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第九十二話「ねくら ひみつ」

「ど、どうしたんだよ、おなか痛いのか?」

「う、あ……ああああああああっ!」


 フランは泣きながら、ラミィの胸に飛び込んでいった。

 俺じゃないのか。手は繋いだままだけど。

 ラミィは穏やかな表情で、フランの頭を撫ではじめた。


「よしよ~し」

「大丈夫かよ、やっぱ怪我とかじゃ」

「たぶん、そんなんじゃないと思うよっ」

「……」


 ラミィは何かを察したのだろう。これだから勘の鋭い奴は。

 まあ、そりゃ博士そっくりな奴を倒したんだし、フラン自身が傷付いた可能性もある。

 とりあえず俺も、フランがしっかり起きたのか確認するために、近づくが。


「……」


 ひょいっと、フランがラミィの後ろに隠れた。

 それを追って、ラミィの後ろに回るが、


「……ぐすっ」

「おい……おい」


 半べそかいたフランが、ラミィの前に出て、俺から隠れる。

 手は繋いだままなので、そう距離は離れないが、フランは逃げる。

 俺も泣きたい。


「フラン、俺なんか悪いことしたか?」

「ふるふる」


 フランが首を振る。じゃあ嫌われたわけじゃないんだな。

 俺は肩の力を抜き、安堵の溜息をはいた。


「ならいいけどさ……」

「ごめんなさい。もう、大丈夫だから」


 フランは俺におそるおそる近づいて、目の前で向かい合う。

 俺が目を合わせても、逃げたりしなかった。


「もう、わたしはアオを殺さない」

「いや、まあ。そんなことには最初からならないだろ」

「ありがと」

「茶番~♪」


 あっ! 忘れてた。

 このふざけた歌声は、ディープの声だ。そういえばずっと姿を見せなかったな。


「でもアタシこういうの大好き。人の心の深淵は、汚いばかりじゃありません。その両面こそが、面白さ」

「ずっと思ってたが、俺と同じくらいの歌唱力だな」

「超ショック~♪」


 ほんと、生意気な奴だ。精霊って何でこんなおちゃらけた奴らばっかりなんだ。

 かつかつと、背後からヒールの靴音が聞こえる。ディープがこちらに歩み寄ってきているのだろう。


 とりあえずは振り返って、こいつの顔を拝んでやる。


「今回の姿はなんだ? 淵だから穴か? ただ暗いスモッグか? それとも――」


 俺は思い切りよくきびすを返し、その、精霊の、顔……顔……


「こんばんは」

「……」

「こんにちはっ! あなたが淵の精霊ですかっ! 思ってたよりも人型ですねっ」

「いかにも♪」

「……アオ?」

「う……あ……! うわぁあああああああああああああああああああああああああっ!」


 俺は、腰を抜かした。心臓をバクバクと高鳴らせて、震える指で何度も淵の精霊を指差す。


「ど、どうしたのアオくんっ!」

「こ、こいつ、こいつは!」


 開いた口が塞がらない。がちがちと歯がかみ合わない。

 それもこれも、この淵の精霊の姿のせいだ。


「なんで、お前がここにっ! 仮面の怪物!」


 あっちの世界で、一番美しいものを手に入れてきてくれ。

 地球を滅ぼし、俺を異世界に連れてきた張本人の、仮面の怪物。

 淵の精霊は、その怪物にそっくりだった。



「み、水! 水!」

「アオくん落ち着いて!」


 俺はとっさに、氷の剣を唱えた。

 ラミィはそれを見て、慌てて俺の両肩を掴む。


「どうしたのアオくんっ! 本当におかしいよ」

「だってこいつが、こいつは! 俺の世界を壊した張本人だぞ!」


 ラミィは俺の言っていることを理解しきれなかった。怪訝な表情のまま、俺を止めようとする。

 いや、わかってる。落ち着くべきは俺だ。でも、仮にも俺を殺そうとして、俺の家族を全員殺害した奴を目の前にして、心が静まらない。


 ディープは仮面の裏からじっと俺を見つめてから、困ったように首をかいた。


「えっとわからない。意味不明」

「わからないって!」

「俺の世界って、なに? そもそも、君とは初対面」

「……え?」


 ディープの答えは、俺と意識の齟齬を感じさせた。

 冷や水を頭からかけられたように、意気消沈していく。


「俺を、知らない?」

「名前は、さっき聞いた」

「いやそうじゃなくて」


 どういうことだ。いや、あの仮面のことだから俺のことを忘れたって可能性だってあるはずだ。でも、なんだろう。

 一度崩れた認識が、ぼろぼろと音を立てていくのを感じた。


「……アオ、もしかして、誰かと勘違いしてる?」

「……え、あ!」


 とどめに、フランの一言が入った。


「いやでも、ここまでそっくりだしそれはあるのか? いやいや、たしかに、俺が最初に見た姿よりもよく見れば違う気もするが、でも服装なんていくらでも変わるし」

「ぴんぽん♪ わかった」


 ディープが、俺を指差してぴょんぴょんはねる。何かを理解した達成感で、柄にもなく喜んでいる。


「あの根暗ね」

「根暗?」

「あなた、アタシの姿みて慌てた。ならたぶん、アタシに似た姿と、勘違いしてる」

「似た姿って……そんなもんいんのかよ。オーダーメイドだろそれ」


 ばちーんと、ディープに頬を叩かれた。

 気配を読み取らせないその技術は流石だが、なんでだ。


「なんでだよ」

「失礼、確かに似てるけど、あの根暗と一緒にされたのバッチリ屈辱」


 ラミィもフランも、あまりに突然すぎて反応しきれていない。

 俺はひりひりする頬を撫でながら、ディープを問いただす。


「あの根暗って、何の話だよ」

「妹」

「い、いも?」

「アタシの妹、魂の精霊。根っこから超暗い。超根暗なおちこぼれ精霊。それのこと」


 ディープはシャドーボクシングをしながら、俺たちの知らない精霊の名称を教えてきた。



「妹? 妹ってなんだよ、精霊って姉妹とかいんのか?」


 まず最初に、フランとラミィに目を合わせた。いちおう、俺が無知をさらしているのか確認する。

 ラミィは首を振って、フランは首をかしげる。

 よかった。誰も知らない。満を持してディープに顔を合わせる。


「おいディープ」

「ん~そういえばあんま広めちゃいけないんだっけこれ」

「気になるだろうが」


 ディープが言い渋ってる。もしかしたら、美しいものみたいに精霊たちのタブーだったりするのだろうか。


「なんだ、じゃあ教えられないのか?」

「そんなことないよ、知ってる人は知ってる。気付く人は気付く。ただ、これは内緒の裏技」


 ディープが人差し指を立てて、俺たちに内緒のポーズをとった。


「だから、他言無用」

「……わかった」

「うん」

「私もっ、話しませんっ!」

「なら、いいかな~♪ 精霊は、どうやって産まれるか。知ってる?」


 精霊が、どうやって産まれるか。

 俺は記憶の中にある言葉を、ひねり出す。


「たしか、世界にあるたくさんの意思の中の一つが強くなった時、それを遂行するために精霊は顕現する、じゃなかったか」

「五十点。それだと、精霊がまるで、地面から生えて来る」

「え、違うんですかっ!」

「違う。精霊は、その世界の意思を集め、それを受け取るに見合う人間が、精霊へと顕現される。精霊は、人が進化して産まれる」


 ラミィが唖然としたまま固まっている。

 フランも、難しい顔をして黙っている。

 俺も驚いた。が、納得できる部分も結構あった。


 顕現してすぐは、人の姿をしていたり、やけに人間臭いやつも多かった。


「そんなっ、人がなるなんて!」

「ある意味では、永遠の命に近いものだから、精霊たちの間では秘匿にされてる。精霊の本来ある目的から逸れた願いが生まれてしまう可能性があるから」

「何で、そんなことになってるんだ?」


 仕組みはわかった。でもどうして人間がなる必要がある。


「龍が、生命の原初なのは知ってる?」

「ああ、それは聞いた。龍って生命体が欠点を作って産まれたのが他の生命だって」

「龍は完璧ゆえに、限界を感じた。だからより進化するために、あえて退化を選んだ。より他の欲望を強く、欠点を多くして」


 確か龍って、完璧だから数を減らしたんだっけか。フランに聞いた覚えがある。

 そういえば、歴史だと龍の次に人間で、その次に精霊が産まれたんだっけ。


「そうやって、ないものを求める意思を強めた。そして最終的に、より知識を持った人間が、その到達点に至った。それが、精霊」

「じゃあ、わたしも精霊になれる?」

「それはわからない。ただ、すべての人間に可能性がある」


 まあ確かに、それ聞いたら、結構精霊になりたがる奴いそうだな。不老不死は人類の夢みたいなもんだし。


「アタシ、そして魂の精霊は、元は人間の姉妹だった。淵と魂。似たような意思を受け継ぐべき場所にいて、その人格を世界に買われた」

「なるほどな」


 そう考えると、姉妹で精霊とか贅沢だな。ぽんぽん産まれるもんじゃなかろうに。


「精霊は大きな悲劇や大戦の時によく生まれる。ネガティブな意思の方が、強いから」

「それはわかるな」

「そういう意味だとっ、やっぱりこの事は秘密にしないとっ」


 どうでもいいところで精霊の秘密を知っちまったな。

 だたなんにしても、これはある意味でチャンスだ。


「ディープ」

「なに」

「魂の精霊について、教えてくれ」


 この旅の目的であり、俺がここまで来た全ての元凶に、近づける。

 もしかしたら、今までで一番の収穫かもしれない。


「……あんま、話したくない」

「おい」

「ディープ、お願い」

「仕方ない、教える。とはいっても、知っていることは少ない。アタシは、人の淵、あれは人の魂。アタシが裏だとしたら根暗は表。それだけ」

「それだけって」

「御互い不干渉。あれ嫌い。ただ、人の想いを司るという意味では一緒」


 想いを司る精霊か。

 じゃあどうやって、あいつは地球に来たんだ。全然繋がらない。それこそ繋がりの精霊とかなら説明ついたんだが。

 だいたい、あいつは精霊なんて生易しいもんじゃなかった。文字通り怪物だ。


 魂の精霊で通りそうな話だと、自分を同じ存在にする能力と、核も効かないふざけた頑丈さくらいか。


「……わからん」

「大丈夫。たぶん、あなたと根暗はどこかで繋がってる。たぶん、出会うときは来る」

「は? どうしてそう思うんだよ。あと出会ったら大丈夫じゃないだろ」

「生きるか死ぬかは、君次第」


 ディープは言葉を濁して、うやむやにする。

 俺は頭が痛くなってきた。精霊からじきじきに、再開するとか言われたんだ。


「君は、選ぶことになる」

「そりゃ、生きるだろ」


 ディープの顔が間近に迫る。その顔で話しかけられるのすごい怖いんだが。

 ただそれで終わりだったのか、ディープは俺から視線を外す。助かった。


「フラン、あなた」

「なに?」

「その心はあなた自身が支える。陽のカードは、枷。あなたは今、もう一歩だけ、前に進めた。もう、陽のカードはいらない」

「……そうね、ありがとう」


 フランの口調は思いのほか落ち着いていた。博士の影なんて呼んだんだし、もっと嫌ったり怒ったりすると思ったが、そうでもないみたいだ。

 それになんというか、全体的に表情が柔らかい。ふにふにしたくなる。


「……なにアオ」

「あ、いや。触れないよな……」

「いいわね。孤独を感じることも、隣人に感謝することも、人であることの特権」


 ディープは、懐かしむように、俺達を見つめる。


「もうアタシに、ないもの」

「人であることの、特権……あのっ!」

「無理、憧れても、助ける事はしない。それは人の育みに、干渉することだから。アタシが人にするのは、心の淵にある想いを、教えてあげるだけ」


 ラミィが何かを叫ぼうとしていた。たぶん、協力を願ったんだろうな。

 ディープは、そんなラミィをちょっとだけみて、どうしてか顔を背けた。


「あなたも、人を助けちゃいけない」

「えっ……」

「本当に目的を果たしたいのなら、その先に」


 ラミィが顔を上げて、それは何かと効こうとした時、ふいに闇が濃くなった。


「バイバイ♪」


 ふっと、ディープの姿は消えてしまう。

 あいつ、言いたいことだけ言って帰ったな。しかもかな~り思わせぶりだ。


「人を、助けちゃいけない……」


 ラミィはその台詞に眉をひそめる。まあ人助けがラミィの生き様だから、わけがわからないだろう。

 俺はあの姿が消えたのをいいことに、背伸びをする。


「まあ、帰るか」

「アオくん」

「精霊なんていっつもこうじゃねぇか。話半分に適当に流せばいいだろ」

「アオ、ラミィ、帰ろ」


 最後は少しばかりしょっぽりしてしまったが、目的は果たせた。

 それどころか、変なところで怪物の秘密を知っちまったもんな。あいつ精霊だったのか。

 だから、また世界で一番美しいものなんて、そんな風に曖昧な――


「……………………」

「アオ?」

「あれ……アオくんどうしたのっ!」

「ん、ああなんだ」

「顔が真っ青だよっ。さっきディープさんに会ったみたいになってる」

「そ、そうか」

「アオ、疲れたなら休む?」

「いや、気持ちの問題だから、体は大丈夫」


 俺は二人の心配をよそに、前を歩き出した。


「ほんとうにっ?」

「ああ、しいて言うなら、またモンスターが来ないか警戒してくれ。俺はちょっと、そういう気分じゃない」

「そう? それくらいなら御安い御用だけどっ……」


 ラミィとフランは俺の前に出て、まだマネスルがいないか警戒を始めた。

 俺は、ずっと考え事ばかりして、壁にぶつかったりしてしまうほど注意が散漫になっていた。


『なんだよ、もったいぶってないで教えてくれよ』

『……残念だが、それはできない。そういう決まりなんだ。精霊は、その名前をつけることすら憚れる存在だから』


 たしか、一番美しいものについてガイアスとそんな会話をした覚えがある。

 世界で一番美しいものは、精霊にとって、口外してはならないものだと。


 不老不死ですら、精霊の間でほとんど秘密にしていないのにだ。


「……ありえねぇ」


 つまりは、この世界で一番美しいものは、不老不死など些細なことなる程の秘密が眠っているのだ。精霊の顕現は、この世界の意思や歴史に影響するはずなのに、そんなの問題じゃないくらいに、精霊たちは秘匿にしている。


 一体俺は、あの仮面の怪物は、何を探しているのか。


 今までは、とりあえず死なないために、自分が生き残るために漠然と探し続けていた。そのものの本質は、わからないというだけで深く考えなかった。

 そう考えると、段々と自分の体が薄ら寒くなっていったのを感じたのだ。


 もし、その魂の精霊とやらに出会うことがあるのなら、せめて、せめてずっと先のことであってほしいと、そう願うばかりだった。


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