第九十四話「しんぱい かくれ」
『生存は、確認していますわ』
「生きてるのねレイカっ! ありがとう、それだけでも私達には嬉しいよっ!」
『しかーし、あまり言いづらいのですが。無事とはいえませんの』
「どういうことだ?」
『どうやらロボ様、積極的にモンスターを狩っているらしく、かなり疲弊させているそうですの』
「そんなっ!」
『わたーしたちも一度接触を図りましたわ。しかし、当のロボ様自体が、まるで獣のように、手当たり次第に暴れまわっておりまして』
暴れまわっている。つまりは、俺たちと出会う前の状態に戻ってしまったということだ。今までは地のレアカードで防いでいたが、そのタガを地で壊しちゃったから、機能していないのだろう。
そう考えると、補給も出来ないロボの生存は……
「アオ、ロボを助けよう。まだ、わからない」
「……ごめんな、変なことばっかり考えちまう」
『やはり、ラミィはイノレードに戻ってきますのね』
「うんっ、目的は果たしたから、これから急いでそっちに」
『なら、ベクター様、情報の変わりに、彼女たちの強力をたのーみます!』
レイカは、後ろで俺たちの会話を聞いているベクターに話を降った。
『近々、マジェスの方々はこちーらに進軍しますの! わたーしたちの得た情報によると、タスクたちはなにかイノレードで特異な動きを始めましてよ』
特殊な動きって、もしかして。
「冥の精霊を復活させる気かよ!」
『先程トーネルとも会見をしましたわ、マジェス共に、タスクの目的は冥の精霊の復活と思っておりますの』
「ほぅ、我達をこやつ等の足に使うつもりか?」
ベクターの強い言葉が俺たちにのしかかる。なんというか、口調にいちいち威圧感向けるよなこいつ。
『近々大規模な移動をするのでしょう。大型飛行戦艦なら隙間もあまっていましょうに。その中に一人二人増えてもカマーいませんこと? それとも、その程度も支えられないほど、あなたの国は小さくて?』
「吠えるだけなら小娘でも出来る。我の意思を決める権利はない」
『かまいませんわ。でも、ラミィは戦力になりますわ。士気という意味でも、強さと言う意味でも、それをどう捉えるかは、国王の分別ではなくって』
レイカはそんなベクターに対して物怖じすることなく、説得を始めた。
なるほど、伊達にイノレードで避難民を仕切っているわけじゃない。この誰にでも堂々と出来る器量は、まさに指導者向きだ。
「言うではないか小娘」
『わたーしの言い分、間違っていて?』
「ふっ、フハハハハ! 好きにしろ! 我に貴様等の愚行を咎める権利などない!」
ベクターの高笑いが、部屋中に響く。
これは、俺たちがベクターの進軍に合わせてイノレードに向かうことができるってことか。
ここにくるのに一ヶ月はかかった。たぶん進軍には、マジェスに通っている空路を使うだろう。三大国家にしかない空路を、今回は使えるのだ。
「助かった」
「ありがとっ! やっぱりレイカはすごいよっ」
『ほ、褒めてもこれ以上は何もしませんことよ! こ、こちらーに来ましたらそれで……はい、どうかいたしまして?』
レイカが後ろで何かを相談し始める。
俺はそんな様子を見ながら、思わずガッツポーズをとってしまう。とりあえず、当面の目標が出来たな。
『またカンシですか! あのクソッタレは、竹やりをもってきなサーイ! 更衣室の天井から攻めますわ!』
『本当にアオくんじゃないか! 無事だったんだね、僕だよ担任のサトシだ! もしこの戦いが終わったら教室で授業を受けよう! 約束だよ!』
通信が慌しくなってくる。報告することが終わって、秩序が乱れてきたな。
つか爽やか教師さんだ。あの人生きてたんだな、よかった。もしなんもすることなくなったら、一回くらい授業受けてやるか。
『と、とりあえずまたなにーかありましたら、わたーしを頼りなさい。ラミィ、あなたのためなら、わたーしはこの全身全霊を賭けて見せますわ』
そのままぶつりと、通信が途絶えた。やっつけ仕事みたいだな。
「アオくんやったよ! これで前よりもっと早く移動できるっ! ロボさんを急いで助けに行かなきゃ」
「ベクター、出発はいつになるんだ」
「遅くても一週間以内には準備が整う。もしそのときにもたつくようなら、置いていかせてもらう。空路にて出発すれば、一日もあればイノレードに付く」
意外と速いな、いや、敵だって何か不穏な動きしているらしいし、急がないといけないのか。
「レイカがあんなに頑張ってるなんてっ……私も、しっかりしなきゃ。何かできることを……自分で考えないとっ」
ラミィは自身に発破をかけるようにガッツポーズをしていた。同年代のレイカが予想以上に指導者してたもんな。
ふと、ふわふわとリアスのモニターが俺たちに近づいてきた。
「……ラミィさん、また別の場所から、トゥルルの通信が届いています」
「私にっ?」
「はい、トーネルの、上層から届いております」
トーネルの上層って、もしかして。
「お兄様からっ!」
そういえば、トーネルでて以来ずっと遠ざけていたんだよな。ラミィが矢面に出たことで、あの没落奴隷騒動のやぶをつついてしまったわけか。
「なぁ、出ないのってあり?」
「できなくもありませんが、わたしたちとしては、トーネルの通信を突っぱねるのがどういう意味を持っているか――」
「で、でますっ! 一応、ちゃんと話しておかないとっ」
ラミィはおどおどしながらも、トーネルとの通信を断らない。
面倒なことになりそう。
*
最初に言うと、モニターに出てきたのは、ラミィ兄ではなかった。
『……』
「え~っと、イムレさんっ?」
ラミィが冷や汗をかきつつ、現れたその女性に話しかけている。
「ラミィ、あれ誰?」
「王族直下近衛兵イムレさん、お兄様のお付のなかでも一番強い人だよっ。なんていえばいいかなっ、私の御姉さまみたいな――」
『私はあくまで、グリムマミー様の近衛兵です。そんな過ぎた身分など与えられる人間ではありません』
びしっとした口調で、イムレとやらが初めて口を開く。
「アオ、たぶんわたし見たことある」
「まじか、俺全然覚えないんだけど」
王宮のどっかにいたのかな。言われて見ればぼんやりと覚えがある気がしなくも無い。
まあそれはいいんだ、問題はそのイムレが王妃様にあそこまで仏教面で挑んでいることだ。
ラミィもそれを察している。機嫌悪そうなイムレを、何故か姫様があやしている。
「い、イムレさんっ、なんでお兄様は」
『あなたが黙って国を出て行ったときは大変でした。ただでさえ国家を揺るがす自体のすぐ後です。グリムマミー様は表面上あれでも、妹であるラミィ様の事はとても大切にしています。そんなあなたが、行方不明になったのですよ』
「え、えっと」
『しかも行方を探す前に、あのゴオウ様からのお達しで捜索も打ち切られ、風のうわさでは奴隷になったという悲報まで聞こえるではありませんか』
奴隷になった悲報、たぶん元奴隷の餓鬼共がシルフィードラミィのことを兵に話して、そっから繋がっていったんだろうな。あいつらちゃんとやれたのかなぁ。
イムレはガミガミと小姑みたいに小言を挟む。
ラミィがたじたじだ。
『それだけでもグリィは心労を溜めていましたが、安静中の国王に代わり国を動かしてきました。そこに一ヶ月前の事件です』
「イムレさん、グリィって二人っきりの時の呼び名ですよねっ」
『話をそらないっ!』
「す、すみませんっ!」
『これ以上グリムマミー様の心労をかけるわけにもいきません。あなたの顔を見せることも考慮しましたが、現状は無事を伝えるだけの方が心持よろしいでしょう。グリムマミー様も了承しました。となりに、あなたの主人がいるようですし』
イムレがキッと俺を睨み付ける。
ざまぁないぜ、あの腹黒王子が、俺を騙した罰……
「すみません」
『なぜあなたが謝るのですか。私も、グリィもまったく! 蛮族一人のことなど気にしていません』
「あ、あのっ、それでイムレさん、今回は何の御用で……」
イムレは言いたいことを言い切ったのか、大きく溜息をついて、肩の力を抜いた。
そして震えだしたと思ったら、涙を流した。
『無事で、よかったです。本当に、心配したのですよ』
「イムレさんっ……ごめんなさい!」
この人、飴と鞭の使い方が上手い。ラミィ以上に苦労があったんだろうな。
『お願いですから、あんまりグリムマミー様の気づかないところでお願いします。ラミィ様にはラミィ様のお考えがあるのでしょうが、その後ろであなたを心配する人たちのことも、ちゃんと思い出してください』
「……はいっ!」
なんだ、いい人じゃないか。結局のところ、心配だったから連絡を取ったんだ。
やっぱりラミィはいい環境で育ったんだな、愛されてる。
「くだらん茶番だ。それだから貴様等の国は今も覚束無いことがわからんのか」
『ベクター様、これは我が国家の問題です』
「国家? 笑わせる。お茶の間騒動を我らの行っている政治と一緒にされては困る」
ベクターがしゃしゃり出て、家族談義に茶々を入れてきた。いや、わかるけどさ、俺たちは黙ってようぜ。
「あの優男が、その程度で心労を溜めるとは繊細なものだ」
『もちろん、現在起きている牙の精霊もあります、あなたたちも目の上のこぶでしょう』
「こぶなら血抜きをすればいい。単純な話だ」
「いや、血抜きをしたらばい菌が入ると思うんだが」
俺が空気を読まずに発言すると、全員から視線が集まる。やめてくれよ。
空気を呼んでくれたイムレが、こほんと咳払いしてくれる。
『とにかくっ、ラミィ様はこれからどうするのですか?』
「……ごめんなさい。私、またイノレードに向かいます」
『はぁ……。わかっていました。止めても無駄なのはわかっています。あなたは、そういう人でしたから』
イムレは全部承知の上だったらしい。ラミィ兄を呼ばなかったのもそのためか。
『でも、覚えていてください。あなたのことを心配する人間は、沢山いることを。あなたのその姿は、一人の力で産まれたものじゃないのですよ……』
「……はいっ!」
『それだけです。心の片隅に、必ず残しておいてください』
ぷつんと、通信が途絶えた。たぶん彼女も忙しいのだろう。
「くだらん。この程度の茶番で我が邸宅を濁されてはたまったものではないな」
ベクターは何か情報でも得られると思ってたのかもな。文句を言いながら、書類作業に戻った。
「私を、心配する人……私を育ててくれたみんな……」
ラミィは何かを口ずさみながら、自身の手を握り締める。
「考えないと」
たぶんラミィはラミィなりに、イムレの言葉を受け取ったのだろう。
そういえば淵の精霊もなんか言ってたよな、助けるなって。ラミィはまだ何か成長できる要素があるのだ。
うらやましいなぁ。
*
「どうぞ」
「いや、開いてないんですけど」
今日も、あのリアスん家で泊まる事になった。徒歩でリアスのいる研究所まで来たのだが。関係者じゃない俺たちは、リアスがロックをはずすのを待たなければならない。
「ぞうど」
ロックされていたドアが開く。
リアスの調子がすこぶる悪い。マジェスに帰ってきてからずっとなのだが、どうにもフランを意識しすぎている気がする。
フランは怪訝な顔をして、そのもたつくリアスの声を聞いていた。変な口調に何度も首をかしげている。
「??」
「アオくんっ、これってやっぱり」
「言うな」
人の緊張は触れないでやるのが一番だ。口に出しちゃいかん。
緊張するななんていわれれば、逆に意識してしまう。俺なんかは特にそうだった。運動会は父と姉が野次を飛ばすからほんと嫌い。
こういうのはとっとと本番をさせるに限る。失敗に慣れろ。
「入るぞ」
俺は先陣を切って家の中に入っていく。この研究所はもちろん、リアス以外の人間もかなりいる。ビルみたいにでかいのだから当然だろう。こちらの存在に気づいた研究者も何人かいた。
ただ、リアスはいない。
「いくぞ」
「う、うんっ」
「アオはやい」
ラミィとフランが早足の俺についてくる。すまないが、緊張しているリアスに同情して、二人の歩調に合わせる気はなかった。
リアスはこの研究所から出てこない。入口まで迎えに来たことがあったので、別に人と会うのが苦手とかではないのだろう。単に面倒くさがりなだけだ。
そんなリアスが、このクソ大切な娘との対面で、入口にいない。
答えは一つだ。
「リアスを探すぞ。あいつ、隠れてる」
「え……えぇ!」
ラミィが目を丸くする。まあラミィにはわからん感情だろうな。
「フランちゃんとの始めての会話なんだよ! なんでっ!」
「照れくさいんだろうよ」
「なにそれ、ダサい」
フランが痛烈な一言を述べる。でもな、フランもこの立場になったら、たぶんなるぞ、人のこと言えないぞ。
俺は異世界に不釣合いな、魔法で動く昇降機に乗っかる。
「アオくんって手馴れてるよね」
「俺の世界にもあったからな、エレベータ」
調整が昭和みたいな手動タイプなので、ちょっと難しい。
そうして、リアスの研究室がある階層にまでやってきた。
「ここ?」
「そう、ここ」
「アオくんっ、たしかアオくんの推理だと、リアスさんは逃げてるんだよね? ここに居るの?」
「いるよ」
人は追い詰められた時ほど、自分の居場所にいるものだ。経験者は語る。
俺は他の場所に目もくれず、リアスの研究室に入っていった。
さて、どこにいるか。