ハロー、ラプンツェル
「もうすぐ、卒業だね」
窓際の席、僕に背を向けたまま彼女は言った。視線は真っ直ぐ前を見ていて、まるで独り言のようにも聞こえた。
「どうしたの、いきなり」
彼女の髪に櫛を通しながら、僕は答える。
「ううん。特に意味はないよ。それより、さ」
慣れてきたよね、と呟いた彼女に思わず手元を見つめた。
受験が終わった後から彼女の髪を結ぶようになった。始まりは何だったか……確か突然、「髪、結べる?」と彼女に言われたのがきっかけだった。返事もしていないのに、櫛とゴムを渡してきて戸惑ったものだ。抗議の声を上げようとしたのに、彼女はさっさと歩いていってしまって。追いかけたら、窓際の席に座っていた。何を言っても返事もせずに前を向く彼女に根負けして髪を触った。髪をくくる機会なんて無かったから、それは、もう酷いことになって。ああ、そうだ。彼女、自分で頼んできたくせに鏡を見て言いやがったんだ。
「下手くそね」
そう、そう言った。頭の中じゃなくて、しっかりと鼓膜から届いた声に顔を上げる。彼女は外を見たまま、笑っていた。
「こんなに上手くなっちゃ、もう言えないね」
確かに、覚束なかった手は今や迷いなく動いてくれる。あれから1カ月も経っていないのに、変わるものだな。
「ね、あれ見て」
再び彼女の方に顔を向けると、やっぱり顔の位置は変わっていない。窓枠から除くグラウンドからは、ちらほらと登校中の人が見える。あれが、どうかしたのだろうか。彼女の腕がゆっくりと持ち上がり、指先が1点を示す。
「何だか、天使さんでも降りてきそうじゃない?」
人差し指の先に山があった。山は太陽の光に照らされている。光は雲の隙間からまばらに降りかかっていて、妙に神々しい雰囲気を醸している。
「確かに、何か出そう」
「やめてよ。その言い方だとお化けとかみたいでしょ」
天使とお化けなんて、そんなに変わらないだろ。そう言ってやれば、きっと怒るだろうから言わないけど。ずるずると続いてきた関係がこんなことで終わってしまうのは何だか勿体ない。
目の前がちかちかしてきて、山から視線を外す。そのまま彼女を見た。彼女は相も変わらず光を見つめている。まだ目から光のダメージは抜けない。黄色がかった赤や青の斑点越しに彼女の姿が見える。口を開きかけて、やめた。その代わりに、完成した三つ編みの先を引っ張った。彼女の視線が四角く切り取られた風景から僕に、向かう。
「いつも、だよね」
いつも通り突拍子のない彼女の言葉に首を傾げる。何が『いつも』なのだろうか。我ながら綺麗にできた髪型に彼女の手が触れた。
「いつも引っ張るじゃない。髪くぐった後」
「ああ」
そんなことか。その行為の意味を問うてくる彼女に手を伸ばす。ほんのり暖かい頬は落ち着く。反対に冷たさに悲鳴を上げる彼女に言葉を紡いだ。
「ただの、おまじないだよ」
ハロー、ラプンツェル
(君との関係が終わらないように、なんて女々しいかな)
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
だいぶ勢いで書きました。そして恋愛ものは初めてです。そんな感じなので、しばらくしたら書き直すかもしれません。
もしよろしければ、感想やアドバイス送ってやってください。泣いて喜びます。