第九十九話「きゅうじょ はへん」
イノレードの南側に、この世界の文字で軍隊と書かれたマークが現れた。モンスターというマークも、イノレードの南側に大きく付けられている。
「まず第一に、マジェストーネルの連合軍第一波が南側を襲撃、モンスターの半分以上をここ、南側に集めます」
モニターがまた切り替わる、今度は北側にも軍隊とモンスターが追加された。
「それからある程度の時間をおいて、第二波。北側からも攻め込みます。ほぼ第一波と同じ戦力を集め、残っていた敵も応戦させます」
「敵の戦力を上と下に分断させるのか」
「はい。敵はモンスターです。人間を殺すという本能的な衝動には逆らわないでしょう。全軍の八割が、この二部隊に当てられます」
北と南は混戦になるな。モンスター無双みたいになってそう。いや、アンコモンがいるからそうはならないか。
「この八割は、囮です」
次にモニターへ現れたのは東側だ。地図によると、そのあたりは山になっているらしいな。
「想定として、これで敵の半分以上を上下に分散したところに、この少数精鋭たる第三波。本隊が東側から、冥の精霊が眠るクロウズの地下へ向かいます。精霊を退け、封印を守る要のチームです」
「地下へ向かうって、それで牙の精霊に勝てる奴がいるのか? それに、この部隊だけ進行スピードが桁違いな気がするんだが」
「だからこその、少数精鋭なのです。おそらくもっとも危険で、過酷な任務に当たるでしょう」
もしかして、俺らがそこにあたったりとかしないよな。無駄にレベル上がってきたからって過酷な戦場に送られるのは。
「安心してください。あなた達は、この部隊とは関係ありません。この部隊は、レベルだけで言えばあなたより上の人間が半分以上います」
リアスはそんな俺の自惚れを組んでか、補足してくれる。
俺のレベルより高い人間って、どれくらいいるんだろ。
「あなた達が配属されるのは、もう一つの第四波、救助隊です」
四方の最後、西側に軍隊のマークが付く。丁度コス湖の上に現れた。
「そして最後に西側のコス湖から、事前に連絡していたイノレードの人々を救助する部隊です。元よりコス湖は月の精霊の加護もあり、モンスターが寄り付かないようになっているので、一度そこで時間を置き、ほとんどのモンスターが分散したのを確認してから、あらかじめ決めておいた場所へ、イノレードの人々を保護しに向かいます」
たしかに、一回目と二回目の囮に、本陣が突入し終われば、モンスターはほとんどいなくなるだろう。大勢の救助は足が遅くなるし、このタイミングが一番安全だな。
「あなた達は、この第四波、救助隊に協力してもらいます。あなたたちの本来の目的、ロボさんの救出は彼等イノレードの人々の安全を確保したあとでなら、我々も許可します」
「安全を確保したあとって、相当後じゃないのか?」
「いえ、送の精霊の眷属が救助部隊に含まれています。予定通りならば、彼の移動魔法によってイノレードの非戦闘員はすべて別の安全な場所へ転移されます」
送の精霊か、ちょっと前に名前だけ聞いた覚えがあるな。確かイノレードの近くにいるとか。
「つかさ、そんな奴いるんだったら最初からイノレードで待っている人のところにワープすればいいんじゃないのか?」
「集団での長距離移動はどうやらリスクが大きく、連続での使用がほとんど出来ないそうです。出来て一日に二回。それに、移動してもその場所に正確につけるほどの精度がないそうです。まだ眷属になって日が浅いそうですし」
「中途半端な眷属だな」
まあ移動魔法がそんなに便利だったら、どこでもドアになっちゃうもんな。
「連続使用できるのは人間一人以下の質量を持った物質を、自らと一緒に視界以内に移動させることらしいです」
「わかった。そいつは帰りの時だけ頼りにしてる」
「ここまでで質問は?」
「ある」
この作戦を見て、地球にいる奴なら思うであろうことを質問する。
「空から、爆撃しないのか? 爆撃というか、なんでもいいから上から攻撃するとか。地上で白兵戦をしなくても、面制圧なら数の暴力を押し切れるだろ」
「制空権を得るためには、空にもいるモンスターを倒す必要があります。わかりますか? 空にいるモンスターです。風を操るモンスターに対して、空を飛ぶだけの推進力で、人には不慣れな空中戦闘を強いられるのですよ」
リアスに馬鹿をみるような目で見られた。そんなモンスター知らんて。ビュンくらいしかわからん。
「それに、航空戦力で戦う場合、戦艦は我々マジェスが用意しなければなりません。仮に勝てたとしても、他国よりも損耗しては元も子もありません。仮に成功したとして、爆撃などすれば今まで以上に、建造物によるイノレードの陣が崩れます。救援を待っているイノレード市民まで巻き込むのですよ。わかります?」
「すいません」
「タスクが出現した時も、謎の落雷魔法によって陣は消耗し脆くなっています。今後無駄な質問はしないように」
「ごめんなさい」
「わかったら自分の部隊についてしっかり考える!」
「はい」
なんか、すごく怒られた。
生半端な知識で突っかかるもんじゃないか。地球でもそうだった。
「救助部隊……か」
救助部隊。丁度イノレード領内に侵入しつつも、戦闘をほとんどしなくていいポディションだ。ロボ捜索にこれほどいい割り当てはないだろう。
フランもそれをわかっているのか、リアスに対してちょっとだけ機嫌良さそうに笑った。
「お母さん、ありがとう」
「い、いいのよ。結局はわたしたちも利用するわけだし、でも救助を完了すればそれなりに頑張れるよう配慮したつもりで――」
ああ、フランが言い含めていたのか。今までも抜け目なかったけど、さらに狡い感じになってきたな。素晴らしい。
フランがこっち見てブイサインしてる。俺もやり返してやったら、ビクっとなってそっぽ向かれた。
「とにかく、まだ作戦は細かくありますので、しっかり聞いてくださいね」
やっぱ俺、フランに嫌われるようなこと何かしたのかもしれない。
なんかフォローを考えておかねば。
*
十二時間後の戦闘にむけてカードを集めようと思ったが、断念した。
「やっぱ、駆け込み需要ってこの世界にもあるんだな」
冒険者ギルドはすし詰めみたいに人が集まり、業務に追われていた。どうやら冒険者の中にかなりの人数の志願者がいるようで、カード購入よりもそっちの方で忙しそうだった。
そのままなにもせず、俺たちはリアスの研究室に帰ってきた。今もそのだるさが残り、くつろいでいる最中だった。
「アオくんの気力がなさすぎるのっ! 並べばよかったのに」
「たいした買い物も出来ないんだったら、行くよりも心を落ち着かせるほうが優先だろ」
あういうのってストレスにしかならないんだよ、だったら、まだ気分を落ち着かせるほうがずっと戦闘のためになる。
「わたしも、人ごみきらい」
「あ~っ! ロボさんがいないと私が少数派だっ!」
ラミィがあういう雰囲気は嫌いじゃないんだろうな。パシらせておけばよかったか。
「でも、あそこまで人が集まるなんてな」
仮にも、命を懸ける戦闘なんだぞ。普通のモンスターだったら万が一の可能性はそれなりに避けられるし、何もそこまでしなくてもいいと思う。
「アオそれ、ちゃんと理由がある」
「理由?」
「アオくん見てなかったの? イノレードにいるタスクたち四人に、賞金が賭けられたんだよっ、しかも一人最低でも七億、合計三十六億出すんだってっ!」
「さ、三十六億って……デタラメだな」
賞金。その手を使うのか。
たぶんこの賞金額はギルド以外にも三大国家が関わって出した金額だろう。あいつらがイノレード壊しただけでも経済損害やばそうなのに、まだ出せるのか。
「あとねっ、この戦いの参加者は、今回討伐したモンスターのカードは相場の値崩れなしで買い取ってくれるんだって」
「ああ、モンスターが増えるとカードの値段ってやっぱ下がるのな」
「そう、こんなことすればほんと冒険者ギルドも大赤字なのにっ。たぶんマジェスとトーネルも統合して決めたんだと思う」
タスクのやったことって、国にとっちゃすでに大打撃なんだな。でもこれで動く経済もあるし、冒険者に成金チャンスが生まれる。一概に悪いとも言えないか。
「それでもさ、金より命じゃないのか普通」
「たぶん、その命も懸かってるからだと思う」
フランが、何か確信を得たような口ぶりで話す。
「どういうことだ?」
「タスクは選定するって言ってた。つまり、強い人間は生かす。その強い人間を選ぶ基準がたぶん、今回の戦闘なんだと思う」
「あぁ……」
そうか、冥の精霊のインパクトが強くて忘れていたが、タスクは強い人間は生き残らせると宣言していたんだよな。
選定方法もはっきりせず、しかも冥の精霊は世界全てを壊す可能性があるのに、どうするのか、その答えのひとつなわけだ。
「じゃあフランは、この戦いで生き残ったか、戦果を上げた人間は、タスクに選ばれる可能性があると」
「そう……だと思うたぶん」
「あっ! そういえばマジェスの冒険者ギルドでそんな感じの話をしていた人いたよっ! なんか噂になってるんだってっ!」
噂か、たしかに万が一冥の精霊が復活したとすれば、生き残る方法はそれしかない。
たぶん、マジェスあたりでもその噂を流すよう情報操作しているかも。
こういう地味な作業を積み重ねて、人々を集めているのか。
おそらく、俺の知らない集客方法も多彩に応用していることだろう。最初から参戦する俺には知るよしもないだろうけど。
「でも、それでも、相手の数が五十万か」
「やっぱり、こわいよねっ……」
冒険者ギルドには、出現モンスターの情報もいくつかあった。
その中にはなんと、あのコウカサスまでいるらしい。そうだよな、あの最初に出会った奴も、ジャンヌのモンスターだったもんな。
それなりの数のコウカサスが、敵に紛れている。そう考えるだけでかなりだるくなる。
「まあ、丁度いいのか」
「アオ?」
「こういう危機的状況だからこそ、願掛けをしようと思ってたんだ」
俺はそう言って、ポケットから一つの破片を取り出した。
硬い音を立てて、フランとラミィの目の前に差し出したそれは、大砲の破片だった。
「ほらさ、フランの使ってた大砲、壊れちゃったろ。破片拾ってたんだよ」
「アオくん……何に使う気だったの?」
「やましいことじゃないぞ!」
ラミィの不安に先回りしておく。決して、へんな目的に使うつもりなんてなかった!
あの時のフランは、たぶん壊れた大砲どころの話じゃなかったし、持って帰るなんて事はしなかっただろう。
だから、俺は持って帰った。
「アオ、何でこれを? もう、ガタクタよそれ」
「そうだな、ガラクタだ。武器には使えないよな。だから願掛けなんだよ」
二人とも、俺が何を言っているのかよくわかってないようだ。
まあ、これって男のロマンみたいなもんだから、仕方ないよな。
「この破片に、フランがオリジナルの魔法陣を書くんだ。そんでその魔法陣を破片ごと四つに割る。その破片を四人で一個ずつ持っているんだ。そうすればさ、離れていてもその破片同士が、俺達を繋ぐと思わないか?」
「よくわからない」
「そうか……」
……わからないか。
俺はちょっとがっくりして、頭を垂れる。
「あっ、でもでもっ! 私たちだけの秘密って感じでいいよねっ!」
「……だろ、そうだろぉ!」
ラミィが慌ててフォローしてくれる。いい子や。
「その陣はフランオリジナルなんだからさ、俺たち四人がいないと絶対にわからない物になるわけだ」
「でもアオ、わたし、魔法陣なんて」
「書いてるだろ。俺知ってるぞ」
俺は知ってる。
フランは今でも、自分で魔法陣を書いているのだ。才能がないとか言い訳をしても、その辺は隠せない。
俺の、人の見てほしくないことばかりに気づく間の悪さからは逃げられないんだ。
フランは恥ずかしそうに目を背けて、口をすぼめる。
「でも……わたしの魔法陣は、どれも効果ないし。いくら書いても、ちゃんと発動したこともないし」
「何言ってんだよ。だから書くんじゃないか」
「……そうよね、願掛けなんだし、発動しない陣のほうが」
「俺達の絆を繋ぐ陣だ。四人がその形を忘れなければ、いつだって俺たちの中で発動している」
自分でも、ちょっと臭かったと思う。
願掛けなら願掛けらしく、心の中で効力を発揮してもらうわけだ。
フランは、俺のことを見ながら何度も瞬きをする。
「えっと、駄目か?」
「いいっ! アオくんとってもいいよそれっ!」
ラミィが食いついてくれた。こういうのやっぱ好きなんだな。
子供の頃、こういうのに憧れた。仲間内だけの秘密の宝物みたいなの。俺の友達グループなんかはやってたんだよ。俺だけ宝物なかったけど。俺友達じゃなかったんだなあれ。
「じゃあフランちゃん、早速書こっ!」
「で、でも、わたしのでいいの?」
「フランがいいんだ」
フランはその言葉にはっとなって、頬を赤らめる。恥ずかしいんだろうな。
「わかった……やる」
フランが作業に取り掛かる。
ほんと、俺は卑怯者だと思う。こんな形に残るもので、他人と絆を保とうとしているのだ。
今の俺は、フランにもラミィにも、ロボにも依存していた。餓鬼の頃からほしがっていた仲間に、異世界で初めて出会えた。
その点では、あの仮面の怪物、心の精霊に感謝している。
*
牙抜き作戦概要モニター