ と 勘違いかもしれないが、何処か嬉しそうに去っていった。


「あらお帰りなさい~さっき柊さんから電話がきて、今日は他人ひとの家でお世話になるから私は帰らないってことを彼に伝えてくださいですって~」

「わかりました、ありがとうございます女将さん」


彼女が帰ってこないことに、別段驚きはしなかった。

私は温泉に入って一人の夕食を済ませると、すぐに布団に横たわり目を瞑る。

何も不安は無かった、今日はゆっくり眠れることが分かっているから、明日やるべきことがあるのだから。


多分だが、明日、全てが終わる。


アイ文も 白いヤツも 何もかも終わる 


きっとそうだ


どんな形で結末を迎えるかは分からない 俺はそのときに 一体どんな決断を下すだろう






朝起きて朝食を済ました私は風呂を浴びて身体を清めると、昨夜女将さんに頼んでおいたものを受け取る。


「半紙に、榊、これでよろしいんですよね~?」

「はい、ありがとうございます女将さん。完璧です」


私は受け取ったそれであるものを作ると、それを大事に抱えながら真白神社へと向かった。

予想通り昨夜から降り始めた雪が地面に積もっている。


ざくざく


ざくざく


深々と降り積もる雪が幻想的で、とても綺麗だ・・・


真白神社の入り口に付くと、一の鳥居に一礼して石段を登る。

一段また一段と登るたびに、不思議なドキドキが胸を打つ。

一昨日木葉さんと来たときよりも、もっと強いドキドキだ。


一段が


一段が


一段が


この一段が


答えへと繋がっている


ヤツへと繋がっている


「ああ・・・そういうことだったのか・・・」


今になって分かる

このドキドキは私の胸のドキドキじゃない

これは私の中にある泥から伝わってくるヤツのドキドキだ


境内に入ると、やはり一番最初に幣殿に目が行く

彼処に惹かれる 彼処にで誰かが私をまっている 待ち侘びている


きっと・・・あそこに・・・


逸る気持ちを抑えて手水舎で一礼して手口を清め、拝殿前に立ち、二礼二拍手をすると、私は口を開いた。


「東雲早雲、真白様の神殿に踏み入る罪、どうかお許しください」

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