出会い
結局何も言えずにその場を去った。
振り返ると、校庭という舞台で卒業式のセレモニーを演じきり、今尚、演者の余韻に浸る多くの主人公たちに違和感を覚えた。
クラスメイトとの別れを惜しむ姿はラストのシーンの「主役」になりきってその役を楽しんでいるように見える。僕は不思議な気持ちになった。
ずっと一緒にいた友人との別れに流す涙は小道具で、長い間お世話になった恩師に謝する言葉は台本に書かれた台詞のような、今の僕には理解できない世界があった。僕は用意された“舞台”を早く去りたかった。
そこで教師たちが教え子に伝える言葉も無意識に用意した特別に贈るものでないのかもしれない。彼らの関係はこれで終わりなのだから何を言うおが構うことはない。
これまでに歩いた誰との思い出も、これから歩む誰との未来も無い。幕が下りるとはそういうことだ。
青色に光る校門前の信号が目に入り、校門を出ようとする足が自然と速くなった。「キャッ」っという女子生徒の声に振り返ると、仲間内でふざけ合う女子の姿があった。
そのすぐ後ろ、彼女の姿を認めた僕は車道を横断するのを躊躇った。今戻れば…‥点滅する青信号は決断を迫るカウントダウンのようであった。
僕は戻れなかった。あの時と同じ様に...…。
彼女と出会ったのは二年前、僕が中学二年生になったばかりの時であった。
彼女は新任の教師として赴任してきた。担当の教科は数学。
暖かな日差しが降り注ぎ、桜も散り散りに若葉が目立ち始めた四月初旬の朝礼、全校生徒の前で新任の挨拶をしていた彼女。黒のスーツを着こなし、くっきりと綺麗に整った顔立ちは目、鼻、口元に大人の女性の色気があり、既に男子生徒を魅了していた。
友人たちは口々に彼女を褒め称える言葉を言い合っていた。
僕の目には良い印象に映ったと言うと恰好を付け過ぎた言い方かもしれない。僕は一目惚れに近い感覚を覚えた。
挨拶を終えて綺麗に正した姿勢を保ちながらお辞儀した彼女は顔を上げると、恥ずかしさで顔を赤らめていた。
壇上を降りてパイプ椅子に急いで座る姿も、緊張が解けてはにかんだ彼女の姿にも見とれ、いつの間にか壇上にいる校長を見たときに気付いたことは、僕は彼女から目を離すことができなかったことだ。
彼女が赴任して最初の授業は簡単な挨拶から始まり、真新しい二年生の数学の教科書の最初の五ページを進めただけで終わった。
「倉内先生どう?」
新任の先生のことだ。授業が終わり、僕の席まで来た藤谷はにやついた顔をしていた。
最初の授業での挨拶の時に黒板に書かれた「倉内 佳恵」という文字が、黒板消しで消されて薄く跡が残り、数字が上書きされていた。僕はその薄れた文字を見つめた。
「頑張ってると思う」
上からものを言う生意気な態度は、曲がりなりにも僕が勉強ができたことが原因であった。得意科目が数学ということもあり、端から先生を見下していた。
「可愛くない?」
藤谷の顔がくしゃっとなった。
「普通」
僕が二年生になったばかりの時だ。
僕が通っていた中学校にほど近い場所に瑞水神社という神社があった。縁結びの神社として知られ、神社に行くカップルも多いらしい。
そして、毎年五月の中旬には、そこで五穀豊穣を祈願した水祭という祭を催していた。僕はその神社に植えられた大量の金木犀の匂いが苦手で瑞水神社は好きではなかった。
ゴールデンウィークが明けると僕たちの間では水祭の話で持ちきりになった。
何故か一年生は祭に参加することが許されず、二年生からの祭の参加でさえも先生が見張りにいるという青少年犯罪防止の徹底ぶりであった。見張りが居ることで一年生は行くことができないが、犯罪防止の見張りが居るからこそ、一年生が来てもいいと思うのだが、この学校のしきたりらしい。去年は行けなかった。
同級生の友達の間ではその瑞水神社は縁結びで有名らしく、水祭には彼女と行くということが当たり前であった。
後から知ったことだが、瑞水神社の豊穣祭は、「阿」を男と見立て「天」とし、「吽」を女と見立て「地」とした阿吽の狛犬が建てられ、「天からの恵みにより、大地が潤い五穀豊穣となる事を、また、子宝に恵まれる事を」という、五穀豊穣と子宝祈願の祭であった。後付けで縁結びを付けたのかもしれない。
自分が二年生だという自覚も表れ、登校する際に自分のクラスを間違えることもなくなりだした五月、祭の日は学ランが必要ないほどに暑かった。
そして、その日の授業もあっという間に終わった。
その日の授業では毎時間に先生がくれぐれも祭に参加する者は気を付けるようにと、何に気を付けるかは言わないまま終り、午後四時には家に着いた。
下校してすぐに着替えを済ませた僕は待ち合わせまでの時間をゲームで潰した。やっていたゲームはRPGだが、予定があるときに限って名残惜しい所で約束の時間がくる。僕はゲームを嫌々ながら切り上げて、友人と約束した集合場所に向かった。
下校時は明るかった外も、僕が出る頃には辺りは日も暮れて薄暗い道路には街灯の明かりが点いている。
クラスメイトの高木 和也が住むマンションの前には和也と渡井 慎吾がいた。
「お待たせ」
集合時間は午後六時。僕は五分前にマンション前に着いた。あとは藤谷を待つだけである。
「行こうか」
和也が口を開いた。
「藤谷は?」
「先に行ってって連絡があった」
気分屋の藤谷は帰り際に、僕と和也と慎吾の三人が祭の話をしていたときに突然入ってきた。元々は三人で行くはずであったのだ。
「ふーん」
突然行くと言ったり、行かないと言ったり、僕は藤谷の優柔不断な性格があまり好きではなかった。
僕たちは瑞水神社へ向かった。
神社へ向かう途中で藤谷と合流した。気分屋の藤谷は一度は行くのを止めたにも関わらず、気が変わり神社から和也の家を目指したのだ。
本当に優柔不断な奴だ。
和也の家から神社までの道のりは徒歩で十分ほどであった。テレビの話から授業の話、部活の話から後輩の話まで、日常のつまらない話をしていたら、あっという間に瑞水神社の前まで来ていた。
鳥居の下で担任の西崎先生の姿を見つけた。
「先生っ!」
色付きレンズの眼鏡とノーネクタイに真っ黒なスーツ姿のヤクザのような格好の西崎先生はニコりと笑い無言で手を振った。いい見張りだ。素直にそう思った。
周りはたくさんの人で混み合っていたが、知り合いと思しき人は見当たらなかった。
心の中では会いたい人がいたのだと思う、彼女の陰を探していたから。
この祭に一緒に行きたい人がいたにも関わらず、この時の僕はそんな思いをひた隠し、祭の物足りなさを感じないようにしていた。
鳥居を潜ると下町ならではの活気ある祭があった。
様々な出店が建ち並び、様々な食べ物の匂いが充満していた。
焼きそばのソースの匂い、焼き鳥の匂い、トウモロコシに醤油が塗られ網で焼かれると、焦げた醤油とトウモロコシの香ばしい匂いが辺りに広がった。林檎に重ねられた透明の甘い飴は店の照明に反射し光って見える。
射的では子供がお姉ちゃんと思しき子の手を掴みはしゃいでいた。
いるだけで気持ちが盛り上がる祭の雰囲気、五穀豊穣を祈願した水祭は賑わっていた。
煙に巻かれた其処此処には香ばしい匂いが広がり、その場の空気が気分を高揚させる。僕たちは何をするでもなく楽しく自然と笑顔になっていた。
確かに好きな人といれたら、一生の思い出になったかもしれない。
「あっ、佳恵ちゃん!」
藤谷が指差す方に倉内先生がいた。声を上げると同時に藤谷が駆けていく。
「先生も祭に来たんですね」
僕と和也と藤谷と慎吾は倉内先生に気付くと先生も僕たちに気付き、藤谷が声を掛けた。
僕は倉内先生に会えたことが嬉しかった。この人と来れたら……。その時は微かな感情にも気持ちを向けられなかった。
「みんなが悪さしないように見張り」
彼女の笑顔は大きくて形のよい目が細くなり、下瞼の涙袋が膨らみ盛り上がるのが可愛かった。僕は彼女の笑った顔が好きだった。
「先生は祭を楽しめないですね」
僕の言葉に倉内先生が僕を見た。
「ここにいるだけでも楽しいよ。みんなが悪いことしなかったらね」
倉内先生の言葉に僕は笑いながら平静を装うが、内心は凄く緊張していた。
「中に松本君たちがいたよ。藤谷君たちは四人で来たの?」
「そうです。佳恵ちゃんに会いに来たんだよ」
笑顔で答える藤谷に僕ははっきりとした苛立ちを覚えていた。藤谷の一言一言が気に入らなかった。
倉内先生が藤谷の名前を出して笑うのが嫌で、僕は用もないのに先を急ぐように神社の奥へ歩を進めた。
「佳恵ちゃん、またね」
藤谷が倉内先生の名前を呼ぶことが嫌だった。三人も僕の後に続き先生と別れた。
出店を眺めながら奥に進むと本堂の脇に松本たちがいた。松本は不良の先輩と仲が良く、自らも不良の道に進もうとしている。
松本とは保育園からの付き合いで、小さいときから知っている僕は幼い頃の優しかった松本の印象が僕の中の松本であるので、今の姿は僕の中で似合っていなかった。
松本の周りには松本を囲むように六人の男子と女子の姿が見える。
僕とは幼馴染みで仲も良いので僕が声を掛けても不思議ではないが、声を掛けずに通り過ぎようとした。
「義之!」
通り過ぎようとする僕を松本が呼び止めた。松本を囲む六人も僕を見ている。その視線に僕は萎縮し、僕に大きく手を振る松本に応えることが出来なかった。
「お、松本……」
僕の声は小さかった。松本には届いていない。
「義之、来いよ」
松本が手招き周りの六人が話していた。
「一緒に来てるから」
今度は大きい声を出し、僕の後ろにいる三人を指した。
「いいよ」
慎吾が口を開く、振り返ると慎吾も和也も藤谷さえも大人しくしていた。
「話してきなよ、入り口の所で待ってるから」
和也の言葉に慎吾と藤谷が頷いて僕を促した。まるで関わることを避られた僕は「分かった」と言い、松本たちの方に歩を進めた。
どれくらいの時間話していたか分からない。松本は僕に六人を紹介してくれた。
同じ中学校で同級生の山下と塩谷、女子が吉川、僕はこの三人は学校で顔を知っていた。
他校で同い年の健一とその彼女、エリカ。二人は無口で煙草を吸っていた。そして年下で学校に行ってない男の子、木内。
同じ中学校の同級生からは何の話もされることなかった。というのも、山下と吉川は人目を憚らずイチャついていた。近くに人がいないとはいえ、僕の目はあるのだ。
何故、僕はここにいるのか。盛り上がることなく時間が無駄に過ぎていった。
遠くから眺める祭の光景は今の僕からしたら別世界のものだ。まさに蚊帳の外であった。
様々な出店から立ち上るも香ばしい匂いも、聞こえる賑やかな音も、華やかな明かりも、今の居心地の悪さに掻き消されていた。入りたくても入ることができない祭を外から眺めてい た。
そして話の中身もないままにいつとなくその時間は終わった。
「もう行くね」
耐え切れず僕は松本に言った。
「慎吾とか待ってるしな」
松本は何も思ってないに違いない。
時計を確認すると、午後八時十分だった。この時間では三人はもういない。
それでも僕は「そうだね」と言って、その場を後にした。やっと解放されたと安堵した。
祭の活気は衰えることなく、人混みは絶えず続いていた。入り口まで戻らなくても三人がいないことなど分かっていた僕は一人で出店を見て回った。
本堂を出て暫く歩いても知り合いには会わず、先生の姿もない。教師は公務員でこの祭の警備とはいえない見張りもサービス残業と考えると、帰って眠り、明日の授業に備えるのは当たり前かもしれない。
僕は何を見るということもなく、景色を眺めながらゆっくりと歩を進めていた。
その時、僕の足が自然と止まった。その姿を見た時、僕は嬉しくなった。しかし、それ以上に緊張した。
倉内先生が出店の前でしゃがんでいたのだ。
先程と変わらない紺色のワンピースに灰色のカーディガンの姿は先程見たものと違って見えた気がした。
倉内先生がいたその店は金魚すくいだった。
『先生』。緊張していた僕は、心では思っても口には出来ずに倉内先生を見ていた。目を輝かせながら金魚を見つめる倉内先生の横顔には幼さがあった。
先生は金魚すくいをするでもなく、ただただ桶を覗いているのだ。
三人を見なかったか聞こう。
見ているはずがない、所在なんて分かるはずがないのに彼女に話し掛けるきっかけを僕は探した。
「先生」
倉内先生に近付いた僕は勇気を振り絞って声を掛けた。
「おぉっ、坂本君! まだ帰ってなかったんだね」
先生は笑った。笑った顔が見れるだけで僕は嬉しくなった。
「悪さしたいから、先生が帰るまで残ってました」
最初に会ったときの言葉を思い出す。僕はふざけながら言った。
「じゃあ、先生はずっといないとね」
倉内先生とは話が弾む気がする、楽しいと思うのは僕だけなのだ。僕は藤谷を妬んでいたんだとこの時に気が付いた。
「慎吾とか見ませんでしたか?」
暫く考えた先生が首を横に振る。
「見てないよ。はぐれたの?」
三人がもういないのは分かる、三人に会いたい訳じゃない。むしろ、先生が三人を見かけていないことにどこかほっとしていた。
「そういう訳じゃないんですけど……先生は帰らないんですね」
「もう帰るよ。他の先生は帰ったし」
頷きながら僕も倉内先生の横にしゃがむと、先生からいい匂いがした。
僕も桶の中を泳ぐ無数の金魚を見つめる。
「金魚すくい好きなんですか?」
「金魚を捕まえるのは好きじゃないよ。うん……どっちでもないかな」
先生も桶の金魚に目を遣る。
「私が小さい時にね、家族で初めてお祭に行ったときの思い出が金魚すくいなの」
倉内先生の横顔を見つめる。
店の照明、強い黄金色ながらも優しい灯りに照らされた横顔は、今まで見たどの顔よりも綺麗な横顔だった。
「金魚すくいをしたわけじゃないんだけど、沢山あるお店の中で一番感動したのが金魚すくいだったの、飽きもしないでずっと眺めてたな」
倉内先生が笑顔になる。
「金魚が泳いで水面が揺れて、反射した光も揺れたりして綺麗に見えるのが、その時は魔法みたいに思えたの」
今も見る無数の金魚が泳ぐ桶を先生は金魚を見てたのではなく水面に映る光を見ていた。その光を見ることで過去の楽しい思い出を見ていた。子供の頃に見た懐かしい景色に見とれていたのた。
同じ形に現れることなく、光が不規則に揺れて無限に様々な形を成す、まるで魔法のように綺麗な光景は、色褪せることない少女の美しい思い出であった。
特別なことは何もない、ありきたりな話に僕は聞き入っていた。嬉しそうにはしゃぐ少女の姿を思い浮かべ、僕の隣に座る先生と照らし合わせる。
「そしたら、ドンッ、ドンッって大きい爆発音が鳴って空を見上げたら、凄い大きな花火が打ち上がったの……綺麗だったなぁ」
興奮しながら話す倉内先生の横顔ははっとするほどに可愛かった。
彼女が僕の方を向く、目が合うと僕は緊張して目を逸らした。
「そろそろ帰ろうか」
彼女はそう言ったが、僕は帰りたくなかった。はっきりともっと一緒にいたいと願った。腕時計に目を遣る、時刻は午後八時二十分。
「……先生、お願い聞いてもらえませんか?」
今までの僕には決して持つことがなかった勇気、僕は意を決して倉内先生に聞いてみた。
「何?」
僕の言葉に彼女の顔が微かに緊張したのが分かった。僕の緊張が伝わったのかもしれない。
「一緒に花火を見ませんか?」
一瞬、倉内先生は言葉の意味を理解していなかった。
「花火? いつ?」
「今日です」
見えるか分からない、でも花火は絶対に上がる。僕は知っていた。
「何処で?」
「この近くの新中川です。今から行きませんか?」
「新中川で花火大会なんてあったっけ?」
「新中川で花火は上がりません。でも、新中川なら花火が見れます!」
きっと見れる、僕は行きたい気持ちが先行し語尾が強くなった。疑問でいっぱいの顔が崩れる。
「……うん、いいよ」
この時の倉内先生の笑顔は一生忘れない。僕は本当に嬉しかった。
立ち上がった僕は時計を確認し急いだ。午後八時半になろうという時間でも人集りは絶えることなく、祭は盛況していた。暗い中に灯る沢山の提灯が人を呼び、人が人を呼ぶ。祭は大勢の人で賑わっていた。
提灯が出口までの道を誘導し、その光を追うように出口に向かって走る。僕たちの前を人混みが邪魔し、喧騒が纏わりつく。
僕は急ぎながら、後ろにいる倉内先生を見ると、彼女との距離が一瞬寂しくなるのを感じた。
僕は咄嗟に手が出ていた。すると、その手を柔らかな手が掴んだ。
自然と出した手が握られるのが嬉しかった。離れないように強く彼女の手を握る。人集りの中、はぐれないようにしっかりと手を繋ぎ、僕たちは走った。
出口を過ぎると喧しい人の声は無くなった。僕は急いだ。
神社を出ても僕は先生の手を握って走るのを止めなかった。
よく知る道も違う景色に見えるのは辺りが暗いせいだけじゃない。心臓が高鳴っているのは走っているからだけじゃない。
暫くすると目指す橋が見えてきた。神社から一キロ離れたところにある河川敷には新中川が流れている。その新中川に架かる、鮮やかな青が半円に広がる明和橋を目指していた。
坂道を上りその場所に着き、歩くとその場の静けさがやけに目立つ。
暗闇に遠大な姿が消され、昼間では見れない綺麗にライトアップされた明和橋は幻想的で、息を弾ませながら辺りを見回す。
夜の八時半から南の方角に見える花火がある。ディズニーランドの花火だ。
僕はそこからその花火を見たことがない。だから、どういう風に見えるか、そもそも見えるのか不安だった。
「あっ」
近くで見る花火はその大きさもさる事ながら、爆発音の大きさにも圧倒される。
壮大で偉大な花火はそこになく、いくつも橋を越えた遠くの彼方に、ほんの細やかな花火が咲いていた。ずっと遠くに咲く小さく、か弱い花火を僕は指差した。先生は呼吸を整えながら頷いた。
小さな花火は伸ばせるだけ伸ばした掌に収まるほどであった。
爆ぜる花火に音がついていけず、消えてから時間が経たないと音が僕らに届かない。そしてやっと僕らに届いた音に偉大な姿はなかった。
そんな花火に僕は感動していた。
「綺麗だね」
「はい」
小さな花火は本当に綺麗であった。彼女が小さい時に見た大きな花火を共に見ることは叶わなかったが、僕は今までで一番の花火を見た。
「有り難う」
闇夜の空に咲く花は小さく、弱々しくて儚かった。この世で一番美しい花を僕たちはずっと見ていた。
この日、彼女の笑顔を一番多く見たのは僕であって欲しいと思った。




