三日間の朝
蓮畑に潜んで三日目、まだ夜が開けきらぬ早朝、リュウジュ姫とフォンは泥沼を抜け出し、近くの用水路で体についた泥を洗った
二人は体が冷え切っていた
初夏だからなんとか生き延びれたが、真冬だったら寒さに耐えられず息絶えていただろう
この辺りの農民に見つかってはならない
不審者として役人にでも突き出されたらたまらない
二人は薄暗い中、蓮畑の道を東に向い、銀の街道を目指した
銀の街道は昔この大陸を神の化身である銀色の馬が南から北に一気に駆け抜けた後に出来たと言う伝説のある道で、このエン国の主要道路だ
三キロほど歩きその街道に突き当たった二人は道の脇の大きな山桃の木の周りの茂みで二人寄り添ってお互いの体温で体を温めあっていた
さて、ここからどうするか…
「姫さま、私はエンの農民の服を盗んでまいります」
「この街道の東に接する森を抜けガイナを目指しましょう」
「私と一緒では目立ちます」
「移動は夜しましょう、私は四足で獣のふりをして歩きます」
姫は街道にたち始めた市に集まる人の気配を感じながら考え事をしていた
「いえ、フォン」
「あなたは大丈夫かもしれないけれど、私は体が冷え切ってしまって体力の消耗が激しい」
「このまま、人目を避け、野に入り旅を続けるのは無理です」
「私はこの国の保護を受けてガイナまで送り届けてもらいます」
リュウジュ姫は自分の思いついた計画をフォンに伝え実行させた
エン国は街道国家である
南北に長く、平坦な土地柄は古くから商人達の通行路として選ばれ栄えてきた
ガイナなどは自国を南北に分断する東西に連なる山越えを嫌い、わざわざこの国に出て、南部特産の香辛料や茶葉、乾燥果物、北部特産の干し魚や鉄鉱石などを流通させていた
故にこの国の銀の街道を通行している他国籍のものは多い
この街道の人の流れが最も盛んな時刻を見計らってフォンはリュウジュ姫を伴い街道の中央に躍り出て大声で叫んだ
「エン国の役人に物申す」
「こちらの方はナリ国の姫君リュウジュ様である」
「ガイナ国に輿入れの道中蓮畑にて盗賊に襲われた」
「当国の保護を求める」
街道を通る人々はまずフォンの姿におどろいた
ゴワゴワとした獅子のたてがみのような髪に盛り上がった頬、大きな鼻、またその体付きも特徴的だ
少し背が丸く腕も足も筋肉が隆々としている
太く前に張り出した太ももに目がゆく
「これが噂のナリ国の獣人か…」
「あれが美しいと言う噂のナリ国の姫か…」
「襲われた?」
人々は様々な思いを口にした
リュウジュは顔をフォンの胸につけ、フォンは人々に見えないように大きな手でその横顔を覆っていた
この二人に近づいてきたのは、南から北に茶葉や乾燥果物、香辛料などをを運ぶガイナの商隊の頭、マトハであった
「リュウジュ姫の噂は伺っております」
「将来あなた様は我が国の国王の后になられる方、私が責任持ってこの地方を仕切る大使の元にお送りしましょう」
「私は大使に何度かお目にかかったことがあります」
「まずはその濡れた服をお着替え下さい」
マトハはナリ国の二人のために温かいおかゆを道端で作り供した
そして大使公邸までの道を馬に乗るよう姫に勧めたのだが、リュウジュ姫は馬に乗る力が無かったのでフォンに抱かれて公邸に向かった