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第八十七話「いっかい せこ」

「すごいよここっ!」

「鍛錬場ですね。この透明な障壁はバーリのアンコモンです。ドッカベほどの硬さはありませんが、それでもかなりの防御力と広い発動範囲を持っています。ここはそれを陣で長時間発動し、マジェスの保持している魔法管を供給できるようになっていますね」


 俺が入ったのは、リアスの言うとおり鍛錬場みたいな所だった。

 もっとメジャーな感じにいうと、体育館だ。透明なバリアの先には観客席まであって、この世界のコロシアムみたいになってる。ちなみに観客はまばらだ。


「おみゃら一生懸命戦えよ。ここ貸してやるんだ、タダでやってんやぞ」


 あの受付ミニも付いてきてくれた。何しにきたんだろう。


「私っ、観客席で待ってるねっ!」

「ああ、別にいいけど」


 やっぱ俺が戦うんだよな。

 鍛錬場の真ん中で、所在な提げにきょろきょろしてしまう。人の視線って慣れるまで怖いよな。

 そして俺から少し距離をとった先には、ゲノムが準備体操をしている。


「やらないのか? 準備体操」

「えっと」

「体をほぐすことは大切だ。戦闘後にやるよりもずっと身体にいい。もしこの後にモンスターの襲撃があってもいいように、体をより長く使うために、ほぐすべきだ」

「は、はぁ」


 ムキムキ大男だけど、やけに几帳面だな。体操は一理あるが、今までやったことないからなぁ。

 一応見よう見真似に準備運動しておく。


「……」

「勝負って、何するんですか? ルールとか」

「そんなもの、ない」


 ゲノムの表情は変わらない、準備運動の動きですら、会話しながらなのに変わらない。

 ないって、どういう意味?


「武器は本物を使え、殺しにかかってもいい」

「あえ、勝負って」

「実戦だ、それ以外なにがある」

「そんなっ! 殺し合いなんて聞いてません!」


 ラミィが観客席で暴れ始めた。

 俺だって気が気じゃないぞ。まさか勝負って、決闘のことかよ。デュエルで決着なんて俺いやだぞ。


「安心しろ、俺のほうは、手加減する。殺しはしない」

「……ほんとか?」

「ああ、ほんとだ」

「アオくんっ!」


 それならいいのか? でもそれなら何で俺に殺し合いとか言い出すんだろう。


「本気で戦え、お前が、殺してもいいくらいの意気込みでこい。負けたら絶対に教えない。舐めた戦いをしたら、前言は撤回する」

「わ、わかりました」


 一応、よしとしておこう。ラミィがやけに慌てているけど、早く情報をつかむためならこん位した方がいいだろ。

 とりあえず体操は適当に済ませた。それからきっかり一分くらいで、あちら側の体操も終わった。


「……攻撃してこなかったな」

「え」

「別に、始まりはいつでもよかった。それが戦闘だ」


 あれ、準備体操のうちに攻撃してきても大丈夫だったのか。

 そういうところも見られ――


「ガブリ」

「うぉお!」


 突如として、牙が飛んできた。ぼおっとした所を付いた、やけにいやらしい気配だ。

 あっちからやってきやがった!


「コンボ、ガブリ、ワラワラ」

「もう始まってるのかよ! 風!」


 今度は牙の群れが俺に向かって襲い掛かった。とっさの判断で、風のハープを使いその攻撃を全部そらしてみせる。

 あの男、いきなり攻撃してきやがった。確かにルールがないといった時点で始まりの合図もないことを考慮すべきだったのだろう。これは俺の失策だ。


「でもよ……普通はそういうのご法度だろ!」

「……」


 ゲノムはこちらの出方を待っているのか、連射限界が三なのかはしらないが、こちらを見たまま動かない。

 にしても、なんだあれは。ゲノムの隣に浮くようにして、本みたいなのがある。魔法を唱えてたから、魔道書か何かか? レアカードは唱えてなかったよな。


「あれって……カードファイルか!」

「ガブリ」


 また攻撃が飛んでくる。カードを開く必要がないため早い。でも、あたるわけがない。

 風のハープを使うまでもない。これがあれば遠距離なら無敵だ。

 ゲノムは意外にも、直接攻撃をしては来ない。


「もしかしてあんた、魔法主体なのか?」

「……意外か? だが囚われない方がいい」

「わかってるよ、力も強そうだ」

「そうじゃない」


 ファイルのページをめくりながら、ゲノムは連射のインターバルを取っている。

 俺も早いところ攻撃の目処を立てる必要があるな、あの図体相手に接近すべきか。


「強そう、予想と固定概念は常に君を縛り付ける。このファイルもそうだ。人は何故当たり前のようにカードケースを使うのか、取り出して、唱えるという手間をロスと誰も思わなかったのか。これが作られたのは、たった数年前の話だ」


 固定概念は捨てろ。いいたいことはわかる。

 カードファイルだって、ある意味じゃコロンブスの卵だろう。ケースが当たり前に存在したせいで、誰も思いつかなかったと。異世界人の俺なんかは、ちょっと考えればすぐにわかる。

 どうあるべきと思い込んで、負けたら格好悪いもんな。


「水狂」


 すいきょうと言ったな。水か? つまりはゲノムのレアカードは水のようだ。

 予想通り、赤い水滴が放物線を絵外で飛んでくる。血液みたいな色をした小さい水だ。レアカードにしてはしょっぱい。

 俺はそれの気配を読んで避ける。この速度なら大丈夫だ。


「こんなの、避ければ……避けなくても?」


 赤い水は俺に向かってこなかった。一応警戒するが意味はない。不意打ちだってこの世界は気配がするのだ。

 そのまま予想通り赤い水は地面を浸すだけで終わる。

 ただ一部の水が、先ほど放った牙に染み込み、燃え上がった。


「アオくん後ろ!」

「わかってる!」


 俺はとっさに風のハープを弾き、攻撃全てを逸らす。俺の横スレスレを、大量の何かが通っていった。


「何だよこれ!」


 すぐにターンをして、俺のもとに舞い戻ってくる。二度目の風のハープで弾くも、全部のタイミングが一致していない!

 いつの間にか、俺のあたりには赤い狼が集結していた。涎を垂らして、俺を睨んでいる。


「魔法をモンスターに変える魔法か!」


 そのうちの一体が先走る。俺は風のハープで体制を崩して、直接触って吹っ飛ばす。容赦なく近くの壁に激突させた。させたのだ。


「何で消滅しないんだよ!」


 それなのに、赤い狼は屁でもないといわんばかりに立ち直った。普通のモンスターどころか、下手すればアンコモンだって倒せる威力なのにだ。

 厄介だ。これにどう対処すれば、


「ボボン」


 そんなことを考えていれば、すぐにゲノムからの魔法攻撃もくる。

 かろうじてその攻撃を逸らすも、赤い狼は関係なしに襲い掛かってくる。

 完全にゲノムはコントロールしていない、こいつらは勝手に動いているんだ。


「っちくしょぉ!」


 俺は敵の攻撃を一方向に固めるため、壁際に逃げ出した。

 そして風のハープの付いた手で、火の狼の一体を掴みとる。そのまま振りかぶって、もう片方の手で弦を弾いた。

 狼同士で衝突をさせて、全員一緒に吹き飛ばしたのだ。


 数体いるうちの一匹二匹はそれでやっと消失する。

 完全にジリ貧だ。

 一応、ゲノムはこれ以上の連射攻撃をしてこない。時間的に見積もってやっぱり限界は三って所か。

 つまりはこの水の狂いが常時発動するとして、残りの連射は二回。その隙をつければ。


「……あれ?」


 俺が生き残った赤い狼を待ち構えているも敵はなかなかやってこない。


「ふん」


 それどころか、ゲノムにまで攻撃する始末だ。

 もしかして、魔法を強いモンスターに変換出来るけど、操作が出来ないのか。

 これは、チャンスだ!


「水!」


 俺は風のハープを解いて氷の剣に変える。今度は俺の番だ。

 相手に向かって走る。これでもかとこの剣を見せ付けて、敵に攻撃を悟らせる。

 相手がこっちを向いたところで、俺は正面の突きの構えに変えた。


「きぇい!」

「あっ!」


 ラミィや他の観客は気づいただろう、俺の氷の剣が細長くなっていくことに。

 俺はゲノムと正面で向き合い、ゲノムには出来る限り点に見えるよう剣を構える。そうすれば、剣が長くなったことを隠したまま、攻撃が放てるわけだ。今はサポートがなくとも、少しは間合いを伸ばせる。

 それに今は、自分が作ったモンスターにかまかけている。


「もらしやがれぇ!」

「……すー」


 ゲノムが、悠長にも一呼吸する。あのモンスターに襲われている中でも大きく構えて、俺を待ち構える。


「それじゃあおだつぶだろ!」

「いや」


 ゲノムが一度目を閉じると、モンスターがひゅっと意識を失った。


「や!」

「アオくんっ!」

「自分で、消せるからな」

「そりゃ、そうだよなっ!」


 一瞬驚きはしたがそのとおりだ。相手だって解除くらい簡単だろう。

 だがそうやって誘い込んだところで、こっちにだって手品がある。

 俺は飛び上がってゲノムに切りかかる。俺の剣はゆうに倍程の長さになっていた、まあ切りつけても殺しはしない。ちょっと冷やすだけだ。


「チェス――」

「ふん!」


 ゲノムは振りかぶって何かを投げた。俺の剣はその障害物に邪魔されて、剣が鈍る。

 それは、モンスターからもとに戻った、大量のガブリの牙だ。


「だけどこっちもっ、本領!」


 威力を殺されたところで関係ない。俺はそのガブリを弾かず、衝突して氷の剣を割り、その破片を降り注いだ。元より、飛び上がったのはこの保険のためだ。

 ちょっとでも傷つければ、俺が勝てる。こいつは炎程度じゃ、絶対に溶けない。もとより、この距離じゃ守りの魔法を挟める事は不可能だ。


「これで俺の!」

「甘い」


 ゲノムは目の前に無数の氷の破片を目の当たりにして、なんと両手を素早く動かし始めた。


「なぁっ!」


 手品士がジャグリングでもするようなその腕捌きは、降り注いだ氷の破片を一つ残らず左手だけで掴み取ったのだ。

 そしてゲノムは余った右手を大きく振りかぶる。やば、こうげ――


「ベトリ」


 呪文の掛声と共に、俺はトリモチのようなものに掴まり、地面に貼り付けられた。


「う、動けねぇ!」

「これまでだ」


 俺が脱出しようともがいている隙に、ゲノムは拳をこちらに突き出した。

 ……負け。


「アオくんっ!」

「こりゃバッチリゲノムの勝利だて」

「ま、負けちまったのか」


 攻撃のふりをして、魔法を唱えられた。あの拳だって正直に放たれたところで避ける事は無理だったのに、相手はまだ油断せず裏をかいてきた。

 完全に意識外だった魔法攻撃に、まんまとやられ拘束された。傷一つないが、完全敗北だろう。


「なかなか面白い魔法を使っているな、しかもダブルのレアカード使いか」

「あ、いやどうも」


 ゲノムは俺の体についたトリモチを引きちぎって、俺を自由にしてくれる。ついでにこちらに手を差し出してくれる。

 俺はその手を、掴んで、立ち上がる。


「……参りましたよ。魔法をモンスターにするなんて。自由が利かないみたいですけど」

「……」

「あんの、ゲノムは闘獣士と呼ばれっと、本気ならあんたの首もがぽおっとやられとるからな、感謝せえよ」

「自らの魔法のみならず、敵の魔法までモンスターに変える能力だそうです。わたしは聞いただけですが」

「はぁ」

「……」

「アオくんっ! 大丈夫っ!」


 ラミィは俺が負けたことよりも、体の心配をしてくれるようだ。地球なんてあれだぞ、体育祭で転びなんかすればまず非難だからな。


「……」

「大丈夫だよ、でも負けちまったか」

「そんなことないってっ! アオくん頑張ったじゃない!」

「……これはなんのつもりだ」


 ずっと沈黙していたゲノムが、口を開いた。

 ラミィと受付ミニは、その言葉に首をかしげる。リアスもわかっていないだろう。

 俺がゆっくりその手を離し、その意味を教える。

 開いたゲノムの掌に、一本の氷が刺さっていた。


「あっ……」

「えっ!」

「えりゃりゃ!」


 三人とも驚いている。まあ無理もないか。

 ゲノムは無表情のまま、俺の言葉を待っている。ガンがききすぎて怖い。


「俺の氷の剣は、ちょっとでも刺さると、全身を凍結させるだけの力があるんですよ」


 それでも必死に、俺の能力を説明する。


「もし発動してたら、死んでましたよね」

「なにがいいたい」

「俺も勝ったってことにしてくれませんか? たしか、この勝負に、ルールはないって言ってたような」


 われながらに卑怯だと思う。でも、ルール無用の卑怯なら専売特許なのだ。

 思い出す。

 どれだけルールを熟知していようと、それが正確なルールだろうと、リーダーのつくったローカルルールこそが餓鬼共のルールなのだ。ならそいつの浅はかさを狙ってずるをする。誰も友達がいなくなる。


 ゲノムは最初から変わらない表情を保ったまま、自らの手をじっと見つめている。どうだ、駄目か?


「そうだな」


 駄目じゃなかっ……たぁ!

 ゲノムは、俺の目の前で拳をすん止めしてきた。いや、殴ってこなかったけど。


「これで、二回勝った。そういうことになるな」

「でも、俺の一回は一回でしょ。帳消しにはならない」

「そうだな」


 もしかして、イラついているのかこれ。

 この戦法だって悪役レスラーがやってたのを真似ただけなんだぞ。うちの家族って俺以外はプロレスが大好きなんだよ。あの普段温厚な母親ですら、プロレス見るときだけはキン○マ蹴るんだよとか言い出すからな。


「お前の、勝ちだ」

「やったぜ」

「やったぜ、じゃないよっ! アオくんっ!」


 舞台にまで下りてきたラミィが、いちいち文句をつけにきた。ぷんぷんといった感じだな。


「あんな子供みたいな理屈通してっ!」

「いいだろ、勝ちは勝ちだ。それにフランのためならいくらだって卑怯なことする」

「フランちゃんをダシに使うんじゃありませんっ!」

「あれは卑怯ではなく、せこいといいます」


 リアスのモニターもこちらにまで近寄ってきた。

 他のギャラリーはしらけた感じにこの鍛錬場から放れていく。まあいいけど。


「とりあえずゲノムだっけか、教えてくれるんだよな?」

「ああ、明日、案内する。今日一日は休め」

「ほらラミィ、一歩前進だろ? ご主人様に文句あるのか?」

「アオくん、方法はほめられたも……ごふっ!」


 ラミィが咳き込んでやがる。主に逆らうからや。

 リアスのモニターがラミィの状態にちょっと驚いてる。


「……大丈夫なのですか?」

「ああ、本当に病気とかで危ないなら陣が反応するし」


 奴隷が危なくなると、こっちの魔法陣だって反応するのだ。あっちとちがって、こちらは後追い自殺はないけど。

 ラミィは結構なれたもので、苦痛が治まるとすぐに立ち直る。もう痛みとかにもかなり肝がすわっているな。


「あ、あのっ! ゲノムさん、どうして私達に教えてくれるんですかっ」

「……こいつが」


 ゲノムは俺を指差して、言った。


「エイダさんの、恩人だからだ」


 エイダ、あのハジルドにいた受付姉ちゃんだ。流石に俺も名前を覚えた。

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