ユリナの家出
その年の最後にガイナ北部を驚かせた話題は、ユリナの家出だった
少し前からリュウジュはユリナの様子が気になっていた
ひどく気分が良さそうにしているときもあれば随分落ち込んだ顔をしているときもある
そんなユリナにニレ家では婿を迎えることになった
本人は断り続けて来たのだが、両親としてはこれ以上は待てない
結婚は遅いだろうと言われていたスバル知事の娘フラウもスミ家のリアンと結婚した
これがニレ家としては面白くない
リアンは以前ユリナの婿になることを断ってきた男だ
スミ家以上の格式の家からユリナの承諾を得ることなく養子を迎え入れるこをとミナエ夫人は決めたのだった
「ユリナ、年明けにはあなたのお婿さんがロウドからいらっしゃいますから」
そうミナエに告げられた日の夜、ユリナは屋敷からいなくなった
ユリナには常に二人の世話係がつきそっていた
そのうちの一人はユリナの部屋の隣の宿直室で休んでいるときに何が胸騒ぎを覚えた
気になり真夜中にユリナの部屋を覗くと、そこにユリナの姿は無かった
屋敷中大騒ぎになった
ユリナの母は自ら使用人たちと屋敷の庭をくまなく探した
父と弟は夜中のスオミの街に下僕を従え飛び出して行った
ルルドのもとにも知らせが来て、ルルドも捜索に加わった
悪い予感がする
ルルドの指示でユリナの捜索は町中ではなく川べりを中心に行われた
ユリナ…ユリナ…
そんなに…
あの獣がいいのか!
男でさえない!!
ミナエはフォンをナリから連れてきたリュウジュをひどく恨んだ
ああ、きっとユリナは生きてこの屋敷に戻ってこない
ミナエの辛いニレ家での暮らしを支え続けてきたのは花のように可愛らしいユリナだった
屋敷の庭でユリナの名を叫びながらミナエは倒れた
ユリナが発見されたのは三日後、ニレ家の庭でだった
庭はくまなく探した
雑木林も人工の丘も地下の鍾乳洞も
人々は不思議に思ったが、ユリナは三日間この庭で過ごしたと言い張った
ニレ家はユリナの失踪を秘密にしたかったが、それはできなかった
スオミの町中を走り回るニレ家の使用人たちの鬼気迫る姿が多くの人の目に触れていたので
当然このことはユアンの耳にも入りユリナはユアンに呼び出されきつくその親不孝と豪族の姫としての自覚の無さを咎められた
リュウジュはユリナがさぞ落ち込んでいるだろうと、ユアンに許可をもらい初めてニレ家を訪ねた
ユリナの家族の感情を考慮してフォンは連れて行かなかった
ニレ家の屋敷は無骨ながらもそれは立派な建物である
そして塀に囲まれた庭も広い
門を通ってから屋敷に通じる道は一本しかない
少し起伏のある雑木林の中を蛇行して走るその広い道を歩けば屋敷までは五分はかかるだろう
城とは雰囲気が異なるがここもまた要塞の匂いがする
馬車で玄関に着いたリュウジを出迎えたユリナの姿を見てリュウジュは驚いた
清楚な青い花のような印象だったユリナの雰囲気がまるで変わっていた
大輪の大きな匂い立つような紅い花
美しさにより一層磨きがかったユリナだった
この騒ぎでユリナの縁談は破談になった
これはニレ家にとっては大きな出来事だったのだが…
比べようもないほどの大きな事件が、年明けニレ家を襲うことになる




