表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/190

第八十三話「あい けつい」


『……きた』

「……」


 うわぁ。

 こんこんと、ドアをノックする音が聞こえたのだ。

 俺の心だよな、なんで外からノックする奴がいるんだ。

 ドアは最初に見たとおり、尋常じゃないロックのおかげで、外側からは開けられないだろう。

 でも、こんこんと定期的に鳴るノックが薄ら寒い。


『……』

「……消え、た?」


 しばらくすると、音が消え


 どん! と、扉を殴る音が響いた。

 何度も何度も乱暴にドアを叩き、ぶち破ろうとしている。怖い! 怖いよ!

 がちゃがちゃノブを回す音まで聞こえた。入ろうとしてるのかこれ。


 ただその騒音が止むと、とうとう何の音もしなくなり、部屋に電気がついた。


「もう俺の後ろにいるとか、そんなオチはないよな」

『たぶん、大丈夫』


 おそるおそるあたりを見渡して、やっと一息つく。心の中だけど心臓に悪い。


「あれはなんだよ」

『危険なものだよ、君であって、君じゃないもの。まだ知るべきでも、触れるべきでもない。勝つ事は不可能だ』

「まず触れたくない」


 俺の心の奥ってこんなに怖いのかよ。キレるとやばい男みたいな。


『またこっちに来られても面倒だし、さっさと要件を済ませようか』

「あ、そうだよ。俺何のためにここ呼び出されたんだ?」


 さっきからこの部屋のことばかり気にして、その辺を考えてなかった。


『証の精霊のカードを使用したとき起こること、前にも話したよね、必要な記憶を君に渡すためだよ』

「必要、なにがだ?」

『見ればわかると思う。三、二、一』


 オボエもやっつけ気味になってきた。すぐさま部屋の景色を変えて、あの記憶の世界に俺を連れて行った。

 記憶の場所は、どこかの宿屋か。見覚えはある。今いる場所じゃない事は確かだ。


「この記憶は、誰の視界だ?」

「入るね」


 オボエの返事よりも先に、記憶の映像が声を放った。


「ロボさん、お話ってなに?」


 その正体はラミィだった。俺のほうを向いて、ロボといった。

 つまり、これはロボの視界であり記憶なんだ。


「俺たちがいないな。いつの話だこれ」

『君たちが、チリョウの街を出てすぐだね』


 それなりに前だな。

 にしても、ロボとラミィの二人か。

 このコンビって、普段どんな関係なのかよくわからないんだよな。フランは大体俺と一緒にいてくれるから、他のやつを構っても大体関係性は読める。


 俺の認識として、この二人は結構気が合う仲間くらいだ。実際はどうなんだろうか。

 気になる。


「ラミィ殿、呼び出したのは他でもない。アオ殿とフラン殿の物議であります」

「アオくんとフランちゃんの?」


 とりあえず、二人の話を聞こう。必要な記憶って事は、知っておいて損はないだろうし。


「はい、先日、アルトなる殿方と戦ったのはまだ記憶に新しくあります。ワタシはあの時、自らの無力さに心中情けなく思いました」


 ロボは真剣な顔で、アルトに負けた時の話を始めた。

 ラミィもその話題とわかると、とたんに顔が引き締まる。


「……うんっ、私も途中からだったけど、あの男の人、すごい怖かった」

「アオ殿の話によれば、あれは偶然の邂逅ではありません、かの者が何らかの意図を持って襲ったと考えられます」

「私も聞いたっ、もしかしたら、また襲われるかもって」

「そこで、一つの提案をします」


 ロボは一度大きく深呼吸した。流れ込んでくる思考からは、なにかを決意する意気込みだ。


「もし再び、あのような事態に陥ったとき、どうしようもないと思った暁。ラミィ殿には、アオ殿とフラン殿を連れて、逃げてほしいのです」

「えっと、それってあれかなっ……駄目!」


 ラミィはすぐに悟って、ロボの前で腕をばってんにする。

 ラミィに逃げる指示をする。俺にも大体話は読めた。


「ロボさん、そのときに一人残るつもりでしょ!」

「然りです、ワタシ一人が囮となり、皆の命を守ります」

「そんなことしたらロボさんが危険になるだけじゃないっ」

「もとより承知の上で頼み込んでいます」

「駄目、絶対に駄目」


 ラミィがこの提案を受け入れるはずがない。そういう奴だ。

 やるならせめて俺に話すべき話題だ。


「……」

「ロボさんねっ、だいたい私たちで勝てるはずのない敵を、あなた一人で止められるとは思わないかなっ」


 ふんと、ラミィは腕を組んで口をへの字に変える。

 それに対してロボは、何か考えがあるようだった。腰にぶらさがったカードケースから、一枚のカードを手にとる。


「止める事は、できます」

「それって、地のカードっ! でもロボさんはカードを使えないのでしょ?」

「使わなければいいのです。解放は、できます」


 解放はできる。

 その意味を俺はイノレードで痛感した。地のカードを解放して、力を得ることはできるのだ。その場で、強大な力を振るうことだけはできる。


「しかしそのとき、ワタシの心は閉じましょう。そのために、この盟約を交わしているのです」

「……ロボさん」

「そしてそのとき、あのお二人が足踏みしてしまわぬよう、ラミィ殿にお願いしているのです」


 ロボは頭を下げたのか、ラミィの目線が降りる。


「返事の前に、一つ聞いていい?」

「どうぞ」

「なんで、私に話したの?」


 ラミィの目は先程とは大きく違って、風のない水面のように落ち着いていた。

 何故ラミィに話したのか俺も気になる。一番人を見捨てられない奴だろこいつは。


「ラミィ殿は、アオ殿とは別の目的をもって旅路を歩んでおります。風の奏者に付いて行く、その本来の目的を見失うことなきよう。そのためなら、ワタシなど捨て置いてください」

「……」

「ワタシにも目的はありますが、そのためだけに邁進する胸積りはありません」


 ああ、なるほど。

 ラミィは俺についてきているのではなく、本来は別の目的がある。ならそちらを優先してくれると、そう考えていたわけだ。

 甘い、甘いな。


「……ロボさんって、そんなふうに私のこと考えてたんだ」

「あ、いえ、気に触ったのでしたら謝ります。かたじけない。しかし、夢を邁進するにはそれ相応の試練と苦難も――」

「ちょっとまってね……天国のお母様、ごめんなさい。今だけ、今だけ汚い言葉を使います」


 ロボの台詞は、ラミィの手で制されて止まった。

 ラミィはそれからなにやらぶつぶつと呟いている。声は段々と小さくなる。静かな水面が、大きく波を引いた感じだ。


「ふっっっざけんじゃねぇっ!」


 そして津波のような、ラミィの大声が押し寄せた。

 ラミィはロボの胸倉をつかんで、怒声を作り続ける。


「舐めてんのかっ! 私はっ、そんな程度の関係であんたらとつるんでるんじゃねぇんだよっ! なに? 所詮は奴隷だとか予言だとか、そんなもののために仕方なくついてきたとでも思ってんのっ!?」


 記憶越しに聞いている俺でさえ、耳にびりびりと来る声だった。

 というか、ラミィのこんな口調初めて聞いた。不慣れなイントネーションで、無理矢理ドスを利かせている感じだ。


「私はっ! 皆が好きだからっ! ここにいるのっ! 予言とか、そんなのきっかけに決まってんだろ! この数週間、どれだけみんなと一緒にいると思ってんだよっ! 命賭けてっ、支えあって! 仲間だってずっと思ってたの、私だけなんてふざけんなっ!」


 ラミィが叫び終わった後も、きんとした高音が耳に残る。

 ロボも思わぬ怒号に、驚愕のまま黙り込んでいた。


 が、そのロボの思考から、燃えるような対抗心と、強い意思が芽生えていた。


「……申し訳ありません。ワタシはあなたを過小評価していたようです」

「わかればっ、いいのっ」

「だからこそ、今こそ対等な立場として、あなたに申します」


 ロボは、あのラミィの攻撃に持論を崩したりしなかった。むしろ、強くなったくらいだ。


「もし本当にどうしようもなくなった時、ワタシは地のカードを解放します」

「またっ!」

「仲良しこよしで上手く収まるなど、甘い考えを持ち合わせないでください。そのカードを解放に足る原因が、ワタシにも、あなたにあるからです」

「……私が、弱いって事?」


 ロボは頷いた。


「どれだけ綺麗事を並べようとも、全ては上手くいきません。それは、ワタシたちが弱いせいです」

「……」

「そのとき、どうしろなどと偉そうな事はもう言いません。ただ、その命を賭した行動に、あなたがどう思うのかは自由です」


 ロボは、ラミィが何か反論をする前に、大きな両腕でラミィを包んだ。


「ワタシも、仲間である皆が好きです。どうしようもなく今が愛おしく感じるときもあります。いつ来るかもしれないワタシの終わりに、幸せを与えてくれて感謝しています。一度死ぬはずだったワタシには、過ぎたものです」


 皆が好き、その心はロボも一緒なのだ。

 それを口にしたうえでの、ロボの行動だ。それはラミィの考えている綺麗事と、方向性は違えど思いの力は互角だろう。

 だから、どっちも止められない。

 ロボは説得を諦めて、ただその止められない行動を教えただけになった。


 ただ、ラミィの方は自分の行動を通すには、力が足りない。


「ロボさん、ずるいよそれっ。そんな事いわれたら」

「申し訳ございません」


 その二人の沈黙を皮切りに、記憶の景色が遠ざかっていく。

 瞬きをする間に、俺の心の部屋に戻ってきていた。


『眼福だわぁ』

「台無しな……で、あれはなんだ? 何のために見せた?」

『それを受け止めるのは、君次第』


 俺はオボエの紙をクシャクシャにしながら、考える。

 二人の間にあった奇妙で強固な絆はわかった。二人がそうまで考えて旅についてきてくれていたのは知れた。だから、どうしろと。


「何の意味もないな」

『正直じゃないねぇ』

「うるさい」


 いくら破っても、オボエの紙はどこからか現れる。


「記憶は見せたんだろ、もう帰れよ」

『うん、もうちょっとしたらこの部屋は終りかな。また何かあったときはここに来れるようにするね』

「人の心にずかずかと」

『他にいう事は?』

「この紙……まあわかったよ、さんきゅな、なんというか、踏ん切りはついた」

『ちゃんと彼女にも言うんだよ』

「おかんかよおまえは」

『ちなみにね、彼女はこの決意の一時間後に、アオによって首輪による犬プレイを強要されたわけで』

「台無しだ! 俺のせいで!」


 最悪のオチをばらされながら、俺の心の部屋は霞んで見えなくなる。

 どおりで、ラミィがあんなに絶望していたわけだ。



 目を開くと、宿屋の天井が見えた。


「……帰ったのか」


 寝返りをうって、周りを見る。右隣のベッドには起きることのないフランがいた。


「起きたの、アオくん」


 そして、左側のベッドに、目を覚ましたラミィが、横になったままこちらを見る。

 起こしてしまったようだ。ラミィはいつも、どんなに小さな声でも反応してくれる。たとえ寝ていても、自分の呼びかけには必ず応えるのだ。


「ああ」

「証のカードを使って、何があったか、聞いていい?」

「……駄目だ」


 ラミィは俺の一言に、そっかと呟いて、そのまま。

 そのまま、俺をじっと見つめている。

 たぶん、俺がまだ何か話すのがわかるのだろう。ラミィは最初に会ったとき以上に、察しがよくなっている。もう付き合いも長いからなぁ。


 どうしよう、俺、なに言えばいいんだ。


「……ラミィ」

「なにかな?」

「………………愛してる」


 恥ずかしくなって、寝返りを打つ。

 だってこれ以外何言えばいいよ。

 あの決意に関して、俺は感謝しているのだ。ここまで俺に対して善意を向けてくれた他人という存在が、とても嬉しかった。クズみたいな俺でも、ちょっとは人と仲良くなれるんじゃないかとか、そんなことを思わせてくれた。


 なにより、利害関係もないのに支えてくれる二人が、俺も好きなのだ。

 ラミィの、くすりとと笑う声がした。


「はいはいっ。私もっ、愛してるよ~」


 ラミィの軽く弾んだ声が、こそばゆい。


「ねぇ、そっち行ってもいいかなっ」

「……」


 俺のこと臭いとか言ってたじゃないか、なんで近づくんだよ。

 ラミィは俺のベッドでもぞもぞして、背中に手をあてた。


「アオくんはさ、もっと私を頼っていいんだよ」


 ラミィって、当たり前のようにこんな台詞を吐くんだよな。

 背中がこそばゆく、むずむずしてくる。


 俺は何も出来ずに固まっていた。

 ラミィも何もすることなく、静かに寝息を立てる。

 それ以外に何をする必要もなかった。不思議と安心して、ぐっすりと眠ってしまう。


 翌日、俺たちは何の問題もなく、マジェスに到達する。目的を、達成する。



 最初に抱いた印象は、コロニーとでも言った方がいいか。


「強そう」

「強そうだねぇ」


 俺たちはマジェスの門前にまで来ていた。

 トーネルと違い待っている人間はいない。入ろうと思えばすぐに手続きが済み、スムーズに許可不許可を決定しているらしい。

 何か入口に、空港の金属探知機みたいなのがある。


 マジェスの国を囲う壁は、なんでも地下深くにまで通じているらしい。上にもドームのようなガラスのバリアー張られ、国の全体図を見ると、丁度丸の形になっている。国だけ宇宙に放り出しても普通に生活できそうな感じだ。


 上空地下全てを壁で囲い、側面には砲台のようなものがある。この国だけ、ファンタジーじゃなくてSFっぽい。


「話には聞いていたが、やっぱ技術力が違うんだな」

「マジェスは元々技術や力の発展を望んだ人の作った国だからねっ、私も見るのは初めてだけど」

「……まあ、入ってみるか」


 とりあえず門をくぐらなければ話にならない。何をみているのか知らないが、悪いようにはされないだろう。

 ちょっと緊張する。

 昔よくあった、俺の時だけ自動ドアが反応しない、みたいなこととか無いよな。


「あ、先行くね」


 ラミィはそんな中ひょいひょい歩く。度胸があるというか。

 なんだか、俺が実験させたみたいで情けなくなるじゃないか。


「まて、一緒に行くぞ」

「え、一緒でいいの」

「いいの」


 背負ったフランの居住まいを直して、背筋を伸ばす。

 後ろで待っている奴がいないのをいいことに、もたもたしている。


「よっしゃ、せーのではいるぞ」

「うんっ! なんだか緊張するねっ!」

「せーのっ!」


 びーっと、ETCのエラー音に似た高音が鳴った。

 案の定といえばいいのかこれは。


「アオくん、この音なんだろ」

「たぶんなんか異常が見つかったんだろ」

「機械にっ?」


 ああ、ラミィはこのブザーがわからないのか。カルチャーショック。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ