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母の話

「私が八歳、ユアン王子が10歳の時の出来事です」


「母上はスオミ南部を父上と訪れた時、宗教間の対立の闘いに巻き込まれて怪我をなさったのです」


「ほんの数人で始まった言い争いが、わずか一時間の間に多くの死者やけが人を出す宗教間の紛争に発展いたしました」


「新しく出来た祈りの場を視察中の父上も母上も、気づけば四方が争いの場になっていたのです」


「もちろん両親を警護していた兵たちは民衆を二人に近づけませんでした」


「けれどはるか遠方から流れてきた矢が母の左の耳たぶをかすめたのです」


「母上の怪我はかすり傷と言っていいほどの小さな傷でした」


母をかすめたあと落ちた矢は地神信仰の者たちが使う物でした


「地神信仰の者が放った流れ矢により出来た傷」

「そこから入った菌によって母上は亡くなりました」


「父、八アン王はあの時の動乱が偶然発生したものか、自分たちを狙って仕組まれたものかは未だにわからないと言っています」


「私は当然ハアン王は母上のかたきをとってくださるものだと思っていました」


「南部の地神信仰の組織にそれなりの刑罰を与えるものだと」


「けれど、父上は動きませんでした」


「南部に警備の者を増員させ、宗教間の長の定例的な集りを義務化したのみだったのです」


「そしてあの矢を放った者の特定をしなかった」


「私をがっかりさせたのはそれだけではありません」

「兄上も…」

「兄上も母上の死を嘆いているようには見えなかったのです私には」


「今なら父上が動かなかったわけがわかります」


「母上を傷つけたあこ矢が、地神信仰の者が放ったものだとは限りません」


「地神信仰の者に罪を被せようと他の宗教の者が放った可能性も充分あります」


「王家があの矢を理由に南部の地神信仰の者を弾圧したら、南部の宗教間のバランスが大きく崩れます」


「それがまた南部の争いを根深いものにしてゆきます」


「もちろん真実がなんであるかはわかりません」


「父上にとっては母上を守れなかった」

「その事実以外にないのです」

「怒りと悲しみの感情を押さえ込んだ施政者としての判断」


「私は今、心からその判断をしたハアン王を尊敬しています」


「誰にでもできる対応ではないと」


「兄上が母の死に対してなぜ冷静だったのかは未だにわかりませんが…」


「悲しみを押さえ込んでいたのか、それともなにか理由があったのか…」




「私は平凡な人間ですが、自分のもてる力の全ては国のために捧げたいと思っています」


「姉上様、ユアン王子はハアン王にナリに行く許可を得ず出発いたしました」


「三国同盟の情報は早くにハアン王のもとに入っておりました」

「当然何を狙っての同盟成立かも王にはわかっておりました」


「が、王には確信がありました」


「この同盟は長く続かないと」


「そして短期間ならナリはその知恵と民族の優秀さで三国からの仕掛けを乗り切るだろうと」


「もちろんいよいよの時はガイナが乗り出してゆくと三国に書簡は送ってあります」


「政治に対して天性の感を持つハアン王がそう判断したのです」

「ガイナの支援の必要なしと」


「それを無視してのナリへの進行です」

「兄上が父上の指示を待たずに行動するのはこれが初めてでございます」


「ハアン王はひどく驚いております」

「もちろん、私も」


「兄上には兄上のお考えがあるのでしょう」

「この国を継ぐものとしての」


「リュウジュ様は…」

「兄上に対してご不満に感じることがあるかもしれません」


「ユアン王子は能力に恵まれた方ではありますが、なにか人とは変わった質をお持ちです」


「しかし王子の肩にはこの国のみならず周辺諸国の安定がかかっているのです」


「姉上様もどうぞそのことを踏まえて私と一緒に兄上をお支え下さい」


リュウジの瞳をまっすぐ見つめるカイトに向かいリュウジュは黙って頷いた




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