高熱
リュウジュはあの後寝付いてしまった
高い熱が何日も出て下がらないのだが薬を飲もうとしない
もともと薬が嫌いなのだがそれだけではない
リュウジュは朦朧とした意識の中で七歳で麻疹に罹ったときのことを思いだす
侍女に差し出された薬を飲むのがいやで拒否をした
そうしたらリュウジュの両親が珍しく二人揃って部屋にやってきて、押さえつけられて三人がかりで薬を飲まされた
それは熱が下がるまで続けられた
両親に会えるのはリュウジュの数少ない楽しみの一つだった
が、それ以降しばらく両親の顔を見るのも嫌になった
あの時、私は死んでしまえばよかった
あの時でなければ蓮畑で、蓮畑で死ねばよかったのだ
そうしたらこんな恥ずかしい思いをしなくてすんだ
隔離され子供時代と娘時代を孤独のうちに過ごし、結婚してからはひどく夫に拒否されてないがしろに扱われ…
惨めだ、ただ自分の気持ちを慰める何かが欲しかった
私が刺繍した服をユアン様が着ているのを見るだけで幸せだった
そんなささやかな喜びを得ることも私には許されていない
こんな密かな愛情も受け取ってもらえない
私の人生には人と仲良く睦み合うことなど用意されていないのだ
人並みの幸せなど与えられないのだ
きっと…これからも…
ならば、もうここで死にたい
薬など、絶対飲まない
フォンはリュウジュの頑固さにほとほと参ってしまった
朦朧としている姿が心配で仕方ない
姫は気落ちするとすぐに熱を出す
フォンはふと、一緒に潜った蓮畑の泥沼を思い出した
考えてみれば…
よくあそこを乗り越えたものだ
怒り…
自分を襲い、ナリの一行を殺害したエン国への怒りが、泥沼の中のリュウジュ様を支えていたのではないのだろうか
薬を飲まなくても自然治癒するだろうとそれに望みを託していたのだが、いっこうに熱の下がる気配がない
今日で5日目だ
薬どころかきのうからは水すら飲もうとしない
クシナも困って薬や水を飲まないリュウジュのわがままをユアンに報告した
薄い天蓋の外にユアン王子が見えるような気がする
幻だろうか
ああ、いやだ
あんな酷いことを言われてもまだ王子の姿を求めている
この執着から早く逃れたい
早く…死にたい
薄い天蓋をかきあげユアンがリュウジュの枕元に立った
そしてリュウジュの耳元に顔を寄せてささやいた
「リュウジュ、病気でなら死ぬことを許そう」
「だかお前亡き後のフォンの…」
その後の言葉は聞き取れなかった
遠くなったり戻ったりする意識のなかでリュウジュはその言葉を聞いた
夢、だろうか
しかしかすかにユアンの冷たい手が自分の頬に触れたのを感じる
そしてユアンの香油の匂いがする
現実なのだろう
だとしたら…
聞き取れなかったがフォンの…の後の言葉は容易に想像できる
フォン…
フォン!
どこまで、どこまでこの人は私を踏みつければ気がすむのだろう
ユアンが枕元を離れた後、帷が上げられ医者と看護の者が入ってきて、ここでもリュウジュは押さえつけられて薬を飲まされた
固く閉ざした口を無理やりこじ開けられた
その時自分の歯が唇の裏を切った
血の匂いが口の中に広がり、その後入れられた薬の苦さが襲う
薬の刺激でゴホゴホむせた
ひどく苦しい
飲み込むものかと吐き出したが、何度も同じことを繰り返された
暴れているうちに体力が限界まで減り、リュウジュには抵抗する力が無くなってしまった
最後には吐き出す力もなくなった
静かに薬がリュウジュの喉を流れてゆく
側にいたクシナは、少し可哀想に感じながらもこの姫がこんなに強情者だったとは、と思った
リュウジュが薬を飲む様子を見届けるユアンは無表情だった
そしてフォンも胸に苦しいものを抱えながらも一切感情を出さずその様子を見守っていた




