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Another Life  作者: 藍上男
3/8

2話

「…………」


 空を見上げる。

 ひたすらに青い。


 周りを見渡す。

 どこにでもあるような住宅街が見える。


 だが、人の気配はない。


(誰も、いないのか)


 そして、自分のいる場所を確認する。

 公園のベンチだ。


 野球やサッカーができそうなスペースを中心に、豊かな遊具が取り囲んでいた。


 他に、人の気配はない。

 公園遊具の数はそれなりにある。

 シーソーやブランコ、ジャングルジムといった幼子であるならばとりあえず遊んでみたくなるようなものでいっぱいだ。


 だが、それで楽しめる年齢は当に過ぎていた。


 そして何より、そんなものを楽しめるような状況でもない。


(ここが、異世界だって……?)


 そんな馬鹿な、と思う。

 そして、先ほどの会話がなければ自分だって異世界なんかじゃなくて近所の公園のどこかだろうと考えていただろう。


 だが、先ほどまでの妙にリアルな会話がその可能性をなくしていた。

 それでも、さっきの会話は夢なんじゃないかと一瞬思うが、


(やっぱり、夢とは思えない)


 と取り消した。


 先ほどから30分ほどこの公園にいるが、周りに人が見当たらない。

 そのこと自体がすでにありえないのだ。


 公園に誰もいない、というだけではない。

 公園の周りを歩く通行人が誰もいないのだ。


 太陽の位置から考えればまだ日の高い時間だ。

 平日だろうが、休日だろうが、こんなことはありえない。


 試しに公園近くにある家のベルを鳴らしてみたが、誰も出てこない。

 辺り一帯の家全てのベルを鳴らしてみたが、やはり同様だった。


 この辺りには誰も住んでいないのだ。

 ただ、生活空間だけが不気味にあるだけ。


(クソッ、気味の悪い……)


 異世界というから、剣と魔法のファンタジー世界やらロボットやら宇宙船の出てくるSF世界のようなものを想像していたが、ほとんど元の世界と変わらないではないか。

 ただ、誰も住んでいないという点を除けば。


「……」


 再び空を仰ぐ。

 そして、やはりこれはあの山羊の被り物をした奇妙な男――異世界創造の田中とかい

ったか――の言うように、異世界の移住権とやらをかけた戦いなのだろうか。


 そもそも、何であんな怪しげなメールに「参加します」などと返事をしてしまったのか。


 マサはこれまでの人生を思い出していた。

 自分の名前は、長谷川昌。25歳。


 性別は男性だ。

 職業は、ない。

 アルバイトはしており、それで生活している。

 いわゆるフリーターだ。 

 いろいろなアルバイトを転々としている。


 趣味は、インターネット、人付き合いはほとんどない。学生時代の友人の名前だってろくに憶えていないし同窓会に顔を出したこともない。

 典型的なインドア派だ。


 こんなはずじゃなかった、とマサは思う。

 以前はもっと夢と希望にあふれていた。


 だが、今は社会的な地位はほぼない。

 何か事件を起こせば「長谷川昌、25歳無職」と報道されてしまう。


 毎月、アルバイトをして生活を引いて、その中から学生の小遣いに毛が生えた程度の自由にできる金額を得て趣味に使って。

 そんな日々を送っていた。


 誰かに迷惑をかけているわけではない、だが決して恵まれているとはいえない、そんな生活だ。


 ……小学生時代の成績は悪くなかった。


 だが、中学に行くにつれ成績は下降した。

 高校もさして偏差値の高くないところに入った。


 卒業後に進学はしたが、進学先で熱心に勉強する気にもなれなかった。

 ただ、留年だけはしないように最低限の勉強はして単位はもらって、そのまま卒業した。


 就職活動もやった。

 だが、将来のビジョンなど明確に示せなかった。

 自己PRも下手だった。

 自分がいったい何が得意なのか、どういう人物なのかをうまく伝えることができなかったのだ。


 一流企業にはことごとく面接で落された。筆記試験は通ることはあっても、面接で落された。

 最終的には三流企業に就職はしたが、そこでうまくやれなかった。

 わずか二週間で退職した。

 あまりにもあっけない結末。


 これがゲームであるのなら、「BADEND」などと文字が浮かびセーブデータが消される

ところだ。

 だが、人生は死ぬまでゲームオーバーにならない。

 とりあえず、生きるために働かなければならない。


 アルバイトをはじめ、それを転々と変える日々を送り続けた。

 どこかに定着することもなかった。自分にはもっとあった仕事があるはずだと次々とアルバイト先も変え続けた。

 だが、どこにいってもうまくいかなかった。


 とはいえ、何だかんだで日本は豊かな国だ。

 五体満足でさえあれば、何とか最低限の暮らしを続けることはできる。


 だが、決して裕福とはいえない。

 マサの心に鬱屈としたものが心につもり続けていた。


 こんなはずじゃなかった。

 どこかで、何か目標を決めていたら。

 どんな小さな夢でもいい。

 その夢を追いかけるような日々を送っていたら、こんなことにはなっていなかったかもしれない。


 人生をやり直したい。

 それも、1から。

 リセットしたい。

 これまでの人生をなかったことにしたい――。


 そんな時に、あのメールが届いたのだ。

 「第二の人生を送りませんか?」と。

 結果、勢いのまま「はい」と返答してしまい――今に至る。




「結局のところ、流されるがままに行動してしまったせい、というわけか」


 とりあえず、つぶやいてみる。

 明確な目標を持たずに流されるがままに行動し続け、こんなわけのわからない大会に参加する羽目になって。


 だが、


(本当にやりなおせるのか――)


 勢いのままに答えてしまったとはいえ、人生をやり直したいという気持ちは本物、のはずだ。

 ならば、これはこれまでにないチャンスなのではないか?


 この大会に勝てば、人生をやり直せる。

 また人生をやり直せるのだ。


「…………」


 手元にあるものを確認する。

 それは、灰色の輝く石――あの田中が「生命の石」と呼んでいたものだ。

 これこそが、この戦いの参加資格であり二回戦への出場するために必要なものだ。


(そういえば、何か不思議な力が使えるようになるって言っていたよな)


 どうすれば使えるのだろうか。

 とりあえず、目を閉じてみる。


「……お、おお!」


 力があふれてくる。

 何の比喩もぬきに。


 とりあえず、近くのベンチを持ち上げ見る。

 簡単に持ち上がった。


「せいっ!」


 そして、放り投げた。

 それは軽く数十メートルはとんでいき、ジャングルジムに直撃した。


「す、すげえ……」


 これまでの人生ペンよりも軽いものも持ったことはない――などということは、さすがにないが、それでもマサは非力だった。

 握力も平均以下だったはずだ。


 それが、こんなにも力が出せるなんて。


 続いて走ってみる。


「……お、おおっ!」


 速い。

 とにかく速い。


 足が軽い。

 すさまじい速度で走ることができた。


 実際にタイムを計ったわけではないが、これまでの人生で最高記録ではないだろうか。自動車とも競争できるぐらいの速さだ。


「俺の石に込められた能力は身体能力の向上とか――そんな感じか」


 とりあえず、石に込められた能力のことは分かった。

 とにかく、あの言葉に嘘はなかったのだ。


 何らかの能力に目覚めさせる効果がある、と。


(少し、楽しくなってきたかも)


 自分にもし超人的な力があったのならば。

 誰もが一度は妄想することだ。

 それが今、まぎれもなく現実としてここにあるのだ。


 こんな状況にも関わらず、マサは興奮していた。


(大丈夫だ。勝てる)


 こんな力自分にはあるのだから――。

 そうマサは確信していた。


 公園を出て、街を歩き始める。


「誰かいないのか……」


 周りを見渡す。

 他にも参加者がいるはずだ。


 マサは、公園周辺の住宅街へと歩き始める。

 上を見上げる。

 雲は少なく、雨にはなりそうにない。

 少なくとも今日一日中は晴れているだろう。


 あるいは、この世界に『雨』などという天候自体が存在していないのかもしれないが。今のマサにそれを確かめる術はない。


 改め視線を前方に動かし、マサは歩き始めた。

 前方には誰も見当たらない。


 その道を歩き続ける。

 近くの民家に、相変わらず人の気配は感じない。

 空家ばかりだ。


「やっぱり誰もいないのか……」


 そう思い、道に沿って右に曲がった刹那。

 マサの体が硬直した。


「――っ!」


 すぐ近くの民家の前に置いてあった自転車が爆発した。

 何の比喩も抜きに。


 めらめらと、目の前が燃えている。


(な、なんなんだいったい……?)


 驚いて前方を見つめると、一人の若者が前から歩いてくる。


「けけっ……誰かいないかと、歩いてみたら実に簡単に殺せそうな鴨が現れたなあ……」


 不気味な笑い声とともに、こちらに近づく。

 年齢的には、マサとそう変わらないようだ。


 そして、この言い方。


「あ、あんたもこのアナザーライフの参加者なのか?」


「それを今更聞くかあ? 頭悪いなあ、あんた」


 その返事は石だった。

 若者は、力ませに近くの石を投げつけてくる。


 だが、見当はずれの方向に石は飛んでいき、派手に爆散した。


「けけっ、あの営業マン、どんな能力をよこすなかと思っていたが、『石ころを爆弾にする能力』かよ。まったく、使えんのか使えんのかよくわからん能力だなあ」


 適当な石ころを拾いながら、相手は言う。

 どうやら、本人が言っているようにこの若者の能力は『石ころを爆弾にする能力』というものらしい。


「……っ!」


 何ておっかない能力だ。

 だが、少し冷静になる。


(冷静になれ、冷静に……)


 この若者の石爆弾の爆発範囲はせいぜいが2、3メートル。

 しかもコントロールもそんなによくない。


 石の力で体を強化した自分なら楽にかわせる。


「とりゃっ!」


 若者が石を投げる。

 やはり動きは――強化した自分からすれば――緩慢だ。


 いとも簡単にかわせた。

 石は見当はずれの方向にとんでいき、爆発した。

 まるでスローモーションビデオを見ているかのような感覚だ。


(なんだ。楽勝じゃないか)


 自分はできる。

 できるんだ。


「うおおおっ!」


 力任せに、体を動かす。

 自分のものではないかのように、体は軽快に動く。

 能力さまさまだ。


 そして、相手の若者に思いっきり体当たりをした。

 急にこんな素早い攻撃が来るとは思わなかったためか、若者は対処できない。


「ぎゃあああっっっ!!!」


 相手は、派手な悲鳴をあげる。


 そして、俊敏な動きで若者を抑え込み、馬乗りになる。

 両腕を抑え込み、若者の動きを完全に封じてしまう。


「さて、俺の勝ちだな」


「――っ!」


 憤怒と屈辱の混じったかのような瞳を若者はぶつけてくる。

 それに一瞬、気圧されるが、マサは改めて問う。


「降伏して、石を渡してくれないか?」


「はっ、馬鹿かよ、あんた」


 だが、相手の答えは失笑だった。


「石を失ったらこの戦いの参加資格を失うんだぜ? なのに誰が渡すかよ」


「――っ!」


「それとも、あんた俺を殺して奪うか? ああ?」


 脅すように若者はマサを睨む。

 確かに、あの営業マンは言っていた。

 石を手に入れる条件は二つ。


 相手から貰うか、相手から奪うかの二択だと。

 そして目の前の相手は石を渡す気などまったくないようだった。

 となれば、殺すしかない。


 だが、すぐに殺す勇気はマサになかった。

 マサは現代日本人として生を受けた。

 現代日本人の常識として、殺人は絶対的なタブーだ。

 そう生まれながらに習い、生きてきた。


 こんな状況とはいえ、殺人など気楽に決断できるはずがなかったのだ。


(どうしよう……)


 迷う。

 ひたすらに。

 どうするべきか、答えが出てこない。


 思考回路が機能していない。

 同じところをぐるぐる回っているかの感覚だ。


(いったい、どうすればいいんだ……)


 どれだけ考えても、マサの頭に答えが出てこなかった。


 ――が、そんな時。


 体が金縛りにあったかのように硬直してしまった。


「なっ……」


 自体がよくわからない。

 だが、気がつくと若者が拘束していた手を振り払う。


「っ!」


 慌てて抑え込もうとするが、体が言う事を聞いてくれない。

 たちまちのうちに若者はマサの支配を脱却し、数メートルほど離れた場所で体勢を立て直していた。

 にも関わらず、マサの体は硬直したままだ。


(くそっ、どうなっているんだ!)


 動かない。

 必至に動かそうとするが、やはり動かない。


 そして、数十センチほど自分が浮いている事に気づく。


(な、なんだこりゃ……)


 かつかつ、と足音が聞こえた。

 誰かが近づいてきているようだ。


「おいおい、苦戦してるじゃねえか」


「あは、だっさ!」


 新たに出てきた影は2つ。

 2メートル近い長身の男性と、若い女性の二人組だ。


「う、うるせえ!」


 口元についた血をぬぐいながら、チンピラ風の若者が立ち上がる。

 怒りの為か、顔がわずかに赤くなっている。


 この二人組とはどうやら仲間らしい。


「ま、俺達が来たからには安心しろよ」


 ぐい、と男が手を上にあげる。

 と同時にマサの体も大きく上に上がった。


(……ぐっ)


 どうやら、これがこの長身の男の能力らしい。

 自分が触れずに対象物を動かす念動力か何かだろうか。


 ぐい、と今度は男は手を前に出す。同時にマサの体が後ろへととばされる。


「がっ……!」


 電柱へと突撃したようだ。

 口元から間抜けな悲鳴がもれる。


「げほっ、げほ……」


 痛い。

 とにかく痛かった。


 痛覚はまぎれもなくあるようだ。

 現実通りに。


「は、よくやったぜ!」


 若者が、男を褒めると今度はマサの腹を思いっきり踏みつけた。


「げぼっ!」


 胃液が逆流してしまうかのような衝撃を受ける。

 マサは苦痛でうめくが若者は容赦しない。


「さっきはよくもやってくれたな……」


 若者の顔は怒りで醜く歪んでいる。


「このままですむと思うなよ。てめえはただ普通に殺しただけじゃあ、あきたらねえ。石ころを体にぶち込んで胃の中で爆発させてやる!」


「ひっ……!」


 若者の言葉にマサは思わず後ずさる、こともできない。

 今、マサの体は若者の足によって固定させられているのだ。


 一歩も動くことができない。


「……」


 そんな


 怖い。

 怖い。

 怖い。


 恐怖がマサの心を支配する。

 これは殺し合いだ。

 本物の。


 そう説明は受けていた。

 だが、手にいれた特殊能力に浮かれ、そんな事は記憶の片隅においやられていた。いや、特殊能力という名の酒に酔い、現実(殺し合い)から目を背けていただけだ。


 そして今、(目の前の相手)という形で現実を突きつけられている。


 若者の手に火が出現する。

 そして、それが先ほど同様に少しずつ大きくなりはじめる。


「けけっ」


 若者が口元よゆがめる。

 追い詰めた小動物をいたぶるかのような、サディスティックな笑みを浮かべている。


(い、いやだ……)


 死にたくない。

 それも苦しんで。


 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。


 神様でもなんでもいい。

 誰か助けてくれ。


 助けてくれたら何でもするから……。

 そう思った、次の瞬間。



「お前達、3対1とは感心しないな」



 ふいに、目の前の若者が吹っ飛んだ。

 若者は派手にとばされていき、塀へとぶつかった。


 死んではいない。

 だが、気絶しているようだった。


「な、なんだてめえは!」


 長身の男が驚き、新たなに現れた男の方を見る。


 長身の男ほどではないが、身長は180を優に超えているであろう大柄なもの。

 その頑丈そうな体つきに加え、顔も整ったものだ。


 現実世界ではさぞモテるだろうと思われるその青年に、マサは見覚えがあった。


尾崎(おざき)、もしかして尾崎か!?」


 尾崎(すぐる)

 現実世界でのマサの幼馴染の青年だ。


 青年といっても、マサが知っているのは彼がまだ少年だった時代。10年以上前の話だ。

 だが、わずかでは顔立ちに面影はあったし、声も聞き覚えのあるものだった。


「お、おおっ! お前やっぱりマサか。なつかしいな!」


 そして、向こうも気づいたらしい。

 笑顔を浮かべ、手を握ってくる。


 ……よかった。


 勘違いではなかったようだ。

 まぎれもなく自分の知っている相手だ。 


「ま、たまたまお前がやられてるのを見てな。こいつは、ピンチだと思ってかけつけたわけよ!」


 にっ、と白い歯を光らせて笑う。

 その笑みはとても頼もしいものであった。


(やっぱり尾崎は頼もしい……)


 マサはそう思う。

 尾崎は、単なる現実世界の知り合い、というだけではない。


 幼い頃、同級生にいじめられていたマサをよく助けてくれたヒーローのような存在だったのだ。

 そんな尾崎とこんな世界で真っ先に出会えたのは、まさに僥倖だった。


「なめるなっ!」


 長身の男が手を動かす。

 再び能力を発動させたのだろう。


 尾崎の体が硬直してしまう。

 だが、


「――っ!」


 びゅうっ、と風がふく。

 カッターのように、凄まじい切れ味を持った風だ。


 それが相手の頬をかすめる。


「どうだ? これが俺の生命の石の力、『風を操る能力』だ」


 はは、と自慢げに尾崎が言う。


「どうやら、お前は『物に手を触れずに動かす能力』のようなものを持っているようだが、風のように重量を伴わないようなものには聞かないようだな」


「……く」


 頬についた血をぬぐいながら、男は怒りの籠った瞳をこちらに向ける。


「お前と俺の能力の相性は俺の方が圧倒的有利、というわけか。ざまあないな」


 さて、と尾崎は続ける。


「どうする、そいつは伸びちまって3対2だが……」


 ぐい、と指先で気絶した若者を指す。

 それを苦々しげに見つめる長身の男と女。


「……」


「……」


 そして、顔を見合わせるとどちらからともなくちっ、と小さな舌打ちをした。


「やむをえない。撤退だ」


「仕方ないわね」


 男と女が頷くと、二人の目の前が急に光り輝いた。


「うわっ!」


 マサは慌てて目を抑える。

 続いて、走り出すかのような音。


 次に目を開けた時には、目の前の男も女も、そして気絶した若者の姿も消えていた。

 どうやら反撃することなく、この場から逃げ出したようだ。


「な、何だったんだ……?」


「あの女の能力か? 閃光弾みたいなものか? こちらにダメージはないようだが」


 ぶつぶつ、と尾崎はつぶやいている。

 そして、体を確認して異常がないことを確かめる。


「逃げ出したようだな。まったく、臆病な連中だ」


 そしてこちらを見て、


「久しぶりだな、マサ」


 と笑った。


「ああ、尾崎こそ……」


「昔も言ってただろ? 名前で呼んでくれて構わないって」


「い、いや何か気恥ずかしくて……」


「そうか? まあ、お前が言いたくないんならいいけどな」


 それよりも、と尾崎は急にまじめな顔になる。


「それにしてもなつかしいな。何年振りになるんだ? 顔を合わせるのは」


「中学を卒業して以来じゃないかな?」


 小学校低学年ぐらいの頃は、家が近所ということもありよく遊んでいた。

 だが、高学年になってくるとクラス内でも「できるもの」と「できないもの」の差がだんだんと出始めてくる。

 尾崎は前者、マサは後者だった。


 尾崎は勉強も運動もよくできたがマサは逆だった。

 尾崎はクラス内では1、2位、学年内でも上位一桁に入るだけの学力を持ち、運動もよくできた。


 中学に上がると、さらに差はついた。

 勉強や運動だけでなく、尾崎には人望もあり、中学時代はクラス委員長にもなりサッカー部でキャプテンもしていた。

 一方のマサは友人も片手で数えるぐらいしかいない。

 それですら、親友と呼べるほどの間柄でなく会えば会話を交わす程度だ。

 マサの方からだんだんと距離を置くようになっていき、会話も減った。

 名前ではなく苗字で呼ぶようになったのもこのころからだった。


 そして、中学卒業後は連絡を取ることもなくなり今に至る。


「それで、お前は何だってこんな大会に?」


 尾崎が訊ねた。


「い、いやそれは……」


 深い理由はない。

 考えもなしに決めてしまっただけだ。


「……まあ、無理には聞かんが」


 何か深い意味があると考えてくれたのか、それとも察してくれたのかはわからなかった。

 が、尾崎はこの話題を打ち切った。


「ところで、これから時間あるか?」


「時間?」


「ああ、俺に考えがあるんだ。俺の言う事に従えば――生き残れる」




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