第八十六話「だめ おみゃ」
「どうしてですか?」
「生活するために、自分の命を削っているなんて」
たとえ俺たちの戦闘ほど使用していなくても、それは十分身体への負担になるだろう。
ラミィはそれを、疑問に思っていた。
リアスはマイク越しに、気づかれないよう溜息をしていた。俺とラミィが気づいたから、あんまり意味無い。
「たまに、あなたのような考えを持つ人がこの街に着ます。そして国王は、こうかえします。あなたは生きている間、命を削らないのかと」
「そんなことっ!」
「ありますよ、人間生きていればつらいこともあるでしょう。死ぬほど疲れるまで働くこともあります。それは命を削っていることに他ならない」
ラミィは思わず怒鳴ってしまう。周囲の目がこっち向いた。
俺は慌ててラミィを隠して、へらへら笑う。すると回りは嫌な顔をして目をそらしてくれた。
にしてもリアスの声は冷静だ。一度対応したことあるのかも。
「そんな苦労に比べれば、安いものでしょう」
「でも、あれは明らかに寿命は短くなりますっ」
「なら、付けなければいい。どこかで苦しい生活が待っていますが、この国をでればいいでしょう」
「そりゃ、俺も無理だ」
リアスの言っている事は、地球にたとえるなら、日本が嫌なら日本を出ろと言っているのと一緒だ。
おそらくマジェスは、この異世界でも破格なまでに便利な国だろう。先進国と言ってもいい。そういう国は、美味いものから楽しいものまで圧倒的だ。
そんな国に、働かないでずっといられる。
「それに、寿命だけで言えばこの国はほか二代国家よりもずっとありますよ、むしろ魔法管の使用量を増やして、平均寿命を減らすような政策も考えられています」
「そんなの、おかしいですよっ……」
ラミィは納得してない。まあ他国から見れば家畜みたいなものかもしれないからな。
でも世界には社畜っていう、肩書きだけ奴隷じゃない人間もいるんだよ。働いたことないラミィには、まだわからないだろうけど。
「ラミィさん、別に、この国の人間すべてがそうしているわけじゃないのですよ。たとえば、わたしです」
「ああ、確かにあんたはああいうの付けてなかったな」
「力のある者はカード収集業に付けば、知恵のある者は魔法研究者になればいいのです。あの魔法管使用量とは比較にならない程の資金が手に入ります。もちろんテストがありますが」
通りかかった店……コンビニかこれ? とりあえずその店内にあった一冊の本をモニターが示した。
俺はそれを手にとって、本の名前を確かめる。
「魔法学過去問?」
「はい、マジェスでは年に一度、任意で魔法と戦闘力のテストを行えます。これに合格すれば、いずれかの職に就くことが可能です」
「……受験かよ」
ああ、腹痛くなってきた。ほんとさ、試験日に自転車パンクするなんてギャグ俺くらいだよな。ほんと現実にあるんだって思ったくらいだよ。
「才のある者は幼少からこの職に付く可能性もありますし、齢三十を越えてからなんらかの才能を開花させるものもいます。とにかく、才能と努力と向上心を一定数満たせば、魔法管を使うことなくこの国で暮せます。もちろん働きますが」
「希望者は多いのか?」
「それなりに、しかし実際に働けるのは全体の一割程度です。芸術関係はこのテストの限りではないので、そちらの方が希望者の母数は多いでしょう」
芸術関係って言うと、音楽家とかか。それでも金は稼げるわな。
にしても、全体の一割って言うと、それこそ努力と才能の両方が必要だよな。俺たぶんここにいたらあの腕輪つけてた。
話には聞いていたが、とんでもなく効率化の進んだ国だな。その代わり国力そのものは三大国家でも随一だろう。
「出生率もそれなりです。多く子を産めばその分才能を見出す可能性がありますから。その子からの援助を期待する親が多いのです」
「いやな家族だなそれ」
「でも、家族間での暴力事件はほとんど起きませんよ。子供でも一人暮らしは出来ますから」
「……でも、やっぱりおかしいですっ。もっと、人には大切なものがあるはすですっ」
ああ、ラミィはやっぱり納得していない。
効率化を図りすぎて、ラミィの目からだと無機質に見えるのだろう。
それも間違っちゃいないが、反論するための言葉が見つからないのだろう。ただもやもやとしたまま、ラミィは難しい顔をしている。
「ラミィさ、別に相手を納得させる必要はないだろ」
「でもっ」
「悩んで見つかるような答えじゃない。だったら、悩むだけ悩めばいいんだ。みつからなくてもいいんだよ、ラミィが納得すればいいんだ。だから、気楽にやるんだよ」
いくら悩んでも見つからないものってあるよな。餓鬼のころは多かった。
結局どうにもならなかったことだってあるけど、悩む事は無駄じゃない。見つかるかどうかじゃなくて、悩むことに意味があるんだ。
結局、自分が納得すればいいし。
「……そうだよねっ、もっと悩んで、リアスさんにこれだって言えることを考えよっかっ! アオくん!」
「俺は何も考えてないぞ」
ふとそこで、俺たちは歩みを止めた。目の前の建物に、目を向ける。
冒険者ギルドだ。
「つきました、ここです」
「ここも入口近くなんだな」
ちょっと横を向けば、先程通ったマジェス入国門がそこにあった。
「ここって、冒険者来るのか?」
「はい、それなりに」
「お邪魔しまーすっ!」
ラミィが先頭に立ってギルドの敷居をまたぐ。切り替えはや。
内装は他のギルドと相違ない。ギルドカウンターに、談笑用の机がいくつか。わかりやすい違いは、とてつもなく広いというところか。
たぶん、地球で言う大型ホームセンターくらいあるな。
「アオくん受付いこっ!」
「ほんと切り替え早いな」
さっきまで難しい顔してたのに、すぐ笑顔に戻れる。やっぱラミィはこういうところが強い。
ギルドってさ、俺の旅メンバーはそこまで他と情報交換しないから、受付カウンター以外使ったことないんだよな。
カウンターについて、俺とラミィがペンダントを置くと、受付の女性が姿を現す。
今回はあれだな、美人だけどすごいちんちくりんの女の人だ。ちっちゃくてとても可愛い。受付ミニといえばいいか。
「ほれ、私がバッチリ着てやったわ、用件言うとええな」
「えっと、アオくんどうする?」
「一応レベリングから」
「おみゃら私のレベリングはめっちゃけっちゃ厳しいでな、覚悟しとくとええな」
受付ミニは案外まともだな。対応が普通だ。
俺はペンダントを渡して、受付ミニはレベリングを始める。
「こりゃぽかぽか顔だとおもったらおみゃがアオけ。エイダんから聞いちまったからな、おみゃはよく知ってる」
「さいですか」
「お! こりゃサインレアわな、顔に似合わず、エイダの言うとおり、結構な強さけ。レベル四十にしちゃる」
「……眷属ってのはわかるけど、そんなんで一気に上げていいのか?」
「おみゃ、よう考えてみろほれ。眷属もポロポロ渡したりゃせんよ。強え強えって、そんな奴にしかわたさん」
「アオくんすごいレベルアップしたねぇ」
なんというか、RPGでチート使ったような達成感だな。あっさりしすぎ、いきなりこれだと。
「そっちのかわいこちゃんは、一個だけやっちゃる、レベル三十五。ここちょちょろんぱ~!」
気合の掛声と共に、受付ミニはレベル上げを完了する。案外あっさりだな、ひと悶着なかったのは初めてかもしれない。
「他の用はのこっとるか?」
「精霊の居場所を知りたい。えっと、何を選べばいいんだろ」
「フランの身を考えると、やはり闇の系列がいいと思います。心やものの内側が闇の本質ですから」
「やっぱり、精霊もその辺は六分割するのか」
「あ~あかん、あかん!」
受付ミニは両腕で罰点を作った。
「駄目って、何がだよ」
「今ぁな、精霊の場所教えるのはおそがいよ。考えてみろほれ、あのタスクっつうけったいな奴でてきたでな、こな~な一大事に精霊と会うのはあかんあかん! とろくせゃあことはやめとき!」
「刺激って」
「たぁけっ、精霊の機嫌そらしたら、いざって時にワヤって知らんぷりされっぞ」
いいたいことはわかる。俺たちが精霊を頼るように、世界中の人間は精霊を頼っている。
有事の際に下手なことをして、助けが借りられないなんて状況になったらたまらないのだろう。
「あ、忘れてました」
リアスは素で忘れていたようだ。まあ冒険者ギルドになんてこないだろうし。
「でもそれじゃあ困るんだよ」
「どうせしょーもにゃーことに呼ぶはわかってる」
「人命がかかってる」
「たぁけ、こちとら国民全員の命かかっておったけ」
「受付さんっ! そこをなんとかっ!」
ラミィが手の皺を合わせてお願いするが、受付ミニの反応はいまいちだ。
「そりゃ、おみゃらの願いをポイポイ受けてやりたっけか。でもな、規則っちゅうもんは破ったらあかんのわな」
受付ミニは真摯に対応してくれる。規則は規則、それ以上はないのだろう。
どうするか、事情を説明するべきか。
ふと、俺の横に、でかい何かが陰った。
「……ナーゴ、帰ったぞ」
「おっ、帰ってきとんたっか。元気にしとりゃか? いまバッチリ取り込みちゅうだよな」
横にいたのは、でかくてムキムキな大男だった。無骨そうな顔には一本傷が付いている。見るからに強そうな男だ。
「……ゲノム」
リアスのモニターがぼそりと呟いた。たぶん、この大男の名前じゃないだろうか。
ラミィも俺と同じように興味を持ったようだ、ゲノムとやらの顔を見上げている。
「あのっ、誰ですか?」
「ゲノム、マジェス戦闘隊長の一人よ」
「戦闘隊長っ! それって!」
「……?」
戦闘隊長って事は、戦いの隊長か。まあそれっぽい体系だけど。
俺がぼけっとしていると、ラミィがずいっとこちらに顔を近づけてきた。
「アオくんっ、マジェスにはいろんな名目があるけど、これだけは私でも知っているの。戦闘隊長、えっと……簡単に言うとマジェスの中でトップクラスに強い人ってこと」
「かいつまみすぎだろ」
「戦闘隊長、私たちマジェスはレベルのほかに、国内の戦人を六段階に分けています。その中でも戦闘隊長は一番高位のものに与えられる称号です。進軍における指揮権を握り、立場としては国王の次に発言権があります」
「あぁ……あ!」
それってすごく偉いんじゃなかろうか。
俺は何度も瞬きして、この屈強そうなゲノムとかいう人を見つめた。
「リアス……まだ引きこもっているのか」
「これは効率化です」
ゲノムの声はなんというか、遅い。落ち着いているといえば聞こえはいいが、ぼおっとしているみたいにも感じる。
「で、こいつは」
ゲノムは俺を指差して、問いかける。身長のせいで指の方向はほぼ下だ。
「あっ、私はラミィっていいますっ!」
「知ってる」
ぬっと、ゲノムの視線が俺に集中する。威圧されて、口を開くタイミングが。
「あ、アオだ」
「そうか」
ゲノムは別に俺に用があったわけではないようだ。名前だけ聞いて、また受付ミニのほうを向く。
「だから、私は取り込み中ってんね! 相変わらずのろまだなおみゃは」
「そうか」
そして、また俺のもとに視線が戻る。
「どうぞ」
「ど、どうも……精霊の居場所を教えてほしい」
「お願いしますっ!」
「だぁだぁ言っても無理け!」
気を取り直して頼み込むが、進展しない。
やはり、言うべきか。
「どうした」
とそこで、ゲノムが俺たちに興味を持ったのか、こちらにずずっと近づいてくる。でかいから受付が狭くなった。
「おみゃらがな、精霊に会いたいだて。でもあかん、何度も断ってみゃあ。えりゃしつこい!」
「……」
また俺を見た。なんだこいつは。
その、体格的に見下すようになっているゲノムの瞳は、ずっと俺を捉え続けた。
「何故、精霊に会いたい」
「……助けたい人がいる」
どう応えるべきか一回悩んだけど、正直に言った。
ゲノムはその答えから数秒間、不動のままだった。しばらくして、機械みたいな動作で、受付ミニに振り返った。
「たしか協力を、拒否した精霊が、すでにいたな」
「ん、精霊のことけ? あぁいるよ、ざばっと答えて三体やな……あぇ! こいつらに教えちょろんか! あれかて保険やぞ、もしもやからな、近所だけにな」
「いや、まだ、教えない。広場借りるぞ」
ゲノムは背筋を伸ばして、さらに身長を伸ばすと、俺を見下ろす。
「くるか?」
「あの」
「勝負して、勝ったら、教えてもいい」
そういうと、のそのそと外へと出て行った。
なんだあれ。
「やったよアオくんっ! よくわからないけど、居場所を突き止めるチャンスだよっ!」
「あ、ああそうだな。勝手に教えていいのか?」
「おそらく、規制されているのはギルドが教えることだけです。個人の口に戸を立てられません」
あんまり意味のない規律だな。あれか、立場上ギルドが責任を負いたくないのか。
なんにしても、教えてくれる人がでてきた。それはいい。
ただなんでそんな流れになったんだ。あのゲノムって人、俺とは初対面だろうに。
「疑問です。どうして彼は、あなたに興味を持ったのでしょう」
「リアスでもわからないのか?」
「はい、元々彼はあまり人と関わりあうタイプではないので」
「あんたがいうのか」
「強いて言うのなら、ゲノムは国王ベクター様と仲がいいくらいです」
ますます関係ないじゃないか。
「とりあえず行ってみようよっ! チャンスチャンス!」
こういうときのラミィの思い切りのよさは本当に助かる。
とにかく、あの遅い足取りの大男を追って、ギルドの中へと進んでいく。
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