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手紙

心の交流のない夫婦だった

ユアンとリュウジュは


二人が会うのは公式行事に揃って出席するときか、ユアンの秘密を取り繕うためにリュウジュが寝所に呼ばれた時だけだった


フォンはリュウジュの従者になってから自分の哀れな姫が幽閉の身から開放され、結婚して夫に愛され、守られ、幸せに暮らすことをずっと夢見ていた


我慢することに慣れ、なんの希望も持てなかったリュウジュの代わりに


しかし実際嫁いでみれば、姫はちゃんと自分の夫に恋をして、夫に従って生きることを望んでいる


夫は妻の愛を必要としていないが…


この国に来てからはいつかこの離宮の庭を寄り添って歩くリュウジュとユアンの姿を見ることを望みとしていた


フォンはこの美しい庭が大好きだったから


城壁に入ると自然のままの草花が生えている

それが城に近づくに連れて人の手が入って整えられた木々が立ち並び、ある場所からぱあっと視界が開ける、そこにはところどころ背の低い木が植えられ池があり橋がかけられている


さらに白乳色に灰色のクラックが入った大理石でできた城に近づくと色のバランスを考えた花々が、一見無造作に植えられている

城とこの花々の色合いの調和が大理石の城の冷たい印象を和らげている


庭園の広い道は中央の池にぶつかったところで左右に別れ、池を回って合流したところでまた一つになり城へと続く


小さな小道は庭園を縦横に走りその場その場の庭の雰囲気を楽しめるようになっている


フォンはこの庭を管理するエトロの父親とも仲良くなりリュウジュが昼寝や読書をしている間など花の植え替えを手伝ったりすることもある


昼寝はナリにいた頃からのリュウジュの習慣だったが、ガイナに来てからの昼寝はフォンに自由な時間を与えようと思うリュウジュの心づかいだった


フォンがこの離宮の庭を愛するように、リュウジュにもお気に入りの場所があった


それは図書室


ガイナの国力を物語るようにその蔵書数がすごかった

中広間に匹敵するほどの広さの部屋

いく通りも置かれた本棚にぎっしり本が詰まっている

ありとあらゆる分野の本が揃えられている


本を管理する役人が図書室には常駐していた


リュウジュもナリでは書物を友として過ごしていたので読書は好きだった


この広い図書室で本を選んでいる時が幸せ…


一度図書室の閲覧所で他の大陸の言語で書かれた本を読んでいるユアンを見かけたことがある


いったいどんなことが書かれているんだろう

リュウジュは尋ねてみたい気がしたが、読書の邪魔を咎められそうな気がしたのでやめた


仲の良い夫婦であれば遠い大陸の話を寝物語にでも聞かせてもらえたかもしれない…


そんなことを思いながらリュウジュは何冊か本を選びフォンに自分の部屋に運ばせた


厚い紙で製本されている本は一冊がとても重いのだ



…ユアン様は秘密を打ち明けられたあの日からさらに私に冷たくなった


寝所に呼ばれても私は寝ているユアン様の足元の椅子に座って時がすぎるのをただぼうっと待っているだけ


ただ寄り添うだけでいい、ユアン様の隣に寝てみたい


私はどうしたらユアン様の好む馬鹿で素直な女になれるのだろう…



ちょっといたずらをしてみようか…


図書室で見つけた刺繍の図案集を眺めていたときそんな気持ちが真面目なリュウジュに沸いてきた


刺繍は得意だ

ナリにいた頃は本を読むか刺繍や編み物をして日々過していたから


リュウジュはこっそり三階の衣装室に忍び込みユアンの上着の一つにガイナ王国の百合の花をモチーフにした紋章を刺繍した


誰にも気が付かれないように袖の裏地に

この場所ならクシナに見つかりとがめられることもないだろう


同じ模様を自分のドレスの胸元にも入れた


ある日その上着を着て城を出るユアンを見かけた

リュウジュも自分で刺繍を入れたドレスを着ている


リュウジュはそっとドレスの胸元の刺繍に手をやった


その日、随分気分良さそうにリュウジュが過ごしているなとフォンは思った




リュウジュは城壁の中で自由に過ごせたが、城壁の外に出ることは許されていなかった


スオミの城下町を見てみたい、人々が暮らしているところを…

と常々思っていた


思い切ってリュウジュはユアンに外出を願い出たのだが許可されなかった


「リュウジュ、この土地は首都のロウドと違い不安定な場所なのだ」


「宗教間の対立が治安の悪さを生んでいる」

「少しでも治安が安定し、人々が安心して暮らしていけるよう、その制度を私は模索中だ」


「もしものことがある、不要な外出は許可出来ない」


「お前が私の妻になった以上、お前を守らなければならない」


「リュウジュの身に何かあったらそれは私の力不足を世間に知らしめることになる」



私を守る…


ユアン様はナリの姫の命はどうでもよかった


けれど自分の妃となった私の命は守って下さる

私の心はどうでもいいのだけれど…


リュウジュはこの王子の不思議な魅力は統一感のなさが生んでいると思った


見た目の優しげな美しさ


言動の冷たさ、合理的なものの考え方


王になるものとして秘めているであろう国への熱いお心


どんなに冷たくされてもこの王子の魅力にあがらえない自分を滑稽に思う


いったいこの王子の何に惹かれてしまったのか

軽薄にもユアン様の美しい容姿に恋してしまったのだろうか


だとしたら充分私は馬鹿な女だ




リュウジュがガイナの地を踏んだ次の年の2月、リュウジュを城壁の外に誘う手紙が彼女のもとに届けられた




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