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Another Life  作者: 藍上男
5/8

4話

「馬鹿だった……俺はっ!」


 がしゃん、と派手な音をたててガラスが割れる。

 割れたガラスからマサの投じた椅子が家の外に落ちる。


 ……何で、簡単に人を信じてしまったんだ。


 これは、悪魔の契約により行われている非人道的な戦い。


 万能の力という餌を求めて群がる獣たちを押しのけ、殺してでも到達しなければなら

ない命がけの戦い。


 殺し合いだと、言われていた。

 1000人もの人間がいて、たったの5人しか生き残れないと言われていた。

 995人もの人間が死ぬ戦いだと言われていた。


 ……そのはずなのに!


「何で、こんなにも簡単に人を信じてしまったんだ!」


 泣き叫ぶように怒鳴る。

 いや、実際に泣いていた。


 あふれ出るように涙が出てくる。

 こんなにも大泣きしたのはいつ以来だろう。


 中学生のころ、いや下手をすれば小学生時代にまで遡る必要があるかもしれない。


「本当に馬鹿だっ、大馬鹿だっ!!」


 さらに泣き叫ぶ。

 そして、頭を机に打ち付ける。


 それでこの大馬鹿な頭を砕けてくれと言わんばかりに。

 だが、そんなことで砕けるほど人の頭は柔じゃなかったようだ。


 ただ頭が痛み、少し切れたらしい額から血が流れるだけだった。


 その血がつぅ、と下に垂れて唇をぬらす。

 それを舌でなめるとしょっぱかった。


 惨めだ。

 これが、敗北の味、というやつかもしれない。


 いや、敗北ですらない。

 間抜けにも騙され、参加資格すら奪われて終わったのだ。


「は、ははっ……」


 立ち上がる。

 頭はずきずきと痛むが、もはや気にはならない。

 そんなことはどうでもよかった。


 ……もう、どうにでもなれだ。


「好きに、しろよ……」


 空き家となっている家から出る。

 公道に出るが、人通りはない。

 静かな雰囲気だ。


 冷たい風が、頬に当たる。


 空を見上げる。

 太陽の高さから考えて、まだ昼間のようだが車も走っていなかった。

 ここは、そういう街なのか。

 あるいは、この街に限った話ではなく世界中に参加者以外の人間はいっさい存在して

いないのかもしれない。


 道を歩き続ける。

 それでも、人の姿を見つけることができない。


 だが、いずれは誰かに出会えるはずだ。

 この悪魔の戦いの参加者に。


 当然、他の参加者など敵だ。

 石を持たなければ共闘を持ちかけたところで、断られるのがオチだろう。あるいは、

憂いを断つために殺されるか。

 能力の使えなくなった自分など、いとも簡単に殺せる。


 ……なら、それでもいいか。


 そう思った。

 どうせ負けだ。

 もう終わりなんだ。


 だったら、派手に誰かに殺されるのもいいかもしれない。


 誰かに見つかったら、突撃しよう。

 そして、せめて死に際ぐらいは派手に死のう。


 そう思っていた。



「何をしているんですか?」



 そんな考えをしていたところ、不意に話しかけられる。

 その声の主は、マサより10は年下と思われる相手だ。

 おそらくは、まだ高校生、あるいは中学生ぐらいの幼さを残した顔立ちだ。


 服装は上質そうな作りのものであり、それを気品のある着こなし方をしていた。

 それだけで、育ちの良さがこちらに伝わってきた。


 だが、今のマサにとって相手の顔も服装もどうでもいい問題だった。


「道の中央につったまま何をしているんですか?」


 と相手はまた聞いた。

 その声は凛としており、年上であるマサを前にしても臆した様子はまるでない。まるで、相手の方が年上のようであり、こちらの方が敬語を使わなければまずいのではないかと思うぐらいだ。


「それが……」


 マサは言葉に詰まる。

 が、すぐにそれを引っ込める。


「……殺れよ」


「は?」


 マサの言葉を理解できない、と言った様子で怪訝そうな顔を相手は浮かべる。

 その態度が気に食わず、吐き捨てるようにマサは言葉を続ける。


「殺せよ。俺を。俺は石をもう持ってない、何の力もないんだ。楽に殺せる」


「理解できないのですが。石を失ったというのであれば、なぜこんなところに? 隠れていればいいでしょうに」


 奇怪な生き物でも見るかのようなまなざしで、こちらを見つめる。


「……うるさいな」


 そんな目を、マサは不快そうに見ながら怒鳴り散らした。


「俺には力はもう残ってないんだよっ! だから殺せ、すぐに殺せ! 俺の間抜けぶりを笑って殺せええええぇぇぇっっっ!!!」


 気が付けば、また泣き出していた。

 話していくうちに、自分の間抜けさを思い出して、ボロボロと涙が流れてくる。


 もはや、涙など流しつくしたと思っていた。

 もう水分など出てこないと思っていた。


 だが、出てきた。

 意外にもひとは涙を流せるものだったのだ、とこんな状態ながらも思う。


 すべてを話してしまった。

 自棄になったせいか、やたらと饒舌だ。


 こんなにも話したのはいったいいつ以来だ?

 とにかく、全部話した。


 遊び半分の気分でこの戦いに参加したこと。

 そして、たまたま昔の友人が参加していたこと。

 その友人を信頼して石を預けてしまった事。


 結果、騙されて石を奪われてしまったこと。

 すべてだ。


「だから、だから……ちくしょう、ちくしょうっ!」


「……なるほど」


 目の前の相手は全て黙って聞いていた。

 決してこちらを無視するわけではなく、かといって必要以上に問い詰めることもなくうまく相槌を打って聞いてくれたようだ。


「……それで、殺されるするつもりでこの辺りをうろついていたと」


「そうだよ、そうだよ、ちくしょうっ!」


 だが、そんな相手の冷静な対応が、無様に取り乱すこちらの惨めさを際立たせ、なおも喚くように続けた。


「俺には自殺する勇気もないっ! だから、殺してくれよ。なあ、なあっ!」


 詰め寄るように相手に近づく。

 相手が、どんな能力の持ち主かマサは知らない。

 もしかしたら、攻撃性のある能力などではないかもしれない。


 だが、それならそれで知ったことか。

 他の相手を探して殺してもらうだけだ。


「石がないんじゃ、どの道勝てっこないじゃないかよっ! だったら、だったら、こっちで……」


 再び情けなさが込み上げて涙が流れ出す。

 その様子を見て、相手はポケットからハンカチを取り出してこちらに渡した。


 そのハンカチで、マサは思いっきり目元をぬぐう。


「殺して、くれ。殺してくれ……お願いだ」


 だが、



「そしてこのまま負け犬として死にたい、と。そういうわけですね?」



 辛辣な一言がマサを貫いた。


「なっ……」


「そういうことでしょう? 貴方がどんな人生を送ってきたのか私は知りません。何も聞いてませんから」


 ですが、と相手は続ける。


「おおよそ推測はできます。おおかた、あなたは何をするにしても常に楽な道を歩いてきたのでしょう。楽ではあっても、確実に進める道を。そして、無理だとわかれば来た道を戻り、さらに楽な道を探す。それでも見つからなければ自棄を起こす。子供の癇癪のように」


「……っ!」


 年下の――少なくともまだ成人しているとは思えない相手の言葉とは思えないほどその言葉は鋭い。


 さらに相手の言葉は続く。


「それに、人生の分岐点といえる部分でも常に誰かに選択してもらっていたのでしょうね。今回、貴方の話に出てきた尾崎とかいうお友達に頼ったように」


 冷たい瞳がこちらを射抜くようにこちらを見る。


「そんなことは……」


 否定はできない。

 これまでの人生は、常にそうだった。


 進学もそうだった。就職もそうだった。

 ろくに進学先の学校も調べもせずに、進んだ。親しい人間がその学校に進学するからと言うだけの理由で。

 結果として、毎日の学生生活に文句を言いながら部活もせず、赤点をギリギリ回避するような勉強をしてつまらない青春を送り、卒業した。


 就職先だって、親や教師の勧めで決めただけだ。

 やりたくもない職種、そして楽しくもない仕事の毎日だった。

 そして、やめた。あっさりと。


「そんな、ことはない、そんな、ことは……」


 口は否定する言葉が出てくる。

 だが、頭の方は違うといっていた。

 目の前の相手の言っていることは真実だと。


「違うんですか?」


 じっと、見つめられる。

 その目は、咎めるようなものではない。

 馬鹿にするようなものでもない。


 ただ、聞いているだけだ。

 クイズ番組の回答でも見ているかのように。自分には関係ないが、どんな答えが出てくるのか気になるから見るか、とでも言わんばかりの表情だ。


 そんな態度がいっそう気に食わず、


「だったら、だったらどうしろって言うんだよ!」


 怒鳴りつけるように言うと、マサは相手の胸倉をつかみあげた。


「生命の石はもうないんだっ! 俺にはもう戦うことだってできないんだよ! なのに、なのに……うぅ……どう、戦えって、いうんだよ……」


「……とりあえず、手を離してくれませんか?」


 さして苦しそうな様子も見せず、相手はつぶやくように言う。

 ここでようやくマサは相手を持ち上げていたことに気づき、慌てて手を離した。


 マサにつかまれて少しずれてしまったらしい、制服のネクタイの位置を直してから、


「生きる気があるなら、私を手伝ってはくれませんか?」


「は?」


 相手の言った意味が分からずぽかん、とマサは口を開ける。


「言った意味が分かりませんか? 私の手伝いをしてくれませんか、と言っているのですが」


「ど、どういうことだよ!?」


「どういうことも何も、簡単なことです」


 と無造作にポケットに手を突っ込むと、数個の石を見せた。


「そ、それは……生命の石!」


 マサは驚く。

 まぎれもなく、契約の際にあの悪魔から渡された生命の石だ。


 それが、4つも彼の掌にある。


「ど、どうしてこんなに……」


「簡単なことです。戦い、奪いました」


「!!」


 しごく簡単な答えにマサは絶句する。

 自分が騙されて四苦八苦している頃に、自分よりもいくつも年下に見える目の前の相手はすでに3つもの石を手に入れていたとは。


 いろいろな意味で格が違う。

 マサはそう思った。


「それで、俺に何を手伝えっていうんだよ……」


 正直言って、この目の前の相手に手伝えることがあるとは思えない。


 戦いが始まった時の条件は同じだった。

 にも関わらず、自分は間抜けにも石を1つ失った。その間に相手は3つの石を手に入れていたのだ。


「俺にアンタを手伝えることがあるとは思えないぞ」


「あなた、料理はできますか?」


「は?」


 場違いともいえる質問をされ、マサは困惑する。

 だが、質問自体は簡単だ。


「……簡単な料理なら。これでも一人暮らししてたんだ。それくらいのスキルはある」


「そうですか。掃除、洗濯の類は」


「……人並みには」


「ふむ。では、合格ですね。採用です。契約金がわりにこれは譲りましょう」


 と、何の惜しげもなく生命の石の一つをマサの手のひらに乗せた。


「じゃ、行きましょうか」


「い、行くってどこに……」


「私が拠点として使っている家にですよ。料理、掃除、洗濯、雑用もろもろを早速やってもらわなければ困りますから」


 またもや絶句する。

 目の前の相手は、対等の同盟者としてマサを欲しているのではない。


 単に、使用人が欲しいだけのようだ。

 そして、その駄賃として石をやる。

 そう言っているのだ。


 屈辱的だ。

 年下と思われる相手のお情けで生きながらえるなんて。


 だが、


「……分かった。それでいい。アンタの雑用でもなんでもやってやるさ」


 生きたい。

 屈辱的な条件であろうとも、生きる可能性がある。

 ならば、その可能性にすがりたかった。


「いい返事です。それでは行くとしましょう」


「その前に、アンタの名前は何ていうんだ?」


 それだけは聞いておこう。

 いつまでもアンタなんて呼んでいられない。


真龍寺怜(しんりゅうじれい)――レイと呼んでください」


 そう言って相手――レイは軽く一礼して見せた。

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