リュウジュの部屋
「ユアン様ほど美味しいお茶は入れられませんけれど」
そう言ってリュウジュは自室でマトハに自らいれた紅茶を勧めた
「恐縮でございます」そう言いマトハは美味しそうにそれを飲んだ
そして失礼にならないようにそっと部屋を見回す
それにしても、快適な部屋だ
程よい明るさ、自然な空気の流れ
窓の高さや大きさの工夫がこの空気の流れを生むのだろう
壁に架けられた白い大きな刺繍のタペストリーが大理石の壁の冷たさを打ち消している
そしてここには人に圧迫感を与えるものは何もない
この広々とした部屋には色味は抑えてあるが質のいい背の低い家具やラグが置かれている
四隅に飾られた花のみが瑞々しい装飾性を持つ
段差を登った帷の向こうが寝室なのだろうが、体力のない者にとって、昼間でも気楽に休めるような部屋の作りだ
マトハにはこの部屋にユアンの気配りとセンスが感じられた
迎え入れる妻のために王子がこの部屋を準備したとすれば…
それなりにユアン王子にも妻との暮らしに夢見るものがあったのではないだろうか
ふ…そんな感じには見えないが
マトハにはユアンが人に腹を見せない徹底した合理主義者に思えた
その場に必要だと思えば笑いもするし嘘もつく…
そして必要のないときは、あくまでも自分の感情に忠実な言動をとる
「それにしても…ユアン王子はなぜマトハに紙を集めさせたのでしょう」
とのリュウジュの問いかけに
「さあ…」
「何かお考えのあってのことだとは思いますが…私は商人、依頼された物品を調達するのが仕事です」
「詮索するわけには参りません」
と、マトハは答える
「…推測も…できませんか?」とリュウジュが覗き込むようにマトハを見て言った
おや、こんなかわいらしい仕草もリュウジュ様はなさるのかとマトハは思った
リュウジュにとって命の恩人であるマトハは心から信頼できる相手であったし、マトハにとってもリュウジュは物語のように劇的に出会ったかわいい姫であった
お互いには心の交流があった
「リュウジュ様こそ推測できませんか?」とのマトハの言葉に
「少しも」
「ユアン王子の考えていることはかけらもわかりません」
と正直にリュウジュが言ったのがおかしかったのかマトハはふふっと笑った
つられてリュウジュも小さく笑った
そしてユアン様が紙の収集を依頼して下さったおかげでこうしてマトハとまた会えたと嬉しく思った
そこにカヘイとエトロを呼びに行ったフォンが帰ってきた
去年のユアンのとった突拍子もない行動やら、カヘイが鼻血を出したことやらの思い出話で皆の話が弾む
マトハたちの旅の話としては、ガイナの西の宿屋に逗留した時のこと、この宿の三姉妹が揃ってカヘイに心惹かれ、誰がカヘイに給仕をするかでひどい喧嘩が起きた
それは口喧嘩にとどまらず最後にはひっかきあいになって、止めに入った両親もとばっちりを食い、顔に幾筋かの傷を作った
帰り際、宿屋の主人にあんたは二度と来てくれるなと言われ、カヘイは賄賂に麦芽の飴を麻の大きな袋いっぱいもらったことなどをマトハは話した
その間中カヘイはなんとも言えない顔をしていた
リュウジュ様やエトロの前でそんな話をしなくてもいいのにと、恥ずかしく思い、自ら話題を変えようと口を開きナリの話をした
「私は今回初めてナリに行きましたが、国民の勤勉ぶりが印象に残りました」
その言葉にマトハもリュウジュとフォンの顔を見て
「国境での紛争が大事にならずによろしゅうございました」
「ガイナの旗をなびかせて国境を歩くユアン様を見て、ナリに下手に手出しはできないと三国も思ったのでしょう」
「再び三国間には疑いが生じ今はお互いの国境線を守ることに心血を注いでいるようでございます」
「侵略が収まったのは、ナリの国民はみなリュウジュ様のおかげだと」
「リュウジュ様がユアン王子の寵愛を受けているおかげだとありがたがっておりました」
と言った
ふうっとリュウジュの意識が皆の会話から離れる
寵愛…
なんと現実にそぐわない言葉だろうかと
けれど、私はやはり生きてこの国に来て良かったのだと思った
あの蓮畑での危機を乗り越えて




