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第九十話「めしのたね まさか」

「フラン!」

「フランちゃんっ! 起きたのっ!」


 どうして起きたのか、それはわからない。先程からずっと光っているペンダントの陣が関係しているのかもしれない。

 ただこちらは戦闘中だ。俺に向かってくる博士の姿をしたマネスルを、


「パパ!」


 躊躇いもなく、切った。

 フランは反射的に目を見開き、それをしっかりと見てしまう。

 博士の姿をしたマネスルが、氷付けになって砕け散った。


「いや……いや!」

「フラン、落ち着け、あれはモンスターだ」


 俺の背中でごたごたが始まる。その体重移動にバランスを崩しそうになった。

 とはいえ、フランは一ヶ月も寝たきりだった身だ。力が上手く入るはずもない、一度落ち着かせて、説得すればいい。


「ムッキー!」

「なっ!」


 フランは腰においてあったカードケースを手にとって、ムッキーのカードを使用したのだ。

 俺の体から無やり体を引き剥がして、地面に倒れた。


「ふ、ふら――」

「近づかないで!」


 フランは、そのまま俺たちから逃げ去ってしまった。間の悪いことに、マネスルのいない分かれ道へ入っていく。


「おい、おい!」

「フランちゃん!」


 光源がキランしかないこの空間では、見失えば大変なことになる。

 俺とラミィは慌てて追いかける。


「ラミィ! お前だろフランの着替えやったの、どうしてケースなんか」

「そ、そうだけどっ、ケースは持たせて置かないといざって時に危ないと思って!」

「くっ……そりゃ、そうだよな」


 どうしてこうも裏目に出るのだ。


「すまない、ラミィに当たる場面じゃなかった。俺だってそうしたよ」

「いいよアオくん、それよりもフランちゃんっ!」


 そうだ、あの状態のフランを一人にしてはいけない。仮にもここはモンスターが居る洞窟なのだ。


「邪魔なんだよっ!」


 フランの去った分かれ道に、マネスルが向かおうとする。俺はそいつらの露払いをしながら、前へ進んでいく。

 焦りばかりが、俺とフランの内に募る。


***


「はっ……はっ」


 わたしは走っていた。身体中が思い通りに動かないけど、それでも走った。

 アオから逃げた。

 目の前でパパの姿をしたモンスターを殺したからじゃない。あれがモンスターなんて、わたしにもわかる。


「もう、いや……」


 わたしは、わたしを助けてくれるアオから逃げた。

 目を覚ました時に頭に浮かんだのは、イノレードで暴走してしまったわたしの姿だ。また、またわたしはアオやロボ、ラミィを殺してしまうところだった。


 あれからどうなったのかはわからない。でも暴走して、また大切な人を殺してしまうところだった。

 ここがどこなのかはわからない。でも、あそこにはラミィがいたのにロボがいなかった。もしかしたら、わたしのせいで――


「苦しい……」


 胸が痛い。走ったせいで心臓に負担がかかっているのかもしれない。構わなかった。死んでしまえばいいんだ。

 こんな自分が嫌いで嫌いで仕方なかった。


 なんで思い通りにいかないのだろう。いつだって自分の考えたとおりに行動するだけでいいのに、すぐに別のことをしてしまう。足がすくんでしまう。


「きゃ!」


 ほら、まただ。死ぬまで走るつもりだったのに、転んで止まってしまった。


「うっ……うっ」


 情けなくて、涙が溢れた。

 足音がする。わたしがのろまなせいで、誰かが追いついたのかもしれない。


「……アオ?」


 そいつは、アオの姿をしていた。そっくりだった。

 でも、違う。これはアオじゃない。


「あっ」


 そいつは、わたしの首に手を掻けて、握り締めた。


「あっ……あぁ」


 声がでない。首を絞められて、開いた口から変な声が漏れる。

 でも、これでもいいと思った。殺されるなら本望だ。しかも、殺してくれるのはアオの姿をしている、ならいいとおも――


「い……やぁ……!」


 まただ、わたしの体は勝手に、そのアオみたいなやつに抵抗をする。

 でも、もうカードは唱えられなくて、力も弱って。


「だったらはっ……はっ……逃げんなよ」


 結局、本物のアオが、偽者を切り倒した。


***


「けほっ、けほっ!」


 フランが、目の前で咳き込んでいる。

 間に合った。ほんとうに、よかった。

 俺は疲労から氷の剣を取り落として、それでもフランに近寄ろうとする。


「っ、近寄らないで!」


 しかし、フランに拒否されてしまう。

 場面的には最悪だったからな、こうなるのも無理はない。誤解を解けば何とかなるだろう。


「フラン落ち着け、俺は味方だ」

「そんなのわかってる! だから、来てほしくなかったの!」


 俺が一歩近づくたびに、フランは一歩遠のく。

 フランは俺が本物だとわかっていて、拒絶しているのか。じゃあ、どうしてそんなことを。


「フランちゃん……」

「来ないで!」


 遅れてきたラミィに対しても、遠のけるような態度をとっている。

 似たようなことが、前にあったことを思い出した。


「もう、わたしのせいで皆が、皆が死ぬのなんて嫌!」


 最初に博士が死んだときの、自暴自棄になったようなフランの態度だ。


「わたしに、アオを殺させないで!」


 この台詞で、確信した。

 フランは二度目の暴走で、自分の危険性を冷静に悟ってしまったのだ。前回よりも成長した精神が、逆に他人への影響を考えさせたのだろう。

 どうすればいいのか、フランの悩みはわかっている。


「フラン」


 俺は出来るだけ刺激しないよう、近づかず、話しかけた。

 フランは下を向いたまましゃがみこんで、表情は見えない。


「そんなに心配するな。フランに限らず危険なんて誰にだってあるんだよ。俺の氷の剣だって、間違って仲間に刺されば殺しちゃうかもしれないんだぞ、そんなこと、いちいち気にしてたら」

「……わたしは、殺したくないの!」


 フランはこちらと目も合わせず、突き放すように怒鳴る。

 やっぱり、理屈でせめてどうにかなるわけないか。正論が解決するなんて、男の身勝手な理論だ。説教で改心したら喧嘩なんてこの世にない。

 でも、どうすりゃいいんだ。フランは今どうしてほしいのだ。


「来ないでよ……」


 フランの呟きが鎖のように足を重くする。

 無理矢理つれていくことは難しくない。だいたい、今は淵の精霊に会いに行くんだ。フランが意識を持っているのだってそれ関係だろうし、それそこフランのいにそぐわないことなんて、


「えいっ」


 どんと、俺の体を背中から突き飛ばす奴がいた。ラミィだ。

 俺はいきなりそんなことをしたラミィを怒ろうと、振り返って


「なっ――」


 その口を、指でふさがれた。

 ラミィは人差し指で口を閉じる。その静かにしろの仕草のあとで、フランを指差す。


「……」


 ラミィは口には出さないが、行ってこいと、俺をけしかけている。

 でも、どうすればいいのかわからないんだぞ。それなのに……いや、行くべきなのだろう。ラミィがそれを促している。ラミィの勘なら、信じてもいい。


 自然と、俺の足が軽くなった気がする。

 俺はフランの前にまでやってきた。たぶん、フランもそれを気づいている。


 フランは、逃げなかった。


「何で来るのよ」

「……」

「来ないでよ、やめてよ、来てほしくないのに。本当は一緒にいちゃ駄目なのに」


 近づいて、気づいた。

 フランの見えない表情から、ぽたぽたと雫が落ちている。


「なのに、離れてほしくない! 離れないといけないのに、それが一番嫌、最低! わたしはなんでいつも、こんななの!」


 フランは涙を流していたのだ。

 離れなきゃいけないのに、離れたくない。フランの中で二つの思いがぶつかり合って、感情が爆発していたのだ。


「なんでよ……なんでこんなにわたしは馬鹿なの。アオと離れたくない。もうひとりに、ひとりになりたくないよ……」

「そんなの、当たり前でしょ」


 ラミィはいつの間にか、俺の隣にまで来ていた。どうしてか、フランに苦笑いしている。


「ラミィ……」

「もうねぇ、そういうのわかっちゃうんだよっ。ちゃんと、自分で気づかないと。フランちゃんもね、アオくんが――」

「あーあー! イイハナシー♪」


 ぶわりと、世界に暗幕を敷くように、暗闇が押し寄せた。

 俺は思わず辺りを見渡す。しかし、何も見えない。


「えっ!」

「なっ!」

「茶番痴話、この世界は飯の種いっぱいぃ!」


 間の抜けた、ミュージカルみたいな口調の声だけが延々と語られ続ける。


「アオくんっ、キランの魔法が使えないよっ!」

「こ、こりゃ、精霊だろお前!」

「はらひれはらほろ~」


 絶対に精霊だ! もうこのふざけた感じ。


「おい! あんたが淵の精霊か?」

「そうよ~アタシ、淵の精霊、ディープで~す♪」


 何も見えない暗闇の中で、歌い続ける。


「どうぞよろしく」


 しかし名乗りを終えたとたんに歌をやめて、ディープは静かになった。


「この暗闇はあんたがやったのか?」

「……え、アオ、どういうこと?」

「そうよ、そこのちっこい女の子が客人。あなた見物人。試練は御一人用。お呼びじゃない人は協力できないようにってね」

「つまりは、俺とラミィにだけ目隠ししたのか?」

「ご名答~♪」


 フランの口ぶりからすると、フランだけはこの状態に陥ってないようだ。

 ディープの声はどこからしているのかよくわからない。上からかもしれないし、後ろから囁かれているような感じもする。


「いたっ、アオくんっ」

「あ、すまん」


 何も見えないせいもあってか、下手に動けない。

 精霊が信用できない中で、この状態は気が気じゃなかった。


「試練は一人。あなた達はお待ち」

「待ってくれ。試練とかそういうのじゃないんだ。俺は、あんたに頼みごとがあってだな」

「察しつく、その子の精神直すため? でも関係ない」

「関係ないって」

「アタシは淵の精霊。人の奥底覗くため、あなたの心の奥を引き出します。そうして精神変っても、アフターケアはありません」


 とんと、俺のおでこを突く指があたった。


「あいたっ!」


 ラミィも同じ目にあったらしい。その瞬間、身体中が眠ってしまったかのようにだるくなって、動かなくなる。

 俺はここにきて、やっと自分の失敗を悟った。

 迂闊だった。人知を超えたものに頼るという事は、俺たちにはどうにもできない流れの中に身を任せることと一緒なのだ。


 あの状態のフランを、命をかけた試練に無理に巻き込んでしまったのだ。


「そこの兄さんご安心。アタシ選んだそれ当り。うま~くいけば、あなたの望みかないます」

「上手くだって? 上手くいく保障なんて、どこにもないだろうが」

「そんなの人生も一緒です。確実ないの当たり前」


 わかってる、そんなことは。

 ただ、精霊にとって人の命はとても軽いことを俺は知っている。もし行うのならば、命を賭ける。


「あらあらご不満かしら? 人はいつだって命がけ、あなたが息をするのにも、命は懸かっています」

「あんたのはリスクが莫大すぎる!」

「それに見合った不条理を御望みでしょう。それならあなたは……あ、ご登場~♪」


 ご登場……たぶん、何か準備をしていたのだ。

 フランに向けて、試練を始めるための何かを。


「フランちゃ……むぐっ!」

「ご静聴、それマナー」

「むごぉ!」


 俺の口もふさがれる。


「アオは、アオはどこにいったの!」

「見えないどこかで無事にいます。危害一切加えません、安心バッチリ試練頑張って」


 フランの狼狽する声が聞こえた。もしかして、囚われた俺たちが見えないのか。


「……無事なのね」

「いえ~す♪ ほらほら始まってるよ」


 俺たちにはフランの状況がわからない。でも、このディープがやらかした何かに、今まさに巻き込まれている。


 こつ、こつと足音が聞こえる。

 今までディープに足音はなかった。つまり、この場所に新しい何かが現れたのだ。おそらく、試練のことだろう。


「あなたがすべきは、彼をどうするか」

「……うそ」


 フランの声が震えている。

 俺たちは、その声から事態を予測することしか出来ない。


「なんで、ここに」


 ただフランが、尋常じゃないほどに驚いていることがわかった。


「パパ」


 パパ。フランがそう呼ぶ人間は一人だ。



 偽者だ! マネスルか何かがフランを読み取って現れたんだ!


「残念無念違います」


 ディープは、俺の考えを読み取るように答えた。次の瞬間、


「っ!?」


 ばちりと、足元を電撃のようなものが伝った。

 嘘だろ。

 フランはまだカードを唱えていない。それなのに、電撃が発生した。


「嘘……」


 フラン自身も、驚いている。


「なんで、何でパパの魔法が、ディープ! これはなに!」

「あなたの、見たまま解釈で」


 どうなっているんだ。電撃を放てるのなら、それはマネスルじゃない。

 だとするとなんだ、上位互換のアンコモンか。いや、そんなものがいればゲノムが事前に言うだろう。ここにはマネスルしかいないと言っていた。

 カードを唱えもせずに魔法を放った。それはつまり人じゃない。


「きゃっ!」


 雷音とともに、フランの短い悲鳴が聞こえる。攻撃を受けているのだ。


「待って! パパなんで!」


 フラン、そいつは絶対に博士じゃない。

 戦況が全くわからないこともあって、焦りばかりが募る。どうにかならないかと、体中を無理に動かす。


「やめとき」


 ディープはそんな俺をあざ笑うかのように、耳元で囁いてきた。


「これはあの子の試練、あなた介入それ台無し」


 それがどうしたんだよ、何も説明しないでこんなことすれば誰だって怒って反抗するにきまってるだろ。


「……はぁ、アタシあなた結構怖い。無駄だと知っても下手に動かれるの超ひやひや。だからちょっとだけネタ晴らし」


 声の元がさらに俺に近づいてきた。たぶん、俺だけに聞こえるよう話すつもりなのだろう。


「この世界は、魔原できてる。それ知ってるね。その魔原、実は人の意識に介入すると不純物混ざる。想いって不純物が」


 魔原に想いが混ざる? どういうことだ。

 今の状況に、何の関係がある。


「あわてないあわてない。魔原は空気みたいに体の中から外の空気に循環する。普通、想いは空気にすぐ溶ける。でも近くにいる人同士は、ときおり想いを持ったままの魔原を受け取ったり与えたりして、身体に溜め込む。たとえば、近くにいる人に愛情を注げば、魔原もその通り愛の想いを近くにいる人の中に溜め込む。そうすると、どうなると思う?」

「……」


 俺は、このディープの意図が読めない。しかし、


「チョトブ!」


 フランが見えないすぐ近くで戦っている。この状況を何とかするには情報が必要だ。

 俺はディープの次の言葉を、ただ待った。


「よろしい。そうすると、体の中に他人の想いが溜まっていく。そうやって人は他人に影響されて成長する。親の愛情を受けて育つ子は、だいたいそう」


 想う相手に、その心がたまる。それはわかった。

 たぶん、そうやってこの世界の人間は親に似た考えや姿に変わっていくのだろう。親しい人と同じ想いを持った魔原を共有して、健全な精神を成長させるのか。

 そして、その逆も然りと。


「その考えで、当り。アタシ、彼女の心にある、一番大きな想いを塊にして具現化させた。彼女の想いの淵に残っていた、その一番大きかったパパって奴の想いを全部集めて、ここに呼んだ」

「……」

「つまりあれは、厳密にはパパじゃない。でも、パパそのもの」


 パパ、つまり博士の思念体みたいなものが、フランと戦っているらしい。

 ……なんのためにだよ。

 俺はおそらく、これ以上無いほどにむかついていた。

 博士を具現化させたのはわかった。でもフランと博士を戦わせる必要がどこにある。


 フランは博士を殺したんだぞ。そのフランに、なんでまた博士を殺させるんだよ。俺はディープのやり方には反対だ。そんなんじゃ、絶対にフランは精神を壊す。


「アタシ名誉のために言う。戦わせたわけじゃない」

「……?」


 戦わせたわけじゃないって、どういうことだよ。


「チョトブ!」


 今もなお、戦闘の音は鳴り止まない。魔法の使い方を聞く限り、フランは防戦一方だ。


「その、想いが具現化したあとに何をするかは、それこそ集まった想いの総量で決まる。パパという奴は、あのフランって子に、殺意を抱いていたんじゃないの?」


 でたらめ言うならぶっ殺すぞ。

 殺意なんてありえない。だって博士は、人生の全てを捨ててフランを……


『最初こそ、わしをこんなにしたフランを恨んだこともある』


 いつだったか、博士の台詞が脳裏をよぎった。

 まさか、まさか。


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