第八十四話「きんぐ おとな」
「あっ、トゥルルの魔法だよっ!」
ラミィが正面のモニターを指差した。なんだろ、この世界の文字でリアスとか書いてある。
モニターとかほんと技術が現代すぎるだろ。いや、魔法の気配があるし、実際には電力とかじゃないから、また違った技術なのか?
「ラミィ様とアオですね」
「あっ、はい!」
ラミィは肩に力を入れて、モニターに向かってきをつけをした。
「あっ、あのっ! この声ってトゥルルの魔法ですか!」
好奇心のまま、ラミィは問いかける。はしゃぎすぎだろ。
「そうです。本来は一枚につき一回の通話仕様であるトゥルルを、一枚十二時間まで持ち越せるように作り直したのが、この通信機です」
「わぁっ」
ラミィって案外こういうの好きなのかも、久しぶりに眼がキラキラしてる。
でも、他に聞くことはあるだろうに。
「あんた誰だ?」
「プレトリアス、この国の研究者です。リアスと呼んでください。わけあってわたしが通信の受け答えをします」
「質問を重ねるようで悪いが、なんで俺たちの名前を知ってるんだ?」
「ギルドで最低限の情報は手に入ります。そのレベルペンダントに登録番号があるのはご存知ですか? すでにあなたたちの情報は検索済みです。独自の情報収集もすんでいます」
なんか、きな臭くなってきたな。
無闇に俺たちの情報を集める組織なんて、怪しいにも程がある。
ラミィも表情をキリッとさせて、警戒していた。
「ご安心ください。わたし達はまたあなたの敵でも味方でもありません」
「どういう意味だ?」
「訳を知りたいのでしたら、我が国の王と謁見してもらえると、幸いです」
「えっ! この国の王様と会えるのっ!」
「はい、むしろこちらは、待っていたというべきでしょうか」
「待っていた?」
リアスと名乗る通話主は、抑揚のない声で説明を続ける。
俺たちがここに来ることを、事前に知っていたような口ぶりだった。
「はい、わたし達マジェスは、あなたたちをお待ちしていました。ようこそ、この英知と技術、そして強者の国へ」
モニターが遠ざかり、マジェスの門は開く。
その向こうには、地球でも見たことのないような空中モニターに、空を飛ぶスケートボード、近未来の異世界が、そこにあった。
*
「アオくん、この空飛ぶ床って、なんだろうねっ!」
「これは斥の精霊の眷属である我が国王が考案した移動床です。リフトといいます。魔力は国民が供給し、国王がいるこの国の範囲内に限り、空中を漂い移動することが可能です」
俺たちは空飛ぶ床、リフトに揺られながら、マジェスの街を眺めていた。フランは床にあった柔らかい部分に座らせてやる。
「にしても、SFだな」
「SF? それは褒め言葉でしょうか?」
「褒めてる」
「アオくんのそれは絶対違うと思うっ!」
建造物が全体的に黒い。高層マンションまである。もっと遠くには、ドームみたいな競技場らしき建物まであった。
イノレードが芸術的に作られた街並なら、マジェスは規律と効率のために作られた景観だろう。
俺たちのリフトは、国の中央にある大きな建造物に向かっていた。たぶんあそこに、国王がいるのだろう。
玄関を通さず、直接上階のカタパルトみたいな場所から屋敷内に入っていく。
「到着です。国王の部屋になります」
「もうか」
早い。完全に効率的だ。
礼儀とかそういうのを全部すっ飛ばして、すぐに国王のいる場所にまで運ばれてきた。
「あのっ……」
「なんでしょう?」
「ここって、謁見の間じゃなくて、個室じゃありません?」
ラミィがそわそわしながら、あたりを見渡していた。個室?
「あ、まじだ! 個室だ!」
謁見の間じゃねぇ。
到着した場所は、それなりに高そうな椅子やら机やらが並んではいる。しかし、玉座とか、でかいカーテンとか、そういうファンタジックなものはなにもなかった。
いや、王政だからってここまで近未来ならそんな場所必要ないのか。普通に会議室とかその辺で話をするとか、結構王様がフランクだとか。
「わずらわしいな、話に聞く限りでは、もう少し寡黙だと思っていたが」
部屋の中から、男の声がした。
その声に、俺とラミィは自然と耳を傾け、声の主を探してしまう。ラミィと同じタイプの声質だ。
「我の思い違いか?」
いた。我とかいう奴がいた。
その男は、不敵な笑みを浮かべて、部屋の中にある一番豪華そうな机にふんぞり返っている。
鋭く射るような眼光が俺達を貫くようにひかり、両腕はそれが常なのが組んだまま動かさない。
「あっ、あなたが国王ですか」
「ほほぅ、我の前で王であるかと問うか、愚問だな」
「つまり、あんたが王でいいんだな?」
そいつは俺の言葉に両目を瞑って、ビッと綺麗な姿勢で立ち上がった。
なんというか、いちいち偉そう。
「いかにも、我は王、マジェスの王! ベクターである!」
すごい得意気な顔で、ベクターは自分の名を名乗る。なんで自己紹介でこんなにテンション高いんだろう。
「さて、貴様等を呼んだのはほかでもない。一ヶ月ほど前に起きた、イノレード襲撃事件の話だ」
俺たちが自己紹介をする間も与えずに、早速本題に入ってきた。マイペースすぎる。
たぶん、俺たちの情報はだいたい知っているから、聞く気などないのだろう。
ラミィもちょっと苦笑いして、ペースに飲まれている。
「も、もしかしてあれですかっ、私たちからそのときの情報を」
「いらん! 毛ほどにもない貴様等の報告など聞いても、最初に知ったことの焼き直しにすぎん」
「じゃあなんで国王様がわざわざ俺達を呼んだんだよ」
「厳密には、貴様等ではない。一人だけでもよかった」
ベクターはそういってから、その眼光をラミィにさだめた。
「ラミディクブルグ・ウル・トーネル。貴様の行く末を問いに呼んだ」
「わ、私ですかっ!」
ラミィは自分を指差して、わたわたと慌てる。こっちみるな。
「な、なんで私がっ」
「やはり貴様等は何も知らないようだな、リアス!」
「畏まりました」
通信機からくるリアスの返事をきっかけに、王室が暗転した。
王室の壁には大きなモニターが浮かび上がる。そのモニターには、ラミィとあのクロウズでの映像が浮かび上がった。
「これって、あの時の」
「そう、伝のレアカードから送られてきた映像だ」
『のうのうとって、なんですか! どんなに力が無くても、善人じゃなくても、人にはいろんな苦労があって、みんな悩みながら生きているんです!』
「はっ、恥ずかしいなっ!」
そうか、あの時まだ放送は続いていたのか。そりゃ、有名になるわな。
タスクは人類を選定し、人類の半分以上を滅ぼすと宣言していた。目の前で力無き者を殺し、人々に伝わった恐怖は相当だろう。
しかも、それを行ったのが精霊なのだ。どうしようもないと思った人間だっていたかもしれない。
そんな中、ラミィがタスクに一人対抗する映像は、勝ち目がないにせよ、強く輝く希望みたいなものがわきあがってくる。
「やや、やぁっ!」
ラミィがばんばんと俺の背中をたたく。恥ずかしいからってやめろ。あと王様の前だぞ。
ぎらりと、ベクターの眼がこちらに向く。どうだって顔してるな。
「どうだ?」
「どうもなにも、これがどうしたんですか」
「察しが悪いな、その少ない脳みそを働かせろ。この映像は、伝の魔法によって、世界中に放たれた、この意味がわかるか?」
「……あ!」
そうか、一国を滅ぼしたテロリストが、目の前に現れた矢先に、ラミィが正義の如く対抗してきたのだ。
もしそんな映像が世界中に流れたらどうなるか、この女は誰だってなるわな。
俺はラミィに振り返ると、どうやらラミィ自身もその事実に至ったらしい。難しい顔をしている。
ベクターは俺たちの理解に満足したのか、ふんと鼻を鳴らした。
「今、貴様の姿は世界中で知られている。突如現れた巨悪に対し、本来なら並々ならぬ不安を国民が抱くであろうそのときに、絶好のタイミングで貴様は希望となった」
モニターは流れ続ける。タスクによってラミィがクロウズの外に放り投げられ、行方が気になるところで屋敷内に大雪が入り込んで伝の映像がブラックアウトする。俺が前に出たところだな。
「タスクの台頭に加え、貴様の生死不明はいまや世界中の感心になっていよう」
「ま、まあ大体わかった。で、ラミィをどうしたいんだ? 主である俺を通してくれ」
「ほほぅ、言うな凡骨。そんなものない! 我をそこらの蛮族と一緒にされては困る」
「じゃあ」
「どうやら、行く末すら定まっていないただの女郎のようだな……ふん、顔を見てみたかった、とでもいえばいいか。この女の意思を縛るつもりはない。やろうと思えば力づくでも成せよう。だがそれがなんになる」
ベクターは堂々とした歩きで、俺たちの横を通る。そして、俺たちがこの部屋に入ってきた大窓から、マジェスの街を見渡した。
「顔を見たいってのも十分蛮族じゃないのか」
「貴様等は顔を見られるだけでいいのか?」
ぐっと、威圧されて押し黙ってしまう。
たしかに、野次馬的平民とかと違って、この男には利用する価値がある。特に俺たちは、フラン関係で頼る必要があった。
ベクターはそれがわかっているのか、勝ち誇った顔を見せ付ける。
「我は戦う。あの精霊の言い分はこの国の理念と似ていようが、向かう方向は間逆。そして力を示すのは、我が国の十八番といえよう」
「あ、ああ」
前にジルが言ってたけど、ベクターは他人の意見で心を曲げるような男じゃないな。自分の芯が固すぎる。
「いっ、イノレードは今どうなっているんですかっ」
ラミィは会話の隙を突いて、ベクターからイノレードの情報を聞き出そうとする。ナイスだ。
「我から情報を取るか?」
「顔を見せたんだから、見返りくらいよこせよ」
「ほう……まあ、意趣返しにもなろうか」
意趣返しって、なんで会ったのがガッカリ出来事になってんだよ。
ベクターは先程よりか興味を失った様子で、口を開く。
「イノレードは現在、封鎖されている」
「封鎖?」
「元よりあの街には冥の精霊を封印する陣があるのを知っているな。奴らはその陣を無作為に広げ、イノレード全体を包んだ。つまりは、イノレードに残った人間全てをその中に閉じ込めている」
「閉じ込めっ……じゃあみんなは!」
「うろたえるな。生存者は確認されている。もっとも、イノレードに蔓延るモンスターのおかげで、今も未熟なものに被害はでてるがな」
ベクターは被害者が出ているといいながら、鼻で笑う。俺が思うのもあれだけどすげぇ性根だな。
ラミィはちょっときりきりしてきたな。怖いので前に出て、二人の間に入る。
「それはいつからだ」
「あの演説から丁度二十四時間後だ。どうやら、几帳面な蛮族があちら側にいるらしい」
「目的はあれか? イノレードで布告して、すぐ逃げる実力のある奴は逃がしたのか」
「不明だ。あやつらは選定すると言っていた。ならば何かの選定基準を決めているはずだ。その方法すら定かでない中で、憶測など愚の骨頂」
たしかに、相手は方法までを俺たちには教えてくれない。まずはその情報から得るべきなのだろう。
「やっぱ、情報か」
「そうだ、戦闘において何よりも得がたいのは情報だ。これの取得にかかっている。現状、月並な頭でも浮かぶことといえば、冥の精霊を何かしら使うことくらいだろうな」
「冥の精霊」
やっぱり、そこに行き着くのか。
冥の精霊って、人類全てを滅ぼそうとしたんだよな。そんなの復活させたら選定どころじゃなくなると思うんだが。
「もっとも、封を解いたところで我は無為に死ぬつもりもない。だが封印を説く事は奴の真意ではないはずだ」
「……」
「ふん」
ベクターは、俺の口が止まったのを見て、鼻息を鳴らす。
「リアス、我は満足だ。仕事に戻る」
「畏まりました」
「ま、まってくれ」
ベクターは切り替えを早く、椅子に戻った。何かの報告書に目を通しているようだ。
俺たちは世界の情勢についてこいつと語り合うために来たんじゃない。
「俺たちは、この国に用があるんだ」
「そのまま喋れ」
ベクターはこちらに目を向けることなく、仕事したまま受け答えをする。
相手の態度にどうこう言う暇はない。俺は構わず口を開いた。
「この国にある、人造人間技術について教えてほしい」
「それを教えてなんになる」
「俺の仲間を、治したいんだ」
「違う、我に何の利益があるか聞いている」
「そ、それは……」
タダじゃ駄目だと。
まあそんなに上手い話じゃない事は確かだし、いきなりは無理だろう。
でもどうするか、何か提供できるものがあればいいが。
「ベクター様」
「なんだリアス」
「わたし、この男に興味があります。彼等の願い、わたしに一任してはいただけないでしょうか」
意外にも、モニターの声、リアスが助け舟を出してくれた。
「我に聞く必要ない。貴様がそうしたいのなら好きにしろ」
「ありがとうございます」
ベクターは仕事をしたまま、そう言い切る。
「では、アオ、ラミィ様、もう一度リフトに乗ってください」
「あ、はい」
とんとん拍子に話が進んだな、どうなってんだろ。
とりあえずリフトに乗ると、また別の場所へと移動を始めた。ベクターの自室はシャッターのように壁が降りて、入れなくなる。
「よかったねっ」
「よかったっちゃよかったな」
ラミィが横から耳打ちしてくれる。
なんにしてもあれか、フランが助かる手がかりが見つかるのだから、よしとすべきだ。
「にしても、この国」
移動している間、気になって下を見てしまう。
リフトに乗っている人間なんてほとんどいない。歩いているやつらばかりだ。施設に入るのに当たり前のように機械を使っているのは、地球と似ている。
「国の区分とか、聞いていいか?」
「区分、エリアのことですか? 居住区と技術区、娯楽区くらいでしょうか、技術区が一番多いです。国民の地位は貢献度によって五段階に別れています」
「貴族とかそんなんか?」
「いえ、生まれつきではなく後天的な技術で……そろそろ着きます。詳しい話もかねて、直接お会いしましょう」
直接か。
「どんな人だろっ!」
「あまり、期待しないでください。でにくくなります」
ラミィはわくわくしているが、正直どうなんだろう。
モニターなのにわざわざ文字を映して会話するあたり、何か理由がありそうなんだよな。
ひときは縦に長い建造物の屋上にて、ヘリのカタパルトみたいな場所に下りていく。
俺はフランを背負って、ラミィは先に降りて俺に手を貸しながら、その建物に降り立った。
屋上のドアが、重い音を立てて開く、迎えが来たのだろう。
「初めまして、かしらね」
高い場所らしく、強い風が吹く。
現れた女、おそらくリアスは、その長い髪をなびかせながら、規則的な足音を立ててこちらにまで歩いていく。
「でも実は、あなた、アオの事は、ちょっとだけ知っているのよ」
「あなたはっ」
ラミィが驚いた顔をしている。
実際のところ、俺もちょっとだけ驚いた。
そのリアスという女は、端正な顔立ちでこちらに笑いかけた。
「その顔、予想通りね」
気の強そうな大きな瞳がこちらを見ている。流れるようなブロンドのロングヘアーと、その体系にしっかりと収まった白衣が、やけに似合う。
大人の女性だ。大人というだけが、違いだった。
「死んだ博士の代わりになるかはわからないけれど、よろしくね」
その女の顔は、フランにそっくりなのだ。