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第八十一話「てがかり かくす」

「タスク、あの星のない空さんはどうするの? 保留?」

「いや、彼は殺そうかな」

「ここに耳があんのにぬけぬけ言いやがって!」


 なんで俺だけ殺すんだよ。不公平だ。

 タスクは笑顔だが、ふざけてはいない。しっかりと敵意をあらわにして、律儀に攻撃の気配まで送ってくる。


「君は、ジャンヌの言うとおり真っ黒に見えるんだ。どうもおかしい。人は魔力を持つけど、君の形は不自然だ。とても、醜い」

「醜い醜いってな、そんなの知ってんだよ!」

「君はそもそも、人なのか?」


 精霊に人間否定されるいわれはない。

 でも、このままじゃ本当に、殺される。

 どうすればいい。後ろに背負ったままのフランも、このまま凍えさせるわけにはいかないし、ラミィだってこの氷の中突っ切るだけの力は残っていないだろう。

 やはり、一か八かの解除を、ああ!


「あれは!」


 クロウズの天井をぶち破る、大胆な乱入があった。

 俺のデタラメな氷を溶かすほどの炎をまとった、ジャンヌとは別の、大型の怪物だ。


「あら?」

「クソが、オレを誰だと思ってる」

「……荒蜘蛛、かな」


 荒蜘蛛が、グリテを乗せてクロウズの中へと進入してきたのだ。


「あんな安っぽい封印、オレを舐めてんのか?」

「あれでも、精霊を封印できる特別な武具だったんだがね」

「誰だ、お前?」


 グリテは青筋をぴくぴくとさせながら、タスクに容赦ない一撃を浴びせる。荒蜘蛛の燃えるような前足が、クロウズの氷を砕き散らす。

 助かった、といえばいいのだろうか。事態が混乱したともいえる。

 とにかく、今のうちに氷を解除して、


「おいアオ」


 荒蜘蛛から降りたグリテが、こちらを見ないまま呟いた。抜け目ないことに、俺の存在に気づいていたようだ。


「デートは、死ぬ前にやっとけ」

「え、あ?」

「アオくんっ!」


 ラミィもクロウズの中に入ってきた。ツバツケで治療はしただろうが、両腕はまだボロボロだ。


「よかった無事、ってグリテっ!」

「グリテおい!」


 グリテは俺の返事を待たずして、ジャンヌへと向かっていく。

 デート。その意味は、ちょっとだけ理解できるけど。


「なんで、あの場所なんだ」

「アオくんっ!」

「……ああ! そうだな、逃げる!」


 こんなことをしている場合じゃない。助言なら、素直に受け取ろう。


「あ、アオくん彼は――」

「グリテはいい! やりたいからやってるだけだ」

「逃がさないよ」


 タスクの声が、こちらに届く。

 見ると、俺たちに向かって新しい武器、針のようなものを取り出して、


「ハァ?」


 グリテの光の糸が、その手を絡めとった。


「お前、なんでオレの思い通りにたたかわねぇんだよ」


 糸はいつの間にか荒蜘蛛の巣となり、炎で囲われる。熱に弱いと思われていたあの光の糸が炎を得て、クロウズを火の網かごへと変える。

 タスクはそれを感心しながら眺めて、グリテを見据える。


「君は力のあるものだろう。君は弱いものが大嫌いなはずだ。ボクの声を聞いたよね、なら――」

「うぜぇ」

「風!」


 俺とラミィは走り出す。フランがちょっと重いし、風のハープじゃラミィほどの速度は稼げないけれど、それでも必死になって逃げた。


「オレはな、自分より弱ぇ奴はいくらいてもいいんよ、ただな、オレより強ぇとか勘違いした奴が死ぬほど目障りなんだよ! 炎上だ! 荒蜘蛛ォ!」


 外は大雪に変わっていた。濡れる髪を気にしながら、俺は真っ直ぐに向かった。


「タスク! あんたには絶対やり返す! 怨み辛みの大きさを後で後悔すんなよ!」


 捨て台詞は、俺らしく。

 グリテに最初に教えてもらったデートスポットの、ミコ湖へ。



 ミコ湖は、イノレードの郊外、ほぼ西端にある。この辺りは景観を崩さないためか、建物が管理用の小さな小屋しかない。他は森林に囲まれていて、雪のせいか白い森が大きな湖を囲んでいた。


 湖は凍りついていて水中は見えない。が、そこが丁度足場となって、イノレードの外へと通じている。

 この場所だけは、あのヘッチャラの軍勢も少なくなっていた。あのフランの暴走によってかなりの数を減らしながらも、イノレードの街中はヘッチャラだらけだったのにだ。

 ここは、氷の足場という立地条件もあるのか、または何か特別な力でも働いているのだろうか。


「生きていてくれて、よかった」


 湖には、なんとジルがいた。

 どうやら遠征からの帰りらしく、その最中にこのテロと遭遇したらしい。モンスターが手薄だと考えたこの場所を、拠点にしたそうだ。


「あちらでの交渉が一段落してね。丁度彼等をこの国に迎えるところだったんだけど」

「とんでもない歓迎ね、ほんと」


 ネッタ二大ボスの女側である、あのバニラもそこにいた。


「だいたいね、あんたら迎えるって何よ、二大国家に言われて渋々って感じじゃないの?」

「面目もない。ただ、僕個人としては、君たちを歓迎している」


 どうやら、ネッタのサインレア使い二人が、他の国への連絡を完了して、イノレードは責任を迫られたらしい。当然だな。

 本来ならちゃんとした対応してくれるのかどうかも心配だけど、ジルが付添い人というだけで不思議な安定感があるな。


「でもっ、ネッタの人たちの居場所は……」

「いずれ棲家は取り戻させてもらう。その前提でうちらはここに着たんだよ」

「ああ、しかるべき時には全力で協力させてもらう」

「もう何回も聞いたわ、めんど」

「うん、そうだよね、よかったっ」


 自分たちの関わった事柄も、知らないうちにどんどん進展していく。

 まあ、イノレードは復興を踏み台に資源の交渉をするだろうけど、住処に戻れる算段があるってのは安堵だろう。


「やっぱり、生きていくことも大切だけど、故郷があって、その居場所を守るのが一番だよねっ」


 ラミィも、ちょっとだけほっとしている。

 このアホみたいに寒い中で、ちょっとだけ暖かい話だ。


「ま、こんなんじゃあたしらの故郷も保留状態だろうけど、あとはなくなった赤のカードがどうやら――」

「バニラァ! ベリーがいない! ベリーが!」

「うっさいわね! あの子なら一人でも何とかやってるでしょうが!」


 ビーンズの声が遠くから聞こえる。木々の中に隠れているのだろうか。

 このどやし合いも懐かしく感じてしまう。そんなに日が経ってはいないんだけどな。

 バニラは怒鳴ったあとで、ベリーを思い出し、そこつながりで俺の背中にいたフランに気づく。


「そのこ、どうしたの」

「ああ、起きなくて」


 俺たちはあのタスクから逃げることには成功しつつも、かなりの犠牲を払った。

 ロボの生存は確かめようもないが、目の前に確認できるフランですら、これからどうなるのかもわからない。


「え、えっと! これから皆さんはどうするんですかっ!」


 ラミィは暗い状況から脱出するように、バニラたちに話題を提供した。


「ああ、僕達はこれからトーネルに向かおうと思っている」

「トーネルに?」

「イノレードの惨状を、見たものが直接伝える必要がある。それに、万が一があった時に、あちら側にイノレード側の代表がいないと辛いだろうから」


 ジルがイノレードを口惜しそうに見ている。

 隊長だもんな、結構な地位を持った奴がイノレードにいく必要があるということか。


「ここから二つほど街を跨いだ先に、転移の力を持った精霊がいる。この緊急事態だ、使命感の強い彼に頼めば、トーネルにまで送ってくれるはずだ。上手くいけば、三日程度でトーネルにつく」

「ずいぶん早いな」

「逆を言えば、それだけの速度が必要だということだ。正規手順では時間がかかりすぎる」

「あたしらも、ついでにそっちに行く。こいつらの協力はしないけど、トーネルなら移住先も結構ありそうだし、金づるはこいつだし」

「あっ、それなら私も親書を書きますっ!」


 親書って、没落はしてるけど仮にも王妃様がそんなの軽々書いていいのだろうか。

 元奴隷受け入れてたし、何とかしそうって感じはするけど。


「親書、ねぇ。あんたら、あたしらについていかないの? こっから逃げて、いくとこないんでしょ」

「えっと、それは……」

「その前に一つ聞いていいか、マジェスには、誰も行かないのか?」


 三大国家というくらいなら、トーネルとマジェス両方を頼るのが普通だろう。

 ジルはその言葉に一度沈黙する。そして周りにいた兵たちを見渡してから、口を開いた。


「マジェスは、無駄だろう」

「無駄?」

「彼等はあくまで独善主義だ。おそらく、脅威であるタスクたちを攻めはする。だが、僕たちに介入する余地がないんだ。彼等は、理念や正義でなく、強さに従う。それこそ、まず話を聞いてもらうためには、グリテ並の実力者が必要だ」


 ジルのその言葉に、兵士の何人かは難しい顔をする。マジェスはあまり話題にしたくなかったのだろう。

 たぶん過去にも、そんな交渉をして痛い目を見たというところか。


「……それにしても、どうしてマジェスなんだい」

「俺たちが、今からそこに行くからだ」

「え!」


 ジルが素で驚いていた。

 ラミィはそこまで表情を変えない。たぶんわかっていたのだろう。親書を出すって言うくらいだし。


「何故、マジェスに?」

「フランのためだ」


 ここに来るまで、ずっと考えていたことだ。

 フランのこの体の異常を、どう治すべきか。

 フランは人間じゃない。それに、体からカードを盗られてこうなった病気を、普通の病院が理解できるとも思えなかった。

 製作者の博士はもういない。ならば、その知識や資料が、少しでも残っていそうな場所を探るまでだ。


「……ラミィ、お前はそれでいいのか? たくさんの人を助けたいんだったら、トーネルに行きたいって俺に進言するのも、ありなんだぞ」

「アオくんっ。私は、アオくんの奴隷だよ」


 ラミィは落ち着いている。なんだろう、心なしか、いつもより優しい。


「トーネルは親書も行くのもそんなに変わらないけど、アオくんは、私がいないと」

「うぬぼれんじゃねぇよ」


 俺は今、ちょっとだけ感情的だ。あまりよくない傾向だと思う。

 でも、いつだってそうだ。誰かがいなくちゃいけないなんてうそだ。俺が学校休んだって、プリントどころか修学旅行の組み分けにすらどこにも配属されなかった。

 学校はいつだって、一人の不要を訴えてくれた。


「うぬぼれてないよ、アオくんは一人になったら、崩れちゃうから。アオくんはアオくんが思っているほど、強くないんだよ」


 そんな俺の意見を突っぱねるように、ラミィは言い返す。奴隷の癖に。


「ジルさんっ、そういうわけで、ごめんなさい。親書はギルド経由で必ず送るから」

「あ、いや、いいんだ」

「じゃあアオくんっ、いこっ」


 ラミィはそういうと、俺の手をつかんでジルたちから逃げるように歩き出した。

 素っ気無いというか、それでいいのだろうか。


 しばらくすれば森の中で、ジルの集団はどこにもいない。


「というか、この方向で合ってるのか」

「ごめんっ、わからない」


 ラミィは周りを見てから俺と同じように、二人とフランだけになったことに気づいたようだ。


「ここで、いいかな」

「?」

「アオくん、別に、隠さなくたっていいんだよ」

「隠す? 何をだ?」


 ラミィは俺の言葉に、ちょっとだけ眉根を寄せて、困ったように笑った。


「アオくんってさ、隠してるつもりなんだろうけど、私、結構そういうのわかるよ」

「だから、なにが」

「悔しいんじゃないの?」


 悔しい?

 何を言ってるんだ。確かにアルトにもタスクにも負けた。痛手も負ってしまった。ロボに会えない。フランの身体も保障できない。ガタガタなのはわかる。

 でもなんで、俺が悔しがらなきゃいけない。


 ラミィは両手を背中で組んで、俺に何かを促している。


「悔しくなんかない」

「悔しがってるよ。いつもそう。アオくんは絶対にどうにもならないと思っても、悲しくないとか酷いこといっても、どこかで絶対に、私たちと同じ感情を持ってる」

「ありえないな、俺は、負け慣れてるんだよ」


 餓鬼の頃から、いつだって負けてきた。ジャンケン駆けっこテスト、

 悔しがっても何も変わらないのだ。その分を努力して努力して、ギリギリで負けるような結果を出してから、俺は負けるのに慣れた。

 だいたい、悔しがってなんになる。泣けばいいのか?


 俺は、泣かない。絶対に、泣きたくない。


「そのために離れたのか? 余計なことをするな。迷惑だ」

「……じゃあ、さ、私からでいい?」

「私から? っておい!」


 俺は思わず手を差し伸べてしまう。

 ラミィは言ってから、何か感情のスイッチが入ったみたいに、体を震わせた。

 突然のことだった。今まで気丈にいたラミィとのギャップに、戸惑ってしまう。


「ラミィ、どうし――」

「ロボさん、ごめんなさいっ! 私は何も出来なかった! 言われた約束だって満足に出来なかった! 私が、私が弱かったからっ!」


 ラミィは、弾けるように叫び始めた。

 もしかして、今まで感情を抑えていたのか。たしかに、あれだけの状況のあとなのに、ラミィはやけに冷静だった。


「なんでっ、なんで私はこんなに弱いの!」


 それの反動か、ラミィは膨らみすぎた水風船が破裂したみたいに、感情が爆発していた。


「うっうあ……うわぁあああああっ!」


 両手で目を押さえて、溢れる涙を留めようとしている。でも、その指の隙間から涙はこぼれ、俺の目に映った。

 俺はその光景に対して、どうすることもしなかった。


 普通の人間なら、ここで抱きしめるのだろうか。慰めるのだろうか。一緒に、泣くべきなのだろうか。

 俺には、なにもできない。その資格はない。だいたい、悲しんでいる人間を慰めるなんて、自己満足だ。人の気持ちが理解できない他人が、知った風にそうするのは、嫌いだ。


「……」


 いや、これは言い訳なのかも知れない。抱きしめて、突き飛ばされたら怖いのだ。

 俺は泣いている人間に何もしない。どうすればいいのか、わからない。

 俺が泣いていた時に、誰も、何もしてくれなかったから、わからないのだ。


 だから、泣くのは嫌なんだ。


「……ラミィ」

「っ! アオくんっ!」


 だから俺は、自分の禁忌を犯した。泣いている人間に、声を掛けてしまった。

 ラミィはその言葉を皮切りにして、俺に寄りかかってきた。


 ラミィの弱ったところに付け込んだ行為だ。否定はしないし、元々クズだ。


「フランが戻ったら、次はロボを探そうな……」

「ああっ……うあ……」


 ラミィの声は大きい、嗚咽もその分長く、涙も人一倍流れている気がした。

 まるで、俺の分まで泣いているみたいだった。

 でも、それだけの大声でも、背中にいるフランは目覚めない。


「空が、白いな」


 俺はラミィから目をそらして、雪の降り続ける空を眺める。

 タスクに奪われたものは大きいが、まだ取り戻せるものはある。取り返しのつかないことも、わからないほどあるけど。


 取り戻せるものは全部、取り戻す。


 現在の所持カード


 アオ レベル十三 

SR 証

 R 火 風 水 土

AC ポッキリ*1

 C チョトブ*2 ポチャン*5 コーナシ*9 ツバツケ*4 イクウ*2 ヘッチャラ*4


 フラン レベル三十一

 R 火 水 光

 AC ブットブ ミズモグ モスキィー シャクトラ*2

 C チョトブ*3 ムッキー*3 ボボン*6 ポチャン*7 ガブリ*8 ガチャル*1 ジュドロ*2 ツバツケ*3 


 ロボ レベル四十三

 SR 地

 C ツバツケ*15


 ラミィ レベル三十四

 R 風

AC シャクトラ*1

 C ビュン*2 カチコ*1 キラン*4 ポチャン*2 サッパリ*7 ツバツケ*11 ヘッチャラ*5


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