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第八十話「けんめい いらつき」

 クロウズの建物内から、悲鳴が聞こえた。

 俺を含む大勢の人たちは、思わずタスクの映像から視線を外して、声のした場所を探った。


「うわぁああああっ!」

「どけ、どけよ!」

「せ、精霊だ!」


 クロウズの建物内から、なだれのように人が出て行く。

 叫び声の中からは、タスクという言葉も聞こえた。これはもう決まりだろう。


「タスクが、クロウズの中にきたのか」

「……そんなっ」

「俺たちはもう用なしって事か」


 元々、あいつらの目的は陽のカードだったし、必死こいて殺しに来ることはないのだろう。


『手初めに、ここの結界を弄くろうと思ってね、おや?』


 タスクの映像はまだ続いている。

 周りの景色から察するに、クロウズの建物内だ。一番人の集まる式典広場だろう。ふわふわと空を飛びながら、にげまとう人々を眺めている。

 タスクの視線を追うように、伝の映像は下に向けられる。そこにいたのは、泣いている小さな女の子だった。


『逃げ遅れたのかな? それとも、母親と別れてしまったといったところか』


 タスクは地上に降りて、その少女と同じ目線にまでしゃがんで、笑いかけた。


『泣いていてばかりでは、何も解決しないよ。さあ逃げるんだ。その足はまだ動く、力を振り絞るんだ』


 女の子は泣き止まなかった。しゃがんだまま、目を擦って泣いていた。


『……駄目かな』


 タスクはその女の子の頭を、容赦なく吹き飛ばした。

 俺たちはモザイクも何もないその映像を見せ付けられながら、絶句していた。


『さて、他にも何人かいるみたいだね』


 タスクの視線は、また別の逃げ遅れた人に向けられる。それは子供だったり、年老いた人だったり、千差万別だ。タスクはもちろん、無差別に人を選ぶ。


「……っ!」

「ラミィ!」


 ラミィが走り出そうとする。

 俺はその出鼻をくじくように、手を離さない。近づいておいてよかった。


「アオくんっ! 放して!」

「お前が何をしようとしてるのかはわかる! だがやめろ、無駄だ、俺達じゃ何も出来ない!」


 ラミィは俺の命令には逆らえない。力なく頭を垂れて、その大きな瞳から涙を落としていた。


「それにお前、それじゃあロボが俺達を助けてくれた意味がなくなるだろ!」

「アオくん。私、口だけじゃ、ないよ」


 ぼそりと、俺の意志に逆らう言葉を呟く。

 あの、トーネルでの言葉を、そのまま返してきた。

 奴隷紋で苦しいはずなのに、無駄なことなのに、ラミィは言うのをやめない。


「お願いっ! あとで何をしてもいいから! でもっ、私が、私だけが傷つかない場所にいるなんて、耐えられない! 私を、何も出来ないままにさせないでっ!」


 ラミィの、慟哭に近い叫びだった。

 知っている、ラミィはそういう奴だ。最初に会ったときから、誰とでも仲良くなって、困っている人は誰でも救いたいと思い続ける。お人よし、俺の惚れてしまった人間だ。

 ここで俺がラミィの保身を続ければ、ラミィはラミィでなくなる。そう言いたいのだろう。


 俺は、どうするべきか。ラミィの心を砕いてでも、この命を守るべきか。


「……」


 その手を離して、ラミィを自由にした。


「っ、うんっ! ごめん、ごめん!」


 ラミィが顔を上げて、涙目ながら俺に微笑みかける。死地に赴くのに、笑うんじゃありません。

 俺だって無駄にプライドが高い分、ラミィの想いには賛同する。どんなことをしても生きたいと思っていても、自分であることだけは、やめたくないのだ。自分でないものが生きていても、それは死んでいるのと一緒だ。

 ラミィは、生きているだけでは自分を保てない。夢に、命を懸けている。


 そしてラミィは、一人でそこに赴こうとしている。


「ラミィ、あの時言ったこと、もう一度言う。一人でやろうとするな」

「えっ! でも」


 さっき逃げたばかりなのに、二人して戻ってしまう。

 馬鹿げた話だ。


「あとで、ロボに謝ろう」


 だいたい、ロボも勝手すぎるんだよ、自分だけ犠牲になればいいと思っているのか。

 だから、ラミィの勝手を許す。

 そして俺も、勝手に動く。


「ほんと、俺たちチームワークないなぁ」


 とりあえずは愚痴をいえるだけ言ってから、突貫といこう。



 がっと、爪のような風がタスクの体を撫でる。

 タスクの身体には傷一つつかないが、奴の意識を近くにいた子供からそらすことに成功した。


「おや?」


 クロウズの広間はゴミや忘れ物が散乱して、芸術品の広場とは思えないほどの寂れようだ。もちろん忘れ物の中には、逃げ遅れた人がそこそこにいる。


「トチ狂ったのかな? 君たちはあのお友達に免じて、保留にしようと思ってたんだけど」

「私は、私の道を行きますっ! 勝手に決めないで!」


 広場の中心には、ラミィとタスク、そして隅の方にジャンヌもいた。たぶん、伝のカードを使っているのはジャンヌだろう。


「勝手に、か。勝手なんて誰でもやってる。自分のためにすることの全ては勝手だよ」

「だからって、人を殺していい理由にはなりませんっ!」


 俺は物陰から、無音にした風のパープを弾き続ける。ラミィの身体に集められるだけ風を集めていた。

 実力の高い相手に勝つためには何をすればいいか、ゴオウは相手を出し抜くと言っていた。

 そのとおりに、俺は目立つラミィを囮にして、チャンスを待つ。


「……」


 背中に巻きつけたフランが、ずり落ちそうになったのでおそるおそる腰を動かす。

 ジャンヌの他に誰もいないのは幸いだ。当のジャンヌも伝のレアカードを使用している。あとは気づいてないことを祈るだけだ。


「人を殺してはいけない、どうしてだい? 生きる価値のない人間なんて、君たちの価値観ですらいるだろう。必要に迫られれば、人を殺すべきだ。今が、そのときなんだよ」

「あなたは、罪もない人を殺そうとしていますっ!」

「弱いものが、のうのうと生きることが、罪だと思わないかな?」


 ラミィは囮としての自覚もあるだろうが、タスクに言葉をぶつけていく。あの度胸は俺に無い。


「のうのうとって、なんですか! どんなに力が無くても、善人じゃなくても、人にはいろんな苦労があって、みんな悩みながら生きているんです! そのすべてを、価値の無いものなんていわせない。みんなの一生懸命を、否定しないでっ!」


 ラミィの声は相変わらず、耳というか、芯に響く。まるで見えないものに支えられたみたいな、あったかさだ。

 残された人たちの一部に、立ち上がる人達が現れる。


「みんなっ、逃げて! ここは私が!」

「駄目だよ」


 タスクの人差し指と中指の間には、小さな刃が握られていた。カッターナイフの刃といえばいいか。

 それを向けるだけで、斬撃がいくつもラミィのもとに向かった。

 ラミィは両腕の風を全開にまで高めて、それを防ぐ。


「いたぶられるのが、好きなのかな?」

「やらせないっ! 絶対にっ!」


 タスクはわざと標的をずらす。周りにいる逃げ遅れた人間を狙い、ラミィの間に合う速度で刃を放つ。

 ラミィは必死にそれを防ぎ続けた。余波と自らの全力の反動が、体を徐々に傷付けていった。


「さて、今は大丈夫だけど、これからどんどんと強くなる。間に合わなくなる。無駄だと思うよ」

「怒涛、粉砕! 全身全霊!」


 ラミィは、間に合うからこそ限界に挑戦する。移動しながら、攻撃の体勢を取った。

 ラミィの怒声は、クロウズをも震わせる。俺のハープによって集められた風を、ラミィは惜しまない。


「迅っ、フォニック!」


 ラミィは両腕を出血させながら、今持てる最強の技を放った。タスクの小さな刃を吹き飛ばし、そのまま目標に向かう。

 もちろん、そんなものでタスクは倒れることはない。が、


「これは、なかなか」


 タスクの手が、前に出ていた。

 思わず、防御をしたのだ。ラミィの持つ精神に押されたのか、反射的だったのかはわからないが、精霊が右手を出したのだ。

 タスクにしてみれば、輪ゴムパチンコ程度の意識だろう。でも、ラミィはやって見せた。


「おい! こっちだ!」


 そんな時、クロウズから知らないおっさんの声が聞こえた。

 見ると、倒れて動かない人たちを起き上がらせて、外へと引っ張っている。

 一人じゃない。クロウズに数人の人間たちが舞い戻って、命を懸けて逃げ遅れた人たちを助け始めたのだ。


「おじょうちゃん! あんたの言葉、確かに受け取ったぞ!」

「おっさんも一生懸命やるから! 死なないでくれよ!」


 そうか、伝のサインレアはまだ使用中だった。

 それを見て、イノレードの中にも感化された人間が出てきたのだ。


「一生懸命、とはなんだい?」


 ぞくりと、このクロウズの空間を冷やす声が聞こえた。

 タスクだ。


「一生懸命に生きるとは、食べて、寝て、仕事をすることかい? たしかに、それは一生懸命にやらないとやれないときもあるよね」

「迅――」

「でもそれって、やっぱりおかしいよね」


 タスクはラミィの腕をつかんで、無理矢理に発動を止める。

 ラミィはその手から逃れようともがくが、相手は岩のように動かない。


「なぜ、一生懸命にならないと、食べることも寝ることも、生きることも出来ないんだろう。ボクはね、そんなのは当たり前にしたいんだ。もっと有意義なことに、人は一生懸命になるべきだ」

「きゃ!」

「まあ、君はまだ保留かな」


 タスクが軽く投げると、ラミィはクロウズの窓を割って、外にまで追い出されてしまう。


「っ!」


 ラミィが外に出た今しかない! 俺は痺れを切らして、飛び出してしまう。生存者はやれるだけ外に出した。

 風のハープをラミィ以外の、別のことのために、弦をはじき続ける。ラミィが動けなくなった時点からずっと引き続けていた。


「おや、君はいのいちばんに逃げたと思ってたけど」

「今から逃げるんだよ!」


 クロウズの広場に、風が吹き荒れた。

 俺のハープのやれる範囲内で、この辺りに散った雪を集めた。

 そとではまだぽつぽつでも、集めきり視界を埋め尽くすほどの吹雪が、クロウズを雪色に染めた。


 広場には、大雪。


「水!」


 その、雨よりも冷たい水分を、凝縮して、空間を埋め尽くす。剣を前に突き出した。

 クロウズの内部は、氷の結晶に埋め尽くされた。俺自身を巻き込んだ氷結世界の出来上がりだ。

 外から見たとき、たぶんここは突然茨のような氷で埋め尽くされて、何が起きたのかわからないだろう。俺だって、自分の氷で全身が動かず、視界も狭い。たぶん、冷凍室全部に水を入れたら、こんな感じなる。


「とっておきのとっておき、冷凍庫だ!」


 タスクが動こうと氷を割っても、また割れた場所から優先して凍り始める。

 俺がこの空間にずっと剣を刺してるんだ。一回凍れば、俺が解除しない限りこのアイスボックスはなくならない。人力永久凍土だ。


「風邪引いたら! 看病だからな!」

「タスク、やっぱりあの子は閉じ込めておくべきだったね」


 ジャンヌの声がする。

 先程までいた場所にはいない。逃げられたか。いや、建物内にいる以上は、氷付けから逃れられないはずだ。


「どこだ!」

「ここだよ」


 ジャンヌは、タスクの後ろにいた。

 もちろん、この空間に例外はない。あれだけの雪が舞ったんだ。タスクの後ろだって凍りつく。はずだ。


「驚いちゃったよ、星のない空さんのせいで、伝のサインレア解除しちゃった」


 ここに不釣合いなほど無邪気な微笑を、ジャンヌは俺によこした。

 ジャンヌは見えない何かに囲まれて、氷の中に穴を作っていた。型にはまるようにして、偶然その見えない何かの形を捉える。

 ジャンヌを守るようにして、蝶のような翼が彼女を包み込んでいる。コウカサスと同じくらいの大きさをした、幽霊がそこにいるのがわかった。


「ねねタスク、君もちょっと驚いちゃったかな?」

「ああ、驚いた。ボクは彼をちょっと舐めていたみたいだ。まさか彼が敢闘賞とは」


 大型の幽霊は、その場で羽ばたき、震える。どうやっているのかはわからない。ただ、氷の体積が逐一変わっている辺り、たぶん自らの形を変えているのだろう。


「幽霊の融合体ってわけかよ」

「宵闇さんはこの場所にもたくさん集まってたんだよ、ワタシがいないと、実像には触れられないけれど。集まったり散ったり、色々できるんだ」


 俺を含めた、氷の全解放だ。いくら魔法が効かない精霊でも、動く空間がなければ止まると思ってたんだが。

 あの幽霊は、その物理概念そのものに当てはまっていないのだ。伊達に幽霊じゃない。


「くっそぉ!」


 俺は暴れまわる氷を解除できない。仮に解除できたとしても、相手はもっと素早く動くだろう。

 結局出来たのは、あの幽霊が動ける程度に氷を割るまでの時間稼ぎだった。


「……疑問だな」


 タスクはそんな俺に、怪訝な表情を見せた。わからないと言った風に、俺の表情をうかがっている。


 不思議と、その顔を見て、俺は冷静になれた。


「へぇ」


 俺の口元に、笑みが戻る。


「どうして君まで出てくるんだい? ボクはね、君だけがわからない。ロボは君たちのために命を懸けた、まあわかる。彼女、ラミィの献身から来る行動も、まあわかる。二人とも、誰かを守りたい心が強いからだ」


 タスクは俺を問いただすように、質問を投げかける。


「君にもその心があるのは分かるけど、それはとても小さい輪の中だけだ。ならば、ラミィをここに連れてくるべきじゃないだろう。何故、そんな行動を取ったのか、ボクには不可解なんだ」

「あんたの、そういう顔が見たいからだよ」


 俺は、相手が一番むかつくであろう言葉を、投げかけてやった。

 タスクは表情を変えたりはしなかったが、わかる。あれは、俺にイラついている顔だ。


「あんた口ばっかだ。強者だけを生かす? じゃあ今日、何人弱い人を逃がしたよ、おまえさ」

「……」


 タスクは、黙ったまま。

 俺が一番に持っていて、捨てることの出来ない欠点に、感謝だ。

 他人をイラつかせることだけは、ほんと自然とできる。


 あの顔を見ていると、また変な笑いがこみ上げる。

 俺は初めて、あの精霊タスクに対して一本とってやった。


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