本編 其ノ十八 -寄合所-
寄合所に着いた私達は、女将さんが話を通してくれていたおかげか、老人会を開いているお年寄り達にすんなりと受け入れてもらい、中に通されて自己紹介をすると、お茶やお菓子を頂きながらお話を聞かせてもらうことになった。
「一美さんから話は聞いたぞ~東京から来た学生さんで、この村の話を聞きたいんじゃって?真白様のことを調べる為にわざわざこの村まで来たんだってのぉ!時稀に見る勤勉な学生さんじゃ!ワシらがなんでも答えてやるからのぉ!どんどん聞いとくれ!!ふぉっふぉっふぉ!!!」
この村の村長と自己紹介された、伝五郎という恰幅の良い、声の大きなおじいさんが豪快に笑い、周りに居るお年寄り達も「そうじゃそうじゃ」と笑顔で同調してくれる。
私は心の中で手回しをしてくれた女将さんに心から感謝した。
こういった田舎で有力者に気に入られないことは=死に直結する。この村で村長という肩書きがどれ程の力を持っているのかは分からないが、村一番の有力者であろう白木家が断絶した今、この村で上から数えたほうが良い位の発言力=力は持っているだろう。
それに、私たちの質問に伝五郎氏が代表する形で応答してくれるのなら、他のお年寄り達に質問責めで揉みくちゃにされ、話が横道にそれてしまう様な心配も無い。
「村長さんに皆様、本当にありがとうございます。それでは皆様のご好意に甘えて、早速お話をお聞かせしていただきたいのですが、資料では真白神社に真白様の御遺体が御神体として祀られている。ということですが、これは本当なのでしょうか?」
木葉さんが丁寧に受け答えすると、早速質問をぶつける。
私はその邪魔をしないよう、木葉さんの隣でうんうんと相槌を打ちながら、聞き役に徹することにした。
「おお、本当じゃよ。年に一回、真白様の命日と言われとる日にこの村では夏祭りをするんじゃが、その時に、村の女衆の中から選ばれたモン達が、本殿に御座す真白様の御召替えをするんじゃ。ワシは男じゃから実際に見たことは無いが、ここに居るばあさん達は皆、真白様をじかにその目で見とるぞ」
伝五郎さんの言葉におばあさん達が各々の反応を見せる。
「真白様はとってもお美しい方でのぉ・・・」「ほんとうねぇ、四百年経ってもあんなにお美しい方はいらっしゃいませんよ」「ワタシは粗相があってはいけないって、緊張で手が震えてねぇ」「アタシなんか緊張で手が動かなくなっちゃって大変でしたよ」
おばあさん達の反応を見るに、嘘を付いている様子は無い。むしろ、その時のことを思い出し、一喜一憂するような、それでいてその御召替え係に選ばれたことをとても誇っているように見えた。
「なるほど・・・皆様からこの村に連綿と続く歴史と伝統への思い、そして真白様への厚い敬いを感じます。今、夏祭りというお話が出ましたが、真白様の祭祀を司っていた白木家というお家が一年程前に断絶してしまった、と聞いたのですが・・・今年もその夏祭りは行われたのでしょうか?」
話の流れから、核心を突く質問が木葉さんから伝五郎氏に放たれる。
アイ文の白いヤツの正体は、祭祀が滞ったことにお怒りになった真白様なのではないか?というのが木葉さんの仮説で、それを調査するために私たちはこの村に来たのだ。その返答如何によって、これからの私たちの取るべき行動も大きく変わってくる。私は固唾を呑んでその問いの答えを待った。
だが、伝五郎氏から返ってきたその答えは、全く予想外の、私たちの仮説を全てぶち壊すような、根幹を揺るがすようなものだった。
「おう、勿論じゃ。宮司を隣村から呼んでの、白木の変わりにやってもらってるんじゃよ」
事も無げにに答える氏の顔をまじまじと見つめてしまう。
どういうことだ・・・?祭祀が止まっていない・・・?ならやっぱり真白様は白いヤツではないのか・・・?いや・・・まだ結論を出すのは早い・・・
年に一度の祭りは途絶えていないとはいえ、白木家が無くなっているのなら、毎日、神饌を捧げる日供祭だって止まってしまっているはずだ。
「・・・そんな簡単に変更できるモノなのですか?私はてっきり、四百年間真白神社の祭祀を司っていた白木家が断絶してしまって、祭祀が止まってしまったと思っていたのですが・・・」
聞き役として木葉さんのフォローに徹しようとしていた私も、つい口を挟んでしまう。
「いやいや、そんなことはないぞ。白木が無くなってしまったからといって、来日村がある限り真白様の祭祀が絶えることはないわい。それにの、白木も大昔はちゃんと祭祀していたかもしれんが、明治辺りからあいつら手を出した商売に成功しての、それ以降は祭祀なんて本業の片手間にやっとったようなもんじゃったよ。特にあの最後の当主じゃった兼家なんて殊更酷いもんじゃったわ!先代の方がまだマシじゃったな!」
周りのお年寄り達も「そうじゃなぁ」と同意するところを見ると、白木家最後の当主である白木兼家という人物は中々に評判の悪い人だったようだ。
「ですが、白木家がなくなってしまって、流石に日供祭は止まってしまったのでは?」
「おお、若いのに良く知っておるの。じゃが、御神饌と祝詞は真白様の場合は、年に二回、祭りの時と大晦日に捧げて、後は真白様の御神札を入れた各家の神棚をちゃんと祀っていれば良い。ということになっておるんじゃ」
全国的に見てもあまり類を見ない祭祀の方法だが、八百万の神々の祭り方はまた八百万通りあるのだから、おかしいとは断言出来ないし、そのやりかたで四百年続いてきたのなら、それもまた正式な真白様の祭り方なのだろう。
「そうなのですか・・・」
祭りは例年通り行われ日供も祝詞も捧げられている。真白様の祭祀は全く滞っていないことになる。ならば、祭祀が滞ってお怒りになられた真白様の、という木葉さんの説がいよいよ崩れてくることになるじゃないか・・・・・・
そんな事をぼやぼや考えていると、隣に座っていた木葉さんに、机の下で膝をぽんぽんと叩かれ、私は口を噤むと、木葉さんが口を開く。
「では、白木家のみに伝わる秘伝の、真白様をお鎮めする為の、特別な祭祀の方法のようなものはなかったのでしょうか?」
「無いんじゃないかの?少なくともワシは知らんぞ。アイツら普段は金で神社を管理しながら、夏祭りの時だけ代表面して出てきて、真白様の御召替えの作法を教えて、挨拶して、祝詞読む位じゃからな。兼家のヤツなんてそれも面倒くさがっての、挨拶だけして祝詞すら読まん。そもそも隣村から宮司を呼び出し始めたのも、祝詞を読むのを面倒くさがったアイツが始めたんじゃ。一応金は全部ヤツが出しとるから、ヤツ名義で執り行った事にはなっているがの」
「では、白木は途絶えど真白様の祭祀は途絶えていない、ということなのですか?」
「そうじゃ。ワシらが生きとる限り真白様の祭祀が途絶えることなぞありえん」
当然、と胸を張る伝五郎氏。他のお年寄りたちも「そうじゃそうじゃ」と同意している。
「では・・・これを聞いて良いのか、わからないのですが、白木家最後の当主となった白木兼家とは、どういった人物だったのでしょうか?真白様の伝承を調べる上で、重要な関係性を持つ白木家のことも是非とも知っておきたいもので。お話頂ける範囲で構いません、レポートにするといっても、この話は載せてはダメというのなら、絶対に載せませんし口外しません、お約束致します」
「お願いします」
私も頭を下げて伝五郎氏にお願いする。
「う~ん・・・まぁ・・・別嬪なお嬢さんと男前の兄さんに免じて話すがの、ここだけの話にしておいて欲しいんじゃが・・・兼家のヤツはどうしようもない金の亡者でな。金さえ稼げればそれで良いっていうようなヤツじゃったんじゃ。最近だと不動産にも手を出しての、よりにもよって神社の裏手にあたる山の上に金になるからと、電波塔みたいなヤツを建ておったんじゃ。そこは真白様の神域じゃし、ワシらは人の建てたモノが真白様を見下ろすなんて失礼じゃからやめろと言うたんじゃが、兼家のヤツ全く聞き入れんでな。そういったことばかりして村人達から敬遠されていたんじゃ。ま・・・最後は自殺しちまったがの」
白木家最後の当主白木兼家は自殺だった、というまた新たな話が出てくる。次から次に出てくる事柄に、私は混乱し、何故か不快にざわざわしだした頭を抑えるので精一杯だ。
その白木兼家が誘致した電波塔みたいなモノというのは、先ほど真白神社に向かうときに目印にした鉄塔のことだろう。確かに神社の裏手の山にあったし、位置的にも真白神社より高い場所にあった。あれが神域に建てられたものだとするのなら、確かに不敬だ。私が真白神社の氏子でも間違いなく反対するだろう。しかも、そのような不敬な行為を、白木兼連を開祖にして、四百年間真白様の祭祀を司ってきた白木家当主がやるなんて信じられない。この行為一つとってみても、白木兼家という人物の俗物さが良くわかる。
「白木兼家さんは、自殺してしまったのですか?」
「そうじゃ、口に咥えた猟銃でずどん、じゃ」
伝五郎氏は口に咥えた猟銃の引き金を足の指で引く仕草をしてみせる。
「こう言っては失礼かもしれませんが、お話を聞く限り、自殺するような方には思えませんが・・・」
「ま、なんやかんや言っても、兼家も人の子じゃった、ということなんじゃないかのぉ。ワシらは誰も見たことがないんじゃが、兼家には病弱な娘が居ったらしくての、病弱じゃから家から出れんし、家から出れんから、おキヨさん意外、ワシらの誰も見たことが無いがの。その娘さんも何年か前に死んじまったらしくてな・・・そうじゃ、普通この村で死んだら村のモンが皆で葬祭を手伝うんじゃが、兼家の娘さんはいつのまにか死んじまってた上に、いつのまにか葬儀も済ませておったな・・・まぁ、話は逸れたが、それ以降兼家のヤツどんどんと気落ちして、というか、おかしくなっていうか・・・家から出ることも稀になったんじゃ。じゃから、その娘さんのことを気に病んでずどん、としちまったんじゃないのかのぉ」
この中で私ぐらいしか気付かないほどの極僅かな変化だったが、 白木兼家の娘の話がでると、木葉さんの雰囲気、顔、表情が、暗くなった。
「そう・・・なのですか・・・それで、おキヨさん、というのは一体どちら様なのです?」
「おキヨさんは、先代から白木の家でお手伝いさんとして働いていた人でな、兼家の代になってからは、おキヨさん一人だけが白木の屋敷で働いとった。この村で一番、先代からの白木家の事を知っとるのはおキヨさんなんじゃ。じゃが・・・最近はもうボケてきてしまっての・・・ワケの分からんことを話し始めたり、いきなり泣き出したり、色々と奇行が目立つんじゃ。身内の居ない独り身の人じゃから、またこれが哀れでな・・・」
「では、おキヨさんから白木家について話を聞くことは出来ない、ということでしょうか?」
「まぁ、聞こうと思えば聞けんこともないが、如何せん事実なんだか妄想なんだか分からんからのぉ。おキヨさんから話を聞きたいなら、今でも毎日昼間に、誰も住んでない白木の屋敷を掃除に行っとるから話かけて見ると良い。まっ、ボケとるとはいえ、突然怒ることはあっても襲われることはないじゃろう。それに、襲われたって七十近い婆さんと、二十代の若者二人なら勝負にもならんわい!ふぉっふぉっふぉっ!!!」
その豪快な笑い声と同時くらいに五時を知らせる時報が鳴る。
「むっ、もうこんな時間か。今日はここらへんでお開きにしよう。何、まだ話が聞きたいならいつでも聞きにきとくれ。それにしても若いモンと話すと時間が早いのぉ!ふぉっふぉっふぉっ!!!」
「今日は本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
私たちは伝五郎氏と老人会の人達にお礼を言って、寄合所の片付けを手伝い、宿へと戻る。
その帰りの道中、木葉さんは何かを考えているのか静に顎に手を当てて俯き加減で、私も私で色々と今日見聞きしたことを頭の中で整理していたので、お互いの口数は少ない。
真白様の話、真白神社での出来事、伝五郎氏の話、考えなければいけないことは山ほどあるのだが、それ以外に、私は今日この来日村に来てから一つ気になっていることがあった。それは来日村の人々があまりにも私達に好意的なことだ。私の偏見だが、こういった田舎の村は、変なプライドがあったり、無駄に仲間意識が強かったりして、余所者に冷たく排他的な雰囲気があるものだとばかり思っていたのだが、この来日村ではそういうことが全く無かった。それどころか、伝五郎氏や他のお年寄り達も、初めて会った素性の知れない私達に対してとても好意的で、嫌な顔をせず村の恥部になるであろう白木家の事まで教えてくれたのだ。
「この村の人達が好意的過ぎて不思議かい?」
いつの間にか私の横顔を覗いていた木葉さんの、心を読んだような一言にドキリとする。
「はい、少々そう思ってました・・・」
「真白様の悲劇が起こった後、この村の排他的な性格がその悲劇を起こしてしまった、と考えた当時の村の人々は、それ以降余所者を積極的に受け入れるようになったらしい。その考えが四百年間も続いて、今に到るわけだ」
「それは・・・すごいですね・・・真白様の祭祀も途絶えてないようですし・・・」
私はこの村人達の敬虔さに素直に感心した。感激を覚えたと言っても良い。
だからこそ、私は真白様がアイ文の正体だとは思えなかった。その気持ちを少しぶつける。
木葉さんは少し笑みを浮かべ、涼しげな顔でそれを受けとめる。
「ま、結論を出すのはまだ早いよ。とりあえず宿に戻ろうか」
「・・・はい」




