本編 其ノ八 -真っ白いヤツ-
チュンチュン チュンチュン ホーホーホッホー
「・・・・!!」
目覚めると朝になっていた。
チュンチュンと鳴くスズメにフクロウのように鳴くキジバト、カーテンを閉め忘れた窓から燦々と差し込む茜色の朝日、身体が無事か手をグーパート広げて確認するとちゃんと動く。
異常無し、身体が気だるいのは相変わらずだが、意識がある時点で御の字だ。
良かった昨日のことはなんだったのか・・・・・・
なにか携帯からとんでもないモノを見てしまった気がするが・・・
きっと体調不良から起こる悪夢だろう・・・イヤになるな・・・
そういえば・・・冬でもスズメとキジバトは鳴くんだな・・・新しい発見だ・・・渡り鳥ではなかったのか・・・・・・
窓から差し込む朝焼けが眩しすぎて、そちらにばかり気を取られていた。
昨夜のことを確認するために携帯を探そうと、何気なくふと正面を向いたら。
目の前に
ヤツがいた
白いヤツだ
上下七分丈のアオザイ型の真っ白い服を着た
蝋のような真っ白い肌の
真っ白いアイツだ
「!!!!!!!」
驚きで心臓がばっぐらどっきんぴしゃんと飛び跳ね、全身が総毛立ち、目玉が飛び出そうなほど目を見開いたまま、開いた口が塞がらず、腰が抜けたように力が入らない。
真っ白いヤツは私の真正面に、治の病室で見た夢と同じ様に私の足元の布団の外側で体操座りしてこちらをじーっと見つめている。
いや待て、落ち着いて考えろ早雲。思考を停止するな。そうだ。これは、実は今この時この瞬間この場所、これこそが全て夢なのではないだろうか?
そうかもしれない、そうだ如何にも、良く良く考えれば大変に珍妙珍奇であまりにも目に余る程奇天烈にして奇想天外過ぎるではないか。
寝る前に文字化けした謎の送信者からメールが届いて、読んでみたらアイ文で、いつの間にか意識を失っていて、気付けば朝で、朝焼け眩しくチュンチュンチュン。
まず一つ。なんで俺の携帯にアイ文メールが届いたのか?
そもそもアイ文を見るにはまず、デタラメに検索したら出てくる文字化けサイトにアクセスしなければならない筈だ、なのに昨夜はアイ文の方から俺にメールを送り付けてきた、これは明らかにおかしい。実に不測の事態だ、文字化けサイトならぬ文字化けメールは聞いてない。
何故そんなことになったのか仮説を考えるとするのなら、昨日治の病室で柊さんとの約束を破ってコイツに触ってしまったことくらいだ。そういえば、アイ文の内容も触ったとか書かれていた気がする。
チュンチュンチュン ホーホーホッホー
あ・・・多分そのせいだ・・・ 俺がヤツに触ってしまったから・・・自業自得の結果ではないか・・・意識を失ったのも精神的なショックと精神的疲労が合わさった為だろう・・・
なんて・・・バカなことをしてしまったんだ・・・後悔先に立たずとはこのことだ・・・
待て待て・・・まだ決め付けるのは早い・・まだ大本命の夢である可能性が残って チュンチュンチュン ホーホーホッホー
そうだ まずこれが夢か ホーホーホッホー 確認しよ チュンチュンチュン
十把一絡げの思考を中断して勢い良く立ち上がると、ガラッと窓を開けて目の前の電線にとまっているこの鳴き声の発生源を見つける。
「やかましい!!もっと静かに越冬せい!」
状況的に騒音となっていたスズメとキジバトの食用に適した越冬のため夏場より比較的ふっくらしている二種の鳥類が飛び去ったのを確認するとバタンと窓を閉める。
ガツッ
その拍子に指を挟んでしまう。
「〜〜〜!!」
まず初めに来たのが痛み、次に怒り、そして最後に理解。
「ああ・・・なんてことだ・・・」
挟んでしまった指が痺れる程のジンジンとする痛み・・・・・・そう・・・痛みだ・・・
つまりこれは現実だ・・・
昨夜携帯に入ってきたアイ文はやはり夢ではなかったのだ・・・・・・
私はアイ文を見てしまったのだ・・・信じられない・・・ということは・・・俺はコイツに意識を持っていかれてしまうのだろうか・・・?
ジー
ならば何故今すぐ持って行かないのだ?何故俺をジーっと見ているんだ?気を失っている最中なんて絶好の機会ではないのか?
なんだ?機か?機をうかがっているのか?
俺の怯え惑い混乱するさまを楽しんでいるのか?
だとしたらなんという悪趣味なヤツなのだ
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
起きてから一体どれほどの時間が経ったのだろう?この白いヤツと見つめ合っていたら恐怖よりも理性や人間性というものをそぎ落とすような激情が自分を支配するようになってきた気がする。
なんだか無性に腹が立ってきた。
なんなんだコイツは?!なんなんだよ?!
激情に任せて立ち上がると右手の人差し指をビシッと体操座りしている白いヤツに突きつける!
「そこの白いの!何故インターホンも鳴らさずに勝手に入ってきた?!誰が入室を許可した?!家主の許可も得ず勝手に人の家にズカズカ入り込むなんてアヤカシの類とはいえ流石に失礼じゃないのか!?」
「・・・」
ぺた ぺた ぺた ガチャン バタン
白いヤツはすーっと立ち上がるとそのまま玄関を出て行った。
え・・・?あれ?どういうことだ?やった?除霊成功???
いや それよりも 私は 一体どうして しまったんだ?
どうしてこんなに理性が効かないのか 怒鳴ったことなんて 人生で三回くらいしかないのに
今日だけで 既に 二回も 怒鳴っている しかも内一回は 何の罪も無い鳥 相手にだ
なんで 私はこんなに直情的になってしま っているんだ? おかしい 思考回路も おかしい
言語感覚も おかしい どうなっているんだ 何か 変だ 私が変だ
ピーンポーン
鳴り響いたチャイムに我に返っていた思考が中断される。
「やっぱり・・・」
流石にあれでヤツが帰って行ったなんて本気で思ってはいなかった。
玄関まで歩いていき覗き穴を見ると、案の定白いヤツが玄関の前に立ってインターホンを鳴らしている。
待てよ?良く考えたらこのままヤツを無視していれば家の中に入ってこないのではないだろうか?
そうすれば家の中でヤツに怯えなくてもすむのではないだろうか?
そうだ、それだ、それで行ってみよう!我ながら素晴らしい名案かもしれない!
一抹の希望を抱けたことで私の胸に少しの希望が灯り精神的に微量の余裕ができた。
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
その考えは 甘かった
ピンポーン
一定の間隔で延々と鳴り続けるチャイム
ピンポーン
ピンポーン
そのチャイムが鳴るたびに 私の精神が削がれ削られていく
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
ただチャイムが鳴っているだけなのに
ピンポーン
追い詰められている
ピンポーン
ピンポーン
「・・・うるさい・・・うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい・・・・!!!」
ピンポーン
頭を抱えてガタガタと震える、余裕が無くなっていく、追い詰められていく。
ピンポーン
うわ言の様にうるさいと言う事しか出来ない
ピンポーン
なんなんだよ・・・インターホンってこんなに恐ろしいモノだったのか・・・?
ただ鳴らしているだけでこんなに精神を痛めつけることができるなんて作ったヤツは何考えて作ったんだ・・・!?
こんなの拷問装置じゃないか・・・・・・
ピンポーン
虚ろな瞳でなんとなく窓を見てふと気が付いた。
ヤツは今玄関にいる、ならばあの窓から飛び降りればアイツから逃げ切れるんじゃないか?
幸いここは二階だし靴もある。怪我はするかもしれないが、全然飛び降りられる高さだ。
試してみるか?
ピンポーン
飛び降りる高さと着地場所を確認するため、立ち上がってよろよろと窓まで行くと先ほど指を挟んだ窓を開ける。
ガラッ
ジー
瞬間移動したのかなんなのか
窓の下の道路に白いヤツが立っている
ジーッと私を見上げている
「ふっ・・・あはははははあは」
ピシャン
窓を閉めるとその場に崩れ落ちた。
ホントに・・・なんなんだよあの白いヤツは・・・
もう笑いしかでてこないなぁ・・・
ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン
ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン
ほら・・・あの一瞬でもう玄関まで戻ってきてる・・・
ワケが分からん・・・・・・
ああ・・・そうだ・・・インターホンの電池を取ってしまえばいいんだ・・・
そうすれば・・・鳴らなくなるんじゃないかな・・・
関係ないけど・・・電化製品の電池を取り外すときいつも感電するんじゃないかってビクビクするんだよな・・・
インターホンのカバーを取り外して中の単二電池を取り出すと無造作に床に放り投げた。
これで押しても音は鳴らない、つまりヤツは鳴らないインターホンを延々押し続けることになる。
そうなれば滑稽だな・・・これで少しは静になるかな・・・?
コンコン コンコン コンコン
コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン
コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン
コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン
「律儀だなぁ・・・次はノックか・・・は、ははははは」
乾いた笑いがノック意外物音の無い静かな部屋に反響する。
もう駄目かもしれないな・・・・・・
気付けばもう夜じゃないか・・・・・・
俺はヤツを家に入れない限りこれからずっとヤツにノックされ続けることになるのか・・・?
無理だな・・・ははは・・・耐えられるわけ無い・・・
それによく考えたら・・・ヤツが玄関にいるんじゃ俺が外に出られないじゃないか・・・
閉じ込められてるのは俺じゃないか・・・これは可笑しい・・・檻の中で見世物になっている動物はオレじゃないか・・・何て滑稽なんだ・・・はははははは
コンコン コンコン コンコン コンコン コンコン
「ああああああああ!!!ノック二回はトイレ用だ!!!こういうときは四回ノックするんだよ!!!」
シーン
静になった・・・・?
コンコンコンコン コンコンコンコン コンコンコンコン コンコンコンコン コンコンコンコン
ああ・・・素直なヤツなんだな・・・
少し可愛く思えてきたかもしれない・・・
ダメだ・・・せめてヤツを入れる前に・・・柊さんに連絡を入れなければ・・・
力なく腕を動かして携帯を取る。
着信を見ると柊さんからメールが何件か着ていた。
「大丈夫か?」「大丈夫なら話があるんだ」「まだ寝ているのかな?」
柊さんに今の私の状況を伝えるわけにはいかない。
それに彼女にコイツの呪いが移ってしまうかもしれない・・・
私は柊さんから距離をとらねば・・・・
「すみません、昨日から調子が悪いと思って病院に行ったらインフルエンザに罹患していました。暫くはお会いできそうにありません」
この文章を送信すると二~三分もしないうちに返信がきた。
「そうか、なら身体を大事にしたまえ。もし辛いならお姉さんが優しく看病してに行ってあげようか?」
「ありがとうございます。今は実家で療養しているので問題ありません。ですから柊さんは昨日発見したという研究に打ち込んでください」
送信
柊さんの優しい文面に涙がでてくる。そして、約束を破ってこんな目に会っている自分を悔やんだ。
「申し明けありません柊さん・・・・」
コンコンコンコン コンコンコンコン コンコンコンコン コンコンコンコン
磨り減った精神が悲鳴を上げているのかボロボロと涙がこぼれる コンコンコンコン
もう自律神経すらうまく機能していないのかもしれない
自分を全く律せていない
コンコンコンコン
私はゆらりと立ち上がると重すぎる一歩を踏み出しながらよろよろと歩いて玄関の扉を開いた。
目の前には白いヤツがいる。
白黒の左目で俺をじーっと見ている。
「・・・入れよ」
コクコク ぺたぺたぺた
二回頷くとぺたぺたと家に上がり、朝居たて定位置に座った。
私もその目の前にどかっと腰を落ろしてソイツを見据える。
「なぁ、お前は俺を連れて行くつもりなんだろう?何時連れて行くんだ?今日か?明日か?」
フリフリと首を横にふるヤツ。
「いますぐに連れて行く気はないってことか?」
コクコク
多分そうだという意味だろう。どっちみちコイツの言うことなんて欠片も当てにならない。だが言質が無いよりは幾分かマシだろう。
このままじゃ精神がおかしくなる、頭がおかしなる、もう私は頭がおかしくなってしまっているのかもしれないが。
昨日も実験のために使った銀色のPTPシートに入った青い錠剤を一錠取り出すと飲み込んだ。
睡眠剤には精神安定作用も入っているから少しは楽になるだろう・・・とにかく、こういうヤツを相手にするときは精神がやられたら負けだ。
負けんぞ、俺は連れて行かれはしない、最悪オレを引き換えにして治だけでも取り戻す。
薬の影響か朝からの精神攻撃で疲れていたのか眠気が襲ってくる、心無し気持ちも楽になってきた気がする・・・・・・ああ・・・何も食べていなかったからかな・・・・効きが早い気がする・・・
私は気を失うように瞼を閉じた