スオミ
スオミに帰ってからのユアンは忙しかった
約、二ヶ月留守にした間の状況をこの地方の知事と、ルルドの父でもある豪族の長キリムに報告させた
また役人が作成した書類などにもくまなく目を通した
それだけではなく自らも、龍神信仰の村、地神信仰の村、風神信仰の村などを視察に回り直接首長からの話も聞いた
それは実際に書類の内容を精査しようとしたわけでも、首長から情報を聞き出そうとしたわけでもない
自分が書類を目に通しているときの役人の態度、話を聞いている時の首長の顔色などで、不正、謀反の兆しがないかを探るためだった
ガイナ王族の信仰は風の神である
側近のルルドは大地の神を信仰する
なので知事には龍の神を信仰するスバルを選んだ
スバルは四十半ばの、平民出身ながも優秀な人間だ
宗教のバランスを考えながら人事を行わなければならないのはこのスオミ地方の特徴だった
他の地域、東部、南部、西部、北部は全て風の神を信仰する
もともとのガイナは東部と北部と南部だけだった
それを長い間の年月のうちに中部であるこのスオミを侵略し編入したのである
スオミの人々は絶えず再度の独立を狙っていたが
西部のチザンがガイナに編入されたとき、中部のスオミは四方を囲まれる形になり、その夢はついえてしまった
スオミは昔から龍神信仰と地神信仰の者たちが対立している土地柄だ
この土地がガイナになったとき、寒さを嫌った北部の風神信仰の者たちが山を越え大量に移植してきたことによって、スオミはさらに複雑な土地になった
ツカヤは自分の任務を終え、故郷に帰るときにリュウジュにこう告げた
「あなた様は幸運でした」
「もちろんあなた様の努力は賞賛に値します」
「しかしあなた様に持って生まれた骨格の美しさ、また踊りに対しての感のよさがあったのが何よりの幸いでした」
「そして度胸の良さも」
「練習では上手に出来ても本番で力を発揮できない例はままあるのです」
「リュウジュ様は練習では失敗続きだった回りものも本番では見事に成功させました」
「誰も二ヶ月だけの練習であそこまでの舞を踊れるようになった思わないでしょう」
「いえ…二ヶ月の練習ではなかっなのかもしれません」
「いくら正しい骨格をしていても、ほんの少しの生活習慣でそれは崩れてしまうのです」
「たぶん人目につかないところでも正しい姿勢、たたずまいで今まで過ごしてきたのでしょう」
「それが今の美しい骨格を完成させたのだとしたら…」
「リュウジュ様は長い年月を風の舞を踊るために鍛錬してきたとも言えるかもしれません」
「あなた様ははとても良い風の舞の踊り手になられました」
「あの時の踊りを見た人はみな魅了されたことでしょう」
「しかし、今度あなた様が人前で踊るときはあの時よりもっと素晴らしいものを披露しなければなりません」
「人の記憶というのは曖昧なものなのです」
「すばらしいものはより素晴らしく人の心に残ります」
「故に今と同じ踊りを披露しても、もう人の心には響きません」
「何倍も素晴らしい舞を踊らなければ人々を満足させることはできません」
「どうぞ益々のご研鑽を」
「次はもう布の後ろで踊ることのないように」
「日々、優雅な表情でお過ごし下さい」
「もうそれ以外の表情を忘れてしまうほどに」
「ユアン様に恥をかかせてはいけませんよ」
「あなた様はもう幽閉されたナリの姫ではなくガイナの王子の妃なのです」
「どうぞそのご自覚を持ってお過ごし下さい」
「あなた様に性格の可愛らしさはありませんが、いつか必ずユアン様もリュウジュ様の別の良さに気づいてくださるでしょう」
「さようなら、どうぞお元気で」
厳しくも優しい言葉を残し、かつて風の舞の歴代一の踊り手と謳われたツカヤはスオミ離宮を去って行った