ハブかれた俺はハブかれた聖女と出会う
――異世界転移
そんなもの物語や頭の中の妄想での話だと思っていた。
この瞬間までは――
目の前で膝をつき、息を切らし、祈るように手を合わせている一人の少女。
その周りには、メイド服を着た女性や見た目偉そうなおっさん、それに騎士っぽいのがたくさんいた。
膝をつく少女は目を開き、立ち上がる。
「ようこそ勇者様方。この度はこちらの都合で勝手に呼び出してしまい、大変申し訳ございません。そして、不躾ですがあるお願いを聞き入れて頂きたいのです」
少女は言葉を続ける。
「私の名前はシャルロット・テティスと申します。これでも王女をやらせて頂いてる身です。私の自己紹介は、また後程。……皆様方に聞き入れて頂きたいあるお願いというのは……魔王の撃退です」
王女様は一拍おいて呼び出した理由を述べた。
王女とは驚きだ。まあ、テンプレであるからそこまで驚きはしないが……
「現在、私たち人間の国と獣人の国は同盟を組み、魔王の襲撃に対応しています。ですが、このままではどちらの国も魔王軍に堕とされてしまうでしょう。なので、勇者様に救って頂きたいのです」
ここで言う人間の国というのは、人間や獣人と分けたときの呼び方だろう。
人間の国の中にいくつかの国があると考えてよさそうだ。
「はい、任せてください!」
内容もしっかりと聞かずに、そう答えたのは俺の隣にいる茶色がかった髪の少年。
年は俺と同じ16歳。俺の同級生だ。
イケメンで気にくわなかったので、今までに接点がそれほどない。
名前は、天草勇。
いつも女に黄色い声を上げられているリア充一軍のボスである。
天草がそう返事を返すと、王女様の顔が見る見る明るくなってゆく。
「あ、ありがとうございます!では、こちらの水晶に触れてもらってよろしいでしょうか?」
王女様がそう言うと、メイドの1人が台座に乗せた水晶を運んできた。
「これは自分のステータスを確認するための水晶です。順に手をかざしていってください」
俺と同時にこちらの世界に召喚された3人が、水晶に天草、姫路結衣、水谷零の順に手を翳してゆく。
姫路も水谷も天草と同じリア充一軍のメンバーだ。
姫路は黒い髪をそのままストレートに下ろした、小柄で華奢な体つきの美少女だ。
姫路はリア充一軍でありながら、周りにも気を使える超いい奴で、俺は嫌いじゃない。
姫路を嫌いな奴なんて、いないんじゃないか?
可愛いは正義だもんな。
水谷零はカッコいい系のポニーテール女子だ。他の2人とは小学校の時からの幼馴染で、いつも一緒にいる。
可愛いというよりは綺麗な美人タイプ。
姫路の護衛。俺はそういう印象を持っている。
うむ、こういうタイプもありだ。
2人の人気は学年を超え、学校全体で絶大な人気を誇っていた。
まぁ、もう過去の話だが……
2人の分析をしていると、いつの間にか俺の番が回ってきた。
「手を翳して下さい」
メイドが急かしてきた。
分かってるよ。ちょい、待ちなさい。
俺は水晶に手を翳した。
目の前に情報が表れた。
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神作 伊織 男 16歳
魔法:未取得
スキル:固有スキル 幻想創作
職業:創造者
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ステータスと言っていたからもっと細かいものかと思っていたが、たったこれだけしかでないのか。
ちょっと期待外れだ。
まぁ、魔法やスキル以外のステータスという概念そのものがないんだろうな。
ここはゲームの世界みたいだけど、ゲームじゃないんだし……
俺は少しだけ肩を落とした。
「皆様の職業を教えてもらってよろしいでしょうか」
「勇者です」
「私も勇者です」
「私も」
水晶に触れた順に自分の職業を言っていく。
そのどれもが勇者だ。
俺だけ違うことに、一抹の不安を覚える。
俺が黙り込んでいると、王女様や他の人たちが覗き込んできた。
「あの……どうかされました?」
「い、いや、何でもない」
よく分からない威圧感に肩がびくりと動いた。
「職業を教えてもらっても……?」
「あぁ、俺の職業は……創造者だ……」
辺りが静まり返る。
え、何何何!?
「……勇者じゃない……!?」
王女様が目を見開いた。
「つまみ出せ」
そう言い放った王女様の声は、異様に低く、鋭かった。
俺は控えていたゴツイ騎士2人に両脇を抱え込まれ、王城から追い出された。
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王城から追い出された俺は、途方にくれていた。
「あれ、おかしいな……俺の時代来たと思ったんだけどな……」
わけでもなかった。
意外に暢気なものだった。
「取りあえずこの都市からおさらばするか……」
この国、ではないが、この都市の印象は最悪だ。
それに、こうやって追い出された場合、追手がくるという可能性も無くはない。
それと、魔王の撃退という責任重大な役割もなくなったことだし、異世界を楽しまなきゃ損だ。
「準備……と言っても着てるこの制服以外なんもないけど……」
異世界召喚時に携帯とかカバンとかは消えてしまった。金もない。
青い鳥のアプリが出来なくなるのがとても残念だ。あぁ。
落ち込んだまま街を通り抜け、門の前に辿り着いた。
門で誰かが門番ともめていた。
もめていたというか、襲われてた……?
「離してください。痛いです」
「なぁいいじゃねえか。どうせ門番なんて他にもいるしよぉ。俺と遊ぼうぜぇ」
そんな会話が聞こえた。
どの世界にも、こういう輩はいるんだな。
助けにはいかないよ?
だって、めんどくさいもの。
言い争う2人を横目に門をくぐろうとした時、
「待ってください!助けてください!」
襲われている娘にそんなことを言われた。
そして思わず振り返ってしまった。
襲われている娘と目が合った。
金色の瞳に腰まで伸びた金色の髪。
処女雪のような白い肌に、控えめな、けれどもはっきりと主張する双丘。
絶世のなんたらとは、この少女のためにあるのではないかと思うほどの美少女だった。
あぁ、もう!助けないわけにはいかなくなったじゃないか!
学校生活で鍛えた隠密行動を発動し、門番の下種な男の背後に回り込む。
右足を後ろにタメ、一気に振り上げる。
世界を問わず、男に超有効!
その必殺技の名は、
――金玉クラッシュ!
蹴り上げた右足は、寸分狂わず男の急所にクリーンヒットし、男は断末魔を上げる。
男のうめき声を背中に、少女の手を取り、門の外へと走り出した。
やべぇ。やべぇよ、今。こんな可愛い娘と手ぇ繋いじゃってるよ。
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それから数分走り、たぶん王都であろうあの都市の門が米粒ほどに見える距離で足を止めた。
「はぁ、はぁ……助けて頂いてありがとうございます。最初に素通りされたときは、ほんとどうなるかと思いましたが、引き返してまで、助けてくれてありがとうございます」
そう言って、金髪金眼の美少女は、何度もお礼を繰り返す。
人から感謝されるのに、あまり慣れていない俺は、ただおどおどするしかなかった。
「ふふっ」
そんな俺の姿を見て、目の前の美少女は、笑った。
恥ずかしい……もう死にたい……
最後にこんなかわいい娘の笑顔が見れたんだ。もう悔いはないよ。
「ごめんなさい。あなたが少し可笑しくて」
「あ、う、うん。まあ、うん。……あ、あのさ!どうして君は、門に近づいたの?門の外には魔物が沢山いるって聞いたんだけど……」
ぎこちない会話しか出来ない俺のコミュ力が、今はものすごく恨めしい。
「……えっと、それはですね……」
彼女は俯き、口を閉ざした。
何か、言えない事情でもあるんだろうか……
いや、見ず知らずの人にそんなことを話す方がおかしいか。
ならば、俺から自己紹介を……でも、彼女が王国から送られてきた俺を殺すための使者だとしたら……?
ええい!まどろっこしい!こんなかわいい娘に殺されるなら、本望じゃーい!
心の葛藤を吹き飛ばし、俺は自己紹介を始める。
「えっと、俺から自己紹介するよ。……俺の名前は、神作伊織。伊織って呼んでくれると、嬉しいかな。……俺が門から出ようと思ったのは、この都市が嫌いだからかな。勇者召喚で呼び出されたのに、勇者じゃないからって、何も知らない世界に放り出されたんだよ!?前の世界のサブカルチャー知識でどうにかできそうな気がしなくもないけどさ、この世界の常識なんて知らないし、やっぱりすぐに死んじゃうよ!」
途中から不満で熱が入ってしまった。
引いてないだろうかと彼女を見ると、驚きの表情をしていた。
驚く要素がどこに……勇者召喚か?
そう思ったが、どうやら違うようだった。
「私は、カナリア・セインティーンです。私は聖女として、魔王軍から人々を守らなければいけなかったのですが、先日の戦いで死者を多数……とは言いませんが、だしてしまいました。そんなときに勇者召喚が成功し、私は用済みとなってしまい、あの王都から追放されてしまったのです。だから、私たちはハブかれ仲間ですね」
ハブかれ仲間……か。
言い得て妙だな。こんな嬉しくない仲間もあったもんだな。
それに戦争に犠牲はつきものだ。
死者を数名だしたから、勇者召喚に成功したから、そんなことで今まで民を守ってきた聖女たる彼女を切り捨てたのか。
ほんと、この都市は好きになれねえな。
「ならさ、もしよかったらだけどさ、俺と一緒に色んなところ行ってみないか?……いや、俺と一緒に来てください!お願いします!」
俺は頭を下げ、手を差し伸べる。
――これは告白。
――彼女を救うための俺の想いの告白。
この世界は生まれながらにして人の役割が決まっている。それが職業。
だからこの世界では、一般人は勇者になれないし、勇者も一般人にはなり得ない。
生まれながらにして聖女だった彼女は色々と制限されていたはずだ。だから、ハブかれたと言う時、少し嬉しそうな表情をした。もっとも、彼女自身はそのことに気が付いていないようだが。
今の彼女は聖女だが、聖女じゃない。
彼女を聖女として引き留めるものはもうないのだ。
あらゆるしがらみから解放された今の彼女は、自由だ。故にこの差し伸べられた手を取る必要はない。
でも、国に狙われるという可能性も無きにしも非ずだ。
そしてそれは俺も同じ。
勇者として召喚された者と聖女として扱われた者。両者ともばれるところで殺すと何かと面倒ごとになるため、都市の外で事故として処分出来るように殺す。狙われる理由は同じなのだ。
だから俺はできることなら手を取り合いたい。
――結局、彼女を救うとか言っても俺のためだな。
この世界を知らない俺は、知らないうちに恐怖を抱いていた。
未知というものに、人は少なからず恐怖する。未知に臆することなく挑む者が、天才と呼ばれるのだ。
――生憎、俺は天才でも勇者でもないんでな。怖いもんは独りより2人がいいんだよ。
この手をどうするかは、自由になった彼女の決めることだ。俺がどうこう言える問題じゃない。
1人の少年が頭を下げる中、1人の少女は少しばかりの戸惑いを見せ、
その少年の手を――
エンドはハッピーってことしか決まってません。
いろいろお待ちしています。