7話
その後、街中をうろつく事になった二人だが、なかなか人の姿が見えない。
特に戦果のないまま、30分ほどの時間が流れた。
そんな中、軽く疲れを感じた二人はたまたま見かけた建物の中へと入った。
看板を見るかぎり、ファミリーレストランのような店だ。
冷房は効いているようであり、涼しい風が当たるのが分かる。
メニュー表はある。だが、客はもちろん、接待するウェイトレスもいない。調理をする料理人もいない。
それなのに、食料品や調味料はしっかりと揃っている。
「勝手に飲んだりして大丈夫なのかな……?」
ドリンクバーから持ってきたアイスコーヒーを片手に、マサが言った。
「構わないでしょう」
レイも堂々とした表情でアイスティーを口に運んでいる。
悪びれた様子は全くなく、おどおどとアイスコーヒーを飲むマサとは対照的だ。
「それにしても、ただ歩き回るだけというのは芸がないですね」
少しではあるが、無表情なレイの瞳に不満そうな色が浮かんでいる。
「それはそうだけど……。ここには歩き回る以外にないわけだし……」
「……」
レイは無言のまま、窓の外に目を向けた。
どうやら駐車場の方を見ているようだ。
何を見ているのだろう、とレイの見ている方向に目を向けるとぽつん、と寂しく置いてあるのは軽自動車が見えた。
「アレ、運転できますか?」
レイが訊ねた。
「え……? あの車の事か?」
「他に何の事を聞いているのだと思ったのですか?」
「あ、うん。そうだな。できる、できるよ」
一応、運転免許は持っている。
問題なく運転できるはずだ。
「あー、でもあれがちゃんと動かせる車ならの話なんだが……」
当然、あの車のキーなど持っていないし、そもそもアレが本物の車だという保証はない。
何せここは、謎の異世界。
ただのハリボテという可能性だってある。
じ、とレイはマサを見ている。
その視線の意味に気づいたマサは立ち上がった。
「あ、ああ。分かった。見てくるよ」
席を立ち、外に飛び出る。
自動車に近寄ってから、確認する。
玩具、という事はなかったようだ。中の構造は間違いなく、元の世界と同じ自動車のものだった。
マサは店の中に戻り、確認する。
「んー、これなら何とか動かせそうだ。一応、キーは入っているみたいだし……」
マサの答えを、聞いてレイはすっと立ち上がった。
「分かりました。では、その車を使いましょう」
「え? ええ?」
勝手に使ってもいいのか、などという考えが頭に浮かぶがすぐに消えた。
駐車場に再び行き、中を確認してみる。
誰かの仕掛けた罠か何かだと最初は考えたが、そんな事はなかったようだ。
運転席に座る。
一方のレイは後部座席に腰を下ろした。
「こっちに乗らないのか?」
マサは助手席の方を指さして訊ねた。
「いえ、こっちの方が安全なので」
とレイは答える。
確かに、自動車事故が起きた場合、助手席よりも後部座席の方が危険だという話は聞いた事はあるが。
「そんな事より、ちゃんと前を見て運転してくださいよ」
「わ、分かってる」
そのまま、車をバックさせ、そこからアクセルを踏んで車を動かす事ができた。
これは異世界の車です、本の世界の運転技術なんて意味がありません、などというオチもなかった。
普通の軽自動車だ。
ちゃんと運転ができる。
ハンドルを切って、車体の向きを変える。
そして、レストランの外へと車を出した。
「普通に動くな」
「動きましたね」
後部座席からレイが言う。
その顔に、あまり驚いた様子はなかった。
「しかし、本当に人がいないんだな……」
車を動かしながら改めて思う。
他に走る車もなければ、通行人もいない。
「いないのではありません。見かけないだけです。貴方だって、何人かの参加者とすでに出会っているではないですか」
「それは、まあ……」
尾崎達の顔が浮かび、マサは思わず苦笑した。
それに、レイ自身も生命の石を奪うために他の参加者と戦ったはずだ。
田中は、現時点での一回戦の突破人数は約5000人だといっていた。
あれから30分ほど経っているし、多少は人数の変動があったはずだが、まだ1万人を優に超える人数が残っているはずだ。
それが一人も見かけないとは……。
「あるいは、この一回戦となっているこの世界が私達が思っているよりもはるかに広いのか……」
ぼそり、とレイはつぶやくように言った。
確かに、この世界がどれくらい広いのか、どこまであるのかなどはまだ分からない。もしたら、地方都市程度の広さかもしれないし、あるいは日本全土、もしくはアメリカ大陸と同じくらいに広いのかもしれない。
結局のところ、今はまだ分からない事の方が多いのだ。
「まあ、いずれ誰を見つける事ができるでしょうし、貴方が気にする必要はありません。適当に車を走らせていてください。そのうち敵に当たるでしょう」
「適当って、それでいいのか?」
「はい。何か問題でも?」
「でも、隠れている敵に不意打ちでもされたら……」
「お忘れですか? 私の持っている石の力で半径200メートルまでなら、感知できます。そして、今のところ反応はありません」
「そ、そうか」
あっさりと返され、マサは返事に困る。
……やっぱり、下手なアドバイスなど不要だったようだ。
相変わらず、レイは落ち着いて見える。
バックミラーに映る、その顔は相変わらずのポーカーフェイスだ。マサでは何を考えているのか察する事すらできない。
「何か?」
じっとこちらを見ているレイが聞いた。
「い、いや何でもない」
誤魔化すようにアクセルを強く踏む。
途端に車はスピードをあげ、誰もいない道を走り続けた。