蓮畑にて
蓮畑の真ん中を通る道で刺客に襲われた時、五十人ほどの花嫁道中の一行はほぼ壊滅状態に陥った
五十人という従者は小国ナリの精一杯の人数だった
ナリ国は大陸の東半分を占める大国ガイナの西に位置する人口八万人ほどの王国である
大国ガイナとナリ国を裂くようにその間には細長いエン国があった
エン国も以前は王国であったがったが今はガイナの属国となり、エン国の王族はガイナからの任を得て国を治めるかたちをとっている
ガイナの王子とナリの姫の婚礼はエン国としては耐え難い屈辱だった
以前はナリ国よりよっぽど牽制を誇ったエン国である
なのに今はエンはガイナに属国として扱われ、ナリは対等の扱いを受けその姫を王族の一員として迎え入れられようとしている
それだけではない
二国に挟まれたエンにとってガイナとナリの結びつきは国としての軍事上の危険も増す
ガイナの周辺の国々は常に周りの国が、ガイナに近づくのを牽制しあっていた
そこにこの婚礼である
エンをナリの姫が通る際にエンは街道国家として栄えた歴史的背景を利用して、街道を往来する多国籍の無頼の者に襲われたように見せかけ、ナリの姫を亡きものにしようとした
実際刺客の大部分は盗賊と呼ばれる者達だった
この襲撃に会い、生き残ったのはたった二人
ナリの姫リュウジュと従者フォンだけだった
リュウジュとフォンは深さ一メートルほどの蓮畑の泥沼に潜ってこの場をやり過ごした
盗賊たちがひと暴れした後、エン国の役人たちが死体を集めに来た
この国に入るとき念のため人数を二人少なく申告してある
目標を達したと思ったのかその日のうちに役人たちはその場を去っていった
「そんなに難しい仕事ではなかったな」
と言う役人の話し声を聞いてリュウジュは絶望的な気持ちになった
やはりエン国の謀略であったか…
ナリ国のリュウジュは謎の姫だった
ただ恐ろしく美しいと噂があるだけの…
その噂が独り歩きし、ガイナの王の息子の花嫁にと所望された
実際にはそんなに美しい姫ではない
リュウジュの父、ナリ国の王ハルイは姫が生れたとき、この子をガイナに輿入れさせようと作戦を立てた
けして人前には出さず、その訳を聞かれた時、姫の美しさに魔物が集まって来ると困ると答えた
どこかの国の王に輿入れするまでは隠して育てるのだと
そして王の思惑通り今回の婚礼の運びとなった
「姫、念のため三日間はこの泥の中で隠れて過ごします、ご忍耐を」
とフォンに言われた時、ああ、このまま泥に埋もれて死んでしまえたら楽なのにとリュウジュは思った




