5話
「へえ、なかなかいい家ですね」
レイの共闘者となったマサは、アジトとして使っている空家に戻ってきていた。
その空家を見てのレイの感想がそれである。
とりあえず、落ち着ける場所に移動したいというレイの提案により自分がアジトとして使っている空家に案内したのだ。
その応接室に入ると、レイはソファに腰を下ろした。
「ふう……」
と軽く息をつく。
「あの……」
何か話しかけるべきだと思う。
が、すぐに言葉が出てこなかった。
「どうかしましたか?」
「い、いや。何か俺にやれることはないかと思って……」
「? ああ。でしたら、コーヒーでも淹れてください。少し疲れましたので」
「分かったよ……」
その言葉にがくりと肩を下ろす。
戦いに向けてやれることはないか、と聞いたつもりだったのだがそうは受け取ってくれなかったようだ。
やはり、目の前の相手は自分の事を共闘者などではなく使用人か何か程度にしか見ていないようだ。
だが、それも仕方がないかもしれない。
チャンスは同じように与えられた。
その中で、生命の石をレイと生命の石をマサだ。
見下されて当然なのかもしれない。
なら、今は雑用でもなんでもやってやろうという気持ちになり台所に向かう。
冷蔵庫を開ける。
いろいろと食べ物が入っている。
品ぞろえは豊富だ。
賞味期限や消費期限は大丈夫なのだろうかなどと思うが、見たところ腐っているような様子はない。
あの田中は、この世界を異世界と称していたが、今見る限りでは人がいないという点を除けば元いた世界と何も変わらない。
そのため、他人の家に勝手にあがりこんでいるかのような気分だ。
といっても、この世界でも腹は減るし喉も乾くようだ。
だが、コンビニやらスーパーはあったが人はいなかった。
さらに言えば、この世界の金など持っていない。
金を払って食べ物を手に入れるのが、不可能である以上はいずれ空腹で倒れるしかないのだ。
ならば、ここにある食べ物を勝手に使わせてもらうしかない。
そう思い、勝手に棚をあさりはじめた。
小さなチョコレートの包がある。
それ包んでらう銀紙を剥がし、口に入れる。
甘い。
やはり、この世界でも味覚はあるらしい。
「さて、と」
料理もいずれする必要はあるが今は、コーヒーだ。
あのご主人様をとりあえず満足させる必要がある。
だが、インスタントしか見当たらなかった。
「インスタントしかないんだけど」
応接間にいるレイに問いかける。
「構いません」
声が返ってくる。
「分かった」
レイの言葉に従い、この家にある台所からインスタントコーヒーを引っ張り出す。続いて、カップも取り出して湯を沸かす。
ほんの数分ほどの作業だった。
目の前には、カップ二杯分ほどのコーヒーが出来上がっている。
それを見て、ふと思う。
……まさか、これで毒でも入ってるんじゃないだろうな。
これを作ったのは自分だが、水道から出てくる水やコーヒーの粉末に毒でも入っていたとしたら。
自分がいない間、この空家に誰かが忍び込んで、食べ物や飲み物に毒でも混ぜたのではないか。
尾崎のように人を欺いてでも勝とうする輩はいるのだ。
いや、石を奪っただけでなく自分に確実にとどめをさすために尾崎が戻ってきて毒を入れたという可能性だって。
「……何をしているんですか?」
「……いや、誰かが毒でも入れたんじゃないかと思って」
すると、少し驚いたようにレイは目を見開き、
「正直に言って驚きました。思ったより頭が回るのですね、貴方は」
などと失礼な事を言われた。
その言葉に少しムッとなる。
「一度騙されたからな。慎重にもなるさ」
「そうですか。ですが、その心配は無用ですよ」
と、一つの石を目の前に置いた。
生命の石だ。
「この石には、『体内に入った毒物を浄化する』という能力が込められています。これを使えば、例え猛毒の類であってもどうにでも対処可能です」
そういえば、あっさりと石を失った自分と違って目の前の相手はすでにいくつもの石を持っていたのだ。
その中に、そんな能力の石もあったのかとマサは感心する。
だが、同時にそんな能力があるのならば最初に教えてくれてもいいではないか、とも思う。
それは、ある程度マサの事を警戒しているからこそ情報を漏らさないのか、あるいはわざわざ説明するに値しない相手だと思われているのか。
「ついでに言っておくと、『半径二百メートルに人間が近づけば察知できる』という能力の石も持っていますので、この近くに誰かが来ればすぐにわかりますよ」
あっさりと他の能力について説明してくれた。
どうやら後者だったようだ。
最も、自分の事を信頼しているからこそ話してくれているのだという可能性もなくはないが。
レイは相変わらずのポーカーフェイスであり、そのどちらかは分からなかった。
「まあ、こちらの守りは万全ということです。貴方が気にする必要はまるでありません」
レイはそう言うと、コーヒーを口元に運んだ。
少し苦味が強すぎたのか、一緒に置いておいた角砂糖を中に入れてそれをかき混ぜる。
今度は満足する味になったのか、そのまま半分ほど飲んだ。
その答えで、マサの心に少し余裕が生まれた。
……そういえば。
ふと、疑問がわく。
この子は、男なのだろうか。女なのだろうか。
顔立ちは中性的だ。
小柄な男の子にも、背の高い女の子にも見える。
一人称は『私』だが、妙に上品そうなこの子がいうと男だとしても違和感がない。
胸元は膨らんでいるようには見えない。だが、サラシでも巻いている可能性だってありえる。
服装はどこかの学校の制服に見える。
下はズボンだ。
これを考えれば男の子にも見える。
だが、近くでよく見ると普通のスーツのようにも見える。
まだ幼いといっていい顔立ちの、この子が着ているからこそ学生服に見えたが実際は違うのかもしれない。
声は、高い。
男性か女性かと言われれば、女性に近い。
だが、声変わりをまだすませていないと考えればありえない高さではない。
結局、決定的に思える情報はなかった。
となれば、本人に聞くしかない。
「……あの」
「? 何ですか?」
「失礼だけど、君って男? それとも女?」
「……」
その言葉に、レイの表情が一瞬固まった、ように見えた。
そして、少し不機嫌そうな表情へと変わる。
「本当に失礼な事を聞くのですね。貴方は」
まずいことを聞いたか、そう思った。
もしかしたら、かなり気にしていることなのかもしれない。
「ごめん。気に障ったら謝る。悪かった」
「別に構いません。それを聞かれる事は多いので」
そう言ってレイはふふ、と笑う。
どこか自嘲するような笑い方だ。
「ですが、教えません」
かたん、とカップをソーサーの上に置く。
少し乱雑な置き方だ。
「それとも、服を脱がして確かめますか?」
「い、いや、それは……」
さすがにごめんこうむる。
もし脱がして女だったら、いや男だとしても問題だ。
「ならば諦めてください。それに、私は男か女かで対応を変えるような方は嫌いなので」
会話は終わりだ、と言わんばかりに視線をそらされた。
おそらく、これ以上この話題を続けることは彼――あるいは彼女を不機嫌にさせてしまうだけだろう。
「えっと……」
「今度はなんですか?」
話題を変えることにする。
「君の性別とは別に少し気になったことがあるんだけど、いいかな?」
「気になったこと、ですか?」
「尾崎達に石を奪われた時の話はすでにしたよな?」
「はい。聞きました」
「なんで俺を殺してでも奪い取ろうとしなかったのかな、と思ってな」
「どういう意味ですか?」
「いやだってさ。わざわざ手間をかけて、俺から石をだまし取るよりもあのまま3人組に俺を殺させて石を奪った方が楽じゃないか」
「ああ、そういうことですか」
納得した、と言わんばかりにレイは頷くと持っている石を手のひらを開いて見せた。
「この石が、不可思議な能力に目覚めさせる石だという事は既に知っていますよね?」
「あ、ああ」
「そして、殺すことで奪取が可能。これも分かっていますね?」
「ああ」
「では、殺して奪い取った場合は能力まで奪い取れないというのは?」
「え……?」
それは初耳だ。
ぽかん、とマサは口を開く。
「やっぱり知らなかったようですね」
やれやれ、とレイは肩をすくめ、
「殺して石を奪った場合、この石に込められている不思議な力が失われてしまうようなのです」
「え? じゃ、じゃあ、殺して奪った石じゃあ二回戦には進めないってこと?」
「いえ、それはないでしょう」
慌てるマサに、落ち着いた様子でレイは口を動かす。
「あの営業マンは、『奪った石でも二回戦に進む事は可能』とはっきり明言しています。そこに嘘はないでしょう」
「じゃあ、大丈夫ってことか……」
安堵する。
だが、同時に別のことが気になりはじめた。
目の前の相手、レイは石を既に何個も持っている。
そして、これまでに使った能力は二種類。
つまり、少なくとも1度は相手を殺さずに石を奪い取ったことになる。
いったいどんな手段を使ったのだろうか。
だが、その答えを聞き出すだけの勇気が今のマサにはなかった。
「……何か?」
そんな考えをしていたマサに気づいたのか、レイがいぶかしげな視線をこちらに向ける。
「い、いや何でもない」
マサも慌ててごまかす。
レイも興味を失ったのか、再びコーヒーをすすっていたがやがて飲み干したようでカップをソーサーの上に置いた。
「……もう休憩は十分でしょう。そろそろ動きますよ」
そう言うと、レイは立ち上がった。