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第九十五話「はは かのうせい」

「これなに、これ……」


 フランははじめてきたリアスの研究室に興味津々だった。散らばっている参考書や、書き殴った魔法陣に目を輝かせている。


「慌てて隠れたか。すげぇきたねぇよな」

「うんっ、汚い」

「アオ見て、この陣面白い」


 面白いって言われてもな、俺そういうのわかんないぞ。


「ほらここ、陣の中で六つに割れてる、この流れだとそのまま霧散しちゃうのに、粒だけを残して滞留するように出来てる。それを維持するために右の――」


 フランがすごく口を達者に、嬉しそうに話している。

 俺はそんな隙を突いて、フランに近づく。こんなでもないと、フランが距離を置いてしまうので、俺もちょっと嬉しい。


「ほら、この陣もそれを応用してる。ここから先に――」


 フランは楽しそうに、距離を縮めて俺に話しかけてくれる。陣の話はよくわからないが、それを話しているフランの姿はとても可愛い。

 そう思っている内にも、フランは、ひとひとりぶんはある巨大な紙の山から適当に陣のかかれた用紙を抜き取り、俺に解説、フランは二枚目を抜きと……


「でねアオ、こっちも解釈的には光に見えるのだけど――」

「……」

「………………」


 その紙の山から、リアスの真顔が現れた。

 紙の山の中に埋もれるよう、リアスは隠れていたのだ。

 丁度フランが取った一枚が顔を隠していた部分らしい、紙束の中から、リアスの真面目な顔だけが俺を見つめていた。

 その顔からはなんといえばいいか、見逃してくれって意思が伝わってきた。あれだ、荷車に隠れたケンシロウみたいな。


 たぶん、慌てたせいで、隠れる場所が見つからなかったのだろう。苦渋の選択で、紙束を自分に被せて隠れたのだ。

 あれを見逃せと?


 いや駄目だ、見逃せない。つかこんなのが初めての対面なんて可愛そうだろうが!


「親の絆子の絆、愛の心を守る乙女、疾風変身! シルフィードラミィ!」


 ラミィが突如風の魔法を放つ。そのおかげで、紙束が舞い上がった。

 フランはそれに驚いて、目を瞑る。


「あっ、ラミィ、なにするの!」

「あっ、ごめんねっ! ちょっと変身したくなっちゃってっ!」


 GOODだ。あとで俺がご奉仕して差し上げよう。

 これで、あの紙束おばけみたいな出会いを回避できた。


「もう、ラミィのせいでどこに陣があるのか……あ」


 その紙束嵐に目をくらませながら、フランは気づいた。

 目の前に、知らない人がいるのを。


「……あなたは?」

「……ぷる」


 フランは知らない人の前でも怖気づいたりはしなかった。真っ直ぐと正面を見て、その自身にそっくりな顔の人間を見ている。

 リアスは表情を変えまいと、固まったまま動かない。フランは気づいていないが、リアスの右手がプルプルしてる。


 暫くの間、体感的にはかなりの時間を沈黙が包んでいた。

 わかる、こんな時に適切な判断が出来ず、動けないのだ。普通どおり挨拶すればいいのだが、それすら躊躇い、逃げたい気分なのだろう。でも、逃げられない。


 ここはやっぱり俺がフォローすべきだろうか。そう前に出たが、


「っ、な……」


 ラミィが俺の肩を掴んで、それを止めた。口もふさがれる。


「……」


 無言で首を振られたけど、待ってろってことか。

 まあ、そうかもしれない。俺がたんに痺れを切らしただけだ。二人だってずっとああしているわけじゃない。それこそ流れに任せるべきか。


 俺たちは待った。下手に動かず、ただ二人が動くまでなにもしなかった。

 最初に動いたのは、フランだ。


「あなた、リアス?」

「……なんでしってるの」

「さっき、アオと会話したときに」

「ああ、そうね、名前言ってたもの」

「嘘、パパの文通相手に、そんな名前の人がいたの知ってる。わたしの、遺伝子提供者なのも、知ってる」


 フランは初対面のリアスに対して、カマまでかけて見せた。

 リアスはその言葉に対して、何かに耐えかねるよう、強く目を瞑った。


「ごめんなさい」


 リアスはなぜか、搾り出すように一言だけ、謝った。

 フランが首をかしげる。俺も同様に、その理由がわからない。


「わたしを、怨んでいるんでしょう。わたしは一度だってあなたに会いに行かなかった。本当の意味で唯一の血縁であるわたしは、薄情よ」

「どうして、来なかったの?」


 フランの口調は落ち着いている。凶弾するつもりでも、怒っているわけでもない。

 ただリアスはその言葉を辛そうに受け止める。


「わたしの知り合いに、結婚して研究者を辞めていく女性は沢山いたわ。わたし以上の才能を持ち合わせながら、今までの研究を放り出して母親になったり。それがわたしには許せなかった。でもその反面、不安だったわ。もしかしたら、わたしも家族を持ってしまったら、ああなってしまうんじゃないかって」

「……」

「それでも幸せなんでしょうけれど、今でも怖いのよ。今まで培ってきた、一生をかけて作り上げたものを、そんな一瞬の感情で諦めてしまいそうで」


 リアスは、研究者だ。

 たぶんリアスは、それをアイデンティティとし、プライドにしている。ただ人は、そんなことを考えたところで、恋をすれば他と遜色ない一般に変わってしまうのだ。

 夢と家族を両立できる人間はいるだろう。でもそれこそ、才能のある人間だ。そうでなければ、どこかを削って生きている。


 その、中途半端な人間と言うのが、嫌いなのだろう。

 プライドの高い俺にも、ちょっとだけ理解できる感情だ。


「研究者としては生きていけても、人としては最低だとわかってる。計らずとも子供を作って、それを放置するんだもの」


 あと、リアスは真面目すぎるところがある。その辺もフランに似てる。

 だからフランも、その言葉の意図を勘違いすることなく、理解しているだろう。


 問題は、どう答えるかだ。

 フランは肩の荷が下りたように溜息をついて、


「別に、かまわないわよ」


 軽く、そう言い放った。

 リアスが驚きに顔を上げる。


「どうして」

「だって、わたしはパパにちゃんと育ててもらったもの」


 フランは両手を広げて、大仰に見せる。


「あなたを責めたら、パパの苦労を否定したことになるわ。それに、わたしの遺伝子提供者がどんな人なのは気になっていたけど、それだけでしょ」

「それだけ?」

「あなたは、わたしに何もしてない。だったら、リアスとは他人よ」

「……」


 リアスはその言葉に救われつつも、顔はうつむいていた。ショックだったのだろう。

 やっぱ、気になってたんだな、自分の娘である人間に、どう思われてるのか。

 でもそんなものだ、あったこともない親のことなんて、怨み以外じゃ無関心しかないだろう。


 でも、フランも正直すぎる。

 そう思って俺は苦笑いをフランに向けたら、得意気な顔で返された。なんだ?


 フランはへたれこんだリアスに歩み寄って、手を差し伸べた。


「だから、これからよろしく。あなたのことを教えて、お母さん」

「……おかあ、さん?」

「そう呼んだら、駄目?」


 リアスはまるで女神でも見るように、フランの手を取った。

 フランが、こちらを見てウインクする。やべぇ。

 ラミィも驚きか関心か、唖然としていた。


 つまりフランは、リアスの人格を認め、それとなく非難したあとに、仲直りをしてみせたのだ。

 今までのフランなら、基本無関心で停滞するか、罵倒して気まずくなるような展開が待っていたはずだ。それを全部回避して、フラン一人で母親と対面して見せた。


「フラン……フラン!」

「お母さん!」


 フランとリアスはがっちりと抱き合う。丁度俺たちにだけわかるようにフランの顔が、満面の微笑を映した。


「アオくん、ここは家族水入らずだよっ」

「お、おう」


 俺たちは、その研究室から出て行くことにした。ラミィのいうとおり、これから長い話が始まるだろう。

 にしても、知らぬ間にフランがあんなに恐ろしい子になっていたとは。俺も手玉に取られないよう気をつけたい。



「証」

『こんちわ』


 寝ている途中で、証の精霊からお声がかかった。

 ちょっと不機嫌だ。何で寝ている時に来る。もっと暇な時に来てほしい。


『ごめんごめんて』

「地味にフランクなのやめてくれないか」


 俺の気が付いたときには、あの心の部屋の中にいた。やけに紙が散らばってる。

 オボエの文字がめちゃくちゃになってるな。


「何でこんなに紙ばっかなんだよ、俺の心か?」

『いや、僕が散らかしたんだ』

「こいつ」


 俺の心に何してるんだ。仮にも人の心だぞ、散らかしていい理由はないはずだ。

 とりあえず俺が拾う。ゴミ箱とかないけど、これどうすればいいんだろ。


『安心して、そこにおいておけば僕が何とかするから』

「最初から何とかしてくれよ、なにしてたんだよ」

『いや、君の記憶を、ね』

「忘れろ」

『嫌だよ~』

「やめろ!」


 このクソ精霊マジでやりやがった。証の精霊だからってそういうのは駄目だと思う。

 ほんとにやめてよ、俺の記憶は俺のものだろ。


『冗談だってケラケラ』

「……お前嫌いだ!」

『そんなに慌てなくても』

「ずっと見てたんだなこの盗聴マニア! 『それ』ってなんのことよ!」


 俺は自分の体を抱きしめながら、恐怖に震えた。

 ごめんよの文字が書かれた紙を何枚もばら撒き始めた。絶対に許さない。


『本当に見てないんだってば』

「もういい、要件だけ言ってとっとと帰れ」

『もうね……仕方ないなぁ』


 そういいつつも、なにやらオボエはもたついている。


『弁解させてもらうけど、君の体を調べてたんだ』

「心の次は体を犯すか」

『違うって、その四種類ある魔法の秘密』

「秘密って、おまえら知ってるんだろ? 教えてくれないけど」


 精霊はどいつもこいつも意味深なこと言って俺のことからかってたし、知ってるのかと思ったけど。


『僕が知ってたのはたまたまだよ、他の精霊たちは何かいるのは知ってても、本質はわからないと思う』

「どうでもいいわな」


 たぶん、わかっている奴がいてもオボエと一緒で教えてくれないだろうし。

 俺は拗ねてそっぽを向くと、小部屋のドアに視線が映った。


「おい、鍵減ってないか?」


 あの厳重に守られていた部屋の鍵が、前見たときよりも少なくなっていた。今でも厳重なのは変わりないが、なんか不安になる。


「もしかして、お前が減らしたとか」

『そこまで干渉しないって、僕は証の精霊。関わるのは記憶のこと』

「ほんとかよ」

『それ以上干渉したいのなら、僕本人は動けない。まあ、救済措置で眷属を遣わすってのはあるけど、僕からはなにも出来ないんだ。僕は記憶を見せるだけで、行動を起こすのは人間なんだよ』


 俺も一応眷属だよな。じゃあ証が何かしたいときは俺に頼むのか。めんどい。


『それよりも、この空間だからね、やることやっちゃおうか』

「おう、はやくしろよ」


 俺はオボエとは親睦があるわけじゃないからな。恩は感じてるから、ちょっとくらいなら頼みごとを聞いてもいいけど。


『じゃあ、三、二、一』


 ぐわんと、景色が変わる。このトリップはいまだに慣れない。

 ちかちかと視界が瞬きして、知らない場所に出てきた。雰囲気だけはなんか覚えがある。


「ここ、イノレードか?」


 この独特な雰囲気というか、統一美みたいなのが建造物を眺めるとわかる。

 ただ、やけに荒廃している。窓ガラスが割れていたり、壁に穴まであいている場所がある。


『時間は、君がイノレードを出てすぐってあたりかな。タスクの襲撃で、そこかしこもめちゃくちゃだね』


 クソが。

 いや、俺の思考じゃない。この景色を映している人間のイメージが入り込んできた。


「これって……グリテの記憶か!」


 このなんとも野暮ったい思考はグリテだ。よくよく見れば、頭の中でどう糸をめぐらせるか考えながら歩いている。

 どうやらあのクロウズで戦った後、追い出されたようだ。詳しく辿ると、どうやら堂々巡りの戦闘が続き、疲弊したところを一気に攻め込まれたらしい。


 流石のグリテも、精霊には勝てなかったか。


「クソが」


 グリテは警戒心をギラつかせている。どうやら、追い出されてからずっとモンスターに追撃を受けているのか。

 たぶん、ジャンヌあたりがグリテを狙うようモンスターに指示しているのだろう。

 二日は不眠不休のまま、これまで戦っていたらしい。


「とんでもないスタミナだな」


 この記憶は、それを撒いたあとなのかな。グリテの意地が勝利したわけか。

 今回の記憶はグリテの視界のせいか、やけに周りが鮮明に映った。グリテが常時纏っている糸も見える。

 なんか漫画の下書きみたいに、無駄な線が視界にあるのだ。俺の目だと全然見えなかったけど、グリテにはハイエロファントグリーンみたいになるのか。


「ッチ」


 グリテが舌打ちする。巡らせた糸の中で、グリテの死角にあたる場所がピンと引っ張られる。

 敵襲だ。


「うっぜぇんだよ!」


 グリテが頭の中で目まぐるしいほどの計算式を思い浮かべる。俺にはさっぱりだったが、どうやら糸の配置や構図を物理的に演算しているようだ。

 相手に容赦しない。早速捕まえた敵の部位を、糸で縛り付けてバラバラにしようとする。


「無駄!」


 だが、まるでそのことを承知していたかのように、敵は糸を潜り抜けた。辛うじてかかった糸も、どうしてか敵を切り裂かない。

 糸で触れても切り裂けない敵。


 グリテの思考はすぐに可能性を模索する。死角からの攻撃をする以上は特殊なモンスターか人間だ。ジャンヌが用意したモンスターかと思ったが、それなら乱戦の只中ではなく単体でくるのはおかしい。

 なら人間だとして、糸に切り裂かれない。魔法で防御した可能性もあるが、グリテの魔力を識別できる瞳からは、何も反応がない。

 つまりは、魔法に耐性のある人間、魔法抗体だ。

 そして、グリテを狙う可能性のある人物。


「あ、え、もしかしてベリーか!」


 俺はそこまで説明されて、やっとわかった。

 しかもグリテは、ここまでの思考を本当に一瞬でしてみせた。俺の思考回路じゃ受け取っても、一瞬ってわけにはいかなかったけど。


「グリテ!」


 グリテの考えは正解だった。

 ネッタの長二人の娘、ベリーが死角からグリテを殴りにきている。


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