布
ここに来たばかりの時とはずいぶん変わった、ナリの姫は
悩みの多い感じがする姫だった
深窓の二十歳の姫君にしては可憐さを感じられない
全身に緊張をみなぎらせて、まるで鎧をつけているような
だが最近の姫はどうだ
すっかり鎧を脱ぎ捨てユアン様の言いなりになっている
顔つきが全然違う
ユアン様流の荒い保護を黙って受け入れることにしたのだな
ユアン王子の妻になる以上それが一番賢い生き方だろう
ルルドはユアンに言いつけられ、リュウジュの踊りの練習の進み具合を見に行った
練習が始まってから一ヶ月になる
広間の扉の前でフォンが立っていた
「フォン、リュウジュ様が練習しているあいだ中そうして立っているのか?」
「はい」
「お前も一緒に入るか?」
「いえ、私はここで控えております」
見かけは異様だがこの獣人というのは恐ろしく忠実な下僕だな
しかも賢い
私はリュウジュ様を池に落とした時こいつが襲いかかって来るのではないかと思っていたのだが…
すでに理解している
ユアン様の気質を
少しでも反抗的な態度を取ったら怒りに触れ即刻リュウジュ様の従者を解任されるであろうことを
それはフォンにとって一番避けたいことに違いない
何よりもリュウジュ様が大切なのだ
こいつはこの姿ゆえ人より親密にリュウジュ様に仕えられる
人より親密に…
豪族との会食を終え自身の部屋に戻ってきたユアンにルルドは報告した
「ユアン様、ツカヤ殿の言うとおり、美しく踊っておられました」
「ただやはり回転が苦手なようです」
「それと、表情が…」
「表情が硬いと感じました」
「それが一番踊りの印象を左右するとツカヤ殿も言っておられました」
その報告にユアンはそうかと言っただけだった
ガイナの王とリュウジュの対面は風の舞の後に行われた
ユアンは夜、王宮の庭で篝火を焚いて薄い薄い布の後ろで、神に奉納する風の舞をリュウジュに踊らせた
見ている王には布に映るリュウジュの影がこの上なく美しく見えた
滑らかに動く腕を見ているうちにどこか遠くの世界に連れて行かれるような気がする
風の舞特有の片足でコマのようにブレなく回る様子が神々しい
長年祭事の際この舞を見ているがこんなに優美な舞は初めてだ
美しい物を愛する王の心は魅了された
踊りの後、王に謁見したリュウジュは王にとってこの上なく美しい舞を踊る姫として捉えられた
噂どうり、美しい
ユアンは多分この姫は今まで心から笑ったこともないだろうし、もともと苦悩が表情ににじみ出ていたので、難しい踊りを踊りながら優雅な表情を作るのは無理だろうと判断して布の後ろで踊らせた
せっかくの美しい体の動きが硬い表情で印象を変えてしまわないように
王との対面の3日後、首都ロウドでユアンとリュウジュの結婚式は盛大に行われた
リュウジュは小国の姫ではあったが風の舞を美しく舞ったことで、風の神に近いものとして捉えられ、民衆にも温かく迎えられた
誰もがリュウジュの美しい踊りを賞賛したが、ユアンだけはそれを褒めなかった