ユアン王子
遠くに見える北の屏風のような山々をを背景にしてその離宮はあった
あきらかに戦いを前提に造られた城壁の四隅には高い物見の塔がある
城壁の物々しさとは真逆な優美な左右非対称の三階建ての城がリュウジュが嫁ぐ、ガイナ第一王子のユアンの居城である
リュウジュはユアン王子を大理石で出来たスオミ離宮で初めて見た時、この王子は最初から私に何の期待もしていないと直感した
この聡明そうな王子にはわかっていたのだ
ナリの姫がエン国を通るときに、襲われるであろうことを
わかっていて、エン国に釘をさすでもなく、迎えに来るでもなく…
この人にとってナリの姫などどうでも良かったのだ
と、いうことは…
ユアン王子は恐ろしく美しい姫など欲していない
逆に言えば…
私は美しくないことをこれっぽっちも申し訳なく思う必要はないということだ
気が楽だといえば楽だ
しかし夫となる人間に最初から見捨てられていたということに、絶望を感じずにはいられない
父王が付けてくれた侍従もエンで殺されてしまったので、王子への挨拶の口上も自分でしなければならなかった
この冷たい、王子に
「リュウジュ、長旅で疲れているであろう」
「皆の紹介は後日行う」
そう言ってユアンはリュウジュを早々に広間から退出させた
リュウジュには段差のあるの広い部屋が用意されていた
手前にリビングとしてのスペースがあり、三段ほどの階段を上った帷の奥に寝室がある
置かれている家具には全て繊細な彫刻が施されている
ソファーに張られている布の光沢が美しい
四隅にはコンソールが置かれていてその上には花が飾られていた
ナリの質素な王宮の離れとは何もかもが違う
精油が焚かれていてラベンダーの香りが漂ようこの部屋で、リュウジュは昨日までとは違う憂鬱を感じていた
リュウジュ姫の挨拶が終わった離宮の広場に残された家臣や豪族はリュウジュ姫がそれほど美しくなかったことを話題にしたが、
それより初めて見た獣人フォンに皆の興味は向いていた
フォンは常に姫のそばに寄り添い全身がまるで目であるかのように四方に警戒を向けていたのだった
その姿が異様でとてつもなく強そうに見えたことなどを口にした
その日の夜、自分の執務室でユアンは側近のルルドに語りかけた
「ルルド、あの姫をどう思う」
ルルドはユアンより2つ年上の27歳だ
ルルドはユアンの問いに
「美しい姫でした」
「鳶色の瞳に知性があり、清潔感のある」
「恐ろしく美しいという噂とはかけ離れていますが」
「ただ、エン国の従者300人を引き連れて来たのには驚きました」
「知恵や勇気には長けているのでしょう」
「それが女としての魅力にはなりえませんが」
と言い
「失礼、あくまでも私見です」
と付け加えた
「ふふ、お前に同感だ」
「3ヶ月後、婚礼の儀式のためにあの姫を父王の王宮のある首都に連れて行かなければならない」
「父上は噂と違うリュウジュを見てがっかりされるであろう」
「私の妻となる以上、リュウジュに対する父上の心象を悪くしたくない」
「父上や、国民にほんの少しのほころびも私は見せたくないのだ」
そうは言ったがユアンは、ああ、すでに私には大きなほころびがあるのだったと思った




