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初恋  作者: 元馳 安
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中学三年生




 僕は三年生になった。


 去年の今頃に佳恵と出会ったのだ。


この一年で佳恵のいろんな顔を見れた。

 今では毎日のように学校での佳恵の明るい表情を見ている。そして三年生になり気付いたことは、佳恵にあまり会えないことだった。

 あの夜から二ヶ月が経つ。


 あの夜から春休みに入るまでの二年生としての残り一ヶ月間の殆ど毎日、佳恵と会った。

 佳恵と一緒にいることができたのは彼女のプライベートな時間が一年の中で最も余暇のある時期だったからだったかもしれない。


 僕の今までの人生で一番幸せな時だ。たった十四年しか生きていない子供の戯言だ。


 す 当然、学校でも会うが学校では殆ど会話をしない。学校での佳恵はよそよそしく、そんな態度は松本と僕が原因であり、元気がないのだと僕は思い込んでいた。


 あの夜の翌日に僕は松本を殴った。


 廊下で擦れ違ったときに松本の肩と僕の肩がぶつかり、その瞬間、僕は松本を殴った。

 尻餅をついた松本は頬を手で押さえて虚ろな眼差しで僕を見つめたていた。

 僕は拳を握りながら松本を睨んだ。

 松本の後ろにいた山下が松本と僕を交互に見遣り、僕に何か怒鳴りながら僕に近付いたがどう でもよかった。

 塩谷も近付くのが分かったが関係なかった。僕はずっと松本を睨んでいた。

 松本は「止めろ」と二人に言うとその場を後にした。

 僕の心臓は破裂しそうなくらい脈打っていた。右の拳は赤くなり、しばらくヒリヒリしていた。

 僕らしくないというか、僕からしたら、有り得ないほど、愚かで直情的な行動だった。

 結局、この事は何もなかったことになっていた。


 クラスに戻るとみんなの眼差しに好奇の色が付いて、明らかに僕を警戒していた。

 しかし、二、三日もすると何事もなかったかのように静かになった。

 そのことが佳恵の耳に入ったのかもしれない。しかし、二人きりの時の佳恵が明るかったので気にしなかった。


 三学期の期末試験前は放課後、佳恵の仕事が終わるまで学校から少し離れた図書館で時間を潰した。学校から駅と反対側に位置する図書館、しかも学区の違う場所の図書館を利用していた僕たちは、同級生や他の先生に見られたらことは一度もなかった。


 その後に過ごす佳恵との時間は一時間程度だったが、毎日会った。



 何回か二人で喫茶店に入ったりもした。佳恵の苦手な食べ物、趣味、好きな映画、色んな話をする度に僕は彼女に惹かれていった。

 春休みには一度だけ、佳恵の部屋で過ごした。

 彼女が好きなDVDを観ながらまったりと過ごした。その日、初めて母親以外の女性の手料理を食べた。



 そんな僕らの仲を誰かが知ったら、意味のない逢い引きだと思うかもしれない。

 だけど、僕は意味がないとは思わなかった。本当に素敵な毎日だったから。


 そして何よりも好きな女性がいるだけでこんなにも活力が湧くのだと分かった。


 そんな毎日が四月からは変わったのだ。

 佳恵と会う時間がなくなったのは彼女が忙しくなっただけではなく、僕も進路で悩み、これまで彼女と会っていた時間が自分だけの時間に変わったいったからだ。



「よし君はどこを受けるの?」

 五月も終わりかけた頃、喫茶店で佳恵が僕の進路について訊ねた。


「まだ決めてない。でも私立は行けないから」

 僕の家の経済状況では私立の高校を受けることは出来なかった。佳恵には決めてないと言ったが、僕は国立を受けることをこの時から決めていた。


 会える時間が少なくても佳恵とは定期的に二人で会っていた。


 学校では毎日のように会うが、当然話などは出来ない。二人きりで会っても進路の話題が多かったことが僕には寂しかった。


 自分の道を決めていたが、僕は進路のことを彼女に話せないでいた。

 それは国立の高等学校を受ける僕自身の自信の無さが原因だった。

 佳恵と距離を置くことはないが、僕の中での整理しきれない気持ちが佳恵を真っ直ぐ見れなくさせた。

 そうして、そのまま夏を迎えた。自分が十五歳になったことにも気付かずに。



 僕は夏休みにしたいことがあった。それは広告でたまたま見かけたものだった。

 株式会社「進学研究会」という会社が実施する、大学や高校、専門学校を借りて行われる会場テストでV模擬というものがあった。

 広い地域から受験生を募り、高校入試と同じスタイルで受験し、全国規模で見た自分の偏差値、自分が受けたい学校への合格率等を計ってくれるというものだ。

 僕は今の自分の実力を知りたくて、そのV模擬試験を夏休みに受けることにした。とにかく自信が欲しかった。



 会場は僕の住む所から程近い小岩にある高校だった。そこには大勢の人がいた。

 試験には自分の中学校の制服を着てくる規則があり、そこに集まった人たちの制服は当然みなバラバラだった。そこに違和感があり、僕は不思議な受験の臨場感を味わった。


 僕が受けた七月の時点でV模擬の出題範囲は五科目全てが三年生が修得する全ての範囲だった。しかし、僕は七月の上旬に予習していた。

 三年生の修得範囲といっても、二学期には終わらせなければならない範囲なので、自分一人でもなんとかなった。


 試験の結果は五科目で偏差値六十五だった。国語、数学、英語の主要三科目で偏差値六十八、数学は偏差値七十二だった。

 志望校の欄に国立の名前を二つ書き込んだ僕はA判定とB判定に自信がついた。


 しかし、それは僕以外の人が現在の授業の範囲外を今回のテストで落としていたに過ぎなかった。つまり、本番に近付くにつれレベルは上がるということで、この結果は当てにならない。

 だけど、僕は嬉しかった。

 V模擬を受けたことも結果も佳恵には言わなかった。この結果で僕はある決心がついた。




 八月に佳恵の家で勉強をしていた。

 自分の苦手な世界史と地理に苦しめられていた。社会科が出来れば国立への道が見える。


「もしさ、僕が高校に受かってそこが難しい所だったら、褒めてくれる?」

 文庫本を読んでいた佳恵が顔を上げて振り返る。

「受けるトコ決まったの?」

「ううん」

 僕は首を横に振った。

「よし君が受かったらお祝いしないとね」

「じゃあ、もし受かったら、お願い聞いてもらえる?」

「何? 私に出来る事?」

「うん……佳恵とずっと一緒にいたい」

「ずっとって?」

「ずっと!」

 佳恵の顔が曇るのが分かった。何故? 嬉しくないの?


「……ずっといれないよ……きっと、よし君は私といたくなくなるよ」

「そんなことない!」

「そんなことあるよ。ずっと一緒にはいれない。まだ、よし君には分からないことなんだよ」

「なんでいれないの? 僕と佳恵が先生と生徒だから?」

 静かな佳恵とは反対に僕の声は大きくなっていた。

「僕が子供で、佳恵が大人だから?」

「今は分からなくていいことだから……でも嬉しい、ありがと」


 彼女は言った、二人が歩む道に年齢は関係ないと。


 経験不足の僕にはまだ分からないことかもしれないけれど、人生の伴侶を見つけた『つもり』の遊びに付き合えない。

いつ棄てられてもおかしくない怖い状況が、心が壊れそうになる程の不安が、私には耐えられないと。

でも、それは年の差が生んだ障害であり、今の僕たちの関係は不思議で危ないものである。


 『ずっと一緒にいよう』、そんな言葉を使っていいのは、これからずっと二人でいられる“環境”が整ってからだった。

 僕が彼女にその言葉を使っていいのは、二人で苦難を乗り越えた後の何年もまだ先の話だった。

 『ずっと一緒にいられて幸せだった』と言えるくらいに、僕の人生が彼女に追いつく未来の話だ。

 その言葉を口にしていいのは今じゃない。


大人の彼女にはあまりにもリスクが高く、子供の僕にはリスクの低い、もの凄く不公平な関係なんだ。

 僕が望んでない彼女の寂しい答えとは裏腹に彼女は嬉しそうだった。



 その次の日、佳恵から会うのを控えようと言われた。内心では寂しかったが、僕もその方が勉強に専念できると考えて素直に頷いた。全ては佳恵のため。


今会う時間がないのは、試験に合格して全部が終わり、佳恵とゆっくり会う時間を作るため。今我慢出来ずに未来の時間を潰すのは愚かである。


 佳恵と見たあの日の花火を僕は時折思い出す。次はもっと大きな花火を二人で見よう。



 真っ白な砂浜を真っ青な海に向かって駆ける。波打ち際で水の冷たさに驚き、寄せては返す波と遊ぶ。潮風に麦わら帽子を抑えながら、誰もいない海ではしゃぐ。

 海に沈む夕暮れを二人で眺める。なんて事のないありふれた光景だ。


 佳恵が僕に何処へ行きたいか訊ねてから何度も海に行きたいと思い何度もその時の情景を思い描いた。


 ありきたりでいい。特別じゃなくていい。佳恵といれればそれでいいと思ってた。


 結局、僕は海に行きたいとは一度も言えなかった。

 夏の花火ももう終わってしまった。



 夏休みが明けると、同級生たちの変り様に驚いた。

 女子も男子も大人びていて、少し戸惑った。

 そんなみんなと過ごす学校生活には、自分と彼女の秘密で同級生との間にある距離感を感じていた。優越感でもなく劣等感でもなく距離があった。


 そんな僕は佳恵といることが悪いことだとは思わなかった。ただ、他言することの煩わしさと彼女に対する迷惑は(わきま)えていた。


 受験という進路決めが本格的になると、二学期の授業の進め方にも変化が表れた。それは先生たちの高校受験に対する意識が露骨に表れていた。

 僕はそれで良かった。そして、佳恵と会えない日が続いた。それもしようがないと思っていた。


 一年生、二年生ではそれぞれの季節ごとに学校の行事があったが、三年生ではもうない。


 僕のやることは勉強以外にない。夏の初めに描いていた佳恵との未来も霞み始めていた。


 不確かな未来を進むための気力も、僕には数ヶ月先の本番まで保てる気がしない。それでも進むしかないのだ。

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