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第八話「おちつき とらうま」

「おい、なんでアオがフランのズボン持っておるんじゃ」


 いやこれズボンじゃないでしょ。ショートパンツや。

 開口一番、出迎えた博士は眉をひそめて言った。

 いや、誤解されるだろうけど、誤解しないでほしい。

 帰ってきて早々、なんともいえないとらぶるだ。


「ご、誤解だ!」

「誤解じゃないわよ」

「え」

「なぬ!」


 フランが、俺にとんでもない横槍を入れてきた。白衣をぐるぐる巻きにして下半身を守っている。

 無実なのに、苦笑いと嫌な汗が出てくる。無実でもあせるものだ。

 そんな様子をフランは一度見てから、ふっと笑って。


「嘘」

「……たちが悪い!」

「これでおあいこ」


 おあいこって、俺は一回も嘘をついたりしていないのに。


「まあ、別にどっちでもいいんじゃがな」

「よくないでしょうが、本当にやめてください」


 こいつらはホント、冗談でも俺に冤罪はつけないでくれ。トラウマなんだ。

 中学のとき、女の子の机に、差出人不明のラブレターが届いたことで騒ぎになった。犯人は俺じゃないのに、雰囲気で俺が犯人だと決め付けた女子共は絶対に許さない。

 真犯人が名乗りでないから、俺職員室にまで呼ばれたんだぞ。


「というか、今日は死ぬところだったんですよ。コウカサスってのが出てきました」

「なんじゃと。コウカサスなんてこの辺じゃ絶対に出てこない品種じゃぞ」


 博士が珍しく、驚いてみせる。そうだよな、ありえないよなあんなの。


「で、戦ったのか?」

「倒すしかなかったですよ」

「そうか、よく生き残ったのう」


 俺の肩に手を置いて、珍しく感心したように頷く。

 初めて褒められたきがします。


「でも、危なすぎますよ。死に掛けたんですから。俺はともかく、フランが死んだら博士だってシャレにならんでしょ」

「大丈夫じゃよ、フランはモンスター程度じゃ絶対に死なん。アオはともかく」


 なんだその、根拠のない自信。

 それに、俺が言うならともかく、博士が俺の命をないがしろにするのは良くないと思います。


「アオ」

「?」


 一瞬、誰が呼んだのか気付けなかった。フランが呼んだのだ。


「今日の晩御飯も、あれ食べたい」

「ホットケーキか」

「それ」


 なんだか、フランからよく話しかけてくれる。ありがたいが、いちいち反応に困ってしまう。

 そういえばさっきの嘘だって、冗談みたいなものだ。俺をけなす以外で冗談を言う女性は、地球でも見たことがない。


「死なない限り、よろしくね。安心して、今日からアオは、簡単には死なせないから」


 フランの屈託のない笑顔が、初めて俺に向けられる。

 どうしよう。どう接したらいいのだろうか、ますます不安になってくる。


 とりあえず、俺も笑い返してみたが、


「……なにそれ、気持ち悪い」


 もう正直すぎる。



 俺がここに来てから、一ヶ月がたった。

 森の中で、日課の狩りを続ける。もう慣れっこだ。動かした体はちょっと熱く、指先が疲れで震えている。


「よし、こっち完了!」

「火の弾!」


 フランも一緒になって、チョトブの討伐を手伝ってくれる。効率アップとチームワークまで育ってしまった。

 現在、チョトブは数匹の集団で現れる地帯で狩をしている。前とは違って、もう間の無いほどに敵が出てくる仕様だ。


 コウカサスはあれ以来出てこない。対策は一応練られたが、意味は成さなかった。

 ブットブはあれから一度だけ出てきたことがある。珍しいらしい。でも二人で戦うとすぐに終わるので、味気はなかった。


 もう乱獲はなはだしいので、ある程度の目標を達成したら家に帰ることにしている。

 今日のノルマは、いまので終了しました。


「もうずっとチョトブばっかり狩ってるけど、それでいいのか?」

「それでいい。アオは剣の威力だけなら申し分ないから、当てる技術を育てる」


 フランは、大砲のシリンダーを開けて、中に入ったカードの整理をしている。

 計六個のカード穴に、それぞれ別のカードが仕込んである。フランのレアカードは火光水だが、三つは常に別々のシリンダーに入れてある。レアカードのコンボは相当な負担らしい。

 ちなみに、残りのシリンダーにはチョトブ二枚とコウカサスとツバツケがデフォルトとなっている。

 大砲の装填が六なのは、フランの連射とコンボの最大数六回にあわせてあるからだ。


「でも、もうあんまり成長しないわね」

「文字は覚えた」

「自慢にならないでしょ」


 最近は、魔法のことも大体把握できてきた。


 俺には関係ないが、カードは連射限界まで使用すると十数秒のインターバルがあって、連続で使いすぎるとそれが弱点になる。よっぽどのことが無い限りは使い切らないことが基本らしい。

 たとえば、六回連射可能な人間が三回使えば、残り三回。でも、その三回を余らせたままで数十秒たてば四回に戻る。使うペースを把握すれば魔法が全く出来ないということにはならないらしい。

 俺の場合は、発動後数十秒で、現在使っているのを解除すれば魔法管は傷まない。


 カードケースは意外と便利で、自分が取りたいと思ったカードが手に吸い付くようになっている。俺は水しか使わないけど。


「でものちのちは、他のレアカードも使えるようにアオを調教しなきゃ」


 最近はもう、俺よりフランの方が俺の成長に積極的だ。本当に情けなくなる。

 この親子特有の研究心が騒ぐのだろうか、解らないものに対して徹底的に調べ上げようとする。ときたま、俺のもといた世界にも興味を示す当り、貪欲だ。


 ただ、この傾向にはリスクも伴う。博士はその辺把握しているが、フランは微妙だな。この辺も常識として知っておいた方がいいだろう。


「ねぇ、今日はパパが街に行ってるの知ってるわよね。今日のおみやげ、期待できると思う」

「おみやげか」


 この世界の暦は地球とほぼ変らない。博士は半月に一度、買出しに街へ出かけるそうだ。

 俺も街には興味があったが、従来の引きこもりがその積極性を欠いていた。それにあわせて、


「今日のは、博士の買出しじゃないもんな」

「そう、明日の買出しには、わたしたちだっていくんだから」


 フランの初外出にあわせて、俺も出て行くことになったから、無理をすることもないだろう。

 買出しとは建前で、フランが街になれることが目的だった。今日博士が行くのは、大体のものを事前に買い終えるためだ。


「そう思うと、ここの一ヶ月はあっという間だったな」

「そう? わたしはこの一ヶ月はかなり濃いわよ」

「あの博士との二人暮らしじゃ、変化が少なかっただけだろ。俺がいても早々変るとは思えないけど」

「パパは刺激的だけど、攻撃しないもの」


 俺も攻撃しないよ、ほんとうだよ。

 ただ、博士が攻撃しないのはわかる。搦め手が上手いのもあるが、基本的に遠くから見守る体制を崩さないからだ。


「アオは消極的なのに、いつも何かと戦ってるわよね」

「心と過去への戦闘民族だからな」


 いつだって戦いなのだ。特に夜、昔のことを思い出すとほら、自然と顔が真っ赤に。


「アオどうしたの?」

「いや、戦いの記録をな、恥ずかしくて沸騰だ」


 フランがちょっと心配そうにこっちを見てくれる。本当に良くできた子だよ。クソガキなんて言ってごめん。

 なんというかこう、一ヶ月もたつとしおらしくなるものだ。尖った男を自称していたこの俺が……いやごめん、今のは忘れる。


「ねぇ、大丈夫?」

「ん、ああ」


 何を心配しているのだろう。


「んーあ、鼻血」

「……アオ、帰ろう」


 フランが、急に手を掴んで、早足で歩き出した。


「お、おい」

「風邪、ひいてるでしょ?」


 風邪、ああ風邪か。

 思い出すなぁ、ずる休みをした次の日に、本当に風邪を引いたら、休めなくて倒れたことがある。人間、本能的に休みをほしがるときは前兆や意味があるものである。


「ねぇ聞いてる? アオ、風邪ひいてる」

「ん、わかってる」

「わかってないわよ」


 慌てない慌てない。確かにだるい。風邪だ。この世界に来て無頓着だったが、異世界にだってウイルスくらいはあるだろう。疲れだってけっこう溜まっていたはずだ。


 あまり驚かないのも、ジンクスがあることを思い出したからだ。

 俺は記念日近くに、熱を出す。



「こんなときにパパがいないなんて」


 俺が寝ている横で、フランが難しい顔をして部屋の中を歩き回る。

 間が悪いのはいつものことだが、今回はフランを巻き込んでしまった。


「どうすればいいの」


 フランは、合理的かつ冷静な人間だが、イレギュラーに弱い。どうすればいいのか、経験則が圧倒的にたりないのだ。


「あの、さ」

「アオは寝てて! わたしがなんとかするから」

「寝てろって言われてもな」


 どうにも落ち着かない。

 その理由は、目の前でそわそわしているフランのせいじゃない。


 俺は今、フランの部屋にあるベッドで、眠っていたからだ。


 どうしてかといえば、フランが俺の布団は固いというから。確かにあれ堅い。

 そしてこの状況は、俺が断らなかったから。

 いや、普通は断るべきなんだろうけど、建前依然にちょっと興味があった。


「ん~」

「食べ物の、おかゆをつくるんだ」

「おかゆってなに?」

「まずは、体にエプロンだけを身に着けて調理を行う」

「本にある水着みたいな感じね、わかったわ」

「いや、服の上にエプロンをつけて、調理を行うんだ」

「わかったわ」


 フランは冷静に見えても、解らないことに対しては本当にポンコツだ。言うことを聞くだけ状態で、だいたいの嘘も受け入れてしまう。


「ねぇ、エプロンをつけたあとはどうするの」

「その場で裸になってジャンプだ」

「……嘘ね! 今嘘言ったでしょ!」


 ただ、度が過ぎると見抜かれてしまう。

 この一連の流れを一回やると、フランが深呼吸をして本当に冷静になる。学ぶのだろう。顎に手を当てて考え始めた。


「安静にしてれば、基本的に治るよ、そんなに気を張らなくてもいい」

「……たしか、クマクマ物語三巻に『かぜのクマさん』があったわね、読んでみる」


 納得いかないのか、棚にあった本をあさって、何かしようと奮闘している。

 フランは、嘘に対して怒らない。むしろ、自分の経験不足に対して素直に受け入れているくらいだ。


 真剣な表情で本を捲り、うんうんと頷いては俺を見る。


「まずは、頭を冷やすのね」


 基本中の基本だ。というよりも、フランは風邪の経験がないのだろうか。


「水」


 さっそく桶を持ってきたようだ。水の魔法によって、大砲の口径から水がちょろちょろとあふれ出す。フランの水は水圧で敵を潰す技だが、今は大砲によって威力の調整がされている。


「ちょっとおでこに触るわよ」

「触ってくれ」


 フランの小さな手が、俺のおでこに当る。本にあったとおりに熱を測っているのかもしれない。解るのかそれ。


「あんまりわからない」

「そりゃ、まあ」

「もういっこあるわ」


 フランがそういうと、今度は自分のおでこを触った。ああ、比べるのか。


「……これは、わかりやすいわね」

「ちょ、ちょ!」


 そう思っていたら、フランは前髪をかき上げて、彼女のおでこを俺のおでこに当ててきた。

 親にもされたことないような、そんな熱の図られ方をしたら、本当に頭がフットーしてしまう。


「も、もういいだろ」

「そうね」


 フランはその辺に無頓着なので、なにも動揺しない。

 たぶん、この異世界に風呂があれば、効率と時間の節約から一緒に入るくらいはしそうな気がする。


 俺のおでこに、ひんやりとしたタオルが掛けられる。

 フランはそのおでこをじっと見つめたまま、微動だにしない。


「寝れてば治るぞ」

「落ち着かない」

「空気感染っていうのは知っているだろ。あまり近づくと移る」

「今日にはパパが帰ってくるわ」


 動く気がないのだろう。どうせならもうちょっとフランの部屋を見渡したかったが、寝ているのが一番なようだ。


「……」

「……」


 沈黙が流れる。

 それにしても看病か、両親は、餓鬼のころは俺がよく嘘の風邪を引いていたせいか、嘘をつかなくなったときでも看病をしてくれなくなった。俺を看病しなくていいというクセがついてしまったのだろう。


 そう思うと、この状況は新鮮で暖かい。


 もちろん、俺の家族が冷たいというわけはない。衣食住はしっかりしていたし、無関心なところ以外はいい環境で育ててもらった。

 実際姉なんて、有名な大学で……いや、姉の話はよそう。トラウマがよみがえる。

 今なにしているんだろうな、もう一ヶ月も会ってな……


 死んだのだろう。


 ふと、そんな妄想が頭の中をよぎった。

 寝ているときほど、弱っているときほど、悪い妄想ばかり浮かぶものである。

 

 俺はいつの間にか、今まで考えないようにしていた、地球のことを思い出してしまった。

 あの後、たぶん地球はあの怪物に殺されてしまったのだろう。


『あっちの世界で、最も美しいものを手に入れてきてくれ』


 どうしてだろう、いつも考えないようにしていたのに、いつの間にかあいつの仮面が頭から離れなくなる。

 あいつは、俺がこの世界で美しいものを手に入れれば、地球を諦めて元に戻すと言っていた、本当なのだろうか。


 俺は、その美しいものを探さなければならないのだろうか。

 たしかに、家族が死んでしまったのは後味が悪い。でも俺は、今だって不自由なく暮していけている。あそこまで突拍子もないと、恨むという感情すら湧かなくなる。


 俺の過去を知っている人間は、もうこの世にはいない。そう思うと、すっきりしたんじゃないのか。

 誰もがうらやむ、異世界に行きたい願望だって、ある意味、過去からの脱却なのだ。リセットなのだ。

 だいたい、俺はそこまで家族を大切に――


「アオ」


 ふいに、その黒い思考から俺の意識が戻ってきた。

 フランが、心配そうに俺を見ている。どうしたのだろうか。


「……なんだ?」

「すごい汗、なんだかうなされていたし……泣きそうな顔してる」

「そうか」


 フランの方が泣きそうだ。

 大丈夫、俺は泣かない。


「泣かないの?」

「俺が泣くのは嫌いだ」


 俺は絶対に泣かない、泣きたくない。

 あれは小学生のころ、学校で育てていた教室のハムスターが死んでしまったときだ。

 普段何も喋らない俺が、そのときばかりはわんわんと泣いた。本当に悲しかったのだ。


 でも、泣いているときに気づいた。


 皆が、俺を見ているのだ。

 同情や同調の視線じゃない。奇怪なものでも見るような目、鼻で笑うような目、それはもうたくさんの視線が俺に集まった。


 構わないでほしかった。

 俺は誰かの同調や、慰めがほしくて泣いたわけじゃないからだ、悲しくて、情けなくて、その感情があふれ出したから泣いたのだ。


 そして何より、周りはハムスターが死んだことよりも、俺が泣いていることばかり気にする。


 なんだか、こんなことをしてしまった俺が、情けなくなって嫌だった。


「男が泣いてなんになる」

「……そう」


 フランの返答は、とても素っ気無い。俺の意図がわからなくとも、触れる気はないようだ。


「ねぇ、アオ」

「ん、なんだ」

「起きたなら、ちょっとやることがあるの」


 フランが立ち上がり、部屋の中でごそごそし始める。

 たぶん、風邪の俺に対する治療だろう。他に何をするんだ、もしかしたら、ケツにネギ入れられるかもしれない。


「汗を拭くの」

「ああ、汗をね」


 毛布をどかし、俺を服に手を掛ける。


「拭くわよ」

「いいですとも」


 もちろん、断るわけがない。隅々までやってもらおう。



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