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穢文  作者: 妄執
19/26

本編 其ノ十七 -真白神社-

私と木葉さんは二人並んで、山田屋から北東に三十分程歩いた所にあるという、真白神社へと地図を見ながら向かっていた。


「旅館から歩いて三十分というなら、思ったよりも遠くないですね。もっと遠い山奥にあるのかと思っていました」


山田屋は来日村の中心に近い場所にある。伝承だと真白様は「山中の奥深くに立てた小屋」へ住んでいたとあり、そしてその小屋があった場所に神社を建てたと記してあったので、もっと遠い山奥にあるのかと思っていた。


「伝承だと詳しい場所までは記載されていないからね。それに四百年前の話だから、それ以降この村が山を切り開いたり発展したりして、居住区域が広がったとか、昔は真白様が住む山小屋まで獣道のような道だったのが、補正されて一本道になっているから、とか色々と理由があるんだろう。それに、神社の場所があんまり離れすぎていたら、行って帰ってくるだけで一日が潰れてしまうじゃないか。他の場所の探索に手が回らなくなってしまうから、これくらいの距離が私たちにとって丁度良いよ」


真白神社がある方角を見ると、その後ろにあたる山だろうか、その山の頂上辺りに鉄塔のような、電波塔のようなモノが見える。あれを目印にすれば分かりやすいかもしれない。


「あの山にある鉄塔を目印にするれば迷いませんね」


その鉄塔を見て木葉さんの目が細まる。


「・・・いよいよ怪しいなってきたね東雲くん。山頂にある電波塔、そしてその下には真白神社。キミはどう思う?あの電波塔が原因で、真白様がネットを介して世界中に広まっているのかもしれないよ」


「確かに・・・ネットや電波を介してヤツは出てきますからね・・・ですが、そうすると、白いヤツは随分とハイテクな霊ということになりますね」

「何を言っているんだ、幽霊とかそういうモノが電磁波に近い存在、というのは良く言われている話だよ。まぁ、まずは神社に行ってみてからだね」

「はい」


雪化粧された山々、流れる小川、段々の茶畑といった風情ある景色を眺めつつ土道を歩いていると、山の入り口辺りに石鳥居が見え、そこに山の中へと繋がっている石段がある。鳥居の横には「真白神社」と書かれた石碑があり、どうやらその石段を上れば真白神社本殿へと辿り着けるようだ。


「ここを上れば神社があるみたいですね」

「うわぁ・・・ここを歩くのは中々大変そうだなぁ・・・」


鳥居の手前でその石段を見上げてみるが、その石段は中々の勾配があり、正確には分からないが段数も数百段はあることが見て取れる。その証拠に、ここからでは社殿を見ることができず、石段の頂上にある鳥居までしか見ることは出来なかった。木葉さんはその頂上まで続く石段の長さにげんなりとしている。


「大丈夫ですか木葉さん?よろしければおぶりましょうか?」

「なんだ、お姫様だっこじゃないのかい?」

「木葉さんがよろしいのなら、喜んで」


「・・・それはまたの機会にとっておこう。だが、舐めてもらったちゃ困るよ東雲くん。殆ど室内から出ない私とは言え、最近は特に身体を動かしていなかった私とは言え、元々の体力が少ない私とは言え、これくらいなんともないさ」


「なんともない理由が全く見つからないのですが・・・」


冗談を言いつつ、一礼をして鳥居を潜ると石段を上り始めた。

初めの頃は勢いよく先頭を歩いていた木葉さんだったが、中ほどになる頃からだんだんとペースが落ち始める。


私はこの石段を一歩、また一歩と上るたびに、疲れよりも、胸がドキドキとし、高揚感のような、不安のような恐怖のような、不思議で奇妙な感覚が胸の中に生まれる。その奇妙な感覚が増すたびに、疲れよりも早く上へ上へ行きたいといった気持ちに駆り立てられる。


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・なんだいこの階段、地元のっ・・・お年寄り達・・・殺しに来てるだろっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


いつの間にか先頭を歩いていた私が木葉さんに振り向くと、彼女は息も絶え絶えだった。


「物騒なことを言わないでください・・・雪で段が湿っていますから滑らないよう気をつけて下さいね」

「キミは案外体力があるんだね・・・流石男の子だ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・」

「木葉さんが無さ過ぎるんですよ・・・ほら、汗を拭きますから、一旦止まりましょう」

「まさか・・・この寒い時期に・・・こんな汗をかくことになろうとは思わなかったよ・・・」

「ほら顔上げてください。帰ったらちゃんと運動もしましょうね」

「ん~~~運動嫌い~~~」


ハンカチを取り出すと汗をかいた木葉さんの顔を手術中の執刀医の助手のように丁寧に拭う。

「ん~~~」と唸りながら駄々をこねる彼女が無性に幼く見えた。


「すまないね東雲くん・・・だが、私たちにここで立ち止まっているような無駄な時間は無いんだ。すまんが、私の手を引いてくれ」

「分かりました。行きましょう」


そういって差し出された右手を引きながら彼女を先導し頂上に辿り着く。

鳥居の手前から境内を見渡すと、社殿を中心に周辺を円状に切り開いたような、開かれた場所の真ん中に真白神社本殿はあった。


「やっと着いたか・・・」

「はい、大丈夫ですか木葉さん?」

「ぜぇ・・・はぁ・・・もっ・・・問題ないよ、あと・・・ちょっと待ってくれ・・・キミは、こういう場所に詳しいようだから・・・境内の中に入っても先導を頼む。私はこういう参拝の作法とかには疎くてね」


鳥居の手前で息を整えながら、私に頼む木葉さんに頷く。


「分かりました。東雲家は一応神道ですから、お任せください。とりあえず、参道の真ん中は歩かないで下さいね」


一礼して「真白神社」と掲げられた明神鳥居を潜り、真白神社の社殿がある境内へと入った。


 境内はキレイに掃き清めら、舞い散る落ち葉意外ゴミ一つ落ちていない。踏んだ砂利の音が遠くまで響き渡るような深い静けさを持ったその神聖な雰囲気に自然と背筋が伸びる。

そうして背筋を伸ばしながら境内を見回していると、社務所が無いことに気付く。


「・・・あれ?」

「どうした東雲くん?」

「この神社には社務所が無いようです」

「社務所っていうのは、お守りとかお札とか売ってるとこだろ?無いとおかしいのかい?」


私の疑問の意味が分からないのか木葉さんは不思議そうに首を傾げる。


「いえ、別に社務所が無いからといっておかしいという訳ではないのですが、通常社務所が無い神社というのは大体が無人神社なのです。資料を見ると白木家がここの祭祀を司ると書いてあったので、てっきりここの神社で宮司として現代まで生活しているのかとも思っていたのですが、そうではないようですね。まぁ、無人と言っても常駐している宮司が居ないだけで、祭事になればその時に呼ばれた宮司がその祭祀を執り行ったりするので、白木家もそういった感じだったのかもしれません」


「なるほどね。来日村白木家開祖である兼連は、真白様の生家である白糸家の屋敷と扶持を与えられたとあるし、この神社に住んでいなくてもそうおかしくはないだろう」


「そうですね」


「それでは、御祭神様にご挨拶を致します。その為に、まずは手水舎で手を清めます。私が見本を見せますので、それに続いてください」


手水舎を見ると、ここも綺麗に掃除がされており、置かれている柄杓も綺麗だ。

大体の無人神社では、そもそも手水舎の水が止まっていたり、水を張ったまま放置して中に蛆が湧いていたり、柄杓がコケだらけ、ということもあるが、この真白神社ではそういったことは一切なかった。村人達がいかに真白様を大事にしているかが見て取れた。


私は手水舎に一礼し、右手で柄杓を持つと水を掬い左手に水をかけ、左手に持ち替えて右手を清めると、もう一度右手に持ち替え、左の手のひらに手水を溜めて口を漱ぐ。そしてその左手に水をかけると、最後に柄杓の柄に水をしたたらせて洗い流して、柄杓を元の位置に静かに戻し一礼した。


それに木葉さんも続く。やはり彼女は頭が良く、一度私の動作を見ただけで全て完璧にこなしてみせた。


「手と口を清めたら参拝をします」

「分かった。またキミの後に続くとするよ」


真白神社は本殿、幣殿、拝殿が縦に繋がっている流造の社殿で、資料にある通り、通常は拝殿にある賽銭箱の手前にあるはずの一対の狛犬像は無く、変わりに狼を模した与一像が一体配置されている。


木葉さんの視線を受けながら、賽銭箱の手前で軽く一礼して賽銭箱の前に行くと、石段より感じ始めていた不思議な感覚がより一段と強くなる。

心臓が妙にどっくりどっくりとしている。私はその感覚を抑えるように、深呼吸して、そっと賽銭を入れると、鈴を鳴らして姿勢を正し、深く二礼をして二拍手を打つ。


(東京より参りました、東雲早雲と申します。この来日村に暫く滞在させて頂きます事を、畏み申し上げ致します)


ご挨拶を終えると、もう一度深く礼をして後ろに軽く下がり、さらに一礼して木葉さんのもとに戻った。先のように木葉さんを待つ間、私は何故か拝殿から目が離せなかった。


いや・・・拝殿ではないな・・・

それでいて本殿でもない、幣殿へいでんだ、幣殿へいでんから何かが私を見ているような、待っているような気がする?そして私も、その何かに惹かれている様な、妙な気持ちになっている?恐怖?高揚感?期待?不安?分からない?分からないことが分からない。だが、何故かこの感覚は、そんなにイヤなものではなかった。


「・・・何か間違っていなかったかい?」


気付けば参拝を終えた木葉さんが私の所に戻っていた。


「・・・問題ありません、一度見ただけで覚えるとは、流石は木葉さんです」

「そうだろう・・・しかし緊張したね。この厳かな雰囲気に自然と背筋が伸びるというものだ。じゃぁ、神様へのご挨拶も済んだし、寄合所のほうに行こうか」

「え?・・・もうよろしいのですか?」


私は真白様が白いヤツの正体なのではないかと疑っていた木葉さんが、ヤケにあっさりとこの神社を後にしようと言うので、不思議に思った。


「うん・・・まだ色々と調べたいとこもあるしね。今日は初日だし、お年寄り達を待たせてしまうのも忍びない。ささ、早く行くぞ」


木葉さんは私の右手を強めに握るとその手を引いてずんずんと足早に石段を降りる。

この場所にもう少し居たかった私は後ろ髪を引かれるような思いだった。行きと違って帰りの足がとても重く感じる。


「木葉さん、危ないですよ。もう少し落ち着いてゆっくり行きましょう」

「ああ・・・そうだね。キミ、この手を離すなよ」


足早にこの石段を降りきって鳥居を潜って一礼すると、私の前をずんずんと歩いていた木葉さんが手を離してくるっとこちらへ向く。


「東雲くん」

「・・・はい?」


バチンと両頬に衝撃が走る。いつぞやのオカ研部室でされたように、木葉さんの両手が私の両頬を挟むように叩き付けたのだ。しかもその手を離してもらえず、ぎゅうぎゅうと内側に圧がかけられて、顔が潰れてタコのようになる。


「な・・・なにするんですか・・・木葉さん・・・」


私の顔にぎゅうぎゅうと圧をかける木葉さんの顔は真剣で、とてもふざけているようには見えない。

眼鏡から覗く瞳がとても鋭くなっている。


「正直に言いたまえ、あの神社へ行って、キミは何を思った?何を感じた?この石段を上り始めてから、なんだかキミの気配が危うくなっていったように感じたんだ。部室で白いヤツに攫われそうになったときのキミと雰囲気がとても似ていたよ」

「え・・・」


想定外の質問に私は戸惑ってしまう。あの変なドキドキが、彼女に気付かれているとは思っていなかったのだから。私自身もそう指摘されるまで、変な不思議な妙なドキドキ感があるなと思ってはいたが、それがおかしな感覚だとは思っていなかったのだ。

今こうやって、社殿に近づくごとに胸の内から湧き出てきた不思議な感覚感情を、彼女に伝えるため言葉にしようと考えると、そのおかしさに気付く。


だっておかしいだろう?初めて来た神社の初めて登る石段の内から胸がなんだか不思議に奇妙にドキドキし始めるのだ。隣にいる柊木葉さんにドキドキしているなら全く不思議じゃない。何故なら私は彼女に恋しているのだから。だがその時感じたドキドキは決して彼女へと向けられたものではなく、神社にある社殿の、おそらく何となくだが幣殿へとむけられたものだったような気がする。全く持って奇妙にして奇天烈にして奇想天外じゃないか。彼女ではなくしかも真白様の御神体が御座す本殿でも無く、その本殿と拝殿の中間にある幣殿へと向けられているのだから。


私はまた変な方向に回り始めた頭を抑える。


「・・・実は・・・石段を上り始めてからは、なんだか気分が高揚といいますか、高揚感のような恐怖のような期待のような不安のような、妙な感覚が自分の中に芽生えました・・・自分でも何故そんな感情が湧き出たのか全く分かりません・・・」


「そうか・・・やっぱりヤツの正体は、真白様でほぼ確定だろう。キミはあの神社に近寄らないほうがいい」

「それが・・・一つ不思議なことがあるのです」

「なんだい?」


まだ顔から手が離されない為、タコのようになった顔のまま話を続ける。

知らない人が今の私の顔を見たら、とてもバカなヤツだと思われるに違いない。


「社殿へと近づくごとに、そのドキドキが増したのですが・・・どうも、そのドキドキの原因が、本殿では無く幣殿にあるように感じたのです」

「へいでん??」

「賽銭箱が置いてあった一番手前の建物が拝殿、御神体が祀られている一番奥の建物が本殿、幣殿とはその中間にある建物のことです」


難しい顔をする木葉さん。手はまだ離されない。私はこんな間抜けな顔を誰かに見られたら、と思い始めて違う意味でドキドキしてきた。


「・・・本殿からその変なドキドキを感じたんじゃないのか?」

「幣殿からのモノだったように感じます・・・」

「そうか・・・」

「とりあえずこんな場所で考え込んでいても仕方ない。とりあえず寄合所へと行こうか」

「はい」


ようやく顔から手を離してくれた木葉さん。

くるりと踵を返すと寄合所のほうへと歩き出す、と思ったらまた立ち止まって、顔だけを私に向けた。


「東雲くん」

「はい?」

「その気持ち、忘れるなよ。とても大切なことだからね」

「え・・・?それは・・・どういう?」

「・・・そのままの意味さ。ほら、行くよ」


私は今の言葉の意味が良く分からず、「意識しなければ危ない。無意識に侵されていることが最も危険」という意味なのだろうと自己完結し、今度こそ寄合所へと歩き出した木葉さんの後に続いた。

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