クシナ
クシナはリュウジュが気に入らなくて仕方ない
小さい頃からユアンの成長を見守って来たクシナにとってリュウジュは不似合いな妻に思えた
ユアンの弟のカイトとリク卜には乳母がついたが、ユアンには乳母を付けずカノン自らが子育てを行った
自然、カノンの侍女であったクシナもユアンとの関わりは多くなる
カノン様が私たちにおしめも替えさせず沐浴も全て自分の手でなさっていた大事な大事なお子様だったのにその妃が…
多分誰よりもこの城に到着したリュウジュの姿を見てがっかりしたのはこのクシナだろう
ユアン様の妃が小国ナリの姫だというのが気に入らない
それでも噂どうり恐ろしく美しい姫ならまだ許せるが…
実物はどうだ、栗色の髪も目も地味な感じをあたえ、華やかさの欠片も色気もない
リュウジュ自体どちらかと言うと美しい姫であったが、前もって流された噂との差や、並ぶユアンの華やかな美しさのせいで、正当な評価をされにくいところがあった
それでも性格の明るい可愛らしさでもあればまだましだが、この姫は少しばかりの賢さが表に出ているだけで愛嬌を感じない
これではユアン様も気に入るばずがない
半年もお手を付けなかったのはそのせいだ
なぜ王はユアン王子の妃にナリの姫を選んだのか…
努力を持って王や国民に受け入れられたリュウジュだったが素のリュウジュを知るクシナにとっては受け入れがたい主君の妻だった
エトロは庭師たちが剪定して払い落とした木の枝を、フォンと集めて運ぶのを手伝っていた
ユアンは西の金の鉱山に視察に行って一週間ほど留守にしていたので自由な時間があった
同行した侍女はクシナだけである
エトロは手伝いが終わったあと城の後ろ側にまわり芋や人参などを植えてある畑近くでボールを投げあってフォンと遊んだ
華やかな娘らしい笑い声をたてながら
有事の際の籠城を考えて、この離宮の裏には畑が作られている
エトロがフォンの投げたボールを取りそこねる
そのボールを拾ったのは視察から帰ってきたユアンだった
視察から帰って来て城に入る前に畑の様子を見に来たらしい
きゃっ
どうしよう
遊んでるところを見られてしまった
「もっ、申し訳ございませんっ」
と駆け寄って言うエトロにユアンは
「良い、エトロに用はない、そのままフォンと遊んでいろ」
と言ってエトロにボールを渡すふりをしてエトロとは逆の方に投げた
あっひっどーい、というような顔をしたエトロを見てユアンはかすかに笑って城の表に向って去っていった
ユアン王子もあんな顔をするのか…
フォンはあの笑顔をリュウジュ様にも向けて下さったらどんなに幸せな気分で姫はここで過ごせるだろうと思った
よかったリュウジュ様がここにいなくてとも思った
あの顔を見てしまったらリュウジュ様は自分にも向けてほしいと切望されるだろう
新年に吹く風の神への報告を持って一通りの結婚の儀式が終わった後、リュウジュはクシナに行事の一つとして貴婦人達が集う城の飾り物を作る刺繍の会の説明を受けた
その会への参加とユアン王子の衣装に飾りの刺繍をしたいと、クシナに話したところとても丁寧な言葉で、けれど鬼の形相で諭された
「結婚の儀式が全て終わりリュウジュ様はこの城の女主としての立場をお持ちになりました」
「リュウジュ様が刺繍がお得意なのは存じております」
「刺繍の会は社交の場、ぜひご参加下さいませ」
「しかしユアン王子の服への刺繍は職人の生きていくための仕事なのです」
「それを奪ってはならないのではないでしょうか」
「ユアン様に対して、リュウジュ様にはリュウジュにしかお出来にならないことがあるのではないのですか」
リュウジュにはクシナが何を言わんとしてるかがよくわかった
それが…できないからせめて王子の服をこの手で飾りたいと思ったのだけれど、それも許されぬことであったか
それでは私には何が許されているのだろう、ユアン様にして差し上げられる…




