第九十八話「かいせん ていせつ」
あれからしばらく、俺たちはリアスの個人研究所で静かに待っていた。
というのも、リアスたちマジェスの幹部が収集をうけ、なにやら会議を始めたらしい。
あんなことのあとだ、たぶん話すことは山積みだろう。この汚いリアス部屋の床みたいに。
俺たちも、話すことが山積みなんだが、どうにも黙り込んでしまう。
「あ、アオくんっ!」
その沈黙を破ってくれたのは、ラミィだった。
「なんだ、ラミィ」
「アオくんの意見を聞かせて」
「なんの」
「なんでもっ! 気になってることを全部吐き出してっ」
ラミィの皮切りは正直助かったと思う。
たしかに、何から話していいのかわからないから、口が出なかった。なら、全部思いつくだけ話そう。
「とにかく、俺たちはマジェスと一緒にイノレードに行くことは変わらない、これはいいな?」
「うんっ、確か一週間以内に出発だよねっ」
「わたしも、お母さんから聞いた」
「そうだ、結局やること自体は何も変わらない。そこははっきりさせる」
ロボを助けるためにも、イノレードに行く事は必須だ。
俺が頷くと、ラミィとフランもそれに倣う。おし、大丈夫だ。
「じゃあ次だ。俺も正直驚いたが、タスクが緑のカードを持っていた」
「たぶんあれって、世界で一番美しいものの鍵だよねっ」
「それであってると思う。俺もちょっとしか見れなかったし、記憶も怪しいが、あれは赤のカードにそっくりだった」
「わたしも、そっくりだと思う」
「そうなると、タスクも俺達と同様に、世界で一番美しいものを探しているんだと思う。たぶん、あいつらの目的に関係しているはずだ。何に使うのかは全く想像付かないけど」
結局のところ、俺たちは美しいものに対してろくな情報がないのだ。それなのに探していたツケが返ってきた感じだ。
フランが顎に手を当てて考え込み。下を見ながら口を開いた。
「アオ……確かタスクは、赤以外は場所を知ってるって言ってた」
「ああ、そうだな。たぶん、赤青緑全部の場所を把握していたんだと思う。たぶん、赤のカードはタスクたちの予想していた場所、ネッタから離れたんだ」
これは俺も大体予想できる。あの、ネッタを離れた夜に現れた、黒髪の少女だ。
「あっ、私覚えてるよっ! 確か赤のカードは女の人に奪われたってっ!」
「ああ、たぶんその子はタスクと全く関係なくて、何か別の目的で赤のカードを奪ったんだ」
ある意味じゃ、怪我の功名だろう。最初こそ行方不明になったことを懸念していたが。
あの女の捜索もやらないとな。あの、黒髪でふざけた口調の女の子……なんか引っかかるんだよな。
「まあ、この件は話しても何にもならん。俺を殺しかけたのが魂の精霊ってわかったし、ロボを助けてから、これからのことは検討しようと思う」
「うんっ、わかることも少ないしっ、とりあえず目の前のことだねっ!」
「おう」
考えても仕方ない。なるようになるさ。
と、フランはまだ俺たちに賛同して立ち上がらず、何かを考え込んでいる。
「どうしたフラン」
「確か……魂の精霊も、アオの世界を壊そうとしたんだよね」
「ああ、そうだが」
「タスクと、一緒……やっぱり、世界で一番美しいものは、三枚のカードが必要なんだと思う」
フランは自分の意見をいいおえてから、立ち上がって、
「まずは、ロボ」
頷き合い、俺たちと意見をあわせる。
「ふぅ」
とりあえず、すっきりした。もやもやは残るが、そんなの後回しだ。
一致団結して、ロボ救出、打倒タスクといこうじゃないか。
「終わりましたか?」
いつの間にか、部屋の入口にリアスが立っていた。
「あなたたちって、入るタイミングが難しい」
「いつから立ってたんですか……」
「結構前からよ」
リアスはいいながら、俺たちの間を通り過ぎて、研究所の散乱した床のものを漁る。何かを探しているようだ。
「世界で一番美しいものね……博士からの最後の手紙にそんなことが書いてあった気がするけど、一応は情報提供として受け取っておくわ」
リアスはゴミだまりのなかから指揮棒……いや、教鞭らしきものと、リモコンっぽいものを取り出した。
リモコンのボタンが押されると、この研究所にモニターが降りてくる。
「何か始まるんです?」
「作戦が第三プランに移行したわ」
「第三プラン?」
「想定されてたうちの三番目が、起きるのよ。第一は予定通りに今週中、第二は延期、そして第三は、今日」
モニターには見知らぬマップが映し出させる。いや、見覚えがないわけじゃないが、なんだっけか。
フランは、何かを悟ったのか、神妙な面持ちで、つばを飲んだ。
「もしかして、今日って」
「イノレード奪還作戦が、今日開戦されるのよ」
リアスの言葉に、俺は一度耳を疑った。
「おいまて、今日開戦って、どういうことだ」
「そのままの意味よ、今から十二時間後、今日の夜にマジェスは飛行用大型魔法陣を搭載した飛行船を起動させ、イノレードへ攻め込むわ。到着は予定通りなら明日の正午」
「まってくださいっ! なんでそんなにいきなりっ!」
ラミィも遅れて疑問を投げかける。疑問を持って当然だ。
あれだけ今週中に万全の準備をすると言っておいて、いきなり今日なんてありえない。
リアスは溜息を吐いて、動かす前の両手を組んだ。
「本来なら……質問は最後に聞くのが定説なのだけれど、あなたたちは一般人だものね。いいわ。教えてあげる」
モニターの横にいたリアスは、モニターの前に出て俺達をそれぞれ見渡す。
「少し前に、タスクからの伝の連絡があったのは覚えてるわよね」
「ああ、知ってる。リアスはその影響で収集されたんだろ」
「ええそう。そこで決定されたのがこの本日進軍の知らせ。ほぼベクター様の即決だったわ。反対意見も多くでた」
「そりゃ、そうだろ。後ちょっとで準備が万端になるんだろ。大群って、そういうときが一番動きにくいんだよ」
「そうよ、だからこそ動かなければならない」
フランもラミィも、口を挟まない。たぶん、混乱を避けるために俺に一任しているのだろう。
俺はそれに甘えて、どんどんと質問して言った。
「動かなければならないって事は……あれか、もしかして、タスク側に何かあったのか?」
「ご明察。ベクター様はあの伝が発動してすぐイノレードのレジスタンスと連絡をとったわ。そして調べさせた。予想通り、イノレード全体を囲っていた結界が、消えていたのよ」
「消えていたって」
たしかそれは、冥の精霊を封印するための結界だったよな。今はそれを広げて、魔法の城壁にしていたはずだ。
それを消したって、なんでまた。
「もしかして、城壁がなくなったのを狙っているのか?」
「いえ、そんな短絡的ではありません。わたしたち研究者の見解として、冥の精霊の封印を、近々解くのではないかという意見が出ました」
「……っ!」
冥の精霊の封印を解く。
地球人の俺だって、この精霊の恐ろしさは聞いてきた。確か今の冥の精霊が復活すれば、そのとたんに、この世界が焼け野原になる可能性もあるんだよな。
「で、でもそれは予想なんじゃないのか?」
「あくまで予想です。しかしそれに連動して、イノレードにモンスターが集結しているのです。まるで、結界の解けた牙城を補強するように」
リアスは、モニターから体をどかす。マップ一面にしるされた赤のマークを指差した。
「現在予想されているだけでも、このイノレードに集結したモンスターの数は五十万以上とされています」
「ご、五十万以上って!」
き、規模がでかすぎるんじゃないかそれ。コミケじゃないんだぞ。
「もちろん、種類もヘッチャラだけに留まらないわ。後述するから省くけど」
「何でそんなに集まったんだよ……」
「不明です。モンスターを操るにしても規模が大きすぎる気がしますし、学者の中にはモンスターの生態がタスクの理念と一致したと説く人もいます。そんなのは今あまり重要ではありませんが」
「なんにしても、これって、イノレード奪還できるのか?」
「難しいでしょう。マジェスとトーネル、そして想定ではそこに志願する冒険者や傭兵も含め、総数は七万強と見ています」
敵は実質俺たちの七倍はいるわけか。一人の人間がモンスター数体を倒せるとしても、かなり大規模な戦闘になるな。
いや、アンコモンもいたら、五人で一体って割合になるかもしれないのか。やばすぎるだろ。
「言っておきますが、モンスターの総数はあくまで確認できるのがです。つまり、極端な話、百万いる可能性すらあるのです。もちろんこの数は秘匿されていますので、口外しないこと」
「……そんな状況で、万全じゃないのに、挑むのか?」
「はい」
リアスは淡々と言っているが、内心かなり慌てているだろう。フランに似て、表情からは見て取れる。
「ベクター様は逆に、これがチャンスだと踏んでいます」
「チャンス?」
「これだけの戦力を防衛に回した、つまりは、今が一番、責められて都合の悪い時なのだと」
「……それで、魔王の解放が近いんじゃないかって確信したのか」
封印していた結界が消えたのと、モンスターの異常発生。偶然が重なれば、そこに何らかの意図が生じる。そういうことだろう。
「トーネルも承諾しています。転移の力の持ち主、送の精霊の協力も確立していますので、彼等はわたしたちよりも労力を削らないまま、イノレードにて合流できます」
リアスはちょっとだけ悔しそうに眉をひそめる。トーネルに対抗意識でもあるんだろうか。
とりあえず俺は自分の肩をもみながら、話を頭の中で整理していった。
「だいたいわかった。予定を繰り上げるのは決定なんだな」
「はい」
「だったら、もう付いていくしかないだろ」
なんだかんだ喚いても、その結果が変わらないのなら同行する以外にない。
それに、俺達はそこまで準備に時間がかかるわけでもないし。ハープの特訓ほとんどやれなかったなぁ。
「フラン、ラミィ」
「うん」
「大丈夫っ!」
二人とも頷いてくれた。問題がなくてとても助かる。
リアスもそんな俺たちの反応に安堵したのか、ほっと息をついた。
もっとも、そのあとでフランを見て不安そうな表情に変わった。娘に愛着でもわいたのだろうか。
「では、よろしいですね。本来の説明に戻させていただきます。十二時間後に発令される第三プランの作戦概要『牙抜き作戦』についてです」
リアスはそういうと、モニターにむかって教鞭をとる。
モニターの映像は先ほどから変わっていない。どこかの地図を写している。
「これはイノレードを上空から見たときの地図です」
イノレードの地図だったか。いわれて見れば、コス湖らしきものが左側にあるな。中心にはクロウズもあるし。
「まるい……」
「はい、元々イノレードの構造は、クロウズを中心にし、渦巻状に外へ広がる形をしています。これは冥の精霊を封印するためにあえてそう建造したのだそうです。街並が陣を形成し、そこに住む人々が陣の魔力を強めています」
なるほど、そのおかげでイノレードは景観がいいのか。そして、人が集まれば集まるほど、冥の精霊の封印が強固になると。
「この封印が、我々マジェスがイノレードを制圧しない理由になっています。我々のように研究対象ではなく、恐怖の象徴として。そして他国からの圧力にてその封印に手を出さぬよう勤めさせてきました」
「やっぱイノレードって、他の国からそう見られてたんだな」
「ええ、イノレード政府はその劣等を埋めようと画策していましたが、冥の封印に関わらない限りはほぼ放置してきました」
じゃあたぶん、マジェスはネッタ紛争も知ってるんだろうな。
イノレードは冥の精霊を封印する役割があったからこそ、国として生きていけた。タスクが国を崩壊させたのは、封印を弱める意味合いもあったのか。
「話が脱線しましたね、見てのとおり、目立った城壁などは見当たりません。今まで月の精霊が放つ魔法の障壁が、正規通路以外の侵入を防いでいたからです。イノレードに行った事はありますよね。国に入るとき、国に許可を得た人間の招待が必要だったでしょう」
「そうなのか? 俺は覚えてない」
「アオ、ネッタにいた兵が、それやってた」
俺はそのとき息も絶え絶えだったから、覚えてない。
「幸いにも、その許可を持っている人間がマジェス、トーネルにあわせて七人在住していることが確認されています。もちろん、兵一人ひとりに許可を下すのでは時間がかかりますので、その七人のうち誰かが潜入に利用される程度でしょうが」
「じゃあ、他の云万人は?」
「強引に陣を突破します。大人数ですので、警報も関係ありませんし、障壁をやぶる能力者は選定されています」
そう言ってからリアスは、モニターを切り替える。