みずのなかで。
水の中で、誰かの声が聴こえた気がした。
「ねえ、助けを求めて良いんだよ」
声が振動して、水の中が震える。型どおりじゃない私が、そっと首を振る。
「駄目だよ。捨てられちゃうから」
それが本音なのか、もう思い出せないけれど。
生きて居ても良いですか?
何の役にも立てないけれど。透明な空を見て、まだ見ぬ誰かと
「綺麗だね」
って笑いたいんです。
水の中で、馬鹿みたいに喚く私だけれど。
「大丈夫だよ」
って、誰かに言える、優しいひとになりたいから。
「ねえ、君は役に立たないね」
安定した水の中に、安定して居ない音が聴こえる。
安定した不協和音。
相変わらず私は水の中で
「ごめんなさい」
って、泣いて居た。
ねえ、きっと私は優しくないし。
「誰か」をいつか傷つけてしまうし、「もう要らないよ」って言われる事が怖い臆病者だし。
安定した水の中を望んではいるのに、「外に出して」って泣いて居るんだ。
我儘で、泣き虫で、汚くて。
ずっとずっと水の中にいるから、だんだんとふやけて、輪郭が消えていく。
ねえ、融けて、解けて、説けて。
気付けない事に気付いて行く。気付いてはいけない事も、気付いて行く。
きっと、水の中から出たら、また汚れてしまうけれど。
ねえ、それでも、あなたは傍に居てくれますか?
コポコポと、銀の泡が水の中に浮かぶ。
きっとそれは、私が『私』になった証。
もう一度生きようとした証。
「生きて」
短くあなたの声が聴こえて。やっぱり、あなたがどんな顔をしているのかは解らない。
強くて、優しい声。聞き覚えの無い声。
水の中は安定して居て。優しくて、温かい。
きっと、あなたとこの安定した水の中から出たら、私は昔よりも、もっと傷ついてしまうのかもしれない。
もう一度、この冷たくて安定した場所に、戻ってきてしまうのかもしれない。
……けれど、冷え切った身体を抱き締めてくれたのは、紛れも無い、あなた自身だから。
ねえ、我儘で、傲慢な願いですが。
たった一つだけ、あなたに頼み事をしても良いですか?
他人を信じられなくて、我儘で、臆病で、狡くて汚い私だけれど。
手を牽いてくれたあなたへの、たった一つの願い。
ねえ、私は他人を信じる事が苦手で。
どうしたら、人を傷つけずに、優しく出来るのか解りません。
上手に人と付き合う方法も解らないし、冗談さえも本気で受け取ってしまうような、そんな面白味の無い人間です。
苦しくて、哀しくて、助けて欲しいのに、「大丈夫だよ」なんて言って、やせ我慢をするような、そんな人間なのです。
他人の評価ばかりを気にしてしまう様な、面倒な人間です。きっと、あなたの事も傷つけてしまうでしょう。
自尊心だって、勿論あるし。喧嘩だって、沢山します。怒りんぼな所もありますし、頑固な所もあります。忘れっぽいところもあります。その所為で、沢山誰かを傷つけてきました。
……ねえ、それでも。
それでも、あなたが手を牽いてくれるなら。
私は、あなたを信じられるように、あなたに優しく出来るように、あなたを護れるように、頑張るよ。
「それの何が悪いの?」
なんて、あなたが言って。
「汚くて当たり前だよ」なんて。
「風邪引いちゃうよ」なんて、あなたが笑うから。
驚いて、嗚咽が止まらなくて。言葉に出来ない程、嬉しくて。
冷たかったみずのなかから、温かいタオルに包まれて。
私には勿体無い位、とても幸せで。
ねえいつか、人に優しく出来るかな。
誰かを護る事が出来るかな。
幸せの終わりを、想像しなくても良い日が、いつか訪れるかな。
ずっと夢見て居たんだ。
こんな幸せを。
みずのなかで。