第八十五話「まげん えもん」
魔原についての話は、適当に読み流しても物語に影響はありません
無駄に複雑な趣味設定です
リアスにつれられるまま、建物内を歩かされる。
「ここがわたしの研究室、どうせ一人しかいないから、楽にしていいわ」
俺は、いちいちリアスの顔が気になって仕方なかった。つかどうして博士の死を知っているんだこの人は。
ラミィも、今まさに喉から声が飛び出しそう。
リアスは、そんな俺達を見て笑い、行儀悪く机に寄りかかった。
「やっぱり、気になる?」
「ごめんなさいっ! 気になりますっ!」
「簡単よ、わたしがその子、フラン作成における遺伝子提供者なのだから。ほら、そのソファー……長椅子に寝かせるといいわ」
俺は言われるまま、フランをソファーの上に寝かせた。
「遺伝し……?」
ラミィは用語をよくわかってないな。
「つまりあれか、あんたがフランの母親みたいなものって事だろ」
「そうね、おなかを痛めたわけじゃないけど、産みの親といわれれば、そうかもしれない」
「あんたも博士の研究仲間か何かなのか?」
「順を追って話すから、そちらからの質問は後にしてもらえるかしら」
リアスは研究所にある家具を乱暴に漁って、椅子を二つこちらに放り投げてきた。大量の本が置かれた小さな机を運び、どさどさと床に本が落ちる。
「あ、クマクマ物語」
ラミィがある絵本に気づく。クマクマ物語って、フランの家にもあったよな。
フランって外に出たことないし、あの絵本が家にあったのってもしかしてリアスの影響かもしれない。
「座って、コーヒーでいいかしら」
「あ、あのっ、そこの棚にあるのってもしかして紅茶ですか?」
「ええそうよ、こちらがいい?」
「ぜひっ!」
こんな時でもペースを崩さないとは、やっぱラミィは結構器がでかくなったな。
俺とリアスも合わせて三人分の紅茶を机におかれる。
「じゃあ、話しましょうか。確か、フランについて知りたいのよね」
「ああ、できれば今の状態をなんとかしてほしい。ここ一ヶ月、寝たままで一向に目覚める気がしないんだ」
「どうしてそうなったのか、まずそれからね」
俺は包み隠さずあの時の惨状を話した。
フランが暴走したこと、陽のカードが体から抜き取られたこと。リアスに聞かれたので、暴走についてはあの最初の方も説明した。
全部話した後で、リアスは紅茶のカップを置いて、微笑んだ。何かすごく色っぽい。足組んでるし、フランみたいだし。
「陽のカードを、盗られたのね」
「一応、これが俺の教えられる全部です。フランはどうなったんですか」
「……まず、フラン作成の経緯を教えてあげる。話はそれからね」
リアスはフランを見て、次に研究室にあった無数の試験管に目を向ける。
「マジェスは一度ね、最強の魔法使いを作るっていう研究合戦があったの。幾つかのグループで競合し合うことで、より技術の向上を図ろうってね」
それは俺も聞いたことがある。博士が言ってた。
「いろんなチームが、同程度の未発達な子供の中から選ぶ中、わたしのチームリーダー、フランク博士はどの子供も選ばなかったわ。彼はこう言ったの『最強の魔法使いを作るのなら、産まれからいじくるべきだ』って」
「産まれからって」
「マジェスではある程度、魔法の連射限界とレアカード適性の知識があるわ。知っていて?」
俺とラミィは首を振る。
連射限界とレアカード適性。確かこの辺りって、生まれで決まる要素だよな。
「博士はその大部分として、レアカード適性に目をつけたわ。この世界の全ては魔原という分解できないほど小さなものが集まって作られているのは知っているわよね」
「えっと、知らない」
地球で言う原子だろうか、もしかして、この世界って構成物質そのものが地球とは違うのか。
「じゃあ今覚えたわね、その魔原はね、形を捉える事は不可能なのだけれど、その動きは常に螺旋を描いているの。この物質はどれだけ組み分けしても六つにしかならないのよ、丁度レアカードと同じ分類でね」
リアスは資料を持ってきて、写真……というよりも想像図みたいなのを持ってきてくれる。たしかに螺旋だ。バネみたいになってる。
原子も確か形はわかってないんだよな、だいたいは円みたいなのが想像図に出るけど。
「人間もこの魔原の集まりといえばそうなるわね、水素も全ては魔原があるし、六種類バラバラに入っているわ。水でも、水のレアカードと同じ魔原を持っているとは限らない」
「それがどうしたんだよ」
「その魔原の構成割合が一番多いものが、人間のレアカード適性につながるのよ」
「ああ」
世界は魔原って言う六種類の原子より小さいものがあって、その魔原の割合で人のレアカード適性が決まると。それはわかった。
「それで、稀にレアカード適性が二つある人がいるでしょ、そういう人はこう、生まれた時の魔原が二重螺旋になってるのよ」
次に見せた絵は、バネがクロスし、二重になっている。二種類の魔原で出来てるってことか。
「生まれた時の魔原の形と、構成割合は死ぬまで変わらないといわれています。他から取り込んでも、形はいつの間にか自身の魔原になる実験結果もあるのよ」
「でもこれだと、体積が二倍になるんじゃないのか」
「いえ、別々の種類が生まれつきこういう形で重なる人間なのです。魔原の総合量は変わりません。普通の人間は、交わることなく個別に並列していますから。そして単純にこれが三重になれば、レアカード適性が三つ、簡単ですね」
「えっと……たぶん、とりあえず」
ラミィは結構わかってるのか。しっかり頷いてるし。
「これを意図的に生み出したのがフランか?」
「いえ、さらに工夫しています。こう、二重螺旋を綺麗にくっ付けて並べた形で、魔原を作りました」
次に見せた絵は、バネが二重に重なっているが、まるで揃えたように、ピッタリとくっ付いていた。
「螺旋の魔原がここまで綺麗に並ぶ事は、それこそ巨大数の一にも満たないでしょう。博士は元々この研究に熱心でした。二十年前の戦争で、自らの無力を嘆き、己が体に実験までしてこの綺麗に並んだ二重螺旋の作成にも成功しました」
「えっと、この綺麗に並んだ螺旋があれか」
「レアカード同士のコンボに必要な、条件です。フランはこれをもとに設計されました」
なんか頭が混乱してくるな、つかこれ必要なのか。
「もっとも、博士がこの研究方法をほとんど公表しなかったこともあり、現在は第二実例であるフランが残っているのみとなりますが」
「博士が公表しなかったのか? あの人結構話したがりだろ」
「わたしも話したがりなのは知っていますが、黙った理由は不明です」
リアスはとても残念そうに首をふった。
「しかも結果的に、この研究がマジェス前国王との対立を生み。博士はその責任に負われるわけです。前国王は二十年前の大戦直後に即位したこともあり、日和主義だったことが原因です」
リアスの言葉にはちょっと怒気があった、たぶん前国王が嫌いなのかもな。
「リアスさんよ、それで結局、何が言いたいんだ? フランが出来上がる経緯はわかった」
「同じ研究者の一員であったわたしが、二重螺旋を整え方も知らない。つまりは、わたしたちもフランの作成について知っている事は限りあるという事です」
「えっ、待ってくださいっ! じゃあフランちゃんは!」
「慌てないで、一応の推測は出来ます」
リアスは寝ているフランの首の辺りを指差す。そこは丁度、陽のカードがフランの体から出てきた場所だった。
「博士は一度暴走した時に、フランの丁度この部分に何か陣を施していましたね」
「あ、ああ」
博士は死力を尽くしてフランの暴走と止める時に、たしかにその場所に触れていた。今思えば、それは陽のカードと関係していたのだとわかる。
「ここからはあくまで予想ですが、おそらくフランの感情抑制に、陽のカードを使っていたと思われます」
「抑制に?」
「元よりフランは広げすぎて不安定な魔法管をもっていましたね、魔法は人の感情を汲み取って形にする。魔法管が広すぎれば、抑制できない感情の強さが副作用として現れるのでしょう」
「なら今のフランは」
「その感情を本能的に守るよう、眠っているのだと思います。眠りとは、基本的に穏やかな状態を維持できますから」
俺はこの台詞に、胸のつっかえが取れた。
もし、万が一陽のカードにフランの意識や魂が入っていたらどうしようと思っていた。とりかえして元にもどすにも、あいつらから奪還できる算段など組めない。
ラミィも俺と同じか別のことでか、ぱあっと笑顔になってリアスに近づいた。
「じゃ、じゃあ! フランちゃんはまだ無事なんですねっ!」
「ええ」
「教えてくださいっ! フランちゃんをどうやったら目覚めさせられるのかっ!」
「……ごめんなさい、それはわからないわ」
リアスは申し訳なさそうに目をそらした。
「元々、どうやって陽のカードをそんなふうに使っていたのかもわたしには予想がつかない」
「博士が作成方法を報告しなかったからか」
何でこんな時に限って役に立たないのか。
博士自身がいなくなった後のことを危惧してたくせ……まあ、仕方ないか。普通こんな状況になるとは思わないよな。しかも殺さずにカードを取り出されるなんて、それこそ公表した時にしか起きない事態だろうし。
無事生きていたとしても、感情封印の陣を誰かに託すくらいか。
「……」
リアスの表情はとても悔しそうだ。たぶん、フランのことを思ってじゃない。自分の知識の至らなさが悔しいのだろう。
ラミィも先程まで舞い上がっていたのに、肩の力が抜けている。
「じゃあ、フランちゃんは……」
「方法が、ないわけではありません」
リアスが歯噛みして、非常に癒そうな顔をしながら口を開いた。
「要は、フランの感情の抑制、または安定をすればいいだけです」
「それは、やり方があるんですかっ!」
「わたしたち人間では、不可能です」
そこで俺はピンときた。
人間では不可能なら、逆に言えば人間じゃなければ、可能なのだ。陽のカードだけを取り出したあいつのように。
「困った時の精霊頼みってことか」
「……最悪です」
リアスにとっては屈辱だろう、科学を否定されて神頼みの方が頼りになるって言ってるようなもんだ。
俺はそんなリアスを見ていると、口元が緩んでしまう。遺伝って、やっぱりあるんだな。
似ているのだ。
あの、何でもやろうとするフランの顔に。
*
「にしても、精霊か。また精霊か」
精霊えもん。そんな言葉が脳裏をよぎる。
もう行く先々で精霊に会いにいってる気がする。しかも大体何かを頼っていくよな。敵対したり協力してもらったり、地の精霊なんかにはいじめられたり。
俺とラミィは、マジェスの街内を探索していた。とりあえずは、ギルドあたりで情報収集を考えていたからだ。
フランはつれてきた。いい感じに背中にフィットするベビーキャリーみたいなのを借りた。あの研究室においておくのも考えはしたが、何されるかわからないのでつれてきたのだ。
ラミィの風もあるし、そこまで重くない。というかこの一ヶ月で慣れてきた。
足腰とか鍛えられたりしてないかね。一ヶ月程度じゃ変わらないか。
「アオくん、この街って、思ってたよりも人がいるね」
ラミィは街を見渡しながら、道行く人々を視界におさめる。
「知ってるアオくん、マジェスは三代国家の中でも犯罪率が本当に少ないんだって、技術競争や闘技が盛んなのに、無法な争いはほとんどないんだってさ」
「盛んだからないんじゃないのか?」
なんでも禁止にすればそれを破りたくなる。
地球でも昔、禁酒を法律にしたら、時間が経てばぶどう酒になるぶどうジュースがめちゃくちゃ流行ったんだよな。
「いえ、元よりその理由がないのが一番大きいのです」
リアスの声に、俺とラミィは後ろを振り替える。
あったのは、あのサウンドしか流れないモニターだ。ふわふわ浮いてる。
「飢餓、貧困に関して言えば、この国では条件付で無効にできる要素です」
「条件?」
「リアスさんも、マイクじゃなくて一緒にくればいいのに」
それには同意する。これ変だよな。一応あたりを見渡してみると、この浮いたモニターは俺たちにだけあるし。
「そんなことはいいでしょう。それよりも、気になりません?」
「ん、ああ気になる」
「彼等の中に、同じような腕輪をつけた人物が何人かいますね」
「ああ、いるな」
全員ではないが、確かに歩く人々の中には、黒い腕時計のような物がつけられている。おそろ~。
「あれが、このマジェスでの資金源になるからです」
「あれが?」
「あの腕輪をつけている限り、魔法管を国で使用されるからです」
「魔法管を国で使用?」
「もしかして、あの変な機械の動力源ですかっ」
変な機械、たぶんラミィが言っているのは、入口の検査機だったり、空飛ぶリフトのことだろう。
「電力じゃなかったのかあれ」
「電力? 何ですかそれは」
「あ、いや、熱エネルギーとかの変換かと」
「何故そんなに回りくどいことをするんですか、人のもつ魔法管ひとつでありとあらゆる動力になるんですよ」
この世界の常識はやっぱり違うな。電力はないのか。
マイクの中で咳払いして、リアスは言い直す。
「特にこの国は、斥のサインレアを初め、多くのカードを国王が保持していることもあり、国民が魔法管を国に明け渡すだけで、食料の生成や国家機械の作動を賄えますから、資源そのものを働き手に依存しないのです」
「作物を魔法で作るのか」
「そのほうがより高精度で失敗もありません。何せ天候に左右されませんから」
そうか、太陽光から湿度の保持までなんでも魔法で賄えるのか、この通信機みたいに、カード一枚の効力を伸ばせばいい。それに適したレアカード使いだっているだろうし。
「マジェスはそのため、カード収集、娯楽と技術研究以外に働く必要性はほとんどありません」
「えっと、質問いいですかっ」
「はいどうぞ」
「魔法管って、そんなに長時間続けて使用したら、よくないんじゃ」
「よくないですね」
魔法使ってるやつは大体わかる。魔法管は血管と同じだ。使えばそれだけ、心臓を動かす。体力を使うのだ。
戦闘中、たとえば十分間全力で魔法を使い続ければ、コンボの出来ない俺でも息切れするのだ。
「最低限の生活をするのには、八時間の装着だけで十分です。あの腕輪は取り外し自由で、外に出ている彼等は、娯楽のために八時間以上は装着しているでしょう」
「あのっ、この制度って、おかしくありませんかっ」