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第九十六話「なんでも でゅふ」

 イノレード事件後のグリテの記憶の中で、ベリーがイノレードに現れた。


「どうしてここに居るんだよ……って、あ!」


 そういえば、イノレードから出て行くとき、ネッタのバニラとビーンズはいたのに、ベリーはどこにもいなかった。もしかして、はぐれたままイノレードに残ったのか。


「あぁ?」


 グリテは不機嫌そうに、ベリーを睨み付ける。

 どう殺すべきか、そうグリテは思考を始めた。二言目には殺すなんだな。


「たぁああっ!」


 ベリーの柔軟な体から蹴りが放たれる。鞭の様にしなやかに、グリテを狙っていた。

 グリテは、魔法を使うべきかと考慮するが、やめた。カードの無駄遣いと判断したらしい。

 無駄遣いって、じゃあどうするんだよ。


「はっ、くだらねぇ」


 グリテはベリーの蹴りを、体をちょっと仰け反らせて避ける。

 ベリー御得意の、二連劇が始まった。その避けた動作の先を、野性の勘で見抜いて先回りする戦法だ。


「ったくよ、それしかできねぇのか」


 グリテは、俺ではありえないような体のひねりを決めて、二撃目の蹴りを受け止めた。なんと体が柔らかいことか。


「まだ、まだっ!」


 ベリーはその足を受け止められても、その足を起点にして飛びまわろうとする。

 グリテは、一連の動作をほぼ見抜いて、わざとベリーの思い通りに動く攻撃を、正面から打ちのめした。


「か……あっ」

「雑魚が」


 ベリーのわき腹にグリテの蹴りが入る。ベリーは力なく地面に倒れて、悶絶した。


「なんてやつだよ……」


 俺はその一連の記憶を見て、あたらめてグリテがバケモノだと思い知らされた。

 あれだけの格闘を誇るベリーに劣ることなく、力でいえばそれ以上の動きを見せて、身体能力だけで圧倒したのだ。


 ベリーは仮にも魔法抗体なんだぞ。たぶん、戦闘に対する訓練は格闘中心だろう。魔法で戦おうとするやつの隙を突いて、肉弾戦でも不意を付く。

 不意を付くことはばれていたかもしれないが、それでもグリテはおかしい。そんな肉弾特化のベリーを、格闘をほとんどしないグリテが肉弾だけで勝ち誇ったのだ。

 この記憶の動きだけでもとんでもない。本当に宙にも浮けそうなくらい柔軟に動く。こんな体だったらバスケとか楽しかったろうなぁ。


「ちく……しょう」

「あ?」

「なんで!」


 ベリーもショックだっただろう。なまじ身体能力が強いベリーにはグリテのバケモノ具合も伝わったはずだ。

 得意な科目ですら、グリテに勝てない。


 フランから聞いていたが、ベリーはグリテにコンプレックスがあるらしいな。炎のサインレアを天才に取られたときの屈辱は、今までの努力を否定されたような気分だったと思う。

 そして今も、自身のアイデンティティである身体能力だけで、グリテに負けた。


「なんで……」


 ベリーはすこしだけベソをかいていた。

 グリテ笑うなよ、本気なんだぞ彼女。


「へっ、おまえさ、オレに挑んで、勝つつもりなのかよ」

「動きなら……負けない!」

「馬鹿だな、お前」


 グリテは倒れるベリーに対して、背の高い体いっぱいに見下す。


「肉弾なら勝てる? だからお前は雑魚なんだよ」

「なにが!」

「何かできる程度じゃ、天才には勝てねぇよ。天才ってのはな、なんでも出来るから天才なんだ」


 ベリーはうずくまったまま、動かない。

 グリテはそんなベリーのことを、特に気にも掛けなかった。


「よしいいぞ、それでいい。回れ右だ」


 貴重な女の子は殺すもんじゃない。普通に離れてくれれば御の字だ。

 と、グリテの思考がまた気まぐれを起こす。ここで放っておけば、またこいつは襲ってくるとか。


「まて、そっちじゃない」


 グリテがベリーのもとに近づこうとする。


「やめろ、ほら違う」

『必死だねぇ、過去のことなんだから、何言っても変らないよ』

「そういう問題じゃない」


 そんな時だ、グリテの糸から、また知らせが届いた。

 どうやら、また新しいモンスターの大群が、グリテに押し寄せている。


「ッチ」


 グリテは舌打ちして、もう一度ベリーを見据える。

 このままにしておけば、モンスターに殺されるかもしれない。まだ余力はあっても、それを行うだけの精神力を感じなかった。


「え、おいまて! これって!」

『落ち着いてよ、前に見せた時より慌ててるよ』


 なんだよ、このままだとグリテが見捨ててそのままってことだろ。

 何のために見せたんだよ! 俺はそういう無意味に後味悪いの一番嫌いなんだ。


『ほんと落ち着いてって』

「貴重な少女が」


 グリテが糸を片手に、つたわたりの要領でこの場から離れようとしている。


「返し、て!」

「おめぇさ、それ以外いえないの」

「……死ね!」

「はっ」


 グリテは鼻で笑いつつも、感心していた。ここまで徹底して自分を怨み続ける人間はそうそういないらしい。大体の奴らが保身に走るし、徹底してもすぐに死ぬ。

 なんだかんだで、ベリーはグリテ相手に生き残って、なおかつ意思だけは一貫している。


「……魔法抗体か」


 グリテは呟いて、何かに思い至った。

 何だこの思考、俺の知らない物体が映ってる。杭?


 次の瞬間には、グリテは一度逃走をやめて、ベリーを簀巻きにした。


「やめ!」

「うるせぇ」


 そのままみのむしになったベリーを片手で担ぐと、今度こそ糸でつたわたりを始める。

 もごもごと文句を言い、暴れまわるベリーに目もくれず、イノレードの街中を飛んで行った。


『これで、おわり』

「な」


 そこで映像が切れて、元の心の部屋に帰ってきた。


「なんだよそれ、何のために見せた。今回はさっぱりだぞ」

『さぁ? 必要な記憶なのは確かだよ』

「あのグリテ、ベリー持ち帰るとかどういう神経してるんだよ、異常性癖だな」

『HAHAHA』


 オボエの書いた字は、むかつく微笑のイラストつきだった。

 まあなんにしても、後味の悪い記憶ってわけじゃなかったか、一応……いちおうは無事だったわけだし。


「なんにしても、不毛な気がする」

『もういっこあるよ』

「もういっこって、ジャンケン飴じゃないんだからさ」

『なにそれ、とにかく、今日見せる記憶は一つじゃないんだ』


 グリテのこともあって俺の期待値はかなり下がっている。この紙も見るのが億劫だ。


「もうさ、一昨日に一個見せて今日二つ。俺がここに来るまでの一ヶ月はどうして見せてくれなかったんだよ」

『そんなの知らないよ、強いて言うなら、証の空間は常に変動を察知するから、君たち人間のほうで何かが起きるんじゃないのかな?』

「適当だなぁ……うわっ!」


 俺が愚痴をこぼしていると、また心の部屋が塗り替えられる。また、知らない場所の記憶から始まった。


「そういうさ、やっつけやめようぜ……あ!」


 俺は最初、オボエに文句を言おうとして、やめた。それ以上に俺の関心を惹くものがあったからだ。


「ロボ!」


 俺の目の前に、ロボがいた。

 ロボは体中をボロボロにして、あちこちが土まみれだ。ぼさぼざの銀毛も、なんだか痛々しい。

 そしてなにより、眼が正気のそれとは思えなかった。縦に瞳孔が開き、知性を感じさせない。


「グォ……ガ」


 ロボの口から、獣の唸りが聞こえる。

 俺はちょっとだけショックを受けていた。聞いていたとはいえ、またモンスターになったロボを見てしまったのだ。


「そうそう、こういうのをみせてくれればいいんだよ」


 だがそれでも、ロボがあの戦いで無事だったことが純粋に嬉しかった。この状態なら、また俺が土の盾で治せばいい。

 ただ、問題なのは、この記憶についてだ。


『時間は、さっき見せた記憶と同じくらいだよ』

「そっちじゃねぇ、この記憶ってのは、動物の記憶も見れるのか?」


 ロボの姿が映っているという事は、これはロボの記憶じゃない。


『ううん、人間の記憶しか、僕は見れない』

「なら、ここでロボを見てるのは誰だ?」


 疲弊して、荒い息を吐くロボを、じっと誰かが見つめている。

 ……ジャンヌか?

 だぁれこれぇ。


「あり?」


 俺の考えに重なるように、変な思考が入り込んできた。

 だぁれこれぇってことは、ロボのことを知らない人間だよな。あと、イントネーションがすごく変だった。


「俺の、知らない人間……って、やばいだろ!」


 下手をすれば、ただの一般人の可能性もでてきたわけだ。このままロボの前にいれば、こいつ死ぬんじゃないのか。

 記憶の中とはいえ、慌ててしまう。


「ムッキー」

「ムッキキー」

「ムッキー!」


 そんな時だ、シリアスな俺に茶々を入れるように、間抜けな声が聞こえた。

 これは知ってる。


「む、ムッキーって、あのムッキーか」


 足元に三匹の怪力モンスター、ムッキーがいた。三匹とも俺のほう……つまりはこの誰かを見ている。

 攻撃してこない。


「う~ん探し物とちっがーう!」


 記憶の人は駄々をこねるようにムッキーに囁いた。声質からして、たぶん女性だ。

 ムッキーは三匹とも、その台詞を聞くと、困ったみたいに慌てふためいている。


「ガ、アア」


 その甲高い声が、ロボを起こしてしまう。

 ふらふらと体を起こして、大口を開いて威嚇する。


「逃げろ、逃げろよ!」

『だから言っても意味無いって』


 この女はそんな時も悠長に、なにこれなんて考え続けている。

 そうして、何かに思い当たったのか、頭の中でピコーンと音がする。


「もしかして……紅のファン!」

「ムッキー!」

「えっ、追っかけ! そうなの、やっぱそうだったのね! やっと、やっとここまで!」


 台詞の前後が全くわからない。どういう状況なんだこれは。


「苦難三ヶ月の日々に終しふぅ……そっか~じゃあしかたないよね~うへへ」


 デレデレしたような声が響く。


「テュフっ! テュフフフフ……」


 すごく気持ちの悪い笑い声だ。

 つか……なんだろう、聞いたことがあるような声だ。どっかで会ったことあるのか。

 そんなことをしている間にも、ロボは臨戦耐性を取る。


「ガアアアアアッ!」

「仕方ないなぁーレッツ、光!」


 ロボが突撃する寸前に、輝きが辺りを包む。

 この女が、魔法を放ったのだろう。


「本当はみんなの歌なんだけど、今日は特別☆ 紅があなたのためだけに輝きます。さぁ、いきましょー!」

「ムッキー」

「ムッキキー」

「ムッキー!」


 この女は状況をわかっているのだろうか。

 眷属である、実質レベル四十を超えるロボ相手に、勝てると思っているのだろうか。

 まるで悲壮感のない輝きが世界を包む。


 そこで、証の映像は終わった。


『おわりです』

「おい!」


 俺は眉間に皺を寄せて、紙を乱暴に掴み取る。


「こんな中途半端まで見せてどうしろってんだよ、あの変な女はどうなった」

『その記憶はもらってないよ』

「ふざけるなよ、こっからは有料か? あ?」

『ふざけてないってば、たぶん君に必要なのは、ロボの生存が確かかどうかでしょ。その記憶が見れたんだからよしとしないと』


 そりゃそうだけどさ、変なところ映しやがって。

 かいけつゾロリの絵本で下ネタのとこだけ見せられたような気分だ。


「結局は死んでないだろうな」

『それは君が確かめないと』

「片方は顔も知らないのにか」


 声は聞き覚えがあったけど、誰かなんて思い出せないし。そういえば紅って言ってたな、なんだっけ、これも覚えがある。

 紅紅……くれ……

 ――知ってるも何も、ジャンヌ、マリア、オレ、紅がイノレードの神童だろうが。


「あ!」

『君って忘れっぽいよね』


 いや馬鹿いうなよ、しれっと言われた一言なんて普通覚えない。相手がグリテならなおさらだ。


「そうだよ……イノレードの神童って、もう一人いたんだよな」


 今まで全然表ざたになってないから忘れていたが、イノレードにいるのは当たり前だ。危険が迫ってるとなればなおさらだろう。


「じゃあ、ロボ相手にも生き残れる……のか?」


 なんかすごくアホっぽい感じだったけど。

 いやでも、世間ではあのグリテやジャンヌと同列に扱われてるんだ。たぶん死なないだろう。

 むしろ、ロボがあいつに殺されないかの方が心配だ。


「ぜんぜん安心できないんだが」

『まあね~僕が選んだわけでもないし、そこんところはしか……』


 文字が、途切れた。理由はわかる。

 なんだか、部屋の外からいやな予感がした。気配もなにもないのに、俺にもわかった。

 もしかしてこの前の、心の部屋に来た何かが部屋の外にいるんじゃないのか。カーテン開けたら目が見えたりして。


『とりあえず、用は終わったよ。帰る?』

「おいまて」


 俺も怖いけど、このままハイさよならはないだろう。

 このオボエも、イノレードにいる人間だ。情報は出来るだけ聞いておくべきだ。


「タスクたちは、どうなってる。一応俺は、眷属だぞ、イノレードでなんかあったらあんたのことも助けるから、俺に助かる情報をくれ」

『都合のいいときだけ眷属アピールするんだからね。でもねぇ、流石にそうそう上手い情報はないかな』


 カタと、外で物音がする。

 俺は肩をビクリト震わせながらも、まだこの場所から逃げない。

 オボエは、かなり慌てた感じに字を書きなぐり始める。


『そうだね、彼、タスクとは同期だから、ちょっとだけ』

「同期? ああ、そういえばどっちも産まれたのは龍動乱のときだっけ」

『覚えてたね。そう、それなのにちょっとおかしいと思わないかな』

「おかしい?」

『彼は千年もの間、人型を保ったんだ。精霊は人としての感情を失いながら、人から離れた姿になる。当然だよね、長く生きればそれだけ、自分が人じゃないと悟るから』


 ぱらぱらと、オボエは自身の核である紙を揺らす。この紙が、元は人だったなんて到底考えられなかった。


「じゃあ何か? あいつは千年も間ずっと、何も変わってないのか?」

『そしてそれ以上に、強い自我、狂気にも似た感情を持っている。想像できるかい? 千年もの間、ぶれない精神が。魔法は、精神力がそのまま力に現れる。その決まりは、精霊にも当てはまる』


 オボエの言いたいことが、ちょっとだけわかってきた。


『心するんだ。君たちが挑もうとするのは、精霊の中でもさらに異端児だ。牙の精霊でありながらも、その法則を超越し、自らの意思で動いている』

「……」

『まあ、僕が言えるのはこれくらいかな。彼がどういう精霊なのか、僕なりの感想』

「……なんというか、気が滅入る」


 発破じゃなくて脅しだよなこれ。

 タスクは精霊の中でも恐れられている。つまりはそういうことだろ。

 オボエはそんな俺の心境を悟ったのか、励ますように、紙が空に揺らめく。


『大丈夫さ』

「なにがだよ」

『君も、怖い』


 紙の数はどんどんと増えていき、次第に視界まで見えなくなってくると、俺は心の部屋から自分の意識を浮き上がらせていく。


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