晩餐
晩餐の時間になった
会食のメンバーはユアン夫妻、マトハ、知事のスバル、主税局のムラキ
ルルドは数日前父親の代理で領地を見回った際、誤って漆に触れかぶれが出ていた
もともとかぶれやすい体質である
特に顔が酷かった
まぶたは腫れほとんど目が開かない状態だったし唇も膨れてめくれ上がっていた
ユアンは見ているだけで痒くなる、数日休めと言ったのだが、ルルドは休まず出仕していた
マトハの運び込んだ紙の説明は皆と聞いたが、食事の席は不快感を与えるとユアンは同席させなかった
フォンはルルドと共に晩餐の間の隣の部屋に控えていた
ルルドのかぶれて人相の変わった顔を見ながら、ルルド様は体質的に弱いところがあるなぁと思った
ひどくガッチリした体付きに不似合いな端正な顔つき
体質は繊細な顔立ちに寄っているのだろう
なにか、どこかルルド様はバランスが悪い…
だがフォンはなんとなく人間としてこの男が好きだった
それは多分フォンだけではない
この城の者は何かというとルルドを頼りにする者が多かった
この男を嫌っているのはニレ家の夫人だけだろう
晩餐の間で、ユアンと上座に並ぶリュウジュを見て、随分一年前とは夫婦の雰囲気が変わったとマトハは思った
何よりリュウジュ様の顔つきが違う
いっぱしの城の女主の顔をしている
大人しそうに見えてももともと肝のすわった女性である
ふっとマトハの顔に笑みがこぼれた
ユアン様にとってはリュウジュ様は手強い妻であるに違いない
男というのは地味で真面目な妻にとてつもない重圧を感じる時がある
知らず知らずのうちに助けられ支えられその存在感が夫のなかで増してゆく
マトハは旅人として生きることを優先させて生きてきたので、家庭を持たなかった
が、今までの旅のなかで何人か心惹かれた女性はいる
その中にはリュウジュに似たタイプの女もいた
もし彼女と所帯を持っていたら自分もリュウジュ様のような娘を授かっただろうか
マトハはそんなことを考えた
自分の選んだ道に後悔はない
だが選ばなかったもう一つの道に思いを馳せることが最近は多くなった
…年のせいだろうか
「マトハ」
と言うユアンの呼びかけでマトハは我に返った
「はい」
「やはり、ガイナにもあの薄い丈夫な紙を作る技術がほしい」
「なんとか職人を西の島国から呼び寄せることはできないだろうか」
「と、同時にその紙が長く持つ証拠…古い時代の書物、古文書のような物も手に入れたい」
「朽ちずに残っている実際の古文書をこの目で見てみたい」
「…あの紙は西の島国と交易を行っている商人から手に入れたものでございます」
「ユアン様がどうしてもとおっしゃるのなら、私が海を渡り直接西の島国と交渉いたして参ります」
気のせいかマトハの目が輝きだした
心が船旅に向かったようだ
どこまでも旅を愛する男である
ここで珍しくリュウジュが口をはさんだ
「ユアン様」
「薄い丈夫な紙をご所望でございますか?」
「薄い丈夫な紙ならナリにもございますが」
一同が食事の手を止めリュウジュを見た




