第七十八話「ぶき くび」
やってきた人物は、白かった。
アルビノだろうか、腰まで伸びた髪の毛は真っ白で、肌の色も温かみを感じさせない雪のような色をしている。色素の抜けた赤い瞳と、痩せ気味の体はとても脆弱に見えるが、その儚さが逆に人を魅了する顔立ちの引き立て役になっている。
「君はラミィ」
ラミィも同じ印象を受けたのだろう、名前を呼ばれたのに、珍しく驚くだけで反応できてない。
「君は、今はロボだったかな」
「……」
ロボはこの場で一番、やるべきことを理解していた。容姿には目もくれず、今にも唸りそうな狼の表情で、相手を睨んでいる。
「そして……フラン」
フランは、この状況を把握しきれていない。キョトンとしたまま、目を合わせる。
そうやって俺たち全員を見渡してから、そいつは鈴を転がすように、純粋に微笑んだ。
「ああすまない。ボクの名前はタスク。話には聞いていたけれど、君たちはどうにもしっくり来ないね」
「タスク、そっちは終わったのか?」
アルトが、タスクというやつに話しかける。かなり中性的な容姿だが、たぶん男なのだろう。
アルトをがっちりしたイケメンというのならば、タスクは細面なイケメンだ。
俺たちは、今までずっと逃げる算段ばかり立てていたはずなのに、どうしようもなくタスクの印象ばかり頭に入ってくる。
この男には、不思議な魅力があった。
「思ったより簡単だったよ」
タスクはまるで俺達を警戒せず、アルトと世話話をしてるように愉快に口を開く。
「やっぱり、首をはねるのが一番手っ取り早いね」
そんな口から出たのは、思いがけない台詞だった。
「イノレード政府の方々は、あまりいい顔立ちが転がっていなかったよ」
「……選別か」
「ごめんね、アルトは嫌いだったか」
アルトが顔をしかめる。
タスクは、まるでアルトをからかうように、笑ってみせる。
そこでやっと、俺は口が開けた。
「お、お前ら」
「御方は! 何を申しているのか!」
ロボも、同じように痺れを切らして口を開いた。
タスクは、そんな怒声にも涼しい顔をして、こちらに振り返る。
「首尾の確認さ、ボクたちは、何も君たちのためだけにイノレードにきたわけじゃない。アルトは伝のサインレアを奪取し、ハツはフランの足止め、ジャンヌはこの辺り一帯にいる精霊たちを、暫くの間封印してもらう。ノルマの達成報告はちゃんとしないと、周りとの連携が取れないだろう」
さも当然のことを言うように、タスクがつぶやく。
俺たちが聞きたいのは、そういうことじゃない。
タスクは俺たちの表情を見て、何かに気がついたのか、口を丸くして、吐息をもらす。
「もしかしてあれかな? 君たちは、ボクが人殺しをしたことに、何か疑問でも抱いているのかな。今更じゃないか、ボクたちはこれでも、結構悪いことを君たちにしてきたつもりだけど」
「違う! 貴殿は何の腹積もりで、このような世迷事をしている!」
「世界を塗り替えるためさ」
「い……た!」
益体のない会話を続けていると、それを遮るように、俺たちの後ろから、見知った声がした。
「て、テレサさんっ!」
振り返るとそこには、テレサがいた。
「避難したはずじゃ、どうしてここに戻ってっ!」
「こ、子供たちを返して!」
「テレサさん?」
ラミィがいち早く駆けつけ、彼女に手を貸す。どうやら怪我をしているみたいだ。そこまで大きいものではないが、疲労からふらついていた。
テレサは何故か、タスクに向かって叫んでいる。
そのテレサの目の前に、ぽとりと何かが落とされた。
「ナイフ?」
それは小さなナイフだった。カッターと呼んでもいいくらいに、刃が小さい。
でもどうしてか、不思議な魅力がある、まるで、純度の高い宝石のようだ。
「返すよ、ボクのコレクションとしては、実用的じゃない」
「……何を言ってるんだ?」
「子供たちを、返しなさい!」
「そのナイフが、子供たちだ。わからないのかい?」
何を言っているだ?
ナイフが子供たちって、意味がわからない。
タスクは俺たちの怪訝な顔にはっとして、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ごめんごめん、ちゃんと説明してなかったね。ボクは精霊なんだ。物を武器に変える、牙の精霊って呼ばれてる」
「牙?」
そういえば、アルトの使った魔法はそんな名前をしていたような。
タスクは近くにあった木の柵を砕き、手に持った。するとその手に持った柵の破片は形を変えて、小さな針に変わった。
「ボクはね、自然界にあるものなら、なんでも武器に出来る」
「まてよ、それって」
ナイフが、子供たちって言ったよな。
その意味を、段々と理解し始める。地面に無造作に置かれたナイフが、理解と共におぞましいものに見えてきた。
「あなたっ! 人を武器に変えたの!」
「正確には人は武器に変えられない。生き物は一度殺して、物にしないといけないんだ」
「ころしっ……って!」
震えるラミィの声に、タスクは丁重な口調で対応する。
「平然と言うんだな」
「ボクは精霊だからね、慌てる方がどうかしている」
タスクの第二印象は、悪趣味で固まった。
地球の感覚で言えば、殺した人間の骨の炭素を使って、人工ダイヤモンドを作るみたいなもんだ。悪趣味以外になんと思えばいい。
「もちろん、武器化する人間は選ぶさ、強い人ほどいい武器になるからね。そこらへんの自然や宝石じゃ、あまりいい武器にはならない」
「……」
ふと、タスクが視線をそらす。
アルトが、地に落ちたナイフをじっと見ていたのだ。
「アルト、彼等ではどのみち選別には生き残れないよ。せめてボクたちで手を下すのも、義理だと思ったほうがいい」
「その口で、あなたは義理を語りますか」
テレサが、強い口調でアルトを責めた。
当たり前だ、アルトはああやってセンチになる資格はない。
アルトは、その言葉を受け止めても表情は変わらない、ナイフから目をそらしただけだ。
「テレサ、君の言う事はもっともだね」
タスクは、落ち着き払ったまま、笑い。
平然とした顔のまま、テレサの心臓を抉った。
「でもそれは、ボクの友達を傷つける言葉だ」
「がっ……あ」
「テレサさんっ!」
まるで動作が見えなかった。
コマが数秒間飛んだみたいに、いつの間にかその構図が出来上がっていた。
ラミィは目を剥き、すぐ隣に現れたタスクに驚愕の視線を送る。
テレサのか細い声と共に、血がぼたぼたと流れ落ちる。
「テレサ……テレサ!」
ロボが、震えた声でテレサのもとに駆け寄る。アルトの集団と警戒態勢にありながら、取り乱していた。
もっとも、警戒したところで、まるで役に立たなかったのだ。テレサの心臓は、もう壊された。
「あ……あ」
テレサは、ロボに何か言おうとするも、肺も一緒につぶれて、何を言っているのかわからない。
「さて、そろそろかな」
タスクが、気ままに呟く。
すると、テレサの体が不自然に光り輝いた。世界に溶け込むゴオウを思い起こさせるような発光は、タスクの右手に収束した。
そうして、タスクの右手には、カード差込口のある篭手が装着された。
「これが、ボクの精霊としての能力さ。目で見ればわかりやすいだろ。ボクはかつて、龍動乱にて無力を嘆いた人々が、龍に対抗する力を求めて顕現した精霊だ。ボクはその代償に命を吸い、しかるべき勇者たちに勝利を約束する武具を分け与えた」
「うぉおおおおっ!」
ロボが激昂して、感情のままにタスクに向かっていった。
タスクはそれを闘牛士のようにいなし、右手でぽんと、ロボに触れる。
それだけでロボは、足を崩し、膝を突いた。
「ロボ!」
「これが、女狐と名高いテレサの能力、レジストだね。まあ、戦闘に使うとしても、こうやって体の筋肉をちょっと硬直させるくらい、あまり強いわけじゃない。直接触るのなら、打撃の方が強いからね」
タスクはまるで威嚇するように右掌をこちらに向けた。
まさか、殺したやつの能力そのままを手に入れる精霊がいるとは。
「らぁあああっ!」
「むっ!」
ラミィまで、タスクに向かって拳を放つ、地面を抉る竜巻は、辺りの砂埃を巻き上げた。
「ラミィ、なにして――」
「アオくんこそっ! 今はっ、逃げないといけないんだよっ!」
はっとなる。
そうだ、何を悠長に構えている。
アルトが時間を戻せるからなんだ、勝てないとわかっていても、このままだったら確実にやられてしまう。
「フラン! 攻撃だ! なんでもいいから攻撃しろ!」
「う、うん!」
フランも遅れて攻撃を始めた。俺と一緒で、突発が遅い。
ひゅう、と、砂埃が風によって収束する。ラミィのではない、タスクの手に持った、扇みたいなものから発せられた力だ。
「かまわないよ、アルトもよく言っている。覚悟の問題だね」
「タスク」
「アルト、君はもうちょっと待っているんだ。彼等もまた、選定の資格がある」
「頑張ってね~」
幸いにも、他のやつらは手を出すつもりはないらしい。
その間に、どうにかして逃げる算段をつけなければ。
「コンボ! 火、光!」
フランのレーザーが発射される。タスクどころか、背後にいるアルトたち全員を巻き込む出力だ。
タスクはそれに対して、持っていた扇を手放して、手を一振りする。
すると、レーザーがタスクの直前で消滅した。タスクの手には、大降りの鎌があった。
「アオくんかっ、風がっ! 風が消えちゃったよ!」
「なっ!」
「昔に、ランドという、魔法抗体を持った男から作った鎌だよ」
「貴殿はっ、テレサを何ゆえ殺めたのだ!」
体の動けるようになったロボが、鎌を振り終えたタスクに向かう。
タスクは動かない。でも、タスクが放り投げた扇がひとりでに浮き上がり、羽を開く。すると、ロボは見えない巨人に投げ飛ばされたかのように、宙を舞った。
「この扇は、六代目トーネル国王、アラシから生成した扇だ。この男にも言われたことがある。そのときこう応えたよ、人を殺すのに、理由はいるかい?」
タスクが二つの武器をどこかへしまうと、今度は手に小さな指揮棒を持っている。
「土!」
俺はとっさに土の盾を構え、フランの前に。ラミィも、ロボをかばうように移動して、両腕を前に構える。
タスクの指揮棒が、拍を刻むと、それに呼応するように雷が踊りだした。
そして、タスクはあいた手から透明な布を出現させる。それを空に投げ捨てると、吸い込まれるようにして空へ溶けていき、雨雲を出現させる。
「う、上だ! フラン」
「光の鉄槌!」
指揮棒の雷が雨雲に呼応して、空から大きな雷を落とす。
フランは上空の雷をなんとか迎撃し、ロボはラミィ抱いて庇う。ただ脅威が大きすぎる。天候を操った影響か、その雷は俺たちに留まらず、イノレード全体に火を放っていた。
そうして体制を崩されたところに、剣を持ったタスクがこちらに向かってきた。体に全く体重を感じさせない動きで、一気に距離をつめる。
「っつぅ! 追いつかねぇ!」
敵の、タスク一人の猛攻にまるで対応しきれない。
俺がそのタスクの剣を盾で受け止めると、体が不自然に浮き上がって、吹き飛んだ。
「ボクは他の精霊ほど、派手でもないし、これだといった能力はない」
「あっ……」
タスクの目の前には、フラン一人が取り残される。
フランはそのタスクに震える砲口を向けるが、何を使えばいいかわからず、何も打てなかった。
その隙を疲れて、タスクの剣が大砲にぶつかる。大砲は切れなかったが、フランの手を離れてボールのように軽々と飛んでいってしまう。
「でもね、ボクは精霊の中でも、戦いのために産まれた、いわば戦闘用だ」
「フラン、ん!」
体が急に重くなる。
「この剣は、オモシと呼ばれる、マジェスの創設者の遺体から生まれたものだ。触れたものの重さを、操れる」
タスクはそれをまたどこかにしまい。次に小槌を出すと、ロボとフランに見えるように降った。
すると、ロボとフランは俺と同じように、自重に耐えかねて地面に倒れた。
「こっちは触れなくても、相手に振るところを見せれば発動するのだけど……動きを止めることしかできない。空間そのものを重くしているだけだからね。他にも色々弱点はあるが、教えないよ」
「ふ、ふざけてやがる!」
ようは、伝説の武器のオンパレードなのだ。
英雄の力そのものを武器にして、補完する精霊。
タスクは手を一振りするだけで、新しい武器を取り出す。どの武器にも弱点はあるだろう、でも、その弱点を補った別の武器が、奴にはたくさんあるのだ。
先程、アルトの呟いた言葉の意味が、ようやくわかってきた。
「さて、これで準備は整った」
タスクは武器をすべてしまって、フランの胸倉をつかんだ。
「フラン!」
「フランク博士、彼も武器にして見たかったよ。これだけの作品を作り上げる精神性と、死の直前まで使命を全うする精神力」
「ぐっ……ぱ、ぱをっ!」
フランはタスクの手を解こうと、両手で引っ掻いたりしている。が、全くタスクは動じない。
「あの大砲もそうだ。ボクの理論を真似して作ったのだろうけど、すばらしいよ。贋作なんておこがましい。精霊のマネをできるのなら、それは本物だ」
「あなたなんかが、パパの話をっ!」
「もちろん、君もそうだ」
「が……あが……」
タスクは、フランの首を絞めていた。
殺される。
今までだって命の危険はいくらでもあった。でもそれの最初はいつだって俺だ。それでいいと思っていた。
「やめろ! やめてくれ!」
俺の目の前で、俺よりも先に、大切な誰かが死ぬようなことがあるなんて、いやだ。
タスクの瞳には、動揺も怒りもなかった。ただ普通に、当たり前のように手を握りしめ。
フランの体からこきゃ、と間抜けな音が鳴った。
首の骨が、折れたのだ。